第1395話

 木の根で出来た玉座から、木の根で出来た人形が立ち上がる。

 立ち上がった木の根の人形は、そのまま自分の前にいるレイに向かい……右腕を振り下ろす。

 木の根で出来たその腕は、まるで鞭のようにしなやかな動きでレイに向かって襲いかかる。

 だが、その一撃はレイの目から見れば決して手が出せない速度ではない。

 いや、寧ろレイにとっては容易に反撃出来る程度の速度でしかなかった。

 真っ直ぐに自分に向かって振り下ろされた一撃を、半身を後ろに退くことで回避する。

 そして次の瞬間には地面に命中した右腕を踏みつけ、デスサイズを振るう。

 だが、普段であれば殆ど抵抗すらないままに斬り裂けるデスサイズだったが、右腕を斬り裂く瞬間、僅かな抵抗を感じる。

 そのことに、レイはデスサイズを振り抜きながら少しだけ驚きの表情を浮かべた。


(強い魔力を持っているのか?)


 今の一撃は、レイも殆ど魔力をデスサイズに込めてはいなかった。

 だが、それでも普段であればデスサイズその物の鋭さと、百kg程の重量、それとレイが持つ力の一撃であっさりと切断出来てもおかしくはない。

 そんな自分の一撃に、多少なりとも対抗した理由として考えられるのは、やはり魔力だった。

 これまでも、レイのデスサイズによる一撃は魔力を持った武器では防がれたことが何度かある。

 それだけに、やはり自分の一撃が防がれるのであれば、それは魔力によるものだというのは何となく理解出来た。


「だからって、完全に防げる訳じゃない……何っ!?」


 腕を切断した動きそのままに胴体を切断しようとデスサイズを振るおうとしたレイだったが、不意に聞こえてきた風切り音にその場から跳躍する。

 すると一瞬前までレイの身体があった場所を、何かが通りすぎ……次の瞬間、地面を弾けさせる。

 続いて聞こえてきたのは、再度の風切り音。

 その音の正体を見る間もなく、素早くその場を跳躍する。

 スレイプニルの靴を使って空中を蹴りながら、視線を先程音がした方に向け……驚きの表情を浮かべる。

 何故なら、視線の先にはレイが倒そうとしていた木の根で出来た人形が複数存在したからだ。

 だが、基本的には同じ形ではあったが、細かい所はそれなりに違う。

 それは、木の根といっても画一的なものではないからだろう。

 それでも遠目に見れば、同じような形をしている以上そっくりの存在だと認識するのは難しい話ではない。


「だよな、そもそも人形自体が端末である以上、同じようなものを幾つ作っても不思議じゃない訳……だ!」


 空中にいる間に黄昏の槍に魔力を込め、上半身の捻りだけで投擲する。

 その一撃は、セトに乗っている時に巨大花に放った一撃よりも、更に弱い。

 セトに乗っている時は、セトの背で身体を多少なりとも固定出来た。

 だが、スレイプニルの靴で空中に浮かんでいる状態であっては、例えその能力で一瞬空中を踏むことが出来たとしてもセトの背中に座っている安定感には程遠い。

 それでも、放たれた黄昏の槍は呆気なく木の根の人形を数匹纏めて貫き、消滅させていく。

 そうして次の瞬間には、レイの手元に黄昏の槍が戻ってきていた。


(デスサイズでは斬る時に少しではあっても抵抗があったのに……こっちはないな)


 込められた魔力の差と言えばそれまでなのだが、それでもレイの目から見て後から現れた木の根の人形は最初の木の根人形よりも弱いように思えた。


(量産型? 可能性はあるか)


 レイ達がここに来るまでここで待っていた木の根の人形と、戦いになったことで急遽作り上げることになった木の根の人形。

 外見こそ同じであっても、それが同じ性能を持っているとは、とてもではないがレイには思えなかった。

 だとすれば、まだ戦いやすい相手だ。

 そう思いながら、レイは一瞬だけ周囲に視線を向ける。

 その視線の先では、予想通りにヴィヘラとセトが巨大なトレントと戦っていた。

 他のトレントより身体が大きくても、所詮トレントはトレント。

 そう思っていたレイだったが、実際にはヴィヘラとセトが戦っているトレントは、今までレイ達が戦ってきたトレントとは違っていた。

 木の枝を手のように使って振るわれる一撃や、枝の木の実を投げる攻撃、幹に絡みついている蔦を使った一撃……攻撃方法そのものは、トレントと変わらないのだが、身体が大きい分か威力は普通のトレントよりも数段上だった。

