第1335話
アロガンとキュロットは、アジモフの護衛を引き受けるとそのままレイ達と共に食堂を出て、目的の場所……アジモフの家に向かっていた。
「アジモフ、アジモフ……何だか、どこかで聞いたような名前だな。どこだったか?」
「スコラじゃない? ほら、錬金術師として腕が立つって言ってたような気がするわよ?」
「うーん、そうだったか? 何だか違う相手から聞いたような」
護衛の対象についての情報をレイから聞いたアロガンとキュロットの話を聞きながら、先導するように前を歩くレイはマリーナに話し掛ける。
「にしても、良かったのか?」
「あら、何が?」
「依頼だよ。元ギルドマスターのマリーナが、ギルドを通さないで依頼をするってのは色々と不味いと思うんだけど」
元ギルドマスターで、現在は冒険者……だが、相談役という非公式の役職を持つマリーナだ。
そんな人物がギルドを通さないで依頼をするというのは、レイの目から見ても色々と不味いように思えたのは当然だろう。
「そうでもないわよ。結局私は元ギルドマスターであって、現在は一冒険者にすぎないんだから。それに、今回の件は殆ど個人的な頼みに近いでしょ?」
「……そうか? そうなると、結局どんな頼みも個人的なものになりそうな気がするけどな」
何かを採取してくるように頼んだり、特定のモンスターの討伐を頼んだり……それらも拡大解釈をすれば、個人的な頼みと言ってもいいだろう。
「あら、違うわよ。そもそもの話、今回の件はあの二人とレイは顔見知りだったでしょ? その時点で、ギルドの依頼と一緒とはいえないわよ」
「まぁ、それで押し通すのなら、俺は構わないけど」
ギルドの依頼でも、以前頼んだ相手に指名依頼をするようなことは珍しくない。
その辺とは違うのか? と思わないでもないレイだったが、ここで深く突っ込んでしまえば色々と面白くない話になりそうだったので、取りあえず話はスルーする。
そんな風に話している内に、表通りから離れて裏通りに……更にアジモフの家に近付くに連れ、人の姿が減っていく。
「ちょっ、ちょっとレイ? 何だか周囲の様子が妙なんだけど……本当に大丈夫なのよね?」
周囲の様子を見て不安に思ったキュロットが尋ねるが、レイは問題ないと頷き、口を開く。
「この辺りは元々裏通りで人が少ないからな。それに、アジモフの家が近くにあるから、どうしても人が少なくなる」
「ちょっと、全然大丈夫じゃないじゃない!」
「……なぁ、レイ。一応聞いておきたいんだけど……俺達がやるのはその錬金術師の護衛なんだよな? まさか、妙な実験をさせられるとか、そんなことはないよな?」
普段は自信に満ちているアロガンだったが、それでも周囲から人の気配が少なくなってくると不安に思ったりもするのだろう。少しだけ弱気になってレイに尋ねる。
「心配するなって。大丈夫だ。問題ない。……多分」
『おいっ!?』
小さく呟かれた最後の言葉に、アロガンとキュロットは揃って抗議の叫びを上げる。
「相変わらず、息が合ってるな」
「じゃなくて、何だってのよそれ。何があってそうなってる訳?」
「冗談だ、冗談。特に何がある訳でもないから、気にするな。アジモフは腕利きの錬金術師だし……気に入って貰えば、もしかしたら何かマジックアイテムを貰えるかもしれないぞ」
「マジックアイテム!?」
レイの言葉に、キュロットが歓喜の表情で叫ぶ。
普通の……それこそ日常生活で使うようなマジックアイテムであれば、そこまで喜ぶことはない。
だが、今回は腕利きの錬金術師が作っただろうマジックアイテムなのだ。
金が好きなキュロットが、これで喜ばない筈がなかった。
「言っておくけど、あくまでも『貰えるかもしれない』だからな。確実に貰えるって訳じゃないのは忘れるなよ」
「うん、分かってるわ。けど、マジックアイテムって冒険者にとっては憧れよね? ……誰かさんは何故か実力も弁えずに魔剣を持ってるけど」
「へぇ。その誰かさんってのは、一体誰のことなんだろうな?」
「さあ? 誰のことかしら。多分、自覚のない誰かさんでしょうね」
「ほう? 俺はてっきり口だけ達者などこぞの雌猫のことを言ってるんだと思ったけど、違うのか」
「うふふ。何を言ってるのかしら」
何故かレイと話していたキュロットが、再びアロガンとの言い争いを始める。
