第1387話

「ちっ、トレントの森が広がっている原因があの花なのは間違いないんだろうが……とにかく、まずはあれをどうにかしないといけないんだろう、な!」


 喋りながら、自分に向かって襲いかかってきたトレントを二匹纏めて胴体から切断する。

 植物系モンスターの特徴として、非常に高い生命力が上げられる。

 それこそ、トレントの場合は枝の一本や二本切断しても、特に影響はない。

 ……それでも、胴体を切断されれば死ぬしかない。

 そして決して動きが速い訳ではなく、それでいて的も大きいトレントというのは、デスサイズという強力な武器を持っているレイにとってはまさに的でしかない。

 的でしかないのだが……それでも延々と森の奥から姿を現すトレントの群れは非常に厄介だった。

 そんなレイの苛立ち混じりの言葉に、浸魔掌を使ってトレントの内部を破壊していたヴィヘラが叫ぶ。


「なら、私が行かせて貰うわ。トレントと戦っていても的でしかないし、何よりトレントに有効な攻撃手段が少ないしね」


 月光が降り注ぐ中で薄衣を靡かせながら戦うヴィヘラは、戦闘の中であるというのに周囲の人の目を引き付けるかのような美しさを持っていた。

 戦っている者の中には、そんなヴィヘラの様子に目を奪われている者も少なくない。

 そんな状況であっても、トレントや蔦と戦い、上空から降ってくる種を弾くなり回避するなりしている辺り、ランク制限されているこの依頼に参加するだけの実力の持ち主だということだろう。

 最初は上空から降ってくる種に驚きもあったが、落ちてくる種は特に速度が速い訳でもない。

 ただ、普通に落ちてくるだけだ。

 勿論普通の人間……例えば戦闘に慣れていない研究者達であれば、それでも完全に種を回避するのは難しいだろうが、この依頼に参加している冒険者であれば、難しくはなかった。


「それは構わないけど、あの巨大な花だぞ? それこそ攻撃手段はないんじゃないか?」


 普段であれば未知のモンスターの魔石という考えが一瞬であってもレイの脳裏を過ぎるのだろうが、このトレントの森のモンスターは基本的に魔石を持ってはいない。

 そうである以上、誰があのモンスターを倒しても構わなかった。

 だが、レイが躊躇った理由は、ヴィヘラの攻撃手段だった。

 手甲や足甲から伸びる魔力で出来た爪や刃も、その長さは有限だ。

 トレントの幹を斬り裂くことは出来るが、レイの持つデスサイズのように一刀両断という訳にはいかない。

 勿論同じ場所を何度も斬りつければトレントの幹を切断することも出来るのだが、速度は遅いと言っても曲がりなりにも動き回っているトレントの幹を切断するよりは、大人しく浸魔掌を使って内部から攻撃した方が手っ取り早かった。


