第1286話

 レイが窯を受け取り、少しの時間が経ち……やがて年末になると、レイ、ヴィヘラ、ビューネ、セトの姿は貴族街にあるマリーナの家にあった。

 以前提案があった、年末のパーティを行う事になったのだ。

 何人かはこのパーティの話を聞いて参加したがっていた者もいたのだが、今回はあくまで春から結成されるパーティの親睦会ということもあって、パーティの参加者はレイ達だけだ。

 レイと一緒に年越しをしたかったケニー、セトと一緒に年越しをしたかったミレイヌとヨハンナといった面々は、それこそ非常に悔しがっていた。

 ケニーは、何故自分がギルドの受付嬢で冒険者ではなかったのかと、そう嘆いてレノラから色々と慰められたという一幕を目にした者もいる。

 ……もっとも、ケニーが今回のパーティに参加するつもりであっても、外でやるパーティだと聞かされれば遠慮したかもしれないが。


「うわっ、凄いわね……精霊魔法って便利」


 マリーナの精霊魔法で一気に降り積もっていた雪が自分で移動し、パーティをやるだけの広さを持った場所が出来たのを見て、ヴィヘラが感嘆の声を上げる。

 そんなヴィヘラの言葉に、ビューネもまた同意して頷きを返す。


「ふふっ、そう言ってくれると嬉しいわね。……さ、レイ。お願い」


 褒められたことに満更でもないのか、マリーナは嬉しそうにしつつレイを促す。


「よし、じゃあ出すぞ」


 その言葉と共に、次の瞬間にはいきなり中庭に窯が姿を現していた。


「へぇ、これがレイ専用の……いえ、別に専用って訳じゃないかもしれないけど、窯なの? こうして見る限りだと、普通にパン屋とかにある窯とそう違いがあるようには見えないわね。大きさは大分小さいけど」

「ん」


 パン屋に置かれている窯に比べると、その大きさはかなり小さい。

 ……数人分の料理を作れればいい窯と、一度に数十人分のパンを焼く窯なのだから、その大きさが違うのは当然だった。

 寧ろ四人と一匹分の食事を作るという意味では、窯の大きさは大きすぎると言ってもいい。

 もっとも、レイ、ビューネ、セトと、見かけ以上によく食べる大食いがパーティの大半を占めているのだから、このくらいの窯の大きさは当然かもしれないが。


「魔力を使って熱を生み出す窯って話だけど……中々のものだと思うわよ? それで、レイ。パン生地も貰ってきてるんでしょ?」

「パンじゃなくて、ピザの生地な。他の材料も一気に出すか?」

「いえ、うどんは最後にして頂戴。年が変わる時に食べるんでしょ?」

「そうだな。……正確にはうどんじゃなくて、蕎麦なんだが。まぁ、年越しうどんとかを食べる地域もあるらしいから、決して間違ってる訳じゃないだろうけど」


 黄金のパン亭からは、まだ試行錯誤の最中ではあったが、それでもある程度納得の出来る状態になったピザの生地を丸く広めて貰った状態で百枚近く貰ってきている。

 勿論今日だけで食べきるのではなく、この窯でこれからもピザを作る際に使う為にだ。

 また、折角なので年越し蕎麦ではなく、うどんを食べる為に満腹亭からうどんも買ってきた。

 年越し蕎麦を食べるタイミングとしては、昼食や夕食の時に食べるという者も多いのだが、レイが日本にいた時は、年越し蕎麦ということで日付が変わる頃に食べていた。


(年越しうどんが広まれば、日付が変わる頃に食べるのが一般的になりそうだな。……まぁ、俺はその方がいいけど。もし俺よりも後にエルジィンに来た奴がいれば、年越しうどんを食べる時間帯が違う! とか言うのかも?)


