第1270話

「短剣?」

「ああ。この銀獅子の爪なら、少し形を整えれば短剣に出来る。それと、柄の方は……そうだな、銀獅子の骨を粉にして金属を精錬すれば、普通よりもかなり頑丈になるぞ」


 パミドールの言葉に、レイは銀獅子の爪へと視線を向ける。

 銀獅子の爪は幾つか分けたが、それでもレイの手元には十本を超える爪がある。

 普通爪を短剣にすると言われても、短剣として考えた場合でも刃の長さが足りない。

 だが、今回の場合は巨体を誇る銀獅子の爪だ。短剣とするにも十分すぎる程の大きさを持つ。


「まぁ、アジモフの方はスレイプニルの靴の件で忙しいから、最低限しか手を借りられない。だからこそ、素材を活かした形での短剣なんだが……どうだ?」

「そう、だな。どうするか……」


 銀獅子の爪に視線を向けながら、レイはどうするべきかを考える。

 レイの攻撃方法で短剣というのは殆ど使うことはない。

 ミスティリングがあるので、それこそ咄嗟の時はいつでも自分の手の中に武器を取り出せる為だ。

 また、ミスリルで出来たナイフも所持している以上、解体に困るということはない。……もっとも、普通に解体する時はその辺で適当に買ったナイフを使っているのだが。

 それにレイにはネブラの瞳という、魔力を流すだけで鏃を作り出すことが出来るマジックアイテムもあり、間合いが近い場合での武器としてもそちらを十分に使える。

 その辺りのことを考えれば、銀獅子の爪を使った短剣というのは必ずしも必要ではない。

 また、アジモフが忙しい以上、パミドールが作ると言っているのはマジックアイテムではない、純粋な意味での短剣だ。

 その辺りのことを考え……


「分かった。じゃあ、頼む」


 レイはそう告げる。

 銀獅子の爪を使った短剣を腕利きのパミドールが作るのだから、それは間違いなく業物になる筈だ。

 それならあってもいいし、ミスティリングを持っているレイは場所をとるということもない。

 そう考えれば、間違いなく作って貰った方がいいと判断した為だ。


「そうか!」


 レイの言葉にパミドールが喜色満面といった様子で叫ぶ。

 凶悪な顔をしているパミドールだけに、何も知らない者が見れば、その笑みは標的を見つけて獰猛な笑みを浮かべている盗賊の……いや、大盗賊の親分といった様子だった。

 友人のアジモフが銀獅子の素材を使ってマジックアイテムを作っているのを見ていたパミドールは、やはり羨ましかったのだろう。

 錬金術師ではないパミドールだが、だからといってモンスターの素材を使った武器や防具の類を作れない訳ではない。

 ……勿論、アジモフのような錬金術師が作るマジックアイテムの類ではないが、純粋な武器としては一級品……もしくはそれ以上の武器を作れる自信があった。


「ただ。いきなり何本もって訳にはいかない。まずは一本作ってみてくれ。それで良さそうだったら、他にも何本か頼む」


 腕利き……それこそ現在はギルムの中でも最高峰の技術を持っている鍛冶師に対しての言葉ではないが、パミドールはそんなレイの言葉にも特に機嫌を損ねた様子もなくうなずく。

 もっとも、銀獅子の素材を使って短剣を作れることを喜んでいる今のパミドールは、一見した限りではその迫力から殺意を周囲に放っていると言われても疑問を抱かない者の方が多いだろう。

 ランクSモンスターの素材を使えるので、本人はこの上なく嬉しがっているのだが。


(ああ、そう言えばビューネともパーティを組むことになったんだし、今回の短剣はビューネにやってもいいかもしれないな)


 レイとマリーナ、ヴィヘラ、ビューネの四人は、春になってワーカーへの引き継ぎが完了すれば、正式にパーティを組むことになっていた。

 だが、そのパーティの中で、唯一ビューネだけは他の三人と比べると、どうしても技量が落ちる。

 勿論それは普通に考えてビューネの腕が悪いという訳ではない。

 特筆した能力を持っている訳ではないが、盗賊に求められる役割……罠の解除や偵察能力といった面を考えれば、ビューネは一流とは言わないが、それでも十分合格点には達している。

