第1274話
「わー! 待て待て待てー!」
そんな声が響き、雪玉が空を飛ぶ。
自分に飛んできた雪玉を回避し、仕返しだと言わんばかりに投げつける。
十人を超える子供達が、それぞれ二つのチームに分かれて雪合戦をしている光景を、レイはセトと共に眺めていた。
少し前に作ったかまくらは、まだ広場の中央にある。
そのかまくらのある場所を分岐点として、子供達がそれぞれに雪合戦をやっているのだ。
……当然ながら、子供達に雪合戦のルールを教えたのはレイ。
勿論雪玉を使ってお互いに投げ合う、という遊びはあったのだが、レイはそれに明確なルールを設けた。
もっとも、レイも正確な雪合戦のルールを知っている訳ではない。
国際競技にもなっている雪合戦がTV番組で放映された時、何となくその光景を見ていた程度だったのだから、細かいルールを覚えていないのは当然だろう。
それでも、TVで見ていただけあって、大まかな……本当に大雑把なルールだけは知っていた。
お互いの陣地に旗を立て、それを雪玉で攻撃した方が勝利だと、その程度のルールだが。
当然雪玉に当たってしまえば脱落というのは大前提だった。
実際にレイはやったことがないが、サバイバルゲームに近い、というイメージ。
「あー! 当たったのに、なんでルセズはまだいるんだよ!」
「だって、手で防いだんだもん、当然だろ!」
「それでも雪玉に当たってるんだから、駄目だろ!」
「防いだから大丈夫!」
そんなやり取りがレイの耳に入る。
そして当然ながら、そんなやり取りをしている二人がどうなのかと、レイに意見を尋ねてくるのは当然だった。
「レイにーちゃん、雪玉を手で防げば大丈夫だよね!」
「レイにーちゃん、手で防いでも雪玉が当たったんだから駄目だよね!」
二人からそう尋ねられるレイだったが、細かいルールは覚えていない以上、答えようがない。
「あー、そうだな。一応雪玉に当たれば駄目だってルールだった筈だから、一応手で防いでも駄目だろうな」
「ほらな、ほらな!」
「むうううううう!」
そんなやり取りを眺めていたレイは、ミスティリングの中からサンドイッチを取り出して口へと運び、もう一つをセトに与える。
「グルゥ」
煮込まれたオーク肉がたっぷりと挟まれているサンドイッチは、食べ応えという点で考えれば間食として食べるにはボリュームがありすぎた。
だが、レイやセトにとっては、それこそおやつ感覚で食べるのに丁度いい分量でもある。
「そう言えば、肉まんはどうなったんだろうな」
「グルルゥ?」
黄金のパン亭に肉まんの作り方を伝えてから、数日が経つ。
レイが実際に作ったことがあったうどんと違い、肉まん……延いては蒸しパンは、レイは作ったことがない。
あくまでも知っているのは、大まかな作り方とアイディアのみという有様だった。
だが、それでも食堂の店主ロドリゴは、レイと一緒に作った肉まんもどきを、しっかりとした料理に改良出来ると、自信満々だった。
気弱な外見のロドリゴがそこまで自信に満ちて言うのだから、それを思えば期待は出来るのだろう。
「後で一回行ってみるか?」
この広場も大通りに面している場所にある以上、黄金のパン亭はそんなに離れてはいない。
実際、雪で遊ぶという子供達に引っ張られてここに連れてこられた時も、黄金のパン亭が店を開いているというのは見ていたのだから。
「グルゥ……」
だが、レイの言葉にセトはあまり気が進まない様子で喉を鳴らす。
レイが食べさせた肉まんもどきが、あまり美味くなかった為だろう。
少しだけ不満そうなセトを、レイはそっと撫でる。
「ほら、心配するなって。料理人としての腕が確かなら、肉まんはもどきじゃなくなってるから」
「グルゥ?」
本当? と小首を傾げて尋ねてくるセトに、レイは頷きを返す。
「ああ。腕利きの料理人なんだから、大通りでやっていけてるんだろうしな」
「へー。レイってばセトちゃんに美味しくないものでも食べさせたの?」
「いや、別に美味くないって訳じゃないぞ? 単純にまだ試作中の……うん?」
さも当然のように会話に入って来た相手に気が付き、レイはそちらに視線を向ける。
するとそこには、若干据わった視線をレイに向けているミレイヌの姿があった。
「どこから現れた?」
