第1293話

 スノウサラマンダーは、口を黄昏の槍に貫かれて地面に倒れ込んでいた。

 銀獅子の素材を使って作られた白雲で首筋を斬り裂かれ、その時点で致命傷に近い傷を負いつつもビューネに攻撃をしようとすることが出来るだけの生命力があったのだが、それでも口を、喉を、体内を黄昏の槍に貫かれて生きていられなかったのだろう。


「マリーナ、こいつの名前を知ってたみたいだけど?」


 今の戦闘の音を聞き、新たなモンスターがやって来ないかとヴィヘラが周囲を警戒しながら尋ねる。

 そんなヴィヘラの言葉に答えたのは、マリーナではなくレイだった。


「スノウサラマンダー。ランクBモンスターだな」


 戦いになった当初は目の前にいるモンスターがどんな相手なのかを思い出せなかったレイだったが、こうして時間が経てばそれを思い出すのも難しい話ではない。


「ランクBモンスターなの? そんなモンスターが、こんな場所にいるのはちょっとおかしくない?」


 巨体と言ってもいいだろうスノウサラマンダーの死体を見ながら、ヴィヘラが呟く。

 その言葉には、レイも……そしてマリーナも同意見だった。


「そうね。ここは森の中だと言っても、まだ浅い場所よ。ここにスノウサラマンダーが出てくるのは……ないとはいえないけど、ちょっと疑問ね」

「これが冬以外なら、ないと言ってもいいんだけどな」


 春から秋に掛けてのモンスターであれば、高ランクモンスターがそう簡単に表に出てくるようなことはない。

 だが、今は冬だ。

 冬だけに姿を現すモンスターというのは、色々と特殊な存在なのは間違いなかった。


「ん」


 そんなレイ達の話に耳を傾けながらも、ビューネは少し落ち込んだ様子を見せる。

 やはり一撃でスノウサラマンダーを仕留めることが出来なかったというのを気にしているのだろう。

 普段は表情を変えることがないビューネだったが、それでもこのパーティで挑んだ最初の戦闘であまり活躍出来なかったというのは、大きなショックだったらしい。

 目敏くそんなビューネの様子に気が付いたのは、当然ながら付き合いが一番長いヴィヘラ。

 慰めるように……そして落ち着かせるように、ビューネの頭を軽く撫でる。


「ほら、あまり気にしないの。ビューネも今回の戦闘では十分活躍したでしょ? スノウサラマンダーの最後の一撃もきちんと回避出来たんだから」

「ん……」


 ヴィヘラに慰められても、やはり色々と思うところはあるのか、ビューネは落ち込んだ様子を隠せない。


「言っちゃ悪いけど、ビューネの実力不足は元から理解した上でパーティを組んでたんだから、そこまで気にする必要はないと思うけどな」

「グルルルゥ」


 レイの言葉に、その通りと喉を鳴らすセトだったが、そのセトは今回の戦いでは特に何も働いていなかった。

 勿論セトが手を出すよりも先に事態が進んでいったというのが大きかったのだろう。

 だが、セトが手を出そうと思えばいつでも手を出せたのは間違いない。

 それでも何も行動に移さなかったのは、そんな余裕がなかったからか、それとも単純に自分が手を出さなくても大丈夫だと思っていたからか。


「ん」


 そんなセトの慰めだったが、予想外なことに……いや、ビューネとセトの仲が何気にいいのを知っている者にとっては予想出来たのだろうが、ともかくビューネは多少気分を持ち直した。