 そんな風に考えながら、ピザ生地をミスティリングから取り出し、次にソースやソーセージ、野菜、茸、チーズといった具材を取り出していく。

 トマトソースは数が少なかったが、それでもある程度店や食堂で購入することが出来ていた。

 窯の近くには、マリーナの屋敷から持ってきたテーブルがある。

 雪の中にテーブルがあるという光景は、どこかおかしな……それでいて微かに幻想的なものを感じさせた。

 レイがそんな光景に何ともいえない気分を抱いていると、テーブルの上にある具材を見てヴィヘラが口を開く。


「へぇ……これがピザって料理の材料なの?」

「ああ。ギルム……いや、ミレアーナ王国を含めて、多分どこにもないような料理だと思う。勿論、俺が知らない場所で実は同じような料理があるって可能性はあるけど」


 ピザというのは、普通にパンを焼くことが出来るのであれば少し発想を転換すると誰でも……とまではいかないが、それでも思いつく者がいてもおかしくはない料理だ。

 だからこそ、自分が知らないだけで似たような料理があってもおかしくないというのは、レイも理解していた。

 もっとも、その場合は同じような料理であっても『ピザ』と名前ではないだろうと考えていたが。


「そう、ね。パン生地の中や上に具を乗せて焼き上げるパンというのはあるし、どこかに似たような料理はあってもおかしくないわ」


 長い間冒険者をしてきた経験のあるマリーナが、レイの言葉に頷く。


「そんな訳で……まぁ、今回のピザもどちらかと言えばお試しって感じだけど。さて、取りあえず作っていくか」


 雪の上に立つテーブルの上で、それぞれの前にレイはピザ生地を置いていく。


「グルゥ」

「分かってるよ。セトの分もしっかり用意してあるから、心配するな。ほら」


 自分にも! と喉を鳴らすセトの分もテーブルにピザ生地を出す。

 それを見て、セトも嬉しそうに喉を鳴らす。


「さて、まずは……いや、その前に窯の方を動かしておくか。雪が降ってなくても、暖かいのは必要だろうし」


 生地をそのままに、レイは空を見上げる。

 年末の午後という時季にも関わらず、今日は非常にいい天気だった。

 それこそ、数日前までは……いや、昨夜までは大量に雪が降っていたとは思えない程に。

 ただし、天気は良くて冬晴れであっても、冬だけに気温は低い。

 どうせなら暖かくした方が、全員が楽しくピザを作れるだろうというレイの考えだった。

 一応マリーナの精霊魔法で雪が溶けないのにある程度暖かいという不思議な状態になってはいるのだが……それでもやはりピザ窯による暖房はどこか冬らしいだろうというのが、レイの考えだった。

 そして窯へと手を触れ、魔力を流す。

 窯の起動にはそれなりに魔力が必要なのだが、レイの持つ魔力は常識外れと呼ぶのに相応しいものだけに、何の疲れも感じなかった。

 やがてレイの魔力によって起動した窯は、周囲にじんわりとした暖かさをもたらす。

 マリーナの精霊魔法が使われていても感じる暖かさは、どこかほっとさせるものを感じさせた。


(薪ストーブの熱とかを感じると、電気ストーブとかエアコンよりも安心するって話を何かで聞いたことがあるけど……それと似たようなものか?)


 多少の疑問を抱きつつ、レイは調理台として使っているテーブルへと戻る。

 だが、ヴィヘラ、マリーナ、ビューネ……そしてセトの三人と一匹は、初めて起動した窯に興味深そうな視線を向けていた。

 今は窯の中に何もないので、特に強烈な熱という訳ではない。

 それでもマジックアイテムの窯というのは初めて見るのか、興味深そうに赤く熱されていく窯の内部に視線を向けていた。


「そこまで気になるような代物か? 魔力で動いているというのは別として、窯自体は普通の窯とそう大差ないと思うけどな」

「その、魔力で動いているというのが凄いんじゃない。それなりに長い間生きてきたけど、魔力で動く窯……それも持ち運び出来る物というのは初めて見たわ」


 しみじみと呟くマリーナ。

 何故? とレイはその言葉に疑問を感じる。

 マジックアイテムは魔力で動かすのは珍しくない。

 勿論魔石を使ってマジックアイテムを動かすことが一般的なのは事実だが。


「そんなものか? ……まぁ、窯の方はとにかくとして、だ。まずはピザを作っていくか。それぞれ、トマトソースをピザ生地に塗ってから、好きな具を乗せていってくれ」


 そこまで言ってから、ミスティリングの中に入っている魚介類を出してもよかったかも? と思ったレイだったが、取りあえず今日は初めてのピザ作りなので普通のピザを選択する。

