第1275話

「は? 携帯できる窯だぁ? そんなのはパミドールにでも頼んでくれ。俺は今、お前のスレイプニルの靴を改造する件で忙しいんだから」


 レイの言葉に、アジモフは不機嫌そうに告げる。

 その様子を見る限り、スレイプニルの靴の改造は決して順調という訳ではないのは明らかだった。

 雪が降ってある程度の時間が経ち、そろそろ年を越す頃合い。

 最初はそれなりに順調だったスレイプニルの靴の改造も、壁にぶつかっていたのだろう。

 そんな時、急に尋ねてきたレイが口にしたのが、持ち運び出来る窯を作って欲しいというものだった。

 アジモフがパミドールに頼めというのは、無理もなかっただろう。

 だが、レイは首を横に振る。


「俺だって、普通の窯が欲しいのなら当然パミドールに頼むか、借りるかするさ。けど、俺が欲しいのはあくまでも持ち運び出来る窯で、それも普通の窯じゃなくてマジックアイテムの窯だ」


 マジックアイテムの窯と聞き、ようやくアジモフの興味を惹いたのだろう。

 苛立たしげだったアジモフの視線が、少しだけ興味深いものへと変わる。

 やはり錬金術師だけあって、マジックアイテムの窯という言葉には反応してしまったのだろう。


「興味深いな。もう少し細かい話を聞かせろ」

「ああ。と言っても、そんなに難しい話じゃない。野営をする時に料理とか暖房とかの目的で使う窯だ」

「……それなら、普通の焚き火でいいんじゃないか? お前のアイテムボックスには薪が大量に入ってるんだろ?」

「そうだな。それだけなら焚き火でもいい。ただ……俺がちょっと作ってみたい料理があってな。それを作るのには焚き火じゃなくて窯が必要なんだ」

「料理? ……まぁ、それなら窯が必要なのも分からないじゃねえが……レイが料理?」


 不審そうな瞳をレイに向けるアジモフ。

 パンを焼く時には普通に窯を使うので、料理に窯を使うと言われても疑問に思うことはない。

 だが、レイが料理をすると言われれば、疑問を覚えない訳がなかった。

 そんなアジモフに、レイは少し不機嫌そうにする。

 勿論料理人や主婦のように料理を作れるかと言われれば、答えは否だ。

 それでも、多少の料理なら……それこそアジモフよりは料理について自信があった。


「何だよ、俺が料理しちゃ悪いのか?」

「……いやまぁ、うどんを広めたのもレイだしな。料理が出来てもおかしなことじゃない、か?」


 首を傾げるアジモフだったが、やがて気を取り直したのか改めて口を開く。


「それで、何で窯なんだ? パンでも焼くのか?」

「近いけど、違うな。ちょっと面白い料理の作り方を思い出したから、それを作ってみようと思ってな」

「それだけで窯か? さっきも言った通り、こっちはスレイプニルの靴の件で色々と忙しいんだぞ?」


 面白くないと言いたげなアジモフの言葉だったが、正直なところレイの言葉に若干でも興味を惹かれているのは間違いないのだろう。

 目の中にある好奇心の光は消し切れていなかった。


「今も言ったけど、俺が焼こうと思ってるのはパンじゃなくて、あくまでも思い出した料理の方だ。多分ミレアーナ王国では初めての料理だ。いや、もしかしたら似たような料理はどこかにあるかもしれないけど、少なくても俺は見たことがない」

「ふーん。そこまで珍しい料理なのか。……で、美味いのか?」

「そうだな。作ったことはないし、試行錯誤しながらの料理だから最初は不味い可能性もあるけど、きちんと作れるようになれば美味いと思う」


 当然ながら、レイはピザという料理を作ったことはない。

 レイが日本にいた時に宅配ピザの店は市街地にあったが、ちょっと高くて殆ど食べたことはなかった。

 パン屋で売っているピザパンや、スーパーで売っているピザの類はある程度食べていたのだが。


(何でピザってあんなに高いんだろうな。アメリカとかのピザはかなり安くて、日本のピザは常識外れの高値だって何かで見たことがあるけど)


