第1386話

 最初、レイ達がその騒ぎを聞いた時は、冒険者同士で何らかの喧嘩騒ぎでも起こしてるのではないかという考えだった。

 これだけの冒険者が集まっているのだから、当然のように性格の合わない相手がいてもおかしくはない。

 ましてや、この依頼に参加しているのは、全てが一定以上の実力がある者……つまり、それだけ我が強い者も多いということだ。

 何しろ、実力と性格というのは一致していない。

 いや、一致している者もいるが、そのような人物は非常に少ない。

 実力があるからこそ我が強くなり、それ故にお互いの存在を気にくわないと考え、喧嘩騒ぎになってもおかしくはない。

 だが……それがレイの考えていたような喧嘩騒ぎではないと最初に気が付いたのは、セトだった。

 まさかこれだけの人数がいる場所でマジックテントを取り出す訳にもいかず……いや、もし何かあった時にマジックテントの中にいると一歩出遅れてしまうという判断の方が強かったのだが、ともあれ他の冒険者達と同じく地面に直接座っていた。

 ……それでいて、当然のように他の冒険者達と違うところがある。 

 そう、現在レイ達の近くにある、マジックアイテムの竃はまさにその最たる物だろう。

 レイと知り合いの錬金術師アジモフが作った竃。

 当然錬金術師が作った以上はただの竃という訳ではなく、魔力で動くマジックアイテムだ。

 その竃の中には、レイがミスティリングの中に入れてあった肉を何種類か取り出し、適当に味付けをして放り込まれている。

 直火で直接焼くのとは違った焼き方により、周囲には肉の焼ける匂いが漂う。

 そんな竃の側で嬉しそうに肉が焼けるのを待っていたのは、ビューネと……セト。

 そのセトが、不意に竃を見ていた状態から視線を森の方に向けたのだ。


「グルルゥ」

「セト?」


 そんなセトの様子に真っ先に気が付いたのは、ビューネの様子を呆れたように眺めていたヴィヘラ。

 セトに問い掛けるヴィヘラだったが、肝心のセトはヴィヘラの問いに答えるようなこともなく、じっと一ヶ所を……トレントの森の方に視線を向けていた。

 いや、どちらかと言えば睨んでいると表現した方がいいのかもしれない。

 当然セトがそんな様子であればレイが気が付かない筈もなく、マリーナと共にトレントの森について話していたのを一旦止め、セトの視線を追う。


「どうやら、ただの喧嘩騒ぎじゃないみたいだな」

「そうね。この時間に起きた騒動となると……考えるまでもないと思うわ」


 レイの言葉に、マリーナが近くに置いてあった弓と矢筒を手に取る。

 ヴィヘラは手甲も足甲もつけたままだったので特に何かを準備するようなことはなく、それはレイとセトも同様だ。

 ビューネも気分を切り替えたのか、自らの武器、白雲が納まっている鞘の存在を確かめる。


「ちょっと待っててくれ」


 出発する直前、レイは竈の中にあった肉を取り出すと、そのままミスティリングに収納する。


「この揉めごとが終わったら、改めて食おう」


 そう告げるレイの言葉に、マリーナとヴィヘラはどこか呆れながらも慈愛を感じさせる視線を送る。

 そしてビューネのみが、レイに向かって無表情ながらも何度も頷いていた。

 その頃になると、レイ達の周囲にいた他の冒険者達も聞こえてくる騒動の音には気が付いていた。

 最初はただの喧嘩騒ぎだと思っていたのは変わらないのだが、それでも時間が経つに連れて次第にそれが喧嘩騒ぎでも何でもなく……それどころか、実際にトレントの森から出て来ているモンスター達との戦いになっているというのを知ると、すぐに援軍に向かう。


「とにかく、トレントの森の広さを考えるとどんなに大量にモンスターが出て来てるのか分からない。こっちの戦力も有限なんだから、一気に力を使い切るような真似はするなよ」


 レイの言葉に、マリーナとヴィヘラ、ビューネの三人は頷く。

 半ば無尽蔵の体力を持つレイとセトであれば、それこそ一晩中暴れ回っても、昨夜戦ったトレント程度のモンスターであれば全く何の問題もない。

 だが、そのような真似が出来るのはあくまでもレイとセトという規格外だからこそだ。


(いや、ヴィヘラなら強敵を相手にしての戦いだったら、時間を忘れて熱中しそうだけど)


