第1426話

 ゲイルとの情報交換が終わったレイは、セトと共に早速レルダクト伯爵領へと向かっていた。

 ただし、今回は堂々とそちらに向かうのではなく、空を飛んで潜入するという形でだ。

 レイが受けている報復という依頼から考えれば、それは当然だろう。

 もっとも、密かに行動するのはあくまでも報復行為が終わるまでだ。


(鉱山の破壊ってのもおまけとしてついてきたけど……夜になれば鉱山にも人はいなくなるよな?)


 敵対する相手であれば命を奪うことに躊躇しないレイだったが、鉱山で働いているだけの相手の命を奪うというのは、やはり気が進まない。

 であれば、夜になれば鉱山にも人はいなくなるだろうというのが、狙いだった。

 勿論完全にいなくなるとは限らず、何人かは残っている可能性はあるので、その辺りはしっかり下調べをする必要はあるだろうが。


「ともあれ、ジャズの弟……ハズルイとかいう街にいるドストリテだったか。そいつに会いに行くにしても、日が暮れてからの方がいいだろうな。……忍び込むのは簡単そうだし」


 辺境のギルムでは……いや、それ以外の場所では考えにくいことなのだが、レルダクト伯爵領では街の防壁といったものはおざなりになっているらしい。

 これは、生きていくだけで精一杯といった程度の重税だけに、防壁の類の補修工事に回せるだけの予算がないかららしい。

 盗賊やモンスターの被害が大きくなってもおかしくはないのだが、その辺りはレルダクトとしても気を使っているのか、盗賊の討伐を奨励させていると、レイはゲイルから聞いていた。


(そこまで重税なら、それこそ暮らしていけなくて盗賊になってもおかしくないと思うけど……そうなっていないのか? その辺りは疑問だな)


 空を飛びながら周囲の様子を眺めていると、やがて遠くの方に比較的大きな街が見えてくる。

 レイが目指していた、ハズルイだ。


「セト、夜になるまで近くで時間を潰すか。……どこかでゆっくりと食事でもするか?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 レイがゲイルと話をしている時も、セトの愛らしさに負けた兵士やメイドといった者達がセトに干し肉や焼いた肉といったものを与えたりしていたのだが、それでもセトにとっては決して十分な量ではなかったのだろう。

 嬉しそうに鳴きながら、地上に向かって降下していく。

 セトが向かう先にあるのは、ハズルイからそれなりに離れた場所にある、大きな岩が幾つも転がっている場所だ。

 セトの速度だからこそあっという間にそこに到着したが、もしハズルイからこの岩場までやってくるとなると、それこそ半日以上は掛かるだろう距離。

 夜になったらハズルイに忍び込もうと考えているレイとセトにとっては、絶好の隠れ家だった。

 ……だったのだが……


「ちっ、先客か?」


 視線の先にいる何人かの人影が、降下してくるセトの姿に気が付いたのだろう。慌てたように休んでいた状態から一気に臨戦態勢に入るのが、レイにも分かった。


(どうする?)


 一瞬、岩場には寄らないでこのまま飛び去ってしまった方がいいんじゃないのか? そうも思ったレイだったが、よく考えれば情報を得る相手というのは多ければ多い程いいのだ。

 であれば、ここは飛び去るのではなく一気に向こうを制圧してしまった方が手っ取り早いのではないか。

 そう判断し、どうするの? と視線を向けてくるセトに対して、小さく頷いてから口を開く。


「行ってくれ。今は少しでも情報源が欲しい」

「グルルルゥ!」


 何か食べられると思っていただけに、少しだけ残念そうな様子のセトだったが、それでもレイの言葉に分かったと鳴いて地上に向かって降下していく。

 そして降下してくるレイとセトに対し、地上では何人かが弓を手に矢を射ってくる。

 だが、その矢はレイがミスティリングから取り出したデスサイズによって、あっさりと斬り飛ばされる。

 レイとセトが上空にいる状況で射られた矢は、レイ達の場所に届く頃には勢いがなくなっており、恐らくそのままでもセトに突き刺さるようなことはなかっただろう。

 それでもレイが斬り払ったのは、万が一を考えてのことだった。


「向こうがその気なら、こっちも相応の態度を取る必要があるだろうな。……行くぞ、セト」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、セトは翼を羽ばたかせて地上に向かって素早く降下していく。