 そんなことを考えるレイに、アジモフは興味深い視線を向ける。


「そんなに美味いのか?」

「ああ。……まぁ、実際に食べたことはないから、多分としか言えないけど」

「お前は相変わらず妙なことを知ってるよな」

「師匠の本で得た情報だからな。その辺りは何ともいえないよ。……それで、どうだ? マジックアイテムの窯を作ってくれるか?」

「あー……そうだな。気分転換に丁度いいかもしれないな。……うん? 窯?」


 スレイプニルの靴の件で行き詰まっている以上、気分転換もいいかもしれないと考えるアジモフだったが、ふと思いつく。


「なぁ、もし窯を作る場合、銀獅子の骨を使って作ってもいいか? 俺の経験から考えると、多分銀獅子の骨をレンガの材料の一つにすれば、かなりの高温に耐えられるレンガが出来ると思うんだが」


 アジモフが何を考えているのかというのは、レイにも理解出来た。

 銀獅子の素材を使って何か別のマジックアイテムを作ることにより、スレイプニルの靴で苦戦している今の状況を打破したいのだろうと。

 勿論窯を作るのに使う技術がスレイプニルの靴に流用出来るという訳ではないのだろう。

 だが、インスピレーションという意味では、重要な出来事だった。

 また、レイにとってもスレイプニルの靴について進展があり、同時に窯を作って貰えるというのは嬉しい。

 特に窯は、ピザに限らず様々な料理に応用が出来る。

 今までの野営の時に食事をする場合は、ミスティリングの中に入っている完成した料理をそのまま出すか、串焼きにした肉を焚き火で焼くか……といったことしかできなかった。

 勿論それでも食事に何の不都合はなかった。

 だが、窯があれば焼いてから暫くたったパンでもまた美味しく食べることが出来るし、それこそパン生地をミスティリングの中に入れておけば文字通りの意味で焼きたてのパンを食べられる。

 ……もっとも、当然のようにレイはパンを焼いたことなどないので、色々と練習をする必要があるだろうが。

 また、今回窯を頼んだのは、春からレイが正式にパーティを組むというのも関係している。

 料理は基本的にミスティリングから出すつもりだったが、それでも人数が増えて不測の事態が起こるかもしれない以上、念には念を入れた方がいいという判断からだ。


「銀獅子の素材……それも骨か。うーん……」


 そこまでの理由があってもレイが悩むのは、銀獅子の骨というのは非常に使い勝手がよさそうな素材の為だ。

 それこそ、パミドールやアジモフが言っているように、骨粉にして何らかの素材に混ぜるといったことから、骨そのものを武器の形に整えて……といった風な使い道がある。

 特に骨粉に関しては様々なものに応用出来る為、出来ればあまり使いたくないというのがレイの正直な思いだった。


「そんなに悩むなよ。別に銀獅子の骨を丸ごと使わせろって言ってる訳じゃないんだ。勿論最初に何度か試してみて、最適な分量を考える必要はあるけどよ」

「……分かった」


 悩んだ末、結局レイはアジモフの言葉に従うことにする。

 ランクSモンスターの素材を使って作ったマジックアイテムの窯というのを実際に見てみたかったし、黄昏の槍の件でアジモフの技量には信頼を置いている為だ。

 アジモフなら多少暴走しても、結果として間違いなく高性能な窯を作ってくれるだろうと、そう確信出来る。


(最大の問題は、そんな凄い窯を作って貰っても俺が使いこなせるかどうかってことだよな)


 一流の品であっても、使い手が二流、三流であっては意味がないのだ。

 最低限その窯に相応しいだけの技量を持つ必要があるのは事実だった。

 それでもあくまでも窯で焼くのを見極める技量であって、実際に料理全ての技量ではないというのは、レイにとっても救いだったのだろう。


「まぁ、安心しろ。幸い銀獅子が大きかったおかげもあって、骨は大量にある。そう簡単になくなったりはしないだろうよ」

「……だからって、無駄に使うような真似はするなよ?」


 アジモフにそう告げながらも、レイはグリムから自分が倒した銀獅子は銀獅子の中でも決して大きな個体ではなかったと聞かされたことを思いだしていた。


(どうせならもっと大きな個体と……いや、そうなれば勝ち目があったかどうかも怪しいか)