「浸魔掌を使えば何とかなるわよ。最悪、手甲の爪で何度も攻撃するという手段もあるし」

「……分かった。セト、頼めるか?」

「グルルルルルゥ!」


 前足の一撃で容赦なくトレントの幹を叩き折っていたセトに、レイは告げる。


「ヴィヘラを乗せて、あの花の下まで行ってくれ!」

「グルゥッ!」


 レイの言葉に、セトは最後の一撃と前足を振るって近くにいたトレントの胴体を叩き折り、そのままヴィヘラの近くまで移動すると小さくしゃがむ。

 ヴィヘラが乗りやすいようにという体勢だ。


「悪いわね。じゃあ、ちょっとセトを借りるわ」


 子供のような例外を除き、レイ以外を背に乗せて飛ぶことは出来ないセトだったが、背に乗せて走るというのであれば、何の問題もなく出来る。

 そのままヴィヘラを背に乗せたセトは、トレントの隙間を縫うように移動していく。

 ……それでいながら、横を通り抜けざまにヴィヘラが手甲から伸ばした爪でトレントの身体を斬り裂いていくのはヴィヘラがヴィヘラたる由縁なのだろう。

 痛覚の類はなくても自分が攻撃されたのは分かるのか、トレント達は自分の横を通りすぎたセトとヴィヘラに向かって振り向こうとする。

 それは、レイ達を前にすると致命的な隙だった。

 動きが止まったトレントに向かい、レイはデスサイズを連続して振るっていく。

 次々に胴体から真っ二つになっていくトレントの様子は、それを見ていた他の冒険者達に深紅の異名を持つというのは伊達ではないと実感を持って思い知らせることになる。


「ん!」


 そんなレイから少し離れた場所では、ビューネが長針を次々と投擲する。

 夜の闇に紛れるように飛ばされた長針は、次々とトレントの幹にある顔のように見える場所に突き立つ。

 長針が突き立っても特に痛みで行動に変化はないが、それでも一瞬の牽制としては十分だったのだろう。

 一瞬動きの止まったトレントは、次の瞬間には地面が持ち上がって出来た岩の槍により下から貫かれる。


「土の精霊魔法はそこまで得意じゃないけど……このくらいなら問題ないわね」


 艶然とした笑みを浮かべ、マリーナが呟く。

 手には弓を持ち、次々に矢を射ながら、更に集まってきた弓を始めとして遠距離からの攻撃を得意としている者達に指示を出しながらの言葉。

 普通であれば、とてもではないが全てをこなすことは出来ないだろう。

 だが、それをこなすことが出来るのが、マリーナがマリーナたる由縁なのだ。


「何だか、全部マリーナに任せておけば解決しそうな感じがするのは、俺の気のせいか?」


 獅子奮迅と呼ぶに相応しいマリーナの活躍を見ながら、レイが呟く。


「ん!」


 そんなレイに向かって、しっかり働けとビューネが短く叫ぶ。

 戦闘が始まってから……より正確には、紅蓮の翼が戦闘に参加してから、まだそれ程経っていない。

 その為、ビューネにもまだかなり体力の余裕はあった。

 それでもレイに文句を言ったのは、やはり自分の身体が小さい……つまり瞬発力はともかく、体力はそこまで高くないと知っているからだろう。

 勿論戦いの中でも常に全力で戦っている訳ではない。

 緩急を付け、トレントや蔦といったモンスターの攻撃のタイミングを外しつつ、体力の消耗も抑える。

 そんな戦い方が、ビューネには可能になっていた。

 これも冬に続けた戦闘訓練の成果の一つだろう。

 そんなビューネに急かされるように、レイは左手に持つ黄昏の槍に魔力を込める。


「ふっ!」

 

 気合いの声と共に離れた黄昏の槍は、そのまま真っ直ぐにトレントに命中し……胴体を粉砕しながら貫く。

 だが、アジモフの手により生み出された黄昏の槍は、その程度で終わりはしない。

 一匹のトレントの胴体を粉砕しながら貫き、それでも速度が衰えず、その背後にいたトレントの胴体を砕き、更にその背後にいるトレントの胴体も砕いていく。

 一撃……魔力を込めた黄昏の槍の一撃で死んだトレントの数は十匹を超える。

 また、死ななくても身体の一部が砕けたトレントの数も考えると、今の一撃の威力がどれ程の効果を持っていたのかは明らかだろう。

 そしてトレントを砕き、蔦を引きちぎりながらトレントの森の奥に向かった筈の黄昏の槍は、気が付けばレイの手元に戻っている。

 レイの手元に自動的に戻ってくるという、黄昏の槍の能力の一つだ。


「うおおおおおっ、何だよあれ……嘘だろ!?」

「すげえ……これが、これが異名持ち……」

「素敵ね」


 レイ達の周囲で戦っていた冒険者達が、今の一撃を見て驚愕の声を漏らす。

 そんな声を上げながら、それでもトレントや蔦との戦いを止めないのはさすがと言うべきだろう。


「ふぅ……っと!」


 黄昏の槍が手元に戻って気が緩んだ瞬間にでもと思ったのか、トレントがレイ目掛けて枝を……トレントにしてみれば手のようなものを振り下ろしてくる。

 枝にも関わらず、鞭のようにしなりを帯びた一撃は、だが次の瞬間にはレイの振るったデスサイズによって斬り飛ばされた。

 そのまま返す一撃でトレントの胴体を切断し……ふと、足下に違和感を覚えて咄嗟にその場を跳び退る。

 すると一瞬前までレイの身体があった場所を貫くかのように地面から一本の木が生えてくる。

 ……いや、それは生えてくるとなどという生易しい表現ではない。寧ろ、飛び出してくると表現した方がいいだろう。

 先端が鋭利に尖っている様子は、材質は岩と木という違いはあれど、先程マリーナが使った岩の槍を思い出す。


(いや、もしかして……真似をしたのか? さっきのマリーナの様子を見て?)


 学習したのか?