 岩場にいた者達は、既に弓ではどうしようもないと判断したのだろう。弓を持っていた者達も、槍や長剣、バトルアックスといった武器に持ち替える。


「へぇ」


 それを見たレイの口から出た言葉に、少しだけ面白そうな色が混ざる。

 自分が誰なのかというのは知らないのかもしれないが、それでもセトを見れば、強力なモンスターであるというのは分かっている筈だ。

 にも関わらず、逃げるような真似をせずセトが降りてくるのを待ち受けているのを見れば、少しではあるが嬉しくなってしまう。


「ま、それでも情報を聞く為には、手加減する必要があるかもしれないけど……な!」


 高度十m程の位置までセトが降りてきたのを確認すると、そのままレイはセトの背から飛び降りる。

 当然十m近い高度から落下している状況から落ちるのだから、普通であれば助かるなどということはない。

 だが、レイの場合は話が違う。

 そのままスレイプニルの靴を発動し、空中で減速しながら岩場に落ちていく。

 それでも普通の人間であれば間違いなく足が骨折してもおかしくないだけの速度で落下してきたのだが、レイの場合は身体能力そのものが通常の人間とは大きく違う。

 岩場に着地する寸前に膝を曲げ……それだけで落下の衝撃を全て殺し、音すら立てずに着地することに成功する。


「なっ!?」


 レイとセトに向かって攻撃を仕掛けた者達も、まさかそんな動きを間近で見せられるとは思ってもいなかったのだろう。

 皆が唖然とした表情のまま一瞬動きを止め……それだけの時間あれば、レイが次の動きに出るには十分だった。


「はっ!」


 短い呼気と共に、振るわれるデスサイズ。

 それでも刃ではなく柄の部分が当たるようにしていたのは、情報を聞き出す相手は生きている方がいいからという理由からだろう。

 デスサイズを握る手に何かを砕くような感触があり……次の瞬間には、男が一人吹き飛んでいく。


「あ」


 その男が近くにあった岩に身体をぶつけたのを見て、ちょっと失敗したといった感じでレイの口から声が漏れるが、他の者達は仲間を吹き飛ばされたのを見てすぐに我に返り、レイに向かって攻撃を仕掛けようとし……


「グルルルルルルゥ!」


 武器を振りかぶろうとした男のすぐ前を、セトが飛んでいく。

 特に攻撃をした訳ではなく、本当にただ飛んだだけだったのが……体長三mのセトが、翼を羽ばたかせながら飛ぶということは、それだけでかなりの風圧をもたらす。

 少なくても、レイに向かって攻撃をしようとしていた男達が予想外の方角からの攻撃にバランスを崩すのは当然だった。


「うおっ!」

「なぁっ!?」

「ちぃっ!」


 そんな悲鳴を上げながら、男達は崩れたバランスをどうにかしようとするも……そんな隙をレイが見逃す筈もなく、次の瞬間には続けて他の者達にもデスサイズが振るわれ、数分と経たずに二十人近い男達全員が意識を失うのだった。


「……ふぅ、何とか全員殺さずに済んだ、な。……済んだよな?」


 デスサイズをミスティリングに収納したレイが視線を向けたのは、最初に吹き飛ばした相手だ。

 最後の方に半ば破れかぶれて攻撃をしてきた者達は、デスサイズの一撃であっさりと意識を失ったのだが、最初に吹き飛ばした男はそんな者達と比べても身体を岩にぶつけた分だけ傷が深くなっている可能性があった。