「……ねぇ、レイ。本当にあの二人でいいの?」
レイからあれが二人の普段のやり取りだと聞いているマリーナだったが、それを聞いてもやはり心配になってしまう。
「いいんだって。ああ見えても、それなりに腕は立つし。それは、マリーナも知ってるんじゃないか?」
「悠久の力、ね。それなりに活発に活動しているパーティだったと思うけど」
マリーナの記憶に残る程度には、悠久の力もそれなりに動いていたパーティなのは事実なのだろう。
ギルムにいる冒険者の数、そしてパーティの数を考えると、マリーナがその全てを把握していた訳ではない。
そんな中でマリーナの記憶に留まっているということは、その時点で有能なパーティだと言えた。
もっとも、マリーナはレイがギルムに来た時から注目していた。
事実、レノラにレイに対して色々と配慮するように命じていたのだから。
そんなレイと関わりあいになっただけに、アロガンやキュロットが入っている悠久の力も注目していたのは間違いないだろう。
「何よ」
「何だよ」
「ぐぬぬぬぬ」
「むうううううう」
背後から聞こえてくるそんなやり取りに、本当に大丈夫か? といった視線を、レイに向けてしまう。
「ほら、二人共その辺にしておけ。そろそろアジモフの家が見えてきたぞ」
レイの声に、背後で言い争っていた二人は言い争いを止める。
そして視線を向けた先には、アジモフの家。
「ふーん、別に何か特別な建物って訳じゃないんだな」
「そうね。レイがあんな風に言う人物なんだし、てっきりもっと大々的に研究所とか持ってる人かと思ってたけど」
「アジモフに名誉欲とかそういうのがあれば、もっと上の立場にいて研究所とかを任されたかもしれないけど、そういう性格じゃないしな」
レイの言葉に、アロガンとキュロットは頷く。
そうしてアジモフの家の前に到着すると……
「グルルルルゥ!」
レイが何かをするよりも前に、中庭にいたセトが真っ直ぐにレイに向かって飛び込んできた。
体長三mのセトだけに、その身体を受け止めるのは並大抵のことではない。
それでもレイは、そんなセトをしっかりと受け止める。
何歩か後ろに下がったものの、それでも転んだりといった真似はしなかった。
「まったく、甘えん坊だなセトは」
「グルゥ……」
撫でながら呟くレイに、セトは円らな瞳を向ける。
レイと離れている時間はそんなに長くなかったのだが、それでもセトはレイと一緒にいたかったのだろう。
普段はもっと長い時間離れていることも多いのだが、この辺りは今日の気分といったところか。
「グルルルゥ?」
レイに撫でられて安心したのか、セトはレイの後ろにいる人物に視線を向ける。
アロガンもキュロットも、セトのことは当然知っているが、レイと比べるとそこまで付き合いがある訳ではない。
勿論今まで何度か会ったことはあるのだが、以前見た時に比べると圧倒的に大きくなっているセトに驚き、声が出ない。
……元々セトの体長は約二mだった。
アロガンやキュロットが知っているのも、その頃のセトだ。
だが、今のセトは体長三m程。
その差を考えれば、思わず目を見張って当然だろう。
「ほら、セト。覚えてないか? アロガンとキュロットだ」
「グルゥ……グルルルゥ?」
小首を傾げるセトの様子から考えて、あまり覚えてないといったところか。
何気に、初対面でレイに喧嘩を売ったアロガンは、自分も忘れられていると知ってショックを受ける。
もっとも、それはアロガンにとって幸運だっただろう。
もし本当にセトがアロガンのことを覚えていれば、セトに嫌われて……いや、敵として認識されていた可能性もあるのだから。
「ほら、俺達はアジモフに用件があるから、セトは中庭で遊んでてくれよ。いいか?」
「グルゥ!」
ひとまずレイに甘えることが出来て満足したのか、セトはそのままレイに顔を擦りつけると、中庭に向かう。
「ふふっ、相変わらず好かれてるわね」
セトが走ってきた時、被害を受けないようにとレイから少し離れていたマリーナが、笑みと共に呟く。
「まあ、セトだしな。……それより、そろそろいいか。ノックするぞ……って言おうと思ったけど、いらなかったか」
「ん」
レイの言葉にアジモフの家の扉が開くと、そこにはビューネの姿があった。
「その様子を見ると、特に異常はなかったみたいだな」
