第1297話
スノウサラマンダーの解体を終えたレイ達は、そのまま満腹亭へと向かう。
今回の森での戦いは、十分な結果を出せたとは言えない。
だが、それでもお互いの連携を確認するという意味では、間違いなく有益だったのは事実であり、そう考えれば失敗という訳でもなかった。
勿論、ある程度の強さを持つモンスターはランクBモンスターのスノウサラマンダーが一匹だけであり、それ以外はゴブリン程度だ。
セトの食料的な意味で考えた場合は、そこまで満足出来る結果ではなかったのだが。
ともあれ、結果的に見れば何とかプラス収支といったレイ達は、その肉を使って満腹亭で打ち上げをすることにした。
「グルルルゥ」
嬉しそうに喉を鳴らすのは、当然セトだ。
その背にはビューネが跨がっており、レイ達を見た周囲の者達が驚き、または珍しそうにその一人と一匹に視線を向けていた。
だが、レイ達の中でハスタがセトに向ける視線には申し訳なさが溢れていた。
……当然だろう。今は冬だ。
セトと一緒に食べるには、満腹亭の扉を開けっ放しになければならないのだが……外の気温を考えれば、そんな真似が出来る筈もない。
つまり、レイ達と一緒に打ち上げに参加出来ると喜んでいるセトだったが、そんな真似は出来ないのだ。
「うん? どうしたんだ?」
残念そうな、悲しそうな、申し訳なさそうな……そんな表情を浮かべているハスタが気になったのか、レイが尋ねる。
「いえ、満腹亭に来て貰えるのは嬉しいんですが、セトが店の中に入るのは……」
「ああ、そのことか。別に心配いらないぞ」
「え?」
悲壮な覚悟……という程ではないが、言いにくそうにしているハスタに、レイはあっさりとそう告げる。
「テーブルと椅子さえ貸して貰えれば、俺達は外で食べるからな」
「え? え? ……寒いですよ?」
軽く食事を食べる間だけであればまだしも、打ち上げとなれば一時間、もしくはそれ以上の時間を外ですごすことになる。
それこそ健康の面で大丈夫なのかと尋ねるハスタに、レイは問題ないと笑みを浮かべた。
元々レイはドラゴンローブのおかげで、真冬の夜中でも特に寒さを問題としない。
食事をする以上、雪が降っていれば色々と面倒臭いことになりかねないが、幸い今は雪が降っていない。
また、他の面子に関しても精霊魔法を使えるマリーナであれば、周囲の気温をある程度自由に操れるということが判明しているので、こちらも全く何の問題もなかった。
「ま、何とかなるから心配するな。ただ、注文した料理を店の外に持ってきてくれればな」
「いや、それは別にいいんですけど……」
本当にそれでいいんですか?
そんなハスタの視線が、マリーナとヴィヘラの二人に向けられる。
ビューネにその視線が向けられなかったのは、単純にセトの背に乗ったままだったからだ。
「ええ、問題ないわよ。マリーナがいれば、大抵のことはなんとか出来るし」
「……それは少し言いすぎだと思うけど」
謙遜したように喋るマリーナだったが、実際マリーナと行動を共にするようになってから随分と楽になったことは事実だ。
何より、雪道を歩かなくなったというのは大きいし、気温の調整もして貰えるようになった。
そう考えれば、間違いなく行動する際の制約が減ったと言えるだろう。
ハスタは、そんなやり取りをするマリーナやヴィヘラを羨ましそうに眺める。
そこには、勿論こんな美人と行動を共に出来るレイへの羨望もあるが、それよりも固定パーティを組むというのが羨ましく感じていた。
家でやっている満腹亭で使う肉を仕入れる為に冒険者になったハスタだ。当然固定パーティを組むのは難しい。
野良パーティと呼ばれる、臨時のパーティを組むことはよくあるのだが、同じパーティでも野良と固定では大きく違う。
見ず知らずの……もしくはそこまでいかなくても、殆ど知らない相手と組む野良パーティというのは、戦力的な面では一人で戦うよりは格段に強いが、見知らぬ者同士であるが故に連携に齟齬が出たりするのは珍しくない。
ましてや、中には野良パーティを組んだ相手を意図的に害そうとする者もいるので、パーティを組む方も敵だけには集中出来ない。
勿論そのような人物はほんの一部しか存在しないのだが、自分の組んだ相手がその一部ではないという保証もない。