「どこからって、普通にそこを通りかかったらセトちゃんの姿を見つけたから、顔を出しただけよ? それで、レイ。試作中の料理って言ってたけど、もしかして不味い料理じゃないでしょうね?」
「不味く……はないな。ただ、ちょっと物足りないというのは事実だけど」
「……本当?」
その言葉に、ミレイヌは疑わしそうな視線をレイに向ける。
セトがレイを大好きなのは、悔しいが……本当に悔しいが、分かっていた。
自分とレイのどちらかを選べと言われれば、間違いなくレイを選ぶだろうと思える程度には。
だからこそ、レイがセトに不味い料理を与えても、セトは若干抗議はするものの、それでも本気で嫌がったりはしないだろうと予想出来た。
……もっとも、セトがレイを好きなのと同じくらい、レイがセトを好きなのも分かっているので、本気でそこまで心配をしていた訳ではないのだが。
「レイさん、セトちゃんを苛めたって本当ですか?」
「……お前も、一体どこから現れた」
先程ミレイヌに言ったのと同じ言葉を、レイはヨハンナへと告げる。
街中ということもあって、レイもそこまで細かく気配の類を察知していた訳ではない。
また、レイに対する敵意や警戒といった思いを抱いていなかったのも、二人が現れることに気が付かなかった理由だろう。
(セトに肉まんもどきを食べさせたって聞けば、敵意を抱いても良さそうなものだけど。いや、セトに関係することなら俺の能力を上回るのか? ……それが有り得ないと言えないところが凄いよな)
ミレイヌとヨハンナが普段からセトに対して抱いている愛情を考えれば、何故か納得してしまうのがレイにとっても不思議だった。
「だから、別に苛めてないって」
そうレイが言うも、二人はすぐに信じようとはしない。
それに対して、再度レイが口を開こうとした時……
「あー! ミレイヌねーちゃんと、ヨハンナねーちゃんだ! ねえねえ、ねーちゃん達も雪合戦を一緒にやろうよ!」
鋭く二人の姿を見つけた子供が、叫ぶ。
ミレイヌはランクCパーティ灼熱の風のリーダーで、若手のホープと言ってもいい存在だ。
……レイが来てからは話題性をかなり奪われているが、それでも若手の中では腕利きなのは間違いない。
そしてヨハンナはミレイヌ程に有名ではないが、それでも有能な冒険者達の集団――元遊撃隊の面々――のリーダー格の一人として、知る人ぞ知るといった知名度を持っている。
もっとも、セトを巡って争うミレイヌとヨハンナは多くの者に知られているので、そちらの方が有名なのだろうが。
事実、雪合戦をやっていた子供達がミレイヌとヨハンナを知っていたのも、セトを巡ってのことからだった。
「え? 私?」
「……ふーん。ま、いいわよ? ミレイヌが私に勝つ自信がないといって、逃げるのなら見逃してあげてもいいけど」
「む。いいわ。やってあげようじゃない。その代わり、私が勝ったらセトちゃんと遊ぶ権利は私が貰うわよ」
「いいわよ? その代わり、私が勝った時もそうなるってことを忘れないでね」
そう言い合う二人の間には、間違いなく火花が飛び散っていた。
自分の意見も聞かないで、勝手にそんなことを決めるなよ。
そう言いたいレイだったが、二人の迫力に押されて黙り込む。
「グルゥ?」
もしセトが嫌がっているのであれば、レイも断固として二人の勝手な主張を止めただろう。
だが、セトはそんな二人の様子に嫌がっている様子も見せないし、自分と遊んでくれるのであれば大歓迎といった雰囲気だ。
セトが望んでいるのに、レイがそれを止めるというのも変な話だ……と、そう考えたレイは、結局黙って二人のやり取りを見守る。
「いい、決して向こうのチームに負ける訳にはいかないのよ! 必ず、勝つの!」
ミレイヌが自分のチームメイトの子供達に演説を行う。
その言葉の深いところまでは理解出来ずとも、子供達も雪合戦で自分達が負けるというのは当然面白くない。
よって、団結心を高め、やる気を漲らせていく。
「皆、分かっているわよね? ミレイヌの率いる相手に負けたりしたら、恥ずかしくて表を歩けないわよ? だから、絶対に勝つの。いいわね?」
当然ヨハンナもまた、ミレイヌに負けないようにチームメイトを鼓舞する。
