第1295話
無事に森から抜け出したレイ達は、待ってた冒険者達が御者をする馬車でギルムへと戻ってきた。
警備兵との間で手続きを行い、ギルドに戻ってきたところでマリーナが依頼を無事に終えた冒険者達に笑みを浮かべ、口を開く。
「ご苦労様。貴方達のおかげで今日は助かったわ。また機会があったらお願いするわね」
「い、いえ。ギリュドマシュター……」
マリーナの浮かべた、強烈に女の艶を感じさせる笑みに、冒険者の男は言葉を噛む。
今の笑みを見たんじゃ仕方がないか、と。別の冒険者が口を開く。
「ギルドマスターに満足して貰えたようで、何よりです。こちらも無事に依頼を終わらせることが出来て、非常に嬉しく思っています」
この男も、そして最初に言葉を噛んだ男も、別に女慣れをしていないという訳ではない。
冒険者として当然娼館に通ったこともある。……今は金がないので、それも無理だが。
他にも女を口説いてそういう関係になったことも、それなりにある。
だが……それでも、やはりマリーナという女の艶を象徴するような人物に笑みを向けられれば、女慣れしていないような行動を取ってもおかしくはなかった。
マリーナも当然それに気が付いてはいるのだが、その辺りは態度に出すようなこともせず、男に渡された書類にサインをして依頼完了の手続きをする。
「はい、これでいいわよ。馬車の方はこっちで片付けておくから、ギルドの方で報酬を貰って頂戴」
「は、はいぃっ!?」
最初に言葉を噛んだ男がそう叫び、他の仲間に呆れたような視線を向けられながらギルドの中に入ってくのを見送ったマリーナは、何故か笑みを浮かべて自分に視線を向けているヴィヘラを見返す。
「何か言いたいのかしら?」
「特に何もないわよ? ただ、こうして見る限りだと、随分マリーナは人気者なんだなと思って」
「それを言うなら、ヴィヘラだって私とそう変わらないと思うけど? ……周囲の様子を見てみなさいよ」
ギルドの前でこんなやり取りをしていれば、当然目立つ。
ましてや、マリーナもヴィヘラも極めつけの美女と呼ぶに相応しい外見だ。
冒険者以外にはそれ程顔を知られていないマリーナだが、ヴィヘラはその性格と外見からレイの知り合いとしてそれなりに名前は知られている。
そんな人物に絡むような命知らずは……少なくても、今の半ば閉鎖されているに近いギルムではいない。
ましてや、馬車の近くにはセトの姿があり、レイも馬車から降りているのだから。
それでもヴィヘラやマリーナ程の美女ともなれば、見ているだけで十分に満足出来てしまう。
眼福という言葉があるが、まさにそれだろう。
特にヴィヘラは、殆どの女が防寒着を着ているこの季節でも、向こう側が透けて見えるような薄衣だけを身に纏っているのだから。
そのボディラインは、男にとっても……そして女にとっても眼福と呼ぶに相応しいだろう。
勿論中にはビューネの方がいいと、そう考える者もいるし、ましてやレイの方がいいと考えるような例外もいるのだが。
「あ、セトちゃんだ! 元気だった? 外に行ってたの?」
十歳くらいの少女が、セトの姿を見て嬉しそうに駆け寄っていく。
その少女の行動によって、周囲に漂っていた妙な雰囲気は消し飛んでしまう。
「グルルルゥ」
セトもそんな周囲の雰囲気を感じたのか、それとも全く何も理解していないのか……ともあれ、嬉しそうに喉を鳴らして自分を撫でてくる少女に顔を擦りつけた。
きゃっきゃと、少女はそれを喜び、そんな様子を羨ましく思ったのか周囲からは他にも何人か子供が姿を現す。
「あ、レレイちゃんだけずるい! 僕もセトと遊ぶー!」
「きゃーっ! きゃーっ! あはははは!」
「セトちゃん、久しぶりね。元気だった?」
そうして何人もがセトに群がっていくのだが……
「うん?」
ふと、その中に子供ではない人物が混ざっていたことに気が付いたレイが、改めてセトの方に視線を向ける。
何故か聞こえてきた声の中に、聞き覚えのある声があった為だ。
そしてレイの感覚は決して間違っている訳ではなく……そこにいるのは予想通りの人物だった。
「ミレイヌ……お前、どこから湧いて出た?」
「ちょっと、湧いて出たって言い方は酷くない? こんな美人に向かって」
その言葉は、決して間違っている訳ではない。
客観的に見た場合、ミレイヌは間違いなく美人と呼ばれるだけの容姿を持っている。
勿論マリーナやヴィヘラのような、極めつけの美人とは比べものにはならないが。
それを理解した上で、レイは呆れたように口を開く。
「そうだな。普通にしてれば美人と呼んでもいいかもしれないけどな」
ミレイヌが美人だというのは、レイにも異論はない。
ただ、それはあくまでも普通にしていればの話だ。
こうしてセトを相手にデレデレしている様子を見て、ミレイヌを美人だと思えるかと言われれば……素直に頷くのは難しいだろう。
(もっとも、物好きってのはいるし……こんなミレイヌでもいい! と考えてる奴とかは、普通にいそうだけど。ヨハンナも含めて)
もう一人のセト愛好家代表として有名な人物を思い出しながら、レイは妙に納得した様子でミレイヌに頷きを返す。
美人だと認められたにも関わらず、そんなレイの様子にミレイヌは見るからに不満そうな表情を浮かべていた。
レイの中で自分がどんな評価になっているのか。それを理解しているからこそだろう。
「レイ、遊んでるのもいいけど、そろそろこっちもどうにかしましょう」
「そうだな。打ち上げと反省会を兼ねて……」
「あ、レイさん。お久しぶりです!」
「……うん?」
どこかで食事でもしよう。
そう告げようとしたレイの言葉を遮るように掛けられた声。
こちらもまた、最近は聞いていなかったが聞き覚えのある声ではあった。
その声のした方に視線を向けると、そこにいたのはレイにも見覚えのある人物……ではあったのだが、以前にレイが見た時に比べると幾らか背が伸びており、同時に身体つきもより戦士らしいものになっていた。
「ハスタ……だよな?」
そこにいたのは、レイが初めてガメリオン狩りに行く時に一緒になった、ハスタだった。
父親が料理人をやっている満腹亭の手伝いをしたいと、そう思ったハスタがレイを頼ってきたことで縁が出来た人物。
満腹亭にはそれなりに顔を出しているレイだったが、ハスタと顔を合わせるのは随分と久しぶりだった。
「え? ええ。ハスタですけど。何ですか、もしかして顔を忘れましたか?」
「いや、以前見た時に比べると、随分大きくなっているようだったから、一瞬分からなかったんだよ」
「あ、あはは。……そう言えば以前と比べると、少し大きくなったかもしれませんね」
大きくなったというところで、微妙にではあるがレイの言葉に嫉妬が込められていたのに気が付いたのか、ハスタの口に誤魔化すような笑みが浮かぶ。
そんなハスタの様子に、少しだけ羨ましそうにしながら……それでも自分は自分、他人は他人と自分に言い聞かせ、口を開く。
「それより、随分と久しぶりだな。今日は店の方はいいのか?」
冬だけに、冒険者の多くは飲んで食ってとすごしている者が多い。
そのような生活を送っている者達にとって、美味い、安い、多いという満腹亭はこれ以上ない程に素晴らしい店だった。
実際、以前レイがうどんについて満腹亭に行っていた時、冬は一年で最も稼げる時季だという話を聞いてもいる。
その分、ガメリオンの肉の件も含めてハスタは冬になるまでに出来るだけ多くの肉を……それも悪くなって廃棄しない程度に集める必要があるのだが。
幸いなのは、秋から冬で寒い季節だということだろう。
これが夏にそのような真似をしなければならないのであれば、腐ってしまうのは確実だった。
もっとも、夏であれば普通に毎日モンスターを倒して肉を持ってくることは出来るのだろうが。
「ええ。臨時に何人か雇っていますし、ここのところは色々と忙しかったら今日は休みを貰ったんですよ」
笑みを浮かべながらレイに向かってそう告げるハスタだが、そこに疲れている様子はない。
元々冒険者をやっていて体力はあり、店の仕事の手伝い程度では特に疲れもしないのだろう。
(もっとも、冒険者とウェイターだと色々と勝手は違うんだろうけど)
レイも、日本にいる時は何度かバイトの類をしたことはある。
コンビニのように一般的なバイトや、短期のバイトとしては夜店で焼き鳥を焼いたりといった風に。
その際に疲れるのは、体力的なものは勿論、精神的な疲れもまた大きい。
ウェイターの類をやれと言われても、レイは自分が出来る気がしなかった。
