第1292話
雪が降り積もっている森の中だったが、レイ達よりも前に進んでいった者達のおかげである程度雪は踏み固められている。
そんな中を、レイ達は真っ直ぐに進んでいく。
だが、そんな中で不意にレイが口を開く。
「なぁ、このまま進めば、他の冒険者に遭遇するんじゃないか?」
それは、普通ならそれ程問題ではない行為。
だが、今日のレイ達はパーティを組む上で連携を取れるかどうか……もしくはその問題点を探す為に、この森にやってきたのだ。
出来ればそのような行為は、他の者に見せたくはなかった。
自分達の連携の弱点を見抜かれるという可能性もあるし、またこのパーティは色々な意味で人に注目されている。
恐らくは大丈夫だと思うが、もしかしたら何か血迷って襲いかかってくるかもしれないのだ。
そう考えてもおかしくないだけの魅力的な要素が、このパーティにはあった。
もっとも、セトを見てそのような真似をする者がいるのかどうかというと、首を傾げる者も多いだろうが。
だが、それでも危険になる可能性が少なければ少ない方がいいのは事実なのだから、レイの言葉にも一理あった。
ましてや、普通なら雪があって歩きにくいので、踏み固められている場所を進もうと考えてもおかしくなかったが、今回の場合はマリーナが……精霊魔法の卓越した使い手がいる。
ここまで条件が揃っているのであれば、わざわざ他人の進んだ道を歩く必要もなかった。
「そうね、私はレイの意見が正しいと思うわ。パーティリーダーの意見だし。それにどうせなら、他の冒険者と戦って疲れたり怪我をしているモンスターじゃなくて、元気一杯なモンスターと戦いたいし」
「……いや、まだ正式にパーティは組んでないんだけどな」
ヴィヘラらしい言葉に納得しながらも、レイは一応といった感じでそう告げる。
「あら、正式にパーティは組んでないけど、このメンバーでパーティを組むのはもう決まってるでしょ? なら、何も問題はないと思うけど」
マリーナも、ヴィヘラに続いてそう告げ……もう一人に視線を向けたレイは、そこでも頷いているビューネの姿を目にする。
「グルゥ」
そんな中、セトのみがレイを慰めるように鳴き声を上げる。
自分を慰めてくれるセトを軽く撫でながら、レイは改めてマリーナに視線を向け、頷く。
言葉にしなくても、レイの言いたいことが分かったのだろう。マリーナは小さく呪文を呟き……するとこれまで進んできた場所から枝分かれするように積もっていた雪がなくなっていく。
「便利よね」
しみじみと呟くのはヴィヘラだったが、それはレイやビューネも同意らしく、頷く。
実際問題、マリーナの使う精霊魔法というのは極めて応用力が高かった。
マリーナの屋敷でパーティをやった時のように、雪は溶かさないままで周囲を春くらいの気温に変えたり、こうして踏み荒らされていない新雪を退かして道にしたり。
他にもマリーナが屋敷を精霊魔法で掃除しているということもあるのだから、どれ程のものなのか容易に分かるだろう。
少なくても、攻撃に使うのが殆どのレイの炎の魔法に比べると、利便性という意味では比べものにならない。
……もっとも、レイの場合は生活に必要な道具の類はミスティリングに纏めてあるので、精霊魔法がなくても何とでもなるのだが。
ただ、それはあくまでもミスティリングと大量のマジックアイテムや使い切れない大金を持っているレイだからこそ出来ることであって、普通ならそんな真似は出来ない。
ダークエルフやエルフが主に使う精霊魔法は、自由度という意味では明らかに人間の使う魔法を超えている。
(精霊魔法の使い手がもっと増えると、色々と便利になるんだけど……人間で精霊魔法を使える奴って少ないんだよな。普通の魔法使いですら、少ないのに)
レイは周囲の様子を確認しながら、そんな事を考える。
ギルムには多くの冒険者が集まってきているので、その結果として魔法使いもそれなりにいる。
だが、そんな中で精霊魔法使いがどれだけいるかと言われれば……レイも明確には答えられなかった。
レイが他の冒険者の情報にあまり詳しくないというのも、そこには関係しているのだが。
「グルゥッ!」
森の中を歩いていると、不意にレイの隣にいたセトが鋭く鳴く。
セトの視線が向けられているのは、レイ達が進んでいる場所の先。