もっとも、中には野良パーティで出会った仲間同士気が合い、そのまま固定パーティになるということも珍しくはないのだが。
ともあれ、ハスタの場合は定期的に満腹亭に肉を用意する必要があるので、報酬の面で固定パーティは組みにくい。
同時に、ギルムから……正確には満腹亭から離れることも出来ないので、護衛のような依頼を受けることも出来ない。
ハスタ本人は礼儀正しいこともあって、多くの冒険者に可愛がられている。
だが、その点がネックとなり、固定パーティを組むことは出来なかった。
……父親のディショットはそんな息子を心配しているのだが、ハスタ自身が満腹亭に肉を納入すること……家族の役に立つことを喜んでいるので、どうしようもなかった。
ハスタもそれは分かっているのだが、それでもやはり固定パーティというものに憧れない訳ではない。
「あ、そう言えば最近流行っている肉まん、あれもレイさんが考えた料理って聞いたけど本当ですか?」
パーティについての話をすれば色々と気分が落ち込むと思ったのか、ハスタは話題を変える。
ディショットの店でも肉まんを出してはいるのだが、その肉まんを考えたのがレイだという噂を聞いており、それが真実かどうかを尋ねたのだが……
「うーん、どうだろうな。俺が教えたのは大まかな作り方とかそういうのだしな。実際に肉まんとして成立させた訳じゃないから、俺が考えたってのはちょっと違うかもしれない」
「そうなんですか? 父さんも色々と挑戦してるようですけど、満足いくものがなかなか出来ないんですよ。よければ、味見をして貰えると助かるんですけど。勿論肉まんは味見なので、代金はいりません。どうでしょう?」
少しだけ勢い込んで尋ねてくるハスタは、やはりディショットの作る肉まんにあまり満足していないからこそなのだろう。
肉まんの基本的な作り方は知りたいと思う者全員に知らされているのを考えれば、そこから必要とされているのはその店独自の工夫となる。
その辺りにアドバイスを貰いたいというのが、ハスタの正直な気持ちなのだろう。
「そう言ってもな。……まぁ、無料でくれるってことなら、食べさせて貰うけど」
「そうですか! では、父さんにその辺を伝えてきますね。椅子とテーブルの用意もしないといけませんし」
そう告げ、ハスタは見えてきた満腹亭に向かって走っていく。
「元気ね」
思わずといった様子で呟いたのは、マリーナ。
マリーナの目から見て、ハスタは好意的に見えたのだろう。
家族の為に頑張るというのは、出来るようでそう簡単には出来ない。
特に野良パーティやソロでの活動ともなれば、その苦労はより大きなものになるだろう。
それだけに、こうして頑張っているハスタの様子は好ましく見えた。
「そうだな。色々と親孝行な奴なのは間違いないと思うぞ。……さて、到着だ」
マリーナに言葉を返したレイは、満腹亭の扉を開ける。
すると店の中から聞こえてきたのは、まさに喧噪と呼ぶのに相応しいざわめき。
美味い、多い、安いと三拍子揃っている満腹亭は、冒険者にとっても格好の食堂だった。
冬越えの資金を貯めているとはいえ、金を節約できるのであれば節約した方がいいのは間違いないのだから。
もっとも、ここはあくまでも食堂であって酒場ではない。
多少の酒は出すが、それでも酒場のように宴会が出来たりはしなかった。
そんな満腹亭の中に、レイ達は入る。
店の外にはセトが大人しく待っているが、それはレイ達が外で打ち上げをやると知っているからだろう。
店の中に入ったレイ達は、当然のように前にいた客達に視線を向けられる。
だが、そこにいるのがレイやヴィヘラ、マリーナといったようにギルムでも有名人であると知ると、すぐに視線を逸らして自分達の食事に戻っていく。
(これが酒場とかギルドとかだったら、少しはさまになるんだろうけど……こうして食堂でやられると、少し違和感があるな)
食事に戻った冒険者達を見ながら、レイがそんなことを考える。
「レイさん、こっちのテーブルと椅子、持っていってもいいそうですよ!」
店の中に入って来たレイ達に気が付いたのか、ハスタが手を振りながら声を掛けてくる。
幸いと言うべきか、まだ空いているテーブルはあったらしく、それを外に持っていってもいいと告げられたレイはすぐに頷きそちらに向かう。
