第1296話
「うわ、これは凄いわね……」
「ん!」
ハスタに案内された倉庫の中を見て、ヴィヘラがしみじみと呟く。
ビューネもそれに同意するように声を発し、目の前に広がっている光景……幾つもの肉の塊が天井からぶら下げられている様子に目を奪われる。
普段無表情なビューネだが、今のビューネは目に強い光が宿っている。
……もっとも、その強い光は好奇心のようなものではなく、純粋に食欲の光なのだが。
「あはは。まぁ、毎年晩秋から初冬にかけては色々と忙しいですからね。その集大成といったところです」
ハスタは笑みを浮かべつつ、倉庫の中の光景を説明する。
これだけの肉を用意したことは、ハスタにとっても自慢なのだろう。驚いているヴィヘラやビューネの姿に、少し照れくさそうにしながらも嬉しそうに笑みを浮かべていた。
ハスタの持つ実力を最大限に発揮して、得た肉の数々なのだろう。
皮を剥ぎ、内臓を処理し、後は切ればいいだけとなっている肉の数々。
中には最初の方に処理したのか、保存の為に塩漬けになっている肉や、ハムのように処理されている肉もある。
「オークの肉が多いな」
「そうですね。出来ればもっとガメリオンが欲しかったんですが……実力不足です」
そう告げるハスタだったが、それでもガメリオンの肉と思われるものは幾つか天井からぶら下がっている。
それでもやはりオークの肉が多いのは、やはりどちらが狩りやすく、また数が多いのかを示しているのだろう。
オークやガメリオンの他にも、様々な種類のモンスターの肉がある。
倉庫の四分の一近くが肉で埋まっているのだから、そこにある肉のカーテンがどれだけの量なのか分かるだろう。
「いや、この肉だけで冬の分は余裕で賄えるだろ?」
オーク一匹ですら、百kg近くもある。
そんなオークを含め、多種多様な肉が幾つもぶら下がっているのを見れば、満腹亭で冬に出す量は楽に超え……いや、寧ろ多すぎて余るようにすら思えた。
だが、そんなレイの言葉にハスタは笑みを浮かべて口を開く。
「春を迎える頃になって、まだ肉が余っているようだと父さんが肉祭りを行うんですよ」
「肉祭り? 何だ、その好奇心を刺激するような名前は」
そう思ったのはレイだけではなく、ビューネもじっと肉祭りの説明を期待してハスタに視線を向けていた。
まさかビューネにそんな視線を向けられるとは思っていなかったのか、ハスタは少し驚き……それでも尊敬する父親のことだと、嬉しそうに口を開く。
「肉料理が食べ放題になるんだよ。まぁ、勿論肉がなくなれば終わりだけど」
「食べ放題? ……随分と豪勢だな」
レイも、日本にいる時に食べ放題の店に行ったことはある。
焼き肉の食べ放題ではあったが、その食べ放題の店は肉の質は決していい訳ではなく、肉そのものもかなり薄く切られていた。
逆に言えば、そのような真似をしなければ食べ放題で利益を出すことは出来なかったのだろう。
勿論それはレイが知っている食べ放題の店の話であり、実際に他の店ではしっかりとした料理や肉で食べ放題をやっている店もあるのだろうが……残念ながらレイが行ったことのある食べ放題の店は、その店だけだった。
もっとも、そんな経営の仕方が悪かったのか、レイがエルジィンにやって来る少し前に潰れたのだが。
(焼き肉食べ放題なのに、最終的には焼き肉よりも一品料理とかの方が多くなってたしな)
そう不満を抱くレイだったが、それでも中学生や高校生と若いだけあって質より量といった学生達にはそれなりに人気の店だったのだ。……レイも含めて。
「まぁ、そのまま腐らせるよりはしっかりと料理して出した方がいいですしね。店の宣伝も兼ねてますし。……良かったら、レイさん達も今年の肉祭りに参加してはどうでしょう?」
「いいのか?」
レイは自分がどれだけの量を食べるのかを知っている。
また、自分だけではなく、ビューネも見かけとは裏腹の量を食べる。
そんな自分達がその肉祭りに参加してもいいのかと、そう尋ねるレイだったが、ハスタは問題ないと頷く。
「ただ、セトは……申し訳ないですが」
「だろうな」
言葉通り申し訳なさそうに告げるハスタに、レイもそれは仕方がないと頷く。
セトの大きさとその食欲を考えれば、下手をすればセトだけで用意された肉の殆どを食い尽くしてしまってもおかしくはない。
肉祭りに関しては在庫一掃と店の宣伝も兼ねて採算度外視で行っていることだったが、それでもセトだけに肉の殆どを食べられてしまっては、色々と支障が出る。
(まぁ、その場合はセトを愛でる会とか開けば……あれ? 意外とそっちの方が人が集まるのかな?)
