第1323話

「で、これからどうする? 情報屋にはもう手配したんだし、後はもうやることはないでしょ?」


 警備隊お抱えの情報屋との取引を終了し、レイ達は表通りに向かって歩いていた。

 そんなレイの横では、セトが酒場からお土産として買ったサンドイッチを嬉しそうに食べている。

 裏通りにあるような酒場だったにも関わらず、料理はその辺の適当な料理店と比べると何倍も美味い酒場だった。

 勿論満腹亭や黄金のパン亭のような料理店の中でも美味いと評判の店に比べると若干落ちるが、それでも美味い料理を出すという意味では間違いない。

 そのような酒場だっただけに、レイ達は外で待ってるセトの為にお土産としてサンドイッチを買ったのだ。

 ……普通であればそのようなサービスはやっていなかったのかもしれないが、店の方でもレイ達がどのような存在なのかは知っており、断るようなことはなかった。

 もっとも、どちらかと言えば酒場で出されている料理を褒められて、嬉しかったというのがサンドイッチを持ち帰らせた最大の理由なのだろうが。


「そうだな。情報屋には頼んだし、それ以外にも裏社会の人間には情報を集めるようには頼んだ。だとすれば、俺達がやるのは情報が入るのを待つだけだろ」

「……レイにしては、随分と大人しいのね」

「そうか? ……まぁ、そうかもしれないな。けど、トリスと約束してしまったからな。それに、俺だって誰彼構わず攻撃するって訳じゃないんだし。……最近、俺の噂が変な方向に広まってないか?」

「それは仕方がないわよ」


 レイの言葉に、ヴィヘラが小さく肩を竦める。

 当然そんな真似をすれば、薄衣しか身につけていないヴィヘラの豊かな双丘が揺れ、近くを通っていた男がそんな視線に思い切り目を吸い寄せられる。

 そんな男の恋人なのか、それとも家族なのか……ともあれ、一緒にいた女がそんな男の脇腹に肘を叩き込む。

 完全に気を抜いていたところで食らったその一撃は、男を踞らせるには十分な威力を持っていた。

 そんなやり取りを気にした様子もなく、ヴィヘラはレイを見ながら言葉を続ける。


「元々異名持ちに限らず有名人ってのは、色々と妙な詮索をされたりするのが普通なのよ? それこそ、エルクだって裏では色々と言われてるもの」

「……エルクの場合、色々と豪快な性格をしているから、その関係で色々と言われても仕方がないと思うけどな」


 レイから見て、エルクが豪快な性格をしているのは間違いない。

 もっとも、だからといって傲慢だったりしないのが、エルクらしいところなのだろうが。

 また、家族思いで妻のミンには頭が上がらないというのもそれなりに知れ渡っていた。

 ……ただ、その家族思いというところが暴走することもあるのだが。

 以前ベスティア帝国に妻のミンと息子のロドスを人質に取られてしまった時……それをレイが助けに向かっている間、エルクはかなり気が立っていた。

 それこそ、絡んできた相手に恐怖という感情を植え付けるくらいには。

 普段のエルクであれば、絶対にやらないことだ。

 そのようなところを見られて、噂が広まったのだろう。

 レイもそこまでは分からないが、それでも普段のエルクの性格を見ていれば、妙な噂を流されても仕方がないという思いがあった。


(それに、ロドスの件で色々と切羽詰まってたみたいだしな)


 ベスティア帝国の件で意識を失ったままのロドスの治療に、エルクやミンは忙しく動き回っていた。

 その必死さは、否応なく噂になる程だった。

 今はアンブリスによって意識不明になっていたヴィヘラの治療を手伝って貰う代わりに、ロドスも治療をされて普通に起きているのだが。

 それでもずっと意識を失っていただけに、今はリハビリに頑張っているらしいという話は、レイも聞いていた。

 何度か見舞いに行こうかとも思ったのだが、結局それは叶えられていない。

 レイが行かなかったのではなく、エルクからそれとなく今はロドスに会わないで欲しいと、そう言われた為だ。

 レイに対抗心を持っているロドスは、ろくに動けない今の自分をレイに見せたくないと、そういうことなのだろう。


(俺は気にしない……けど、向こうが気にするんなら仕方がないか。また、妙な風に絡んで騒ぎになったりしたら色々と大変だしな)


 ベスティア帝国で行われた内乱で見たロドスの姿は、それなりにレイに強烈な印象を与えていた。

 今はエルクやミンがいるから、何かあっても大丈夫だとは思うのだが、それでも念には念を入れる必要があった。


(そうなると、記憶を失ってるのは幸いだった……のか?)


 そんな風に思いながら街中を進む。

 既に裏通りから表通りに移っており、そうなれば当然セトを見て愛でたいと思う者も出てくる。

 子供や大人まで揃ってセトに食べ物を与え、撫でているのを見ていたレイだったが、ふとドラゴンローブを引っ張られるのに気が付く。

 一瞬スリか何かか? と疑問に思ったレイだったが、そちらに視線を向けると、そこにいたのは相変わらず無表情でドラゴンローブを引っ張っているビューネの姿だった。


「どうした? まさか、セトと遊びたいのか? なら、ビューネはこれからセトと一緒にいるんだから、少しは譲ってやってもいいだろ?」


 何気にセトと遊ぶのが好きなビューネだけに、セトが奪われた気分になって拗ねているのではないか。

 そんな思いを抱いて告げたレイだったが、ビューネは首を横に振ってその言葉を否定する。


「ん」


 そうして突き出したのは、純白の刃を持つ短剣。

 普通の短剣よりは明らかに刃が長いが、それでも分類上は短剣に種別されるべき武器だった。

 銀獅子の素材を使って作った、白雲の名前を持つその武器を見て、レイは改めてその美しさに溜息を漏らしながらも、何故ここでビューネが白雲を取り出したのかを疑問に思う。

 一瞬セトを愛でている者達を力ずくでどうにかしたいのか? とも思ったのだが、当然ビューネにそんな様子はない。

 だとすれば、ただ見せびらかすためにそんな真似をしたのか? とも思ったのだが、ビューネの性格を考えればそんな真似をするとも思えない。

 結局何故こうなったのかを知る為には、ビューネの意志を理解出来る人物に尋ねるしかなかった。


「ヴィヘラ、ビューネは何が言いたいんだ?」


 ビューネの意志はそれなりに分かるようになっていたレイだったが、それでもまだ完全ではない。


(冒険者としてパーティを組んでいる以上、その辺も何とかしないと行けないんだろうけど。……まぁ、何だかんだとどうにもならないような気がする)


 そんな思いを抱いているレイに対し、ヴィヘラはすぐにビューネが何を言いたいのか理解し、口を開く。


「これから特にやることがないのなら、パミドールの鍛冶工房に行きたいって言ってるのよ。白雲の手入れはしているけど、やっぱり本職の人に手入れして貰うのが一番いいでしょうし」

「……なるほど。まぁ、アジモフの件を知らせる必要もあるし、パミドールに会いに行く必要はあると思ってたから、別にいいんだけど」


 それ以外にも、パーティを結成したということを知らせるという用事もあった。

 何だかんだと、レイとパミドールの付き合いはそれなりに長い。

 だからこそ、その辺の話をしておく必要があるという判断からだった。

 また、パミドールとアジモフも付き合いは長い。

 いや、あくまでも客としてのレイとパミドールよりは、鍛冶師と錬金術師としてのパミドールとアジモフの方がより深い付き合いと言えるだろう。

 アジモフと家族同然の付き合いをしており、たまに食事の差し入れなどもしているという話を、以前パーティで聞いていた為だ。

 であれば、そんな家族同然のアジモフが怪我をしたというのは知らせておいた方がいいのは間違いない。

 ポーションで怪我が治っているとしても、だ。


(それに、アジモフは俺と知り合いだからこそ狙われた。なら、パミドールも俺と知り合いである以上、狙われる危険は十分にある)


 勿論プレシャスが二度も同じような手段を使うのか? という疑問はある。

 だが同時に、アジモフの件がレイに対して効果があったのも間違いないのだ。

 そうである以上、また同じような行動を繰り返さないという保証はどこにもない。


「そうだな、じゃあパミドールに会いに行くか」

「ん!」


 レイの言葉に、ビューネは少しだけ……本当に少しだけだが、嬉しそうに唇が弧を描く。

 そんなビューネの様子にレイも少しだけ嬉しく思い……そのままセトに集まっている者達に移動するということを伝え、その場から立ち去るのだった。






 パミドールの鍛冶工房まで近付いたレイ達だったが、幸いにも……もしくは当然と言うべきなのか、アジモフの研究室に入った時のように鉄錆の臭いが漂ってくることはなかった。