「襲ってきた相手に使うのはどうかと思うけど……まぁ、セトをいきなり見れば混乱してもしょうがないしな」


 呟き、少し離れた場所にいる男……最初にレイに吹き飛ばされた男に、ミスティリングの中から取りだしたポーションを掛ける。

 もっとも、そのポーションは店で売ってる物で、それこそギルムの冒険者であれば普通に買って使っているものだ。

 少なくても、世界樹を原料に使っている希少な代物ではない。


「グルゥ……」


 レイの呟きが聞こえたのか、気絶している男達を見張っていたセトが少しだけ悲しそうに喉を鳴らす。

 そんなセトに、レイは仕方がないなといった表情で口を開く。


「こいつ等は、セトのことを知らなかったんだからしょうがない。セトのことをよく知っていれば、別に怖がられるようなことはないだろうな」

「グルルルゥ?」


 本当? と小首を傾げて尋ねるセトに、レイは何の躊躇いもなく頷く。

 事実、これまでセトの外見を見て怖がる者は多かったが、実際にセトと接すればその愛らしさに陥落させられる者は多かった。

 そこまでいかなくても、セトに対する態度を和らげる者も多い。

 だから、そう落ち込むなとレイがセトを励ましていると、やがて気絶していた男の内の一人の口から呻き声が漏れる。

 呻き声を発したのは、レイが最初に吹き飛ばした相手……つまり、手加減を失敗して岩に叩き付けてしまった相手だ。

 そんな人物であっても、最初に気が付いたのはレイがポーションを使ったからか。


「う、うう……」

「ほら、起きろ。お前からは色々と話を聞きたいんだからな」


 呻き声を上げている男の脇腹を軽く蹴って意識の覚醒を早めていく。

 そうして数十秒後……レイによって吹き飛ばされた男は、薄らと目を開ける。


「俺……は?」

「起きたみたいだな。俺のことを覚えているか?」

「え? な……何だ!? 痛っ!」


 男の視線がレイの姿を確認し、慌てて立ち上がろうとする。

 だが、次の瞬間には身体に走る痛みに、その口からは苦痛の声が漏れ出た。

 レイがポーションを使いはしたが、それでも安物のポーションだ。

 岩にぶつかった時に皮膚に出来た切り傷の類は回復したが、デスサイズの一撃によって受けたダメージを回復するには程遠い。

 そんな男の状況は、今のレイにとっては好都合でもあった。


「繰り返すようだが、俺のことを覚えているか?」

「お、お前は……誰だ?」


 誤魔化しでも何でもなく、本当に心の底からレイが誰なのか分かっていない。

 それはデスサイズの一撃を受けた衝撃からか、それとも男がレイの姿を確認するよりも前に意識を失ったのか……理由はともあれ、レイにとって目の前の人物が自分のことを覚えていないというのは予想外だった。


「あー……じゃあ、向こうを見ろ。向こうなら分かるか?」


 レイが示したのは、少し離れた場所で他の気絶している男達を見張っているセト。


「っ!?」


 セトの姿を見れば、男も自分が意識を失う寸前に何があったのかを思い出したのだろう。

 怪我をしているとは思えない程の強い視線でレイを睨み付け、悔しげに口を開く。


「くそっ、レルダクトの野郎……腕利きを雇ってるって話はしてたが、まさかこんな化け物まで雇ってたのか……」

「何?」


 男の口から出た言葉に、レイは驚き、小さく呟く。

 レイの目から見て、てっきりこの男達は盗賊の類なのではないかと、そう思っていたのだ。

 だが、今の呟きは盗賊が口にするのとはちょっと違うように思えた。

 勿論盗賊であっても……いや、盗賊であればこそ、この地を支配しているレルダクトが強力な戦力を有していることを苦に思っても仕方がない。

 しかし、男の口から出た言葉は、そんな者達の放つ言葉とはどこか違った。

 いや、言っている内容は同じなのだが、雰囲気や印象が違うと表現するべきか。


「お前、一体何者だ? ただの盗賊って訳じゃなさそうだけど」

「盗賊だと! 何で俺達がそんな最低の存在にならなきゃいけないんだよ! 奴等は人から奪い、殺すような存在だぞ!」


 嫌悪感たっぷりの状態で叫ぶ様子に、レイは小さく溜息を吐く。

 目の前で叫んでいる存在が、少なくても自分の敵ではないことはっきりとした為だ。

 飛んでいるセトに問答無用で攻撃してきたのだから、敵という表現を変えるのはレイとしてもどうかと思うが、何となく目の前にいる者の存在の正体に気が付いてしまった。

 住民から重税を取り立てているレルダクト、警戒心が高く、空を飛ぶセトを攻撃してきたこと、そして今の男の発言。

 それらを総合的に考えれば、レイにも目の前にいる者達の正体を予想するのはそう難しい話ではない。

 いや、レルダクトの評判を聞く限り、このような者達がいない方がおかしいのだ。即ち……


「反乱軍、もしくはレジスタンスか」


 レイの口から出た言葉に、男は何故自分達の正体を見破られたのだと、大きく目を見開くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る