そうして話をしている最中……ふと、レイは気が付く。
「そう言えば、ハスタはモンスターの解体用に倉庫を持ってたよな?」
「え? あ、はい。持ってますけど?」
レイが以前ハスタと一緒にガメリオン狩りに行った時、その倉庫を使ってガメリオンの解体を行ったのだ。そして……
「で、俺がその倉庫を使ってもいいって話もあったよな?」
「そうですね。あれから殆ど使われてませんけど」
「そう言ってもな。普段あの倉庫はハスタが使ってるんだから、邪魔は出来ないだろ?」
個人所有の解体倉庫ではあるが、それはあくまでハスタだけが使うことを前提に使われている場所だ。
そしてハスタは満腹亭で使う肉を獲ってきては、そこで解体して肉を店に届けている。
そんな場所でレイがモンスターの解体をするようなことになれば、ハスタの邪魔以外のなにものでもない。
また、レイが普段からモンスターの解体をしているのは、今日行った森の中にある川の近くだ。
そこでは豊富な水を好きなだけ使えるということもあり、ハスタの倉庫よりも解体する環境という意味では整っている。
……もっとも、森の中で解体を……血を流すような真似をすれば、それを嗅ぎつけた動物やモンスターが襲ってくることもある。
街中にある解体倉庫で一番優れているのは、そのような心配をしなくてもいいということだろう。
だが、レイの場合はセトという相棒がいる。
普通のモンスターや動物であれば、余程のことがない限りは自分からセトに近寄ろうとはしない。
そのような理由や、多くのモンスターを討伐した時にはギルドに直接解体の依頼を出していることもあって、ハスタの倉庫を使う必要は殆どなかった。
だが……今であれば、話は別だ。
幸いにも、現在のレイのミスティリングの中にはスノウサラマンダーが入っている。
時間が勿体なかったので森の中での解体はしなかったが、これからは特にやるべきことはない。
あるとしても、打ち上げくらいか。
その打ち上げも、夕暮れの小麦亭でやってもいいし、ハスタから倉庫を借りるのであれば満腹亭でやってもいい。
そう判断すると、改めてハスタに視線を向けて口を開く。
「なぁ、ハスタ。今、お前の倉庫は使われてないよな?」
「え? あ、はい。この冬に使う肉を保存している程度で、特に使ってはいません」
「……保存?」
ハスタの口から、今どんな言葉が出て来たのか理解出来なかったレイは、改めてハスタに尋ねる。
だが、ハスタはレイのそんな言葉に、当然のように頷きを返す。
「はい、そうですが。何かおかしいですか?」
「いや、おかしいというか、よく倉庫に肉を置いておけるな。別に警備とかはそんなに厳しくないだろ、あの倉庫」
レイが知ってる限り、倉庫の扉に鍵は掛かっていたが、それでもちょっとその気になれば鍵を壊すくらいは簡単に出来そうな場所だった。
そのような場所に処理をした肉を置いておけば、それこそ食うに困っているような者達にとってその倉庫は格好の餌場のように思える。
だが、そんなレイの疑問にハスタは大丈夫だと自信に満ちた表情で口を開く。
「あの倉庫の近くに住んでいる人は、満腹亭の常連なんですよ」
それだけ言えば、後はもう分かるでしょう?
そう言わんばかりのハスタの態度に、レイも完全にではないが納得してしまう。
満腹亭の味に惚れ込んでいる男が倉庫の近くにいるのであれば、その倉庫に盗みに入ろうとしても難易度は非常に高くなる。
何しろ、もし肉が盗まれるようなことがあれば、自分が惚れ込んでいる食堂の料理が食べられなくなる……それどころか、最悪の場合は満腹亭そのものが潰れてしまうかもしれないのだから。
そう考えれば、倉庫の側に警備の者を住まわせているようなものだ。
普通なら食事程度でそこまで身体を張るのか? と思う者もいるのだろうが、満腹亭の料理の美味さ、安さ、量を考えればそのくらいはいてもおかしくないのかという思いもある。
「なるほど、それなら安心かもな。……ともあれ、だ。今日ちょっとギルムの外でモンスターを狩ってきたんだけど、その解体に倉庫を貸して貰えないか?」
そう、尋ねるのだった。
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