そしてテーブルを持っていく? とハスタの言葉を聞き、首を傾げていた周囲の客達の視線を無視し、テーブルと椅子を次々にミスティリングの中に収納していく。
そのまま持って移動しても店の外にテーブルや椅子を運ぶのは問題なかったのだが、食事をしている者が多い中でそんな埃を立てるような真似をするのもどうかと考えての行動だった。
レイがアイテムボックスを持っているという話はそれなりに知られてはいるが、それでも直接使われるのを目の前で見たことがある者はそう多くない。
それだけにレイが収納したテーブルの近くで食事をしていた冒険者と思しき面々は、そんなレイのいきなりの行為に目を見開き……だが、それ以上口を挟んだりはしない。
「ああ、じゃあ、適当に打ち上げの料理を持ってきてくれ。ああ、それと……これで何か作ってくれると嬉しい」
テーブルや椅子と入れ替わるように出て来た純白の肉……スノウサラマンダーの肉をハスタに渡すと、レイはそのままマリーナやヴィヘラと共に店を出て行く。
「ねぇ、私達が店の中に来る必要ってあったのかしら」
「さぁ? でも、別にどっちでもいいんじゃない?」
ヴィヘラとマリーナがそれぞれ言葉を交わし、店の外へと向かう。
そして雪の上にレイがテーブルと椅子を取り出すと、マリーナの精霊魔法で周囲の環境を整える。
あっという間に打ち上げの……宴会の準備が整うと、それを待っていたかのようにハスタが幾つもの料理の皿を持ってくる。
肉がメインになっているのは、やはり格納庫にあれだけたっぷりと幾つもの肉があったからこそだろう。
だが、肉以外にも野菜の類もある。
この時季の野菜は当然高値なのだが、満腹亭に恩を感じている商人が原価に近い値段で売ってくれているものだ。
それでもある程度の値段はするのだが、芋を始めとして一冬くらいは保存が可能な野菜も使われているので、そこまで多くの野菜は使われていない。
資金的に余裕があるレイ達だからこその料理でもあった。
「飲み物は……」
「私はワインでいいわ」
「なら、私もマリーナと同じので」
マリーナとヴィヘラがそう答え、ハスタの視線がレイに向けられる。
レイはアルコールを好まないというのは、ハスタも以前聞いたことがあった。
また、ビューネはまだ子供でアルコールを飲むには早い。
……エルジィンではアルコールを飲むことが出来る年齢が明確に決まっている訳ではないが、それでもビューネは小さすぎた。
だからこそ尋ねたのだが……
「果実水はあるか?」
「いえ、今の時季には……」
今が春か夏、もしくは秋であれば何らかの果実水を用意出来たかもしれない。
だが、今は冬だ。
高級店であれば話は別かもしれないが、満腹亭ではとてもではないが果実水を用意出来なかった。
「そうか、なら自前のがあるからそれを飲みたいけど……構わないか? もし駄目なら、水でいい」
「いえ、自前のがあるのなら、それでもいいですよ。……店としてはあまり嬉しくないんですが、打ち上げで水ってのはちょっと寂しいですし。一応お茶がありますけど」
その言葉で、レイとビューネはミスティリングに入っている果実水を飲むことにする。
そしてハスタがワインの入ったコップを二つと空のコップを二つ持ってきて、レイは果実水をコップに注ぐ。
準備が整ったところで、当然のようにパーティリーダーのレイが乾杯の音頭をとることになる。
「今回の討伐依頼……いや、依頼じゃないか。連携を確かめる為の討伐が無事に終わったことを祝って……乾杯!」
『乾杯』
「ん」
それぞれが声を発し、コップを掲げる。
そして全員が最初に手を付けたのは……予想通りと言うべきか、純白でありながら微かに焦げ目がついている肉を使った串焼き。
それが何の肉なのかは、肉の色を見れば考えるまでもなく明らかだった。
口の中に入れた瞬間、肉の繊維がほどけていく。
肉の色を変えない為だろう。タレの類は使わずに、塩と微かに辛味のある何かを使って味付けされている。
(山椒?)
日本にいる時に食べたウナギには付きものの香辛料。
勿論レイの舌では本当に山椒なのかどうかは分からないが、それでも似ていると感じ……視線をハスタへと向けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます