第1251話
レイ達がギルムへと戻ってきた翌日……いつものように夕暮れの小麦亭で朝食を済ませ、もう数日後には帰るというエレーナとアーラの為に何かお土産でも買うかと出掛けようとした時、警備兵が姿を現す。
「悪いな、レイ。昨日の件だ。ちょっと付き合って貰えるか?」
「いや、俺はいいけど……」
どうする? と背後にいるエレーナ、ヴィヘラ、アーラ、ビューネの四人に視線を向けると、四人全員が仕方がないと頷きを返す。
ビューネは昨日の件に巻き込まれている訳ではないので別に付き合わなくても良かったのだが、一人だけ残っていてもつまらないと判断したのか、それとも他に何か考えがあったのか……ともあれ、ビューネもまたレイ達と共に詰め所へと向かう。
「グルルルゥ」
少しだけ不満そうなのは、こちらもレイと一緒にお土産を……そして朝食が終わったばかりにも関わらず、それでも何か食べたいと考えていたセトだった。
尚、イエロはまだ眠いのか、セトの背の上で丸くなって眠っている。
「ほら、話が終わったらちゃんと何か食べさせてやるから、機嫌を直せって」
「グルルルゥ?」
本当? と円らな瞳を向けてくるセトに、レイは笑みを浮かべてそっと撫でてやる。
「ああ。出掛ける時に警備兵がこうして俺達の時間を取ってるんだから、多分向こうの方で色々と食べ物やら謝礼金やらを用意してくれるだろ、多分。……それこそガメリオンとかな」
「グルルルゥ!」
ガメリオンという言葉に、セトは嬉しそうに鳴き声を上げる。
……だがそんなセトとは裏腹に、警備兵の方は若干頬を引き攣らせる。
この流れでセトに何も食べ物を与えないというのは、色々と都合が悪い。
そしてレイの言う通り、今の詰め所にはガメリオンの肉の串焼きが何本かあるのも事実だった。
正確には、こうしてレイ達を呼びに来た警備兵の間食用にとっておいた代物なのだが。
(何でここでガメリオンの肉が? もしかして、俺の身体に匂いでもついてたのか?)
奇しくも正解へと辿り着いた警備兵だったが、すぐにそれをまさか、と否定する。
そしてセトにガメリオンの肉を食べられることが決まった中……少し落ち込みながら、警備隊の詰め所へと到着するのだった。
「うん? 今日もランガはいないのか?」
「ランガ隊長はちょっと用事があって、今はギルムにいないんだよ。まぁ、具体的な内容はいえないけどな。……で、どうしたんだこいつ?」
警備隊の中でもそれなりに偉い地位にいる人物が、レイ達の近くで微妙に落ち込んでいる警備兵……楽しみにしていたガメリオンの串焼きをセトに奪われた男へと視線を向けて尋ねる。
「さて、どうしたんだろうな。俺にはちょっと分からない。ただ、この詰め所に来た時にセトに串焼きを食べさせてたけど」
「お前……よくそんなことを言えるな……」
落ち込んでいた警備兵が、レイへと向かってそう告げる。
その様子に何があったのかを理解したのだろう。最初にレイと話していた警備兵は、これ以上関わると厄介なことになりかねないと判断して早速本題に入る。
この辺りの判断の速さは、ギルムという場所で警備兵として働いているからか、それともレイとの付き合いもそれなりに長くなったからか。
「エレーナ様を始めとした皆様をお呼びしたのは、昨日の件についてです」
「昨日の件というと……あの間の抜けた襲撃か?」
名前を出されたエレーナが尋ねると、警備兵は頷きを返す。
「はい。本来ならギルドマスターのマリーナ様も呼んでから説明したかったのですが、何でも色々と忙しいとかで時間が取れず……そちらには報告書を回すことになりました」
『ああ』
その説明に、エレーナだけではなくレイやヴィヘラ、アーラがそれぞれにそう言葉を返す。
ビューネのみは言葉を発する様子はなく、ただ様子を見ていたが。
ただでさえもう少し……もしくは見方によっては既に冬と言ってもいい季節だ。
ギルムにとって冬というのは色々と忙しくなる。
それこそ、ギルドマスターにとっては冒険者が本格的に動き出す春と同様に今の季節は非常に忙しい。
そのような時季に数日ではあってもギルドマスターが留守にしていたのだ。
