第1334話

 不意に背後から聞こえてきた声に、レイは振り返る。

 咄嗟に身構えたりしなかったのは、こんな街中……それもギルドの前で襲われるようなことはないだろうと判断していたというのもあるし、何より聞き覚えのある声だった為だ。

 そうして後ろを向いたレイの視線の先にいたのは、盗賊と戦士の二人組。

 見覚えのある二人を見て、レイは口を開く。


「キュロットにアロガン? また、どうしたんだ? 珍しい組み合わせだけど」


 そこにいたのは、レイが口にした通りランクDパーティ、悠久の力の二人。

 本来ならここに魔法使いのスコラが加わって悠久の力なのだが、今日はスコラの姿はない。

 以前レイがランクアップ試験に挑んだ時の同期で、元々はキュロットとスコラの二人が幼馴染みで、そこにランクアップ試験が終わった後でアロガンが加わり、悠久の力を結成したといった形だった。

 アロガンはランクアップ試験よりも前にレイに絡み、実力差を思い知らされる……といったこともあったが、レイとはそこまで険悪にならずにすんだのは、やはり少しではあっても寝食を共にしたからだろう。


「スコラはちょっと魔法の勉強をするって、そっちに向かってるわ。おかげで十日くらい、私はこいつと二人で行動することになったんだけどね」


 嫌そうな顔をしながら、キュロットがアロガンを見る。

 元々気が短いアロガンだけに、キュロットにそんな真似をされれば当然黙っている筈もない。


「けっ、何を言ってんだか。我慢してやってるのは俺の方だってことを知らないのか?」

「何よ?」

「何だよ?」


 ぐぎぎぎ、と睨み合う二人。

 だが、レイはそんな二人を止める様子はない。

 そのことを疑問に思ったのか、マリーナはレイのドラゴンローブを少し引っ張って口を開く。


「ねぇ、ちょっと。いいの?」

「ああ、いいんだよ。あの二人にとって、いつものじゃれ合いだし。ほら、よく言うだろ? 喧嘩する程仲がいいって」

『誰がこんな奴と!』


 レイの言葉が聞こえたのだろう。アロガンとキュロットの二人は、言い合いを止めてレイに叫ぶ。

 ……そうして叫ぶ時のタイミングがこれ以上ない程に合っているのを見れば、息が合ってるのは間違いないと言われても仕方がなかった。


「……って、それよりレイ。あんたと一緒にいるのってもしかして……」

「うわぁ……嘘だろ……」


 ひとまずレイの言葉で言い争いを止めたキュロットが、レイの方を見て驚きで言葉を止める。

 正確にはレイの方ではなく、レイの後ろ……マリーナの姿を見て、だが。

 アロガンも、前ギルドマスターのマリーナは知っていたのか、動きを止めていた。……いや、マリーナの美貌に目を奪われていたというのが正しいだろう。

 キュロットは、そんなアロガンの足を蹴る。


「痛っ! おい、いきなり何をするんだよ!」

「うるさいわね! 全く、ギルドマスターを見て鼻の下を伸ばしちゃってさ」

「ははーん。何だ、妬いてる……痛っ! だから、いきなり蹴るなよ!」

「うるさいわね、この自意識過剰男! 誰が妬くってのよ!」


 再び言い争いを始める二人を見て、マリーナもこれがこの二人にとっては普通のことだと理解したのだろう。

 それ以上は特に止めようとせず……納得したように口を開く。


「ああ、思い出したわ。レイと一緒にランクアップ試験を受けたとなると、あれよね? エレーナの件があるちょっと前の」

「そう、それだ。他にも何人かいたんだけど……」


 エルフの女と人間の男。

 弓術士と戦士の二人のことを思い出しながら、レイは笑みを浮かべる。

 色々と個性的な面々だったが、あの時のランクアップ試験がもう遠い昔……それこそ、十年も前の出来事のように思えてしまう。

 それだけレイの送ってきた日々が充実しているというか、濃厚だった証なのだろう。

 実際に十年前ともなれば、レイはまだ十歳くらいか。

 小学校が終われば友達と遊び、山の中を駆け回っていたりしたものだった。


「レイ? どうしたの?」

「いや、あのランクアップ試験が随分昔のことのように思えてな」

「面倒に巻き込まれるレイの性格を考えれば、それは不思議な話じゃないでしょうね」


 マリーナの言葉に若干不満を覚えるレイだったが、不意にマリーナが意味ありげな視線を自分に……そしてアロガンとキュロットの二人に向けているのを見て、ふと気が付く。