 アジモフと違って消臭用のマジックアイテムの類を使っている訳もないので、パミドールは無事なのだろう。

 そう考えながら、レイはセトに店の近くで待ってるように命じてから、鍛冶工房の中に入っていく。


「パミドール、いるか?」


 そう声を掛けるが、カウンターの中には誰もいない。

 だが、店の奥……鍛冶場のある方には人の気配があるので、誰もいない訳ではないのだろう。


「馬鹿、そうじゃねえ! 金鎚を振るう時には、もっと力を入れて振るうんだ! 余力なんてものは考えるな、とにかく、全力でやれ!」


 聞こえてくる怒声に、レイは首を傾げる。

 その声は、パミドールらしいものではなかった為だ。

 いや、盗賊の大親分と呼んでも不思議ではない凶悪な顔をしているパミドールだが、それでも何故こんな風に叫んでいるのか……正確には誰に叫んでいるのかと、レイは疑問を持つ。

 元々この鍛冶工房で働いているのはパミドールだけなのだが、今の怒声はまるでどうやって金鎚を振るうのかを教えているように思えたからだ。

 それだけに、何故? と、そう思っても仕方がないだろう。

 そう思ったのは、レイ以外の面々も同様だった。


「どうする?」


 ヴィヘラにそう尋ねられたレイだったが、そもそもパミドールに会いに来たのだから、このまま黙っているという訳にもいかない。


「行くしかないだろ。……パミドール、いるのか? ちょっと入らせて貰うぞ」


 そう声を掛け、鍛冶場に入ると……そこに広がっている光景に、レイは大きく目を見開いた。

 ふと、そう言えばアジモフの研究室に入った時も同じように驚いたなと思いつつ、今回はアジモフの時のような最悪の光景といったものではない。

 パミドールの息子のクミトが、金鎚を手にして何度も振り下ろしていたのだ。

 十歳を幾つか超えた程度のクミトが持っているのだから、当然その金鎚はパミドールが使うような大きさのものではない。

 それこそ、今のクミトが持って丁度いい程度の大きさの金鎚だ。

 そんなクミトの横で、パミドールは大きな声を出しながらクミトの悪いところを指摘していく。


「金鎚を振るう時には、もっと一瞬の燦めきを大事にするんだ。自分の中にある流れをそのまま金鎚に流して、振るう。分かるな?」

「分からないよ!? 一体、何を言ってるのさ!?」


 金鎚を振るっていたクミトは、父親からの訳の分からないアドバイスに思わず叫ぶ。

 汗まみれになりながら振るっていた金鎚の動きも止まっている。


「だよな……」


 パミドールの言葉を聞いていたレイは、クミトの言葉に同意する。

 それだけではなく、マリーナやヴィヘラ、そして普段はあまり他人を気にする様子のないビューネまでもがレイの言葉に頷いていた。

 普通に考えれば、パミドールが言っている内容は無茶としか言いようがない。

 だが、それを口にしている本人は全く自分の言葉を疑っていないように……それでいて、何故理解出来ないのかと凶悪な表情を不思議そうに歪めていた。


(天才の類は、人に教えるのが下手だって話を聞くけど……多分、パミドールもそれなんだろうな。というか、パミドールはどっちかというと天才型じゃなくて努力型だとばかり思ってたんだけど)


 そんな風に思いながら、取りあえずレイは息子に自分の技術を伝えようとして思い切り失敗している様子のパミドールに向かって声を掛ける。


「パミドール、ちょっといいか?」

「んあ? ……何だ、レイじゃねえか。それに、他の奴等も。どうしたんだ?」

「いや、どうしたんだってのは、それこそ俺が聞きたいことなんだけどな」

「クミトが鍛冶師として働くことになったから、それを鍛えてるんだよ。……分からないか?」

「さっきの説明で分かる奴がいたら、それはそれで凄いと思う」


 再びレイの言葉に、マリーナ、ヴィヘラ、ビューネが頷く。

 ……いや、レイ達以外にクミトまでもが頷いていた。

 そんな態度が面白くなかったのか、パミドールは不機嫌そうに口を開く。


「それで、改めて聞くけど、何しにきたんだ? 見ての通り、今は忙しいんだ。急な用事がないのなら……」

「アジモフが誰かに襲われた」


 取りあえず、パミドールを大人しくさせるべく、レイはそう告げるのだった。

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