 ……もっとも、だからといってヴィヘラやセトと互角にやり合えるのかと言えば、話は全く違うのだが。

 普通のトレントよりも巨大であるが故に、防御力も高いトレント。

 だが……ヴィヘラにとっては、防御力の高い相手というのは寧ろカモでしかない。

 敵の体内に直接衝撃を……それも魔力を伴った衝撃を送り込む浸魔掌というスキルを持つヴィヘラにとって、高い防御力というのは全く意味を成さない。


「はっ!」


 そっと手を触れ、そこからトレントの体内に衝撃を叩き込む。

 魔力を伴ったその一撃は、トレントの体内で存分に威力を発揮し、次の瞬間にはまるで内部から爆発が起きたかのように破裂する。

 トレントには、何が起きたのか分からなかったのだろう。

 一瞬混乱したように動きを止め……次の瞬間には地面に崩れ落ちる。


「グルルルルルゥッ!」


 ヴィヘラが技……スキルを使ってトレントを倒しているのであれば、セトは剛力の腕輪というマジックアイテムによって底上げされた、グリフォンとしての身体能力のみで巨大なトレントを圧倒していた。

 元々グリフォンとトレントでは、モンスターとしての格そのものが違う。

 特にセトの場合は、魔獣術の影響もあって普通のグリフォンより数段上の実力を持つ。

 そんなグリフォンを相手に、トレント程度のモンスターでは何をしようと抗える訳がなかった。

 雄叫びと共に振るわれる前足の一撃は、容易にトレントの幹を砕く。

 枝や蔦、木の実といった攻撃を行ってくるトレントだが、セトの身体能力があればその全てを回避するのは難しいことではない。

 華麗なステップを踏みながら攻撃を回避しつつ、間合いを詰めては致命的な一撃を与える。

 魔獣術として習得したスキルを一切使わず、それでいてセトはトレント達を相手に圧倒していた。

 それでもトレントを蹂躙するだけの力を持っているのは、セトだからこそだろう。


「っと!」


 ヴィヘラとセトの戦いに向けた一瞬の隙を突くかのように、木の根の人形は鞭と化した腕を振るう。

 横殴りに振るわれたその一撃を、スレイプニルの靴を発動することにより空中を蹴って回避し……


「うおっ!」


 回避した先で、地面から一本の木が急激に伸びてきたのを見たレイは、咄嗟にデスサイズを振るった。

 自分目掛けて伸びてきていた木は瞬時に斬り飛ばされる。

 そうして地面に着地したレイが見たのは、少し離れた場所で地面に手を埋めている一匹の木の根の人形。

 そんな相手を見て、ふとレイは違和感を抱く。

 今の状況を見る限り、木の根の人形が地面から木を生やしてレイを攻撃したように見える。

 だが、考えてみれば木の根の人形も、このトレントの森という存在にとっては端末のようなものなのだ。

 そうである以上、わざわざ端末の木の根の人形を経由しなくても、直接レイを攻撃出来た筈だった。


(なのに、何でだ? 何でわざわざ端末を経由して攻撃する? ……ちっ!)


 考えに集中する暇は与えないとでも言いたげに、他の木の根の人形がレイに向かって次々に攻撃をしてくる。

 どこから木の根を補充しているのか、既に木の根の人形が振るう鞭の長さは五mを超えるまでになっていた。

 それでいながら、木の根の人形の大きさは変わっていないのだから、明らかにどこからか木の根が補充されているのは間違いない。

 その上、戦いが長引くにつれて複数の木の根の人形が連携を取り始めていく。

 目を奪われる程華麗な連携……とはとても言えず、明らかに拙いと表現すべき連携。

 それでも連携は連携なのは間違いなく、仲間の攻撃に合わせるように攻撃を繰り出す。


「邪魔だよ!」


 叫ぶと同時に地面を蹴ったレイは、木の根の人形の横を通り抜けざまにデスサイズで胴体を両断していく。

 やはりというか、胴体を斬り裂く際に抵抗は感じない。

 いわば、最初にレイが話していた木の根の人形の量産型とでも呼ぶべき存在は、あっさり上半身と下半身に別れてそれぞれが地面に崩れ落ち……だが、次の瞬間には切断された場所から木の根を伸ばし、上半身と下半身が絡み合い、再び一匹の人形と化す。