その鳴き声の意味を理解しない者は、この場にいない。
それぞれが手にしていた武器を構え、隊列を整える。
まずは先頭で精霊魔法を使っていたマリーナが、後方に、その背後にいたヴィヘラとレイが前に。そしてビューネがマリーナの護衛として後衛に。
これがこのパーティの基本の隊列。
戦闘力に優れるレイとヴィヘラが前に出て、マリーナがその援護を、ビューネはマリーナの護衛をしながら相手の隙を突いて長針を飛ばすのだ。
尚、空を飛べるセトは基本的に遊撃となる。
グリフォンという規格外の戦力なのだから、型に嵌めるよりも自由にさせた方がいいという判断だった。
……セトが言葉を理解するだけの頭があるからこその遊撃だったが。
「まさか、モンスターが向こうから出てくるとは思わなかったな」
そう呟くレイの手に握られているのは、周囲に木々が生えているということもあり、黄昏の槍が一本だけだ。
いつもは二槍流で戦っているのだが、このような場所で大きく弧を描くデスサイズは非常に使いにくい。
また、ヴィヘラと一緒に戦闘をするというのもあって、攻撃範囲が広いデスサイズはこの場で向いている武器とはいえなかった。
普段であれば、セトの存在を察知したモンスターはそう簡単に自分から姿を現すことはない。
だからこそレイ達が自分で移動してモンスターを探す……そんな風に考えていたのだが、今回は向こうから姿を現すのだ。
(もしかしてゴブリン……いや、セトの様子を見る限り、それはないか)
セトがいても平気で襲いかかってくる相手と言えば、レイの中ではゴブリンのイメージが強い。
それも根拠がないままにそう思っているのではなく、今まで幾度となくゴブリンがセトに攻撃を仕掛けたのをその目で見ている為だ。
そしてセトの力を見せつけられると、見る間に逃げていくという……そんな、光景を。
だが、レイが見た限りではセトの様子が違う。
ゴブリンが相手であれば、セトが多少なりとも警戒するということはないだろう。
「シャアアアアアアアアアアッ!」
そんな威嚇の声と共に姿を現したのは、一見するとトカゲにしか見えない存在だった。
トカゲということで一瞬ドラゴンなのかと思ったレイだったが、羽根の類もない普通のトカゲだ。
……ただし、全高一m、尾まで含めると全長二m近いその大きさをトカゲと呼んでも良ければだが。
そして色はトカゲらしい緑ではなく、新雪のような純白。
姿形はトカゲにしか見えないが、それ以外は明らかにトカゲ以外の代物だった。
そのモンスターの名前を思い出そうと、モンスター辞典を読んだ時の記憶を思い出そうとするレイだったが、それよりも前に口を開いた者がいる。
「スノウサラマンダー!? なんでこんな場所に!?」
驚愕の声で叫んだのは、マリーナ。
その叫びに反応したように、スノウサラマンダーは口を開く。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
叫びと共に、短い牙が沢山生えている口から、吹雪が吐き出される。
「気をつけて、ブリザードブレスよ!」
マリーナの声が聞こえると同時に、レイとヴィヘラは左右に分かれる。
後方に飛ぶという選択肢もあったのだが、ブレスの射程距離がどれだけのものか分からなかった為だ。
だが、スノウサラマンダーはブリザードブレスを吐いたまま、レイを追うように首を動かす。
「ちぃっ!」
ドラゴンローブのお陰で冷たさの類は殆ど感じない。
だが、ドラゴンローブで防げるのは、あくまでも冷たさだけだ。
ブリザードブレスが命中したことによる勢いまではどうすることも出来ず、レイは空中を吹き飛ばされる。
一瞬スレイプニルの靴を使おうかと考えるも、すぐに今の靴はスレイプニルの靴ではなく、冒険者が普通に履くような靴だったと思い出す。
それでも空中で吹き飛ばされながらも何とかバランスを取りながら、雪の上に着地する。
「シャア!?」
レイが地面に着地したのとほぼ同時に、スノウサラマンダーの口からはブリザードブレスの代わりに悲鳴が上がる。
態勢を立て直しながらスノウサラマンダーに視線を向けたレイが見たのは、身体に何本かの矢が突き刺さって悲鳴を上げているスノウサラマンダーとの間合いを急速に詰めているヴィヘラの姿だった。
「はああぁっ!」