 トレントとの戦いではつまらなさそうだったヴィヘラだが、今その顔には笑みが浮かんでいる。

 その理由が、今レイ達がいる場所からでも見える、トレントの森に生えている木よりも尚巨大な向日葵を見てのものなのは間違いないだろう。

 ともあれ、ヴィヘラは戦いに集中しすぎて体力が限界になるという可能性は十分にある。

 基本的に後衛のマリーナもそうだし、身体の小さなビューネの体力不足は言うまでもないだろう。

 もっとも、ビューネは冬の間に行った訓練で大分体力がついてきてはいるのだが。

 それでもやはり、レイには到底敵わない。

 張り切りすぎないようにと告げるレイの言葉に全員が頷き、そのまま戦闘が行われていると思しき方に向かって駆け出す。

 それなりに広い場所に陣取っていた調査隊だったが、それでも数十秒と掛からずにレイ達は現場に到着した。

 そうして戦闘の様子が見えてくると、まずは攻撃を受けている者達をどうにかした方がいいだろうと、レイは戦場に向かって突っ込む。

 既にその手には、いつものように右手にデスサイズ、左手に黄昏の槍をミスティリングから取り出し、握っている。

 そうしてレイと同じように体力を消耗しないように気をつけろと言っている冒険者に対し、臆病者は引っ込んでろと叫んでいる冒険者の真横を通り抜け、その背後にいたトレントをデスサイズで一閃する。

 斜めに切断されたトレントは、そのまま上半身が地上に崩れ落ちる。

 それを見ながら、レイは臆病者がと叫んでいた冒険者を一瞥すると口を開く。


「この森の不自然さを考えれば、短期決戦よりも力を温存するというのは間違ってないと思うけどな」

「な!? ……レイ?」


 当然この男もギルムの冒険者である以上、レイのことは知っていた。

 それでも、いざこうして間近でその強さを見ると、やはり驚いてしまう。

 強気な性格と、この依頼に参加しているようにその性格に実力も伴っている。

 だが、そんな男から見ても、レイの強さというのは信じられないようなものだった。

 自分の真横をすり抜けた素早さに、トレントといえども一撃で幹を切断する鋭く、威力のある攻撃。

 渾身の力を込めて出した一撃がそうなのであれば、男もまだ納得出来ただろう。

 だが、男の目から見てもレイにはまだかなりの余裕があるように思えた。


(これが……高ランク冒険者、そして異名持ち……)


 唖然とする男はそのままに、戦闘を行っている者達に向かってレイが大きく叫ぶ。


「このモンスターは魔石を持っていない! だから正確にはモンスターとは言えないかもしれない代物だ! 素材の方も、ギルドで買い取ってくれるかどうかは分からない! だから、自分の手柄を気にせず、とにかく連携して戦え!」


 実際、レイが渡したトレントの死体は、モンスターの素材で最も重要な魔石は存在しないのはともかく、トレントの杖を始めとした素材として考えると評価は今一つだと聞かされている。