 そんな木の根の人形を見ながら、レイは不愉快そうな表情を浮かべる。


「斬るんじゃなくて、消滅させる必要があるか。……幸い、ここは広い。これだけの広さがあれば、周囲に延焼もしなくて済むだろう」


 レイが呟いている間にも、木の根の人形の行動は止まらない。

 次々に降り注ぐ木の根の鞭による攻撃を回避しながら、呪文を唱える。


『炎よ、我が意に従い敵を焼け』


 その呪文と共に、デスサイズの先端には直径三十cm程の火球が生み出される。


『火球』


 木の根の人形との間合いを詰め、その横を通り抜けざまに魔法を発動。

 生み出された火球を木の根の人形に叩きつける。

 瞬間、木の根の人形はレイの放った火球により炎に包まれる。

 現在が夜だけに、その炎は非常に目立つ。

 トレントの森に生えている木々は多少なりとも魔法防御力を持っているのだが、多少程度の魔法防御力でレイの魔法をどうにか出来る筈もない。

 全身を炎に包まれた木の根の人形は、数秒と経たずに炭化し、夜の風に流されていく。


「……ふう、どうやら一気に燃やしつくしてしまえば延焼はしないようだな。一応地面には草が生えているから心配してたんだが」


 呟くレイの視線の先では、木の根の人形の全てが動きを止めていた。

 炎というものを知らなかったのか……そうも思ったレイだったが、スレーシャからは夜に焚き火をしていたという話を聞いている。

 そう考えれば、トレントの森が火という存在を全く何も知らないということはないだろう。


(にも関わらず、何でだ?)


 疑問を抱きながら、レイはヴィヘラとセトの方に視線を向ける。

 そこでは、未だに一人と一匹がトレントを相手に戦闘中だった。

 ……いや、それは既に戦闘ではなく蹂躙と言うべきだろう。

 ヴィヘラの手がトレントの幹に触れると、次の瞬間には内部から破裂するようにトレントの身体が破壊され、セトはまるで遊ぶかのように前足を振るってはトレントを破壊する。


(うん? ヴィヘラの浸魔掌って、体内に衝撃を通すスキルで、別に体内で爆発させるなんて真似は出来なかったと思うんだが)


 レイが知っている限りでは、体内を爆発させるなどという物騒な威力は持っていなかった筈だ。


(そう言えばさっき見た時もトレントの体内を爆発させてたような? ……強化されたのか?)


 木の根の人形の様子を見ながらレイは考えるが、それは間違っていなかった。

 アンブリスとの融合……いや、吸収により、ヴィヘラの能力はかなり強化されている。

 その結果の一つが、現在行われているトレントの体内で爆破されているという攻撃だった。


(鬼だな)


 新たに一匹のトレントが体内を爆破された様子を見て、レイはしみじみそう思う。

 鎧や皮膚、体毛……その他諸々の高い防御力を誇っている存在を無視して体内に衝撃を叩き込むというスキルだけでも凶悪な威力を持っているのに、今は更にそこに爆発という要素が加わったのだ。

 より攻撃的……いや、凶悪なスキルに進化したと言ってもいい。

 少なくても、レイはそんなスキルを持っている相手と戦いたいとは思わない。

 ……問題なのは、そのスキルを持っているヴィヘラがレイとの戦いを希望することが多いということなのだが。

 そんな風に考えているレイだったが、仲間が一匹やられたのが何かのトリガーになったのか、木の根の人形が全て攻撃を止めてじっとレイの方を見ているのに気が付く。


「……何だ?」


 トレントとの戦闘は未だに続いているままだ。

 にも関わらず、木の根の人形は一切の攻撃を止めてじっとレイの方を見ている。

 その静かな様子に不気味なものを感じるレイだったが、それでもとにかく今は数を減らすのが先決だろうと、再び魔法を唱えようとした……その瞬間、不意に全ての木の根の人形の身体を構成していた木の根が解けていく。

 それは、固結びされていた糸が誰にも触れられることがないまま解かれていくかのような……そんな様子だった。


(どうなっている? いや、敵がいなくなってくれたのは嬉しいけど……絶対に何か訳ありだろう、これは)


 レイの前で次々に解けていく木の根の人形。

 その上で、地面に落ちた木の根は、まるでそれぞれが蛇であるかのように地面に潜っていく。

 レイは、ただそんな様子をじっと見ていることしか出来ない。

 そして木の根の全てが地面に潜って消えた次の瞬間……トレントの森そのものが震え始めた。

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