肉祭りという名前の通り、それで集まるのは殆どが男……それも食べ盛りの若い男だ。
勿論中には若い女や年を取った男といった者達も集まるが、割合としてはそれ程多くはない。
だが、セトを愛でる集まりとなると、それこそ老若男女構わず大量に集まるだろう。
半ばギルムのアイドルやマスコットキャラと化しているセトには、それだけの集客力がある。
そう考えると、もしかしたらそっちの方がいいのでは? とハスタは考える。
純粋に店の売り上げを考えると減るかもしれないが、店の宣伝と考えれば間違いなくセトがいた方が上だろう。
「ちょっと待って下さい。もしかしたらセトを呼んでもいいかもしれません。……ただ、この件は父さんに確認しないといけないので、少し待って貰えますか?」
「うん? まぁ、俺はセトが参加してもいいのなら助かるけど……本当にいいのか?」
「ええ、勿論です。もしかしたら、肉祭りをやるよりも多くの客を呼び込むことが出来るかもしれませんから」
ハスタの視線は、倉庫の壁へと……正確には、その向こうで待っているセトに向けられる。
そんなハスタの行為で、レイも相手が何を言いたいのかを理解したのだろう。それ以上その件については話を広げず、今回この倉庫にきた理由へと話を移す。
「それはそれとして、だ。じゃあ早速だけど今日狩ってきたモンスターの解体をさせて貰いたいんだけど、構わないか?」
「レイ、一応聞いておくけど、今日解体するのはスノウサラマンダーのみよね? ゴブリンは後回しでいいわよね?」
明確に言葉には出さなかったが、話に割り込んできたマリーナが何を言いたいのかは明白だった。
つまり、ゴブリンは解体しないわよね? と、そう念を押したのだ。
だが、レイも最初からゴブリンの解体はするつもりはない。
元々このゴブリンはアンデッドにならないように……そしてゴブリンの肉を美味く食べるという、研究で肉がなくなった時の念の為に用意したものなのだから。
「ゴブリン、ですか?」
マリーナの言葉に、ハスタが少し緊張し……それでいて若干頬を赤く染めながら、レイに尋ねる。
ハスタから見て、マリーナはギルドマスターであり、それでいて女としても非常に魅力的だったが故の態度。
ヴィヘラもマリーナに負けない程の美人なのだが、ハスタにとってはマリーナの方が好みだったのだろう。
それでも何とか口を開いたのは、やはりゴブリンの肉という言葉が気になったからか。
冒険者になったばかりの初心者が、餓死するくらいなら……と口にするゴブリンの肉。
それを食べ物に関しては深い造詣を持っている――ハスタの思い込みだが――レイが、何故そんなものに興味をしめすのか。
そこに疑問を抱くのは、満腹亭の一人息子としては当然だったのだろう。
だが、レイはゴブリンの肉の研究は別に隠れてやっている訳ではない。
その為、あっさりと答えを口にする。
「今、ちょっとゴブリンの肉を美味く食べる為の研究をしてるんだよ」
「……本気ですか?」
研究内容そのものもそうだが、それを研究しているということもあっさりと口にするとは思わなかったのだろう。
ハスタはレイに驚きの視線を向ける。
「どっちについての言葉なのかは分からないけど、研究内容に関しては本気だぞ。まぁ、今は一緒に研究してる奴が色々と忙しくて、研究そのものが止まってる状態だけど」
「……ゴブリンの肉に関しての研究は、小さい頃に父さんがやってたって僕も聞いたことありますけど、結局どうしようもなくなって諦めたらしいんですよね」
「ディショットが? ……なるほど」
安くて上手い料理を出す満腹亭の店主にとって、もしゴブリンの肉を美味く食べることが出来るようになれば、それはメニューが色々と増えることになるだろう。
だが、そんなディショットでさえ結局はゴブリンの肉の研究を諦めたのだ。
そのことに少し残念そうな表情を浮かべるレイだったが、それで何かを言うよりも前にビューネがレイのドラゴンローブを引っ張る。
「ん」
何を言いたいのかというのは、レイにもすぐに分かった。