以前世界樹の件でダークエルフの集落に行った時程には忙しくないだろうが、それでもマリーナが処理をする書類はかなりの量になっていた。
昨日からマリーナはその処理や、それ以外にもワーカーに対するギルドマスターの引き継ぎに関しての書類といったものもある。
そんなマリーナであるから、現在忙しく、とてもではないがここに来るような余裕がないというのはエレーナ達にも納得出来た。
唯一、ビューネはマリーナと殆ど会ったことがないことや、元々無表情なこともあって特に反応することはなかったが。
「マリーナがいないのは分かった。で、昨日の件の説明というのは?」
レイの言葉に、警備兵は頷いてから口を開く。
「まず最初に言いたいのは、昨日の件を仕掛けてきた相手の捕縛に成功したということだ」
「……へぇ? 随分と早いな」
ギルムの警備隊が優秀な集団だというのは、当然レイも知っている。
腕に自信のある冒険者が多く集まるギルムで治安を守っているのだから、その辺りは当然だった。
だが、それにしても昨日の今日で解決するというのは驚き以外の何ものでもない。
「あー、まぁ、そうだな。残念ながらこの件を解決したのは俺達ではなく、騎士団の方なんだがな」
「騎士団?」
レイもこれまで何度かギルムの騎士団とは関わったことがある。
特に数年前に行われたベスティア帝国との戦争では、移動する時は騎士団と一緒の馬車で移動していたこともあり、それなりに親しい相手もいる。
それでも冒険者や警備兵といった者達と比べた場合、どうしても関わりは少ない。
その辺の事情もあって、今一つレイは警備兵が言っていることを理解出来なかった。
「何だって騎士団が出てくるんだ?」
「……本気で言ってるのか? 冒険者のお前はともかくとして、それ以外の面子を考えてみろ。特にエレーナ様に何かあったら、現在の貴族派との友好関係もあっさりと崩れてしまうぞ。それに……」
そこで言葉を止めた警備兵は、視線をヴィヘラに向ける。
それだけで、レイは警備兵の男が何を言いたいのか理解してしまう。
「まぁ、下手したら外交問題だしな」
「……」
レイの言葉が図星だったのだろう。警備兵の男は沈黙を保つ。
現在のミレアーナ王国とベスティア帝国の関係は、決して悪くない。
ベスティア帝国の皇帝は野心家ではあるが、それでも戦争やその後に起きた内乱といったもので、ミレアーナ王国の……より具体的には、軍勢を相手にするのが得意なレイがどれだけの力を持っているか知っている。
そして皇位継承者の第三皇子にいたっては、姉のヴィヘラを崇拝していると言ってもいい。
そんな姉が、もし誰かに襲われたとしたら……下手をしたら、再び戦争が始まってしまいかねない。
実際には自分のプライベートでどうこうするようなことはないのだが、それは人伝に聞いている情報では理解出来ない。
(まぁ、それを言うならアンブリスの件で二ヶ月近くも意識を失っていたというのが知られたら……それも俺と一緒にいる時にそんなことになったと知られたら、それこそ次に会った時に何を言われるか分からないが)
そんな風に考えていると、不意に嫌な予感に襲われたレイは話題を逸らす。
「それで、結局誰があんな真似をしたんだ? 狙われそうな相手には困らないけど」
少しだけ馬鹿にするような口調でレイが警備兵へと尋ねる。
あの時、馬車に乗っていた人物は皆が何らかの理由で襲われてもおかしくないだけの事情があった。
それこそ、御者をやっていたアーラですら、貴族だということを考えれば狙われてもおかしくはない。
もっとも狙われてもおかしくないというのと、実際に狙われるというのでは大きく意味が異なる。
あの時、馬車に乗っていたのは全員が一定以上の……いや、一流と呼べるだけの技量を持っている者達だ。
そのような人物が一人いるだけでも襲撃の成功率は下がるのに、レイを始めとして複数人いるところで襲撃を掛けるような馬鹿は誰なのか、と。
そんなレイの質問に、警備兵は少しだけ険しい表情を浮かべて黒幕の名前を口にする。
「ライナス・マルニーノ子爵だ」
知っている名前だろう?