 ふとそんな思いがレイの脳裏を過ぎるが……実際には以前からトレントの森は獲物を捕食する時に同じような攻撃を行っている。

 これは完全に偶然の産物と言ってもよかった。

 だが、レイがトレントの森で戦った相手はトレントと蔦のモンスターのみ。

 今回の戦いで向日葵に見える巨大な花と初遭遇したが、それが真似をしたのではないかとは思わない。

 ……大きくなるというのを真似をするというのは、どのようなものを真似をしたらいいのかという問題にもなるのだが。


「ぎゃああぁっ!」


 地面から生えてきた木が貫こうとしたのは、レイだけではない。

 戦場になっている場所の中で、何ヶ所からも悲鳴が周囲に響く。

 そこで何が起きたのかというのは、そこに視線を向ければ明らかだ。

 レイは回避したものの、突然の地下からの攻撃というのはどうしても反応するのは難しい。

 足の裏を貫通された者の悲鳴が周囲に響く。

 慌てて仲間を助けようとしている者もいるのだが、足の裏から身体を貫通している以上、地面に足が縫い付けられているような状態になっている。

 それを無視して地面から生えている木を切断しようとするのなら、それこそ足を切断するといった行為が必要になる可能性が高い。


「あ、新しい奴が出て来たぞ! 気をつけろ!」


 再び周囲に響く警戒の声。

 レイが声のした方に視線を向けると、そこでは鋭い牙を持った草が冒険者に噛み付こうとして長剣で弾かれている。


(あれって……ハエトリグサ?)


 レイも本やTVで見たことはあるが、直接自分の目で見たことはない。

 だが、それでもその草はハエトリグサと呼ばれている植物に似ているように思えた。

 もっとも、本物のハエトリグサは人を丸呑み出来る程に大きくはないし、何より棘は生えていても牙は生えていないのだが。

 そもそも、レイにはこの世界にハエトリグサがあるのかどうかも分からない。

 少なくても、レイはこの世界で数年を暮らしているがハエトリグサを見たことはなかった。


(ギルムは辺境だし、意外と森には普通にありそうな気がするけど)


 辺境だからと言えば、大抵のことは納得されてしまうのがこのエルジィンという世界だ。

 そんな風に思いながら、レイはデスサイズを振るう。


「飛斬っ!」


 デスサイズから放たれた斬撃は、ハエトリグサの牙が生えていない茎の部分をあっさりと切断することに成功する。

 人を飲み込む程の大きさの牙やその周辺の部分を支えているとは思えない程、あっさりとだ。


「そのハエトリグサは茎の部分が弱点だ! 慌てる必要はないから、攻撃を回避して茎の部分を攻撃しろ!」

「ハエトリグサ? このモンスターの名前か?」


 ハエトリグサに襲われそうになっていた冒険者が、レイの言葉に一瞬疑問を覚える。

 だが、今はそれどころではないというのは理解しているのか、その疑問を無理矢理投げ捨て攻撃に移る。

 取りあえず、レイが言うのならこのモンスターはハエトリグサと言うのだろうと判断し、少し離れた場所にいる同じモンスターに向かって斬り掛かった。

 ……これが理由で、このモンスターは以後ハエトリグサと呼ばれることになるのだが、それはレイにも今は分からなかったことだ。

 ともあれ、次々に新しいモンスターが出てくることにレイは危機感を抱く。

 自分だけであれば、特に問題なく戦うことが出来る程度の相手ではある。

 だが、この場にいる冒険者の全てがそうかと言えば、それは否だった。

 特にハエトリグサや地下から突然生えてくる木といった未知のモンスターを相手にした場合、普通の冒険者では手が出ない可能性がある。


「厄介だな」


 その中でも更に厄介なのは、レイが視線を向けた方向……そう、研究者達が集まっている場所だ。

 トレントを始めとした普通のモンスターであれば、護衛を任されている冒険者達で何とか出来るだろう。

 降ってくる種に関しては、幸いにも先程から止んでいるので今は気にする必要がない。


(ヴィヘラだろうけどな)


 一瞬だけ向日葵の化け物と戦っているヴィヘラに思いを馳せるも、すぐに思考を元に戻す。

 そう、地上と上空からの存在は気にする必要はないのだが、地中からの存在は話が別だった。

 現れた瞬間にその場を回避しなければ、足裏を貫かれることになるのだから。

 幸いにも……もしくは何か理由があるのか、地中から急に姿を現す木は今のところ研究者達には襲いかかっていない。

 だが、それもいつまで続くかは分からないのだ。


「レイ、あれ!」


 考えている最中、不意にマリーナの声が周囲に響く。

 幾つもの戦闘が行われている中でもマリーナの声をレイがきちんと聞き取ることが出来たのは、声を発したのがマリーナだからこそだろう。

 弓を持つ冒険者達に指示を出しているのを一旦止め、とある方を見ているマリーナの視線を追ったレイがみたのは、地面に崩れ落ちていく巨大向日葵の姿。


「おお……」


 喜びの声を上げたのも一瞬……次の瞬間、二本、三本と再び新しい巨大向日葵が姿を現すのだった。

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