いつまでも無駄な話をしていないで、さっさとスノウサラマンダーの解体をしようと、そう言っているのだ。
「そうだな。いつまでもこうして話していても仕方ないか。……ハスタ、俺達は解体をするけど、お前はどうする?」
「うーん、そうですね。スノウサラマンダーというのは、僕も遭遇したことがないモンスターなので、ちょっと見ててもいいですか?」
「ああ、構わない。……よな?」
一応確認の意味を込め、レイは他の三人に視線で尋ねる。
その視線に、三人は全員とも反対の意志は示さない。
人によっては、モンスターの解体方法は自分だけの技術として人に見せることを嫌う者もいるのだが、幸いこの場にはそのような者はいない。
「ありがとうございます。勉強になります」
そんな言葉を聞きながら、レイ達は肉のカーテンのない場所……それでいて、きちんと作業出来る台のある場所へと向かう。
肉のカーテンも、その辺りはきちんと考えられて吊されているのだろう。
もし、冬の間に何らかの事情で肉が足りなくなった時、倒したモンスターをここに運び込み、解体出来るように。
「出すぞ」
その言葉と共に、レイのミスティリングからスノウサラマンダーが姿を現す。
体高一m、尾まで含めると体長二m近い大きさ。
トカゲとしてはかなりの巨体を持つモンスターだ。
「これが……スノウサラマンダーですか。話には聞いたことがありますが、こうして直接そのままのを見るのは初めてですね」
「うん? なら、そのままのじゃないのは見たことがあるのか?」
「あ、はい。何年か前に父さんが冒険者から仕入れているのを見たことがあります。その時はもう解体されて肉の切り身になってましたけど。山鳥をもっと濃くしてさっぱりしたような味がして、凄く美味しかったですよ」
「……濃くてさっぱり? まぁ、いいや。これを解体してから食べてみれば分かるだろ。じゃあ、早速やるぞ」
レイの言葉に、マリーナ、ヴィヘラ、ビューネまでもが解体用のナイフを取り出して、台の上に乗ったスノウサラマンダーに刃を入れる。
「えっと、手伝いましょうか?」
「いや、いい。一応これもパーティの練習みたいなものだしな。この人数で解体出来るようにしておきたいし。……なにより、場所がないだろ」
「……あはは」
レイの言葉に、ハスタは照れたように笑う。
それなりの大きさを持つスノウサラマンダーだったが、それでも四人で解体すれば場所の問題で非常に狭い。
ビューネが小さいからこの人数でも問題なく解体出来ているが、もしここにビューネではなく大人がもう一人いたら、かなり動きにくくなっていたことだろう。
寧ろ、この人数だからこそしっかりと解体出来ていたと言ってもいい。
「まず、頭部を切断するか」
「なら、私は皮を剥いでいくわ。ビューネは内臓の方をお願い」
「内臓に何ヶ所か素材として売れる場所があるから気をつけてね」
「ん」
スノウサラマンダーについてもっとも詳しい知識を持っているのはマリーナなので、そのマリーナの指示に従って解体していく。
頭部を切断し、皮を剥ぎ……
「え? ちょっ、これいいの?」
驚きの声を発したのは、ヴィヘラ。
その理由は、スノウサラマンダーの肉を見れば明らかだった。
何しろ、肉が白い……それも白身という訳ではなく、新雪の如き色をしているのだ。
そんな肉を見て、ヴィヘラが驚くのは当然だろう。
……結果として、顔に何ヶ所か血の雫がついたが。
「問題ないわ。これがスノウサラマンダーの肉なのよ」
「そうですね。僕が見た肉も白かったです。……ただ、もっと濁ってたような気がするんですが」
「ああ、それは鮮度の差ね。解体してから時間が経てば、それに従って白は白でも濁ったような白になっていくのよ」
スノウサラマンダーの肉を知っている者同士の会話の中、レイ達はその解体を進めていく。
その後、一時間程で無事に解体は成功し、打ち上げとして満腹亭に向かうのだった。
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