向こうに負けてたまるかと、ヨハンナのチームもそれぞれに気合いを入れる声を上げていた。
そんな二チームがぶつかり合うのだから、当然審判が必要になり……
「で、俺が審判な訳だ」
当然のように、この場にいて唯一の中立のレイが審判をすることになる。
「グルルルウゥ」
そんなレイの横では、何故かセトが嬉しそうに喉を鳴らす。
こうして皆で雪遊びをするという経験が殆どないセトにとって、レイと同じ審判であっても、雪合戦に参加するというのは嬉しかったのだろう。
「じゃあ、注意事項を。雪玉に当たったら、死亡とみなして広場から出ること。手や足を使って防いでも、雪玉に当たればその時点で失格。雪玉は決して中に何か入れたり、思い切り力を込めて握ったりはしないように」
最後の方は、子供達ではなくミレイヌとヨハンナ二人の顔を見ながらの言葉だった。
……恐ろしいのは、そんなレイを見て二人が残念そうにしたことだろう。
勿論、そんな風にして作った雪玉を子供に投げるつもりはなかったのだろうが……
逆に言えば、ミレイヌとヨハンナの二人が相手であれば、お互いに躊躇なく本気であらゆる手段を使いそうな気がしてしまうレイだった。
事実、お互いにそのつもりはあったのか、レイの言葉に残念そうに頷きを返す。
「いいな? 本当にそういう真似は止めろよ? もしルール違反をしようものなら、セトと遊ばせてやらないからな。なぁ、セト?」
「グルゥ!」
その通り、と喉を鳴らすセト。
一旦戦いになると、それこそセトはその強靱な身体能力で容赦なく敵を倒す。
だが、そうでない時のセトは基本的に平和主義だ。
だからこそ、この雪合戦で危険な真似をしちゃ駄目、とセトは二人に注意する。
セトを巡って争うことの多い二人だが、セトにとっては自分に構って、遊んで、食べ物をくれる優しい人だ。
当然のようにそんな二人が喧嘩をするのは止めて欲しかった。
「うう、分かったわよ」
「セトちゃんがそう言うなら……」
不承不承ではあるが、お互いに納得し……それを見たレイは、改めて口を開く。
「じゃあ、正々堂々と、卑怯な真似をしないで戦うように。……では、始め!」
その言葉と共に、ミレイヌ陣営とヨハンナ陣営がそれぞれ雪玉を相手へと投げる。
ぶつかれば手や足で防いでも問答無用で失格となる以上、雪玉を投げた後はすぐにでも回避に専念する。
だが、全員がそんなに思い通りに出来る筈もなく、雪玉が命中する者も当然出て来た。
「痛っ!」
「冷たっ!」
「うわぁっ!」
「ちょっ、ええ!?」
そんな風に悲鳴とも歓声とも着かない声を上げながら、雪玉に当たった子供達は次々に広場の外へと出て、レイの側にやって来る。
大通りを歩いていた者達が何をやっているのかと興味深そうに視線を向けるも、雪合戦をやっている者達はそんな視線を気にしている余裕はない。
少しでも隙を見せれば、次々に雪玉が飛んでくるのだ。
特にミレイヌとヨハンナはお互いを狙って雪玉を投げているのだが、それが子供達を狙ったものではなくても、巻き添えを食らって雪玉に当たる者も出てくる。
「ええいっ、しぶとい!」
「そっちこそ!」
そう叫びながら、お互いにミレイヌとヨハンナは雪玉を投げては回避し、その回避した動きの中で地面に積もっている雪を手に取り、雪玉を作っていく。
見事なまでに……もしくは無駄に冒険者としての能力を使いながら、相手に雪玉をぶつけようと戦いを繰り広げる。
周囲では子供達も雪玉を投げ合っているのだが、冒険者だけあって二人の戦いは別次元と言ってもよかった。
「くらいなさい!」
「させるものですか!」
派手な雪合戦が続いていき……やがてお互いが、これが最後だと一気に雪玉を投げる。
そうして投げた雪玉をお互いが回避し……次に繋げようとしたところで、レイの声が周囲に響いた。
「そこまで!」
何で!? と不満も露わにミレイヌとヨハンナがレイに視線を向けてくるが……レイがお互いの背後、丁度ミレイヌとヨハンナの背後にある旗に視線を向けると、両方の旗にお互いに投げた雪玉が命中していた。
「この勝負、引き分けとする」
結局そういうことになるのだった。
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