 そう、今目の前にいる二人はある程度レイにとっても親しいと言ってもいい相手であり、スコラが別行動をしている為に本格的に依頼を受ける訳にもいかない。

 まさに、今レイが捜している相手としてはこれ以上ない人物だった。

 実力という意味では、アジモフを襲った相手がどの程度の実力を持っているのかは分からないので、必ずしも安心出来るという訳ではない。

 だが、アロガンは魔剣を持っており、その戦闘力はランクD冒険者の中でも上位に位置するだろう。

 キュロットは盗賊で戦闘力はあまり強い訳ではないが、盗賊だけあって罠や襲撃を察知する能力は高い。

 ……純粋な戦闘力という意味では、恐らくキュロットよりもビューネの方が上だろう。

 白雲という武器と、冬の間繰り返し行われてきた戦闘訓練はそれだけの戦闘力をビューネに与えていた。

 だが、戦闘力以外の面においては、やはりキュロットの方が上なのは間違いない。


「……さて、こうして久しぶりに会ったところでなんだが、一つ悠久の力に依頼があるんだけど……どうだ?」


 依頼という言葉に、キュロットとアロガンはそれぞれ奇妙な表情を浮かべる。

 嬉しそうな、それでいて怖そうな……そんな複雑な表情。

 スコラがいないことで、大掛かりな依頼を受けることは出来ない。

 だが、出来れば少しでも金を稼いでおきたい。

 そのような意味では、自分達に依頼があるというのは嬉しかったのだが……最大の問題は、その依頼を持ってきたのがレイだということだ。

 レイが持ってきた依頼が、ただの依頼である筈がない。

 レイに対する、奇妙な程の信頼。

 そんな視線を向けられたレイは、少し……ほんの少しだけ不満そうな表情を浮かべる。


「別に文句があるのなら、受けなくてもいいけどな。ギルドの方で捜してみるし」


 そう言うレイだったが、実際には冒険者の知り合いがそう多い訳でもない以上、ギルドでアジモフの護衛を捜しても必ず見つかるとは限らない。

 一種のブラフに近い言葉だったが、幸いにも今はそれが十分通用したらしい。

 慌てたように、キュロットが口を開く。


「ちょっと待った。別に依頼を受けないとは言ってないわよ。それで? どんな依頼なの? 一応聞かせてちょうだい。もし何とかなるようなら、引き受けてもいいわ」


 構わないわよね? とアロガンに視線を向けるキュロットだったが、その視線を受けたアロガンも特に文句はないらしく、普通に頷く。


「ああ。俺達でどうにか出来るような依頼なら……な。まさか、ランクAモンスターを倒してこいとか、そんなことは言わないよな?」


 もしそうなら、自分は降りる……そう言外に告げるアロガンに、レイは頷く。


「別にそこまで危険な依頼って訳じゃないと思う。護衛だし」

「……護衛?」


 まさか、レイの口から護衛という言葉が出てくるとは思わなかったのだろう。キュロットとアロガンの二人は間の抜けた表情でレイとマリーナに視線を向ける。


「その辺の詳しい話もしたいし……ちょっとその辺の食堂にでも行きましょうか。あまり人に話は聞かれない方がいいでしょう?」

「ギルドマスターが、ギルドを通さない依頼をしてもいいんですか?」


 キュロットにとって、マリーナというのは雲の上の存在だった。

 だからこそ普段の口調とは違って、丁寧な言葉遣いとなっている。

 だが、そんな風に話し掛けられたマリーナは、艶然とした笑みを浮かべていた。

 それこそ、女であっても思わず頬を赤く染めてしまうような、そんな笑みを。


「いいのよ。今の私はただの冒険者なんだから。元ギルドマスターではあってもね」


 そんなマリーナに連れられ、レイ達はギルドから少し離れた場所にある食堂に入る。

 幾らかの客は入っているが、まだ昼前だからだろう。テーブルはかなりの数が空いていた。


「いらっしゃい。お食事ですか?」


 店の従業員がレイ達を見てそう尋ねる。

 マリーナの姿を見て少しだけ驚いた表情を浮かべたが、それはすぐに消え、愛想のいい笑みと共に尋ねる。


「軽く食べたいから、適当に用意してちょうだい。ああ、飲み物があれば嬉しいわね」


 銀貨数枚を店員に渡しながら、マリーナが笑みと共に告げる。

 その笑みを見た瞬間、店員は顔を真っ赤にしながら銀貨を受け取ると、慌てて口を開く。