そう視線を向けられて暗に尋ねられたレイだったが、それに対するレイの答えは首を傾げるというものだった。
それも誤魔化しているのではなく、本当に心の底から分からないと思っている顔。
レイから話を聞いていた警備兵も、ベテランと言ってもいいだけの人物だ。
相手が何かを誤魔化そうしているのであれば、余程の相手でなければ見破ることは出来る自信があった。
特にレイとの付き合いもそれなりにあるので、レイがそのような腹芸を決して得意としている訳ではないということも理解している。
それだけに、レイの態度には驚きを隠せなかった。
「知ってるよな?」
「いや、聞いたことはないと思うけど」
あまりにも自然にレイが口にしたので、警備兵の方も一瞬本当に知らないのか? と疑問に思う。
だが、上から降りてきている情報によると、ライナスはレイに対して指名依頼を頼もうとして断られ、その結果多くの損害を被り、それを恨みに思って昨日の犯行に結びついたのだ。
その情報が確かなものである以上、誤魔化しているのはレイだということになる。
「本当か? 本当に知らないのか?」
「あー……そうだな。そう言われれば聞き覚えが……」
そんなレイの態度に、別に何かを隠そうとしている訳ではないと判断したのだろう。警備兵の男は少し呆れたように口を開く。
「こっちの調べだと、お前がマルニーノ子爵と会ったのはつい最近だぞ?」
「……いつだ?」
「お前がギルムを出てダンジョンに行く前だ。何でも指名依頼をしようとして断られたとか」
「ああ!」
そこまで言われれば、レイもライナスのことを思い出すのは難しくなかった。
いつもであればここまで間の抜けたような真似はしないレイだったが、今回の場合はライナスと会ってからすぐにヴィヘラの件について進展があった為、そちらの衝撃で完全に忘れていたのだろう。
「本当に忘れてたのか……相手は貴族だぞ?」
「いや、その後で色々とあったから。で、あのライナスって貴族が結局依頼を断られたのを根に持って昨日の奴等を雇った訳か」
「そうなる。ただし、自分達の仕業だと見つからないように、かなり手を回していたらしいがな。何人も間に挟んで、その上で雇ったのは冒険者ではなく傭兵だ」
「……なるほど」
傭兵と冒険者というのは、似て非なるものだ。
人を相手にして、戦争や……そこまでいかなくても紛争といった行為に参加するのが傭兵だった。
戦争に参加するという意味では冒険者も違いはないのだから、寧ろ傭兵というのは冒険者の亜種と呼んでもいいのかもしれない。
「けど、傭兵だって冒険者程ではないにしろ、レイの噂くらいは聞いたことがあるでしょ? これ程に目立つ人もそんなに多くないんだから」
不思議そうにヴィヘラが尋ねる。
レイの相棒のセト、それにレイが愛用の武器としているデスサイズ。それと最近有名になってきている、黄昏の槍を使った二槍流。
レイをレイと認識する為の情報は、数多い。
デスサイズや黄昏の槍は街中では持っていないことも多いが、それでもセトという存在は隠しようがない。
セトをセトだと理解していれば、それがどれだけ自殺行為なのかというのは明らかだった。
「どうやらその辺の情報には全く疎い奴を集めたらしい。元々、本気でレイを害せるとは思っていなかったんだろう。あくまでも嫌がらせが出来ればそれで十分だと」
「……また、何て言えばいいんだろうな」
ヴィヘラの疑問に答えた警備兵の言葉に、レイが出来るのは呆れるといったことだけだった。
「レイの気持ちも分かるが、向こうにとっては絶対に自分達がやったと知られるとは思わなかったんだろうな」
「それが、何でその日のうちに解決してるんだ?」
警備兵の能力については全く疑っていないレイだったが、それでも過剰にその能力を信頼している訳ではない。
間に何人も挟んだというのであれば、それをたった一日で解決出来るとは思えなかった。
「……ま、こっちも色々とあるんだよ」
警備兵としては、本来なら自分達で解決しなければならない一件を、草原の狼の力を借りたとはいえ騎士団に解決されたのだから、微妙に面白くはない。
そんな警備兵の言葉にレイは首を傾げるが、エレーナを始めとして何人かは事情を察したのだろう。小さく笑みを浮かべる。
その後は軽く話を聞き……こうして、最後は何とも言えない気持ちになったレイだったが、それでも今回の一件はこうして解決したのだった。
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