 問題なのは、それ以外の三人……もしくは、三人と一匹。

 ビューネ以外の面々は、それこそ一流の能力を持っている者達であり、どうしてもビューネは見劣りしてしまうのだ。

 本人もそれを理解しているのか、少しでも足を引っ張らないようにとヴィヘラに戦闘訓練をして貰ったり、図書館で本を読んで知識を深めたり、盗賊の訓練用に売られている錠前を買ってきてそれを開けたり……と頑張ってはいる。

 だが、それでも戦闘力というのは一朝一夕で上がるものではない。

 いや、今の時点でその辺の格上の盗賊と比べても肩を並べるくらいの技量にはなっているのだが、レイ達には遠く及ばない。

 戦闘力の低い者の力を底上げするのに手っ取り早いのは、使っている武器をより性能の高い物へと変えることだった。

 勿論そんな真似を繰り返し、武器の性能だけに頼るようになれば、本人の戦闘技術の上昇は望めないだろう。


(日本刀とかも、技術がない奴が使うとすぐに折れたり欠けたりするって、何かで見たことあるしな。勿論ビューネが日本刀を使うようなことはないけど、戦闘技術という意味では考えれば同じような意味だ)


 そんな不安もないではないのだが、それでもビューネの性格を考えれば武器の性能に任せて戦闘技術の上昇を疎かにするようには思えなかった。


「短剣はいつくらいに出来る?」

「うん? いきなり積極的になったな」

「いや、春になったらパーティを組むことになってるんだけど、その一人がビューネなんだよ。で、ビューネの武器は短剣だから、この銀獅子の爪で作った短剣を使わせようと思ってな」

「パーティ!? レイがか!?」

「ああ。……そんなに驚かなくてもいいだろ」


 心の底から驚いたといった様子のパミドールを見たレイがそう呟くが、考えてみればそれは当然のことだった。

 これまでずっとソロでやってきた、そんなレイがパーティを組むと言ったのだから。

 もっとも、レイの場合は好きでパーティを組まなかった訳ではない。

 今までレイがパーティを組まなかったのは、あくまでも自分の事情があった為だ。

 セトの餌代についてもそうだが、魔獣術によって生み出された、セトとデスサイズが魔石を吸収するといった秘密は可能な限り隠しておくべき内容だった。

 だが、今度パーティを組む面子は、マリーナもヴィヘラもレイの秘密については知っている。

 ビューネのみがまだ何も知らされてはいないのだが、マリーナやヴィヘラのように事情を知っている者がいれば何とか誤魔化すことも可能だろう。


(まぁ、ビューネは人と話す時にも『ん』で済ませるから、秘密を教えても問題はないように思えるけど……ただ、立場がな)


 今はレイ達……正確にはヴィヘラと行動を共にしているビューネだが、あくまでもそれは今だけだ。

 将来的には迷宮都市エグジルへと戻り、そこで暮らすことになっている。

 そうなると、やはり迂闊にレイの秘密を口に出来る訳もない。

 口止めをする魔法もあるが、レイは出来ればビューネにそのような魔法を使いたくはなかった。


「いや、驚くって。にしても……あのレイがなぁ。いや、感慨深い」


 レイを見て、パミドールは心の底から言葉通り感慨深そうに告げる。

 パミドールにとって、レイというのは色々な意味で特別な存在だった。

 まだ十代半ばの若さでグリフォンを従魔にし、見たこともないような強力なマジックアイテムを幾つも装備し、本人の強さはランクA冒険者とすら互角に……いや、優位に戦えるだけの実力を持つ。