 少なくても、見て分かる程に落ち込んでいる様子はもうなかった。

 そんなビューネの様子を見て安堵したヴィヘラやマリーナ、レイは周囲の様子を警戒しながら早速今回の戦いについて話し合う。

 ……尚、かなりの重量があると思われるスノウサラマンダーだったが、ミスティリングがあるレイ達にとっては全く何の問題もなかった。

 黄昏の槍が抜かれたスノウサラマンダーの死体をミスティリングに収納したレイが、最初に口を開く。


「今の戦いは結構いい出来だったと思うけど、どうだ?」

「そう、ね。お互いに上手く連携出来ていたとは思うわ。勿論完璧って程じゃないけど」


 レイの言葉に、ヴィヘラが頷く。

 最初の戦闘として考えれば、決して連携が悪いという訳ではなかった。

 だが、長年パーティを組んでいる者達……レイにとって親しい相手だと灼熱の風のような者達と比べれば、当然のように連携は拙い。

 そもそもの話、この中で明確にパーティを組んで戦っていた者はマリーナだけだ。

 レイはセトや自分の秘密の件もあってソロで活動していたし、ヴィヘラは元々ソロだった。

 いや、ヴィヘラはビューネとパーティを組んでいたのだが、そこでは戦闘の殆どはヴィヘラに任せるという暗黙の了解があった。

 勿論その時にもビューネが完全に戦闘に参加していなかった訳ではないのだが……

 もっとも、その件もあってレイよりもパーティとしての戦闘には慣れている。


「マリーナが使った精霊魔法は、かなりよかったと思うわよ?」


 ヴィヘラの言葉に、レイも……そしてビューネも頷く。

 特にビューネは、マリーナの精霊魔法があったからこそスノウサラマンダーの首を斬り裂くことが出来た。

 そして何より、スノウサラマンダーの噛み付きを回避出来たのもマリーナのおかげだった。

 そのどちらもが、風の精霊魔法によりビューネの身体能力を上げていた為に出来たことだ。


「弓の攻撃も、スノウサラマンダーを牽制するって意味ではかなり良かったけどな。……ただ、ビューネ。スノウサラマンダーに一撃を与えたのはいいけど、マリーナが弓を使った時に長針を使ってもよかったかもな」

「そうかしら?」


 レイの言葉に首を傾げたのは、ヴィヘラ。


「元々ビューネの役目はマリーナの護衛が主でしょ?」


 それは、間違いのない事実だった。

 このパーティにおいて、前衛を務めるレイとヴィヘラは極めて強力な戦闘力を持っている。

 それだけの人物をマリーナの護衛に割くというのは明らかに勿体ない。

 そういう意味では、一行の中では戦闘力が高くないビューネは護衛という意味ではまさにこれ以上ない存在だった。

 勿論戦闘力が高くないといっても、それはあくまでもこのパーティの中での話だ。

 一般的な冒険者として考えれば十分な戦闘力はあるのだから、護衛として力不足ということはない。

 レイとヴィヘラの意見が対立してるのは、護衛と牽制のどちらを重視するかという話だ。

 レイは長針を使えばビューネの力でも十分に牽制出来ると主張し、ヴィヘラは護衛としての役割を重視した方がいいと言う。

 これはどちらが間違っている訳でもない。


(それでも、攻撃的な性格のヴィヘラが護衛を重視するように主張して、レイの方が牽制を主張するというのは、ちょっと面白いわね)


 二人のやり取りを聞きながら、マリーナが口を開く。


「どっちかに特化することもないんじゃない? 場合によっては護衛、場合によっては牽制といった風にしていけばいいと思うのだけど。元々このメンバーでパーティを組んで戦うのは初めてなんだし、その辺りの調整は時間を掛けてやっていくことよ」


 受け取りようによっては、玉虫色の言葉にしか思えない言葉だったが、そもそも今こうしてギルムの外で戦いをしているのはその調整の為というのが大きい。

 レイとヴィヘラはある程度長い間一緒に行動しているので、お互いに阿吽の呼吸……とまではいかないが、それに近いくらいに戦闘において呼吸を合わせることが出来る。

 そこにビューネが入っても、こちらもある程度慣れてはいるのだが……そこにあまり戦闘という面で関わってこなかったマリーナが入ってくるとなると、色々と調整が必要になってくるのだ。

 たかが一人と甘く見ると、いざ戦闘で思いも寄らない被害を受けることもある。

 臨時で組むパーティなら問題はないだろうが、固定パーティを組むのであればしっかりその辺りを調整しておく必要があった。


「じゃあ、次はビューネが援護に回ってみて、その次の戦いは護衛に専念……って感じでどうだ?」


 レイの言葉に、皆が頷く。……セトもよく分かっていないようだったが、周囲の状況に流されるように頷く。


(何だかんだと、レイってば仕切るのがそれなりに上手かったりするのよね。……パーティリーダーとしての素質は十分だと思うけど)