振るわれる拳が、真っ直ぐにスノウサラマンダーの身体へと命中する。
白い身体に拳がめり込み……その威力によって、スノウサラマンダーの身体は真横に数m程も吹き飛んだ。
「シャアアアアアアアンッ!」
先程口から出たのとは、また違った悲鳴。
その悲鳴が何を意味しているのかは、レイにもよく分かる。
矢が突き刺さった攻撃より、ヴィヘラの一撃の方が大きなダメージを与えたのだろう。
ヴィヘラも、自分の一撃がそれだけの威力を発揮したということに、少しだけ驚く。
拳を振るいはしたが、今は別に得意技の浸魔掌を使った訳でもなく、手甲に魔力の爪を生み出しての一撃でもない。
純粋に拳による一撃だったからだ。
だが、そうでありながらヴィヘラの一撃は間違いなく今までよりも強力な一撃だった。
それが何によるものなのかというのは、ヴィヘラも当然のように理解している。
銀獅子の心臓を使って行われた儀式によるものだ。
ビューネとの戦闘訓練ではそこまで本気を出すような真似はしなかったが、今の一撃を考えれば、それは正解だったと言えるだろう。
「シャ……シャアアアアアアアアアアアッ!」
それでもスノウサラマンダーは、そのまま倒されはせず、近くにいたレイに向かって再びブリザードブレスを放つ。
「させるか!」
自分に向かって放たれたブリザードブレスを見た瞬間、レイは魔力を流しながら黄昏の槍を自分の前で回す。
魔力を込められた黄昏の槍は、ブリザードブレスを完全に防ぐ。
「シャア!?」
スノウサラマンダーにとっても、それは完全に予想外だったのだろう。思わずといった様子でブリザードブレスを止め、驚きの声を上げ……
「ん」
その隙に一気に距離を詰めたビューネが、銀獅子の素材から作った短剣……白雲を振るう。
名前通りに白い……純白の刃は、スノウサラマンダーの首をあっさりと斬り裂き、地面のまだ誰も踏んでいない新雪に幾筋もの赤を描く。
本来ならスノウサラマンダーはランクBモンスターだ。
その強さはオークキングやゴブリンキングと同等のものであり、ランクCパーティ程度では全滅を覚悟しなければならないだけの力を持つ。
つまり、とてもではないがビューネでどうにか出来る相手ではなかった。
実際、もしスノウサラマンダーと遭遇したのがビューネだけであれば、まず勝ち目はなかっただろう。
ビューネもそれは理解しており。間違いなく撤退していた筈だった。
だが……今のビューネには、ランクSモンスターの素材で作られた白雲がある。
本人の戦闘力そのものは決して高くはないが、その武器の威力だけで考えれば一級品だった。
それこそ、ランクAモンスターであっても……場合によってはランクSモンスターの身体にも傷を付けることが出来る程の。
……もっとも、傷を付けることが出来るということと、攻撃を命中させることが出来るというのは似ているようで全く意味が違う。
今回ビューネがスノウサラマンダーの首を斬り裂くことが出来たのも、マリーナの矢やヴィヘラの一撃でスノウサラマンダーの動きが鈍っており、ブリザードブレスを止められたという驚愕があったからだろう。
そしてマリーナの精霊魔法によりビューネは普段よりも移動速度が上がり、その上で全力を出して距離を詰め、白雲を一閃したのだ。
ここまでして、ようやく攻撃を当てることが出来たのだから、ランクBモンスターというのは伊達ではない。
「ん!」
スノウサラマンダーの首を斬り裂いたビューネだったが、油断せずに一気にその場を跳び退る。
マリーナの精霊魔法による補助もあり、その動きは非常にスムーズだった。
だが……そこまでして、間一髪。
一瞬前までビューネの顔があった場所を、首筋を斬り裂かれたスノウサラマンダーの牙が通りすぎる。
もしビューネが飛び退るのが少しでも遅れていれば……もしくは精霊魔法の補助がなければ、ビューネの顔はスノウサラマンダーによって食い千切られていただろう。
首筋を斬り裂かれるという致命傷を負わされたにも関わらず、凶暴性は収まらない。
そして再び口を開いてビューネに追撃をしようとしたところで……魔力を流された黄昏の槍が、その開いた口を貫くのだった。
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