 すぐに首を横に振って、今更考えても仕方のないことを考えるのを止める。

 そんなレイの様子とは裏腹に、アジモフはレイの許可を得て満面の笑みを浮かべていた。

 普段はぶっきらぼうな様子が目立つだけに、そんなアジモフの様子はレイにとっても非常に珍しい。

 そうして早速と窯を作る為に色々と準備を進めるアジモフに、レイはこれ以上ここにいても邪魔をするだけだと判断して口を開く。


「じゃあ、俺は帰る。窯が出来たら知らせてくれ」

「おう、任せとけ。……取りあえず窯ってことは熱くする必要があるから、その辺は魔石……いや、火炎鉱石を使った方がいいか? それとも……」


 既に窯を作る方に意識を集中しているのだろう。アジモフは背後から掛けられたレイの言葉に、振り返りもせず軽く手を振る。

 そんなアジモフらしい姿に、レイは小さく笑みを浮かべて家を出る。


「グルルゥ!」


 家を出た瞬間、セトが期待を込めた鳴き声を上げながらレイに近づいていく。

 今日レイがアジモフの家にやって来たのは、マジックアイテムの窯を作って貰う為だと教えてあったからだ。

 そして窯を作るのは、ピザという新しい料理を作るのに必要だからだと、そうセトに説明していた。

 だからこそ、セトは早くピザを食べたい! と鳴き声を上げたのだろうが……そんなセトの頭を、レイはそっと撫でる。


「落ち着けって。今日作ってくれるように頼んだからって、その場ですぐ出来る訳じゃないんだから」

「グルゥ……」


 レイの言葉に、残念そうに下を向くセト。

 ピザという料理がどのような料理なのかは分からなかったが、それでもレイが言うのだから間違いなく美味い料理なのだろうというのは想像出来たのだ。

 基本的に、レイの作る……いや、正確にはレイが他の者に教える料理というのは、どれも非常に美味だ。

 ここで基本的にとしたのは、少し前に食べた肉まんもどきが不味くはないが、美味くもなかったからだろう。

 そんなセトの考えを感じた訳でもないだろうが、ふとレイは呟く。


「そうだな、宿に戻る前にちょっと黄金のパン亭に寄ってみるか。肉まんの改良具合がどんな感じなのかがちょっと気になるし」


 レイの言葉に、セトは少しだけ足が鈍くなる。

 肉まんもどきの味を覚えているからこそ、出来れば食べたくないのだろう。

 そんなセトの様子にレイも気が付いたのか、励ますようにそっとセトの身体を撫でる。


「あの時は、俺のうろ覚えの知識から作ったからあんな味だったけど、今ならロドリゴがしっかりと改良してるだろうから、安心しろ。サンドリーヌも、多分セトに会いたがってるぞ?」

「グルルルゥ」


 レイの言葉に励まされたのか、それともサンドリーヌに遊んで貰いたいと思ったのか。そのどちらかは分からなかったが、それでもセトはレイの側を歩き出す。

 そうして大通りに出て、黄金のパン亭の前を通ると、並んでいる客はいなかったが、店の中の客席が大量に空いているという程でもなかった。

 いや、今が午後であることを考えると、この時間帯にも関わらずある程度客の姿があるというのは十分に流行っていると言ってもいいのだろう。


「いらっしゃい。残念だけどもう夕方の仕込みに……あら、レイさん。セトちゃんも」


 扉を開けた瞬間、ウェイトレスをしているサンドリーヌが素早くそう断りの言葉を言おうとするが、そこにいたのがレイとセトだと知ると、申し訳なさそうな顔から一転して笑みとなる。

 それを見た、店に残っていた客がレイに向けて嫉妬に満ちた視線を送る。

 サンドリーヌは決して男の注意を惹くような美人という訳ではないが、非常に明るい性格をしており、それが顔に出ているのか、黄金のパン亭の看板娘として人気が高かった。

 だが、客の嫉妬に満ちた視線を向けられたレイは、苦笑を浮かべるしかない。

 サンドリーヌが喜んだのは、別にレイに会ったからという訳ではないのは明らかだからだ。

 勿論セトはそんなサンドリーヌに、食堂の外から喉を鳴らす。


「肉まんの様子を聞きに来たんだけど……どうなっている?」

「あ、それで? また、律儀ね。お父さん、レイさんが来たわよ!」


 何故レイが来たのかを聞き、サンドリーヌは厨房へと声を掛ける。

 そうして厨房から出て来たのは、以前と同じように少し気弱そうなロドリゴの姿。

 一見しただけでは、とてもではないが腕の立つ料理人には見えない。


「あ、レイさん。いらっしゃい。……少し待ってて下さいね。仕込みの方がもう少しで終わるので。……それまでは、そうですね。少し待ってて下さい」


 レイの姿に嬉しそうな笑みを浮かべたロドリゴが厨房に戻っていき……うどんの入った丼を持ってくるのだった。

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