 マリーナがレイの方を見ながら一瞬そう考え、やがて改めて口を開く。


「それにしても、まさかスノウサラマンダーがここに出てくるとは思わなかったわね。もしかして、餌がないのかしら」

「他のモンスターの数が少ないのかもしれないな。……何かそういう予兆的な報告とかはなかったのか?」


 レイの質問に、マリーナは首を横に振る。


「元々冬は冒険者の数が少なくなるし、その手の情報もなかなか入ってこないのよ。それはレイ達もよく知ってるでしょ?」


 そう言われれば、レイもまた頷くしか出来ない。

 元々この時季に金を稼ぐ為にギルムの外に出る冒険者というのは、腕利きではない者が多い。

 ……もっとも、中にはどこぞのセト好き冒険者のように、セトに貢ぎすぎて金がなくなって依頼を受けるという者もいるのだが。


「だとすると、この奥に進むと今よりも危険なモンスターが出てくるかもしれないということかしら?」


 それだけを聞けば心配している風なヴィヘラの言葉だったが、その目にあるのは強敵との戦いの予感だ。

 ヴィヘラにとって、強力なモンスターというのは避けるべき存在ではなく、寧ろ自分から会いに行くべき存在だった。

 レイやビューネもそれは分かっているし、その二人程に付き合いが長い訳ではないが、マリーナもそんなヴィヘラの性格は理解していた。

 だからこそ、ここで何かを言っても恐らく無駄だろうと判断する。

 もっとも、今回はパーティとしての連携の確認をする為にここにやって来ているのだから、戦いを避けるという選択肢は基本的になかった。

 勿論、銀獅子のような存在が出てくれば話は別だったが。

 だが、そんな強力なモンスターがそうそう出てくる筈もない。


「ヴィヘラが喜ぶ相手と戦えるかどうかは、分からないけどね」


 どうする? と聞くまでもないといった様子で告げるマリーナに、ヴィヘラは当然と頷く。


「行きましょう」

「はいはい、じゃあ行くか。……ただ、セトがいるのに襲ってきたってのはちょっとな。ランクBモンスターなら、当然ゴブリンよりも知能は上だろうし。……ランクBモンスターだからか?」


 ランクDやCであれば、ランクAモンスターというのは絶対に勝てない存在として認識される。特にセトは希少種扱いでランクS相当となっているのだから、力の差を感じ取るのは当然だろう。

 だが、ランクBであれば……もしかしたら、本当にもしかしたらだが、セトを相手にしても勝てると思って襲ってくる可能性が多少……ほんの少しであってもあるのでは?

 そう推測するレイだったが、それを口にするよりも前にヴィヘラは先に進む。


「ほら、行くわよ。この身体に慣れる必要もあるし、次はもう少し強い敵がいいわね」

「あー……うん、そうだな。じゃあ行くか」


 先程スノウサラマンダーに放った一撃がそれなりに満足の出来るものだったのだろう。

 再び奥へと進むヴィヘラに率いられるように、レイ達はその後を追う。

 勿論マリーナの精霊魔法によって、雪に足を取られるようなことはなく、普通に歩くことが出来ていた。


「精霊魔法って、つくづく便利だよな」

「そう? 私は慣れているからか、そんな風には思わないけど」

「贅沢ものめ」

「……その言葉、レイに言われたくはないんだけど? 普通に考えれば、絶対にレイの方が便利なマジックアイテムを色々と持ってるんだし。特に……ねぇ?」


 マリーナの視線が向けられたのは、レイの右手。……正確には右手首。

 そこにある腕輪が何なのかというのは、ギルムに住んでいる者であれば大半が知っている。

 冒険者であれば……いや、冒険者でなくても、誰もが欲しいと思う代物なのだから。


「アイテムボックスを持ってるだけで、色々と便利すぎると思うんだけど?」

「それは否定しない」


 実際、レイが依頼の最中であっても温かい料理を食べることが出来たり、マジックテントでその辺の宿よりもすごしやすい部屋で眠ったりといった快適な生活を送ることが出来ていた。

 更には、最近ではマジックアイテムの窯まで得て、自分で料理を作ることも出来るようになっている。

 その生活の充実振りは、とても冒険者とは言えなかった。……野営という一点においては、それこそ貴族すら上回っているのではないかと思われる程だ。


(そう言えば、このパーティで活動するんなら野営する時もマジックテントを使うんだよな。だとすると、ベッドとか新しく用意する必要が……)


 どこかでベッドを買う必要があるか。

 そんな風に思っているレイの視線の先……より具体的には先頭を歩いているヴィヘラの近くにある茂みが、不意に揺れ……そこから何者かが飛び出してくるのだった。

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