「ん」
ビューネはいつものように小さく声を出すと、そのまま扉を開く。
それが中に入れというのを示しているのは、態度を見れば明らかだった。
レイもそれが分かっているので、大人しく家の中に入る。
錬金術師の家に入るのが初めてのアロガンとキュロットの二人は、物珍しそうに周囲を見回し……やがて残念そうな表情を浮かべる。
(凄腕の錬金術師の家って聞いてたから、もっと色々とあると思ったんだけど……普通の場所なのね、ここ)
(こうして見る限りだと、家自体はそんなに特別って訳じゃないんだな)
もっと特別な……それこそ、幾つものマジックアイテムが飾ってあるのかとでも思っていたのか、アロガンとキュロットはどこか拍子抜けした様子だった。
そんな二人の様子を理解していながらも、レイは特に何を言うでもなくマリーナやビューネと共に家の中を進む。
そうして通されたのは、当然のようにアジモフの研究室だった。
……以前襲われた部屋で、窓のあった場所はセトが突っ込んだことにより多少壊れている……筈が、どうやったのかすっかり直っている。
(マジックアイテム? いや、腕の立つ大工とかにやって貰ったと考えるのが自然か)
窓のあった方を見ながら納得しているレイに向け、短剣を弄っていたアジモフが話し掛ける。
若干その態度が不機嫌そうに見えるのは、やはりあまり親しくない相手を護衛として雇わなければならない為か。
「それで、その二人がレイの言ってた護衛なのか?」
「ああ。腕に関しては、護衛として問題ない筈だ。……多少性格に問題があるが」
最後に付け加えられた一言に、アロガンとキュロットは不満そうな視線を向ける。
だが、ここにやって来るまでの間にずっと言い争いをしていたのを考えれば、それを否定出来ないというのは自分達でも理解しているのだろう。
レイに向かって不満そうな視線を送るものの、それ以上は何も行動には出ない。
もしここで見苦しい真似をすれば、アジモフの護衛が……凄腕の錬金術師と友好的な関係を持つ絶好の機会が失われる為だ。
ただでさえ、錬金術師と顔見知りになる機会は滅多にない。
いや、もっと高ランクの冒険者になれば話は別かもしれないが、残念ながらアロガンやキュロット達はまだランクD冒険者にすぎない。
だが、幸いにもアジモフはアロガン達を一瞥すると、特に気にした様子もなく頷きを返す。
「分かった。レイが紹介した相手なら大丈夫だろう。……護衛は任せる。俺は基本的にこの部屋にいるから、お前達も好きにしててくれ。ただ、いらない物に触って妙なことになったりしても責任は取れないからそのつもりでな」
いらない物というのはともかく、妙なこと……具体的にどのようになるのかを口にしないことに多少の恐怖を抱きながらも、アロガンとキュロットの二人は頷く。
それを見たアジモフは、ふとアロガンに……正確にはアロガンの腰にある鞘に視線を向ける。
「それは魔剣か?」
「あ、うん。そうだ」
まさかいきなり魔剣だと見抜かれるとは思っていなかったのか、アロガンは少し驚きながらそう答え、鞘に手を伸ばす。
そうして抜かれた長剣は、アロガンにとっての相棒……幾度となく命を救われてきた魔剣だった。
以前はその魔剣の力に頼りきりだったアロガンだったが、レイと出会って即座に倒され、その後ランクアップ試験で盗賊と戦い、キュロットやスコラとパーティを組み、色々な依頼をこなしてきた。
その過程でアロガンも魔剣の力に頼るのではなく、しっかりと操る。
そうすることが出来るようになっていた。
「……ちょっと見せて貰えるか?」
それでも、初めて会った相手に自分の相棒を預けるのは少し躊躇したアロガンだったが、レイに視線を向けると頷きを返される。
レイのことは苦手としているアロガンだったが、それでも信用も信頼もしていた。
だからこそ、そんなレイの頷きを受けて自分の相棒をアジモフに渡す。
それを受け取ったアジモフは、魔剣を手に……数秒、じっと見つめる。
そして鞘に納めると、やがて納得したように口を開く。
「護衛、頼んだぞ」
そう告げるアジモフの表情は、数秒前とは違ってどこか納得したようなものだった。
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