 建築素材としてなら十分に使えるのだが……と。

 そんなレイの言葉が聞こえたのか、何人かの冒険者はお互いに協力してトレントとの戦いを始める。

 素材としても金にならないのであれば、体力を消耗するだけ無駄だと判断したのか、それとも長丁場になるのを見越してのものか。

 ともあれ、レイを始めとした紅蓮の翼の到着により多少の混乱は収まり、冒険者達は協力して戦い始める。


「弓を使える人、こっちに集まって頂戴!」


 マリーナの声に、弓を武器にしている者達がそちらに集まっていく。

 中にはパチンコを武器にしている者もいるのだが、マリーナは構わず受け入れていった。

 とにかく遠距離攻撃出来る手段を持っている者達を集め、集中的に運用する必要があった。

 不利な戦いをしている冒険者、不意打ちを受けようとしている冒険者といった具合に援護を集中していく。

 ……だが、相手がトレントである以上、弓というのはそこまで有効な武器ではない。

 勿論全く無意味という訳ではないのだが、あくまでも牽制程度にすぎない。

 マリーナもそれが分かっていた為か、自分は弓を使わずに精霊魔法で攻撃をしていく。

 特にマリーナが集中的に狙うのは、蔦だ。

 蛇の如き動きで近付いてくる蔦は、地面の上を這って移動するのでどうしても見つけにくい。

 風の精霊魔法により生み出された、風の乙女が次々に攻撃をしていく。

 冒険者の中には見目麗しい風の乙女に思わず目を奪われる者もいたのは、風乙女の容姿や精霊魔法というものを初めて見た者にとっては仕方のないことなのだろう。

 そしてビューネは、自分の攻撃でトレントを倒せるとは思っておらず、牽制に集中する。

 白雲という銀獅子の牙から作られた武器は、トレントであっても容易に斬り裂くことが出来る。

 ……それでも刃の長さから、一撃で致命傷とはいかないのだが。

 代わりにという訳ではないが、トレントの枝程度であれば容易に切断することが出来た。

 また、蔦のモンスターはトレントよりも楽に切断することが出来る。

 ただ、時折頭上から降ってくる種はビューネにとっては非常に厄介な存在だった。

 ビューネの拳大程の大きさだったり、それこそ中にはビューネの頭部程の大きさの種もある。

 それらが気紛れに頭上から降ってくるのだから、その回避に専念する必要もあった。


「うわああああああああああああああっ!」


 と、不意に周囲に悲鳴が上がる。

 周囲にいた冒険者達がその悲鳴を上げた人物に視線を向けると、そこでは種の攻撃を避け損なった冒険者が、腕に種の一撃を受けていた。

 ……いや、それだけであれば問題ないのだが、種が身体にめり込み、そこから体内に根を生やしているとなれば話は別だろう。

 見る間に広がっていく根は、皮膚の上からでも見て分かる。

 脈動しているその根が身体の半ばまで広がると……不意にその冒険者は、意識を失ったかのように叫び声を急に止めた。


「お、おい……?」


 その様子があまりに凄惨だった為だろう。

 近くにいた冒険者が、トレントを鎚で吹き飛ばした後でそっと声を掛ける。

 だが、仲間の声にも男は全く反応する様子を見せず……次の瞬間、不意に目、鼻、口、耳……それどころか皮膚すら破って急激に枝が生えてくる。

 ……そう、枝だ。

 それこそ、トレントに生えているのとそう大差ない枝が身体中から次々に伸びて……いや、生えてくるのだ。

 十秒と経たないうちに、種に触れてしまった男は物言わぬ木と化した。

 かろうじてその木が男であったのだろうと思える残骸は、身体中から枝が生えてきた時に破れた服や壊れた鎧の残骸が地上に落ちていることくらいだろう。


「ばっ、何だよこりゃあ! おい、上から降ってくる種は危険だ! その種には触るなよ!」


 仲間が木と化してしまったのを見て男が叫ぶ。

 この依頼を受けるだけの力を持った冒険者達だ。種が危険だと分かっていれば、それを回避するのは難しくはない。

 また、どうしても回避出来ないのであれば、それこそ武器なり盾なりを使って種を弾き飛ばせばいいのだから。

 だが、冒険者にとっては楽に出来ることであっても、普段から身体を動かすことがない研究者達にとっては、難しい。

 フィールドワークをしてそれなりに身体を動かしている研究者であれば、まだ何とか対応出来るのだが……

 そんな訳で、研究者達の護衛についていた冒険者達はそちらに向かって降り注ぐ種も弾く必要が出てくる。


「ぐぅっ! ……くそっ、切りがねえぞこれじゃ!」


 子供の頭程もある大きさの種を盾で強引に弾いた冒険者の男は、その衝撃に腕を痺れさせながら誰にともなく苛立たしげに叫ぶ。

 ランク制限の依頼である以上、危険があるというのは承知していた。

 また、夜になればトレントを始めとしたモンスターが襲撃してくると言うのも、前もって聞いている。

 それでも、まさかこのような事態になるというのは予想外だった。ましてや……


「これは……もしかして、トレントの森が広がっているのは、この種の仕業か?」

「いや、だが人は殆どこのトレントの森まで来てはいない筈だ。幾ら何でもこれだけ森が広がるようなことは……」

「違う。見ろ、種が落ちた場所から木が生えてきている。別に種が発芽するのに人が必要という訳ではないのだろう」


 冒険者達が必死に頑張っている中で、研究者達はじっとトレントの森を観察しながらお互いの意見を戦わせている。

 勿論研究者達はそれを目的としてトレントの森にやってきたのだから、真面目に仕事をしているだけにすぎない。

 それでも……必死で戦っていたり降り注ぐ種を弾いている冒険者達にしてみれば、面白い筈もなかった。

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