 外見不相応な実力を持っていて、だからこそソロで活動していたレイがパーティを組むというのだから、パミドールにとっては色々と思うところがあって当然だろう。

 絶対に口には出さないが、パミドールはレイを息子……というのはちょっと年齢が近いので、年の離れた弟のように思っていた。

 それだけに、レイの口から発せられたパーティを組むという言葉は、喜びを持って受け入れられる。

 元々冒険者というのは、パーティを組んで行動するのが普通だ。

 中にはレイを始めとしてソロで活動している者もいるが、それでもやはりどちらが多いのかと言われれば、パーティを組んで活動している者の方が多いのだ。

 特にここは辺境なのだから、ソロでというのは色々と難しい。


「そんなに喜ばれるとは、思ってもみなかったよ。……いや、本当に」


 レイは予想外に驚き、喜ぶパミドールの姿に首を傾げる。

 まさか、ここまで喜ばれるとは……と。


「ま、俺から見るとレイは色々と危なっかしかったからな。そう考えれば、パーティを無事に組むなら俺は安心して見てられるよ。レイにはこっちも色々と世話になってるしな」


 その言葉は決して誤魔化しでもなんでもない。

 事実、今日は銀獅子の爪や骨を使った短剣を作ることが出来るという、大きな利益を得ているのだから。


「取りあえず、パーティの件はともかくとして短剣の件は頼む」

「ああ、任せておけ!」


 銀獅子の素材を自由に使えるということに嬉しさを隠しもせず、獰猛としか表現出来ないような笑みを浮かべながら返事をするパミドール。

 既にその目は部屋の奥に存在する鍛冶場へと向けられていた。

 このままここにいてもパミドールの邪魔になるだけだと判断し、レイは爪と骨を少し多目に渡すと店を出る。


「グルゥ?」


 もういいの? と、店の側で雪の上でパミドールの息子のクミトと遊んでいたセトが喉を鳴らす。












「ああ。じゃあ、行くか」

「え? もう行っちゃうの?」


 セトと遊んでいたクミトが、残念そうに呟く。

 出来ればもう少しセトと遊びたいというのが、クミトの正直な気持ちなのだろう。


「ああ、悪いな。もう少しセトと遊ばせてやりたかったと思ったんだが、いつまでもここにいる必要は……まぁ、ないこともないか?」


 急いで何かをやらなければならないというのは、今のレイにはない。

 だからこそ、ここでセトとクミトを遊ばせていても問題はないと判断する。


「え!? じゃあ、もう少しセトと遊んでてもいいの!?」


 レイの口から出て来た言葉に、クミトは満面の笑みを浮かべてそう告げる。

 クミトにも、セトと遊ぶ機会はそれなりにある。

 以前行われたパーティもそうだったが、それだけではなく大通りでセトと会うことも珍しくはないのだから。

 だが……クミトがこうしてセトと遊ぶことに拘っている理由は、やはり今は自分一人だからだろう。

 大通りのような場所でセトと会い、遊ぶ時は、当然のようにクミト以外の子供もいるし、時には大人すらいる。

 それに比べると、現在はクミト一人でセトと遊べている。

 つまり、クミトがセトを独り占め出来る訳だ。

 普段は大人しいクミトだったが、そんな絶好の機会を見逃すような真似をする筈がない。

 だからこそ、レイの言葉に満面の笑みを浮かべたのだろう。


「ああ。……セト、少し頼むな。俺は少しその辺を歩いて、何か美味いものがないか探してくる」

「グルルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは鳴き声を上げる。

 クミトは任せても大丈夫、その代わり美味しい料理を欲しい。

 そんな声で鳴くセトの鳴き声に背中を押されるように、レイは鍛冶場の前から去っていく。


「じゃ、もっと遊ぼう!」

「グルルルゥ!」


 クミトの言葉にセトは鳴き、一人と一匹は再び雪遊びを始めるのだった。






「へぇ。これは美味いな。ガメリオンの肉か?」

「はい。このパンの中身はガメリオンの肉や野菜を炒めたものですね。それを包み込んで焼き上げたものです」

「香辛料も結構使ってるな」

「ええ。……少し苦しいんですけどね。ですが、寒い時はやっぱり辛い料理を食べると身体が暖まりますしね」


 辛い具をパンで包み込んで焼く。

 そう言われたレイの脳裏を過ぎったのは、カレーパンだった。

 勿論この世界にカレーという料理はない。

 もしかしたらエルジィンのどこかにはあるのかもしれないが、少なくてもレイはこの世界にやって来てからカレーを食べたことはない。

 カレーが好きなレイだけに、カレーがないというのは残念だったが。


(タクムを含めて、過去に何人か日本人が来てるんだから、カレーくらい広めてくれてもいいものを)


 日本のカレー、インドカレー、タイカレー、欧州カレー……色々なカレーがレイの脳裏を過ぎる。

 もっとも、そのしっかりとしたカレー店で本場のカレーというのを食べたことは数える程しかないレイだ。

 もしこれが本場のインドカレーやタイカレーですと言われて出されても、それが本物かどうかは分からないのだが。


(どっちかと言えばピロシキに近いのか? けど、辛味があるしな。……ともあれ、セトに対する土産はこれでいいだろ)


 パンの味に納得すると、レイは金貨を数枚出し……買えるだけ買うのだった。

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