 シーフードピザは、レイも何度か食べたことがある。……勿論スーパーで売っているものだが。

 それでも十分に美味かったので、今回作ったピザが美味かったら試してみようと決意する。

 そんな微妙な決意をしながら、レイも他の面々と一緒にピザ生地にトマトソースを塗り、具材を乗せていく。


「セト、お前はどれにする?」

「グルルルゥ!」


 自分の生地の上に野菜やソーセージ、ハムといった具材を乗せながらレイがセトに尋ねると、聞かれたセトは嬉しそうにテーブルの上にある幾つかの素材にクチバシを向ける。

 当然と言うべきか、予想通りと言うべきか、セトが選んだのはハムやソーセージ、焼いた肉、煮込んだ肉……といった風に、肉が中心だった。

 セトが肉好きなのは知っていたレイだったが、だからといって肉だけではバランスが悪い。


「野菜も選ばないと駄目だぞ、これとかどうだ?」

「グルゥ」


 レイが幾つかの野菜や茸を選ぶと、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 肉が好きなセトだったが、別に野菜が嫌いという訳ではない。

 レイが選んでくれた野菜なら、幾らでも食べられると、そう思っていた。


(ミレイヌやヨハンナがここにいたら……いや、考えるのは止めておこう)


 元々セトと遊び、構うのが好きな二人の顔を思い出したレイだったが、もしここにいれば狂喜乱舞しただろうと思うと、それ以上考えるのは止める。

 今日のパーティはあくまでも春からパーティを組む面々の親睦を深めるという意味が強い年越しパーティだ。

 そこに他の面子を呼ぶのは、ちょっと違うと。そうレイは思っていた。


「レイ、出来たけど……これでいいのかしら?」


 ヴィヘラの言葉に、レイはそちらに視線を向け……思わず笑みが漏れる。

 レイに呼び掛けたヴィヘラのピザは、ソーセージや野菜をバランスよく乗せられた代物で、マリーナのピザは野菜が若干多かったが、それでも普通のピザと言えた。

 だが……ビューネが作ったピザは、もはやピザと呼ぶのは難しい。

 ピザ生地の上には野菜やソーセージ、ハムといった具材がこれでもかと言わんばかりに乗せられていたのだ。

 それこそピザ生地の部分が全く見えず、それどころか具だけで数cmの厚さがあるくらいに。


「ん!」


 思わず言葉を失ったレイだったが、そのピザを作ったビューネは自信満々に胸を張りながらいつものように一声だけ上げる。


「あー……ビューネ。悪いけどこれはちょっと具材を盛りすぎだ。多すぎる。ヴィヘラとかマリーナくらいまで減らしてくれ」

「ん!?」


 まさかレイにこう言われるのは、ビューネにとっても予想外だったのだろう。

 自信満々だっただけに、余計にショックを受けた様子だった。


「ほら、ビューネ。だから言ったでしょ? 何事もやりすぎはよくないのよ。これだと、ちょっとみっともないでしょ」


 呆れた様子でヴィヘラが告げ、ビューネは不満そうにしながらもピザの上から盛りすぎた具を取り除いていく。

 ピザというよりは別の料理と表現するのが相応しかった料理は、やがてピザと呼ぶべき料理へと姿を変えていった。


「レイが考えた料理を一杯食べたいのは分かるけど、まずは基本的なピザを食べましょ? ねぇ?」


 ヴィヘラに同意を求められたレイは、その通りだと頷く。


「別にピザ生地はこれ一枚って訳じゃない。他にも何枚もある」

「……ん」


 それでもレイの言葉に、ビューネは残念そうにそれだけ言葉を返す。

 大人しくピザ生地の上にある程度の量――それでもヴィヘラやマリーナより多かったが――の具が乗ってる状態になると、仕上げに使うのはチーズだ。

 既に細かく切ってあるチーズを、大雑把にピザ生地の上に乗せていく。

 本来ならこのチーズを乗せるという行為にも、プロの技量が光るのものなのだが……レイ達は、これが初めてのピザということもあり、チーズを乗せるのは適当だった。

 ……やはりと言うべきか、ビューネはチーズもかなり多目に自分のピザに乗せていたが。

 それでも最初に山盛りの具を乗せていた時に比べればそこまで目を見開くようなものでもなく、熱せられた窯にピザ生地を突っ込んでいく。

 なお、ピザ生地を中に入れる巨大なヘラのようなものは、数日前にパミドールから作って貰った物だ。

 そうして十分に熱せられた窯にピザ生地を入れ……やがて数分で、チーズは溶け、ピザが焼き上がるのだった。

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