「ど、どこでも好きな場所を使って下さい。すぐに用意してきますから」


 そう言うと、店員の男はそのまま厨房に向かう。

 銀貨数枚と多少多目に渡したマリーナだったが、それは席を借りるという意味を込めての金額だ。

 ……それでもまだ少し多かったのだが。

 そうしてテーブルに着いたところで、待ちきれなかったようにアロガンが口を開く。


「それで、レイ。護衛ってのはどういうことだ? まさか、お前の護衛じゃないよな?」


 話の前振りという訳でもないのだろうが、アロガンは冗談のようにそう告げる。

 実際、それはあくまでも話の取っ掛かりであり、レイに護衛が必要なのだとはアロガンは考えていない。

 それはアロガンだけでなくキュロットも同様で、寧ろそんなことを口にしたアロガンに呆れの視線すら向けていた。

 この二人はレイと共にランクアップ試験に参加し、その実力をこれ以上ないくらいに見せつけられている。

 そんなレイが護衛を必要とするとは、どう考えても有り得なかった。

 ……いや、病気か何かで身体が弱っていて護衛を欲するということはあるかもしれないが、こうして見る限りではレイが弱っている様子はない。

 ならば誰の護衛を? と次にアロガンとキュロットの視線が向けられたのは、レイと一緒にいるマリーナ。

 だが、こちらも見ただけで自分達よりも強い雰囲気なのは分かる。

 それこそ、寧ろ自分達が護衛をするのではなく、自分達を護衛して貰うといった方が正しいような……そんな風に。


「ああ。実は今ちょっと問題があってな」


 その言葉に、アロガンは嫌そうな表情を浮かべる。

 勿論今回自分にこうして話を持ってきた以上、今回の件が何か事情があってのことだというのは理解していた。

 だが、それでもこうして実際に問題があると聞かされれば、色々と思わざるを得ない。

 それはアロガンだけではなく、キュロットもそうだったのだろう。

 少し警戒した様子を見せながら、口を開く。


「一応聞いておくけど、その問題って私達でどうにか出来る代物なのよね?」

「あー……そうだな問題自体には関わってこないと思う。お前達にやって貰うのは護衛だけど、あくまでも念の為という意味が強い」

「念の為?」

「ああ。これから護衛をして貰おうと思ってる奴は、ちょっと前に襲撃を受けた。その襲撃をしてきたと思われる相手には警告したから、もう大丈夫だとは思う。けど、確実って訳じゃないし、そいつは実際に一度襲われた経験があるからな。そういう意味で念の為な訳だ」

「うわ、何か聞いただけで面倒な感じね」

「そうか? 結局のところ、今も言ったように襲撃はないと思うけど、あくまでも念の為って感じだからな。実際に戦闘になったりはしないと思うぞ」

「それって、あくまでもレイの認識でしょ? それを私達に当て嵌められてもちょっと困るんだけど」


 駆け引きでも何でもなく、本当に困ったといった様子でキュロットが呟く。

 ここ数年、幾つもの依頼をこなしてきただけあって、自分達の技量には多少の自信はある。

 だが、それでもレイとの差というのはどうしても埋められないものだというのも分かっていた。

 そもそも、ギルドに登録してほんの数年でランクB冒険者まで駆け上がり、更に異名を持つというのは普通ではとてもではないが信じられないことなのだから。


「そう言われてもな。……マリーナはどう思う?」

「ここで私に聞くの? ああ、ありがとう」


 ちょうど店員が果実やソーセージといった簡単に食べられるものと果実水を運んできたことに礼を言うと、マリーナは少し考えて口を開く。


「今回頼むのは、レイが言ってたけどあくまでも念の為という一面が強いのよ。だから、ランクD冒険者なら大丈夫だと思うわよ?」

「……引き受けよう」

「ちょっ、アロガン!? いきなり何を言ってるのよ!」


 マリーナの説明にいきなり頷くアロガン。

 その薄らと赤く染まった頬を見れば、何故この依頼を引き受けたのかというのは考えるまでもない。

 そんなアロガンを忌々しげに見ながら……それでいて、このままアロガンを一人にすれば色々と不味いと考えたキュロットは、溜息交じりにレイからの依頼を引き受けるのだった。

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