第1245話

 街道ではなく、人や馬車によって踏み固められた道を進むレイ達。

 正確にはエレーナの用意した馬車が進み、その馬車のすぐ側をセトが歩いていた。

 既に季節は晩秋であり、気温の問題もあってか襲ってくるモンスターの姿は殆どない。

 セトがいる時点で殆どのモンスターは襲うようなことがないのだが、中にはゴブリンのように相手の強さを全く理解出来ないモンスターもいる。

 そのゴブリン達も、寒さの関係か馬車に襲撃を仕掛けるようなことはなかった。


(そう言えば、ゴブリンはどうやって冬を越してるんだろうな? まぁ、冬にも時々ゴブリンとかが出たって話は聞くから、夏程ではないにしろ、普通に行動はしてるんだろうけど)


 窓から馬車の外を眺めつつ、レイは考える。

 馬車の中では、現在エレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人がそれぞれ紅茶を飲み、軽い食べ物を摘まみつつ談笑していた。

 いわゆるお茶会というものなのだろう。

 レイも最初はそのお茶会に参加していたのだが、少し疲れたこともあってこうして少し離れた場所で窓の外を眺めていた。


(あ、イエロがセトと一緒に遊んでるな)


 窓の外でセトと一緒にイエロが馬車の回りを駆け回っているのを見ながら、どこか心の中に温かい思いが湧き上がる。

 馬車を牽いている馬達にとってはいい迷惑なんじゃないかと思いつつ、馬車には特に異常もないので安堵してしまう。


「ちょっと、レイ。いつまでそっちにいるの? そろそろこっちに来て、話に入りなさいよ」

「ん? ああ、悪い」


 ぼけっとしていたレイだったが、ヴィヘラに呼ばれるとエレーナ達が座っているテーブルの方へと近づいていく。

 ソファに座り、紅茶を飲んでいるエレーナ達は、三人が三人とも絶世のという言葉が相応しい程の美女なだけに、行動を共にすることが多いレイであっても見惚れてしまう。

 今まで何人もの者達がエレーナ達へと声を掛けてきたのを知っているレイは、それはそうだよなと一人納得する。

 これだけの美人が、それも三人もいるのだ。

 もしかしたら……そんな期待を抱いて声を掛ける男が多いのは当然だろう。

 勿論その辺に幾らでもいるような男であれば、エレーナ達に声を掛けようとは思わない。……思えない。

 だが、自分に自信を持っている男であれば話は別だった。

 そしてこのエルジィンでは貴族なり冒険者なり商人なり……レイが知っている男達よりも自信に満ちている者が多く、だからこそエレーナ達に言い寄りたいと考える者は多い。


(それでも、エレーナ達はそれぞれ普通じゃないから、その辺を知ってる奴は言い寄ろうとしないけど)


 ミレアーナ王国にある三大派閥の一つ、貴族派を率いるケレベル公爵の一人娘にして、姫将軍の異名を持つエレーナ。

 ミレアーナ王国にある唯一の辺境、ギルムにてギルドマスターを勤めているダークエルフ。そして一般的には知られていないが、世界樹と深い関係にあるマリーナ。

 元ベスティア帝国の皇族で、戦いを求めて国を出奔したヴィヘラ。

 三人が三人共、美女ではあるが普通の美女という訳ではない。

 それどころか、全員が訳ありと言ってもよかった。

 そんな三人の中で、最も男に言い寄られやすかったのは、ヴィヘラ。

 ベスティア帝国の皇族だったというのは、ミレアーナ王国では殆ど知られておらず、また服装も娼婦や踊り子が着るような扇情的なものだからというのが理由だった。


「だったら、服装をもっと別のものにしたらいいんじゃない? 明らかに男が寄ってくるのは、ヴィヘラの服装に問題があるでしょ」


 少し呆れたように、マリーナが呟く。

 だが、そんなマリーナに対し、エレーナが口を挟む。


「服装ということなら、ヴィヘラだけではなくマリーナも随分と男を挑発していると思うがな」


 胸元や背中が大きく開いたパーティドレスというのは、ヴィヘラの薄衣程ではないが十分に扇情的と表現出来る。

 普通であれば、貴族や大商人が開くパーティならまだしも、日常生活でこのようなパーティドレスを着ていれば悪目立ちするのだが……幸いと言うべきか、不幸にもと言うべきか、マリーナの場合はパーティドレスがこれ以上ない程に似合っていた。

 ヴィヘラ程直接的な性欲を刺激する格好ではないが、パーティドレスだからこそ刺激される者も多い。

 また、マリーナは女の艶という意味ではヴィヘラより上なのは間違いない。

 人によっては、ヴィヘラの薄衣よりもマリーナのパーティドレスの方を魅力的に感じる者もいるだろう。


「その点、私は他の男に隙を見せるようなところはないぞ」


 ヴィヘラとマリーナに対し、満面の笑みを浮かべて告げるエレーナ。

 だが……そんなエレーナに対し、マリーナとヴィヘラはお互いに視線を向ける。

 明らかに何か言いたげなその様子に、エレーナは眉を顰める。


「どうした? 何か反論があるのなら、聞くが?」

「……反論っていうか……ねぇ?」

「ええ」


 奥歯に物の挟まったような言動。

 それを聞いていたエレーナは、若干気分を害したように再び口を開く。


「何だ? 何かあるのなら、しっかりと言ってくれないか?」


 そんなエレーナの言葉に、マリーナとヴィヘラはお互いに視線を交わす。

 それは目と目で会話をする……というよりは、相手にエレーナへの説明を押しつけるといった方が正しいようなやり取り。

 視線の攻防は数秒に及び……結局最後にはヴィヘラがマリーナに押し勝ってエレーナへの説明はマリーナがすることになる。

 ヴィヘラに視線で促されたマリーナは、渋々といった様子で口を開く。


「いい、エレーナ。エレーナは私やヴィヘラとは違って、身体を見せつけるような服装はしていないわ」

「そうだろう?」


 マリーナの言葉に、エレーナは自信に満ちた笑みを浮かべる。

 だが、そんなエレーナに、マリーナとヴィヘラの二人が浮かべる視線はどこか哀れみの色すらある。


「けどね。男というのはヴィヘラみたいに堂々と見せつけるような身体に目を奪われることも多いけど、同時に自分の妄そ……いえ、想像でも十分に欲情出来るものなのよ」

「想像?」


 マリーナが何を言っているのか分からないのだろう。エレーナは小さく首を傾げる。

 そんなエレーナに対し、マリーナは再び頷く。


「そうよ。例えばエレーナ。貴方は私達が言うのもなんだけど、かなり大きな胸を持ってるわよね?」


 そう告げるマリーナも、そしてヴィヘラも、その胸にある双丘は平均を大きく超えている。


「いや、大きいと言われてもな。マリーナやヴィヘラだって私と同じくらいはあるだろう?」

「そうね。だからこそ、私達が揃っていればエレーナの姿は目立つ。……隠されているからこそ、見たい。それが男の心理の一つなのよ」

「隠されているからこそ……」


 マリーナの言葉をそのまま呟くエレーナに対し、不意に今まで二人のやり取りを黙って見ていたヴィヘラが口を開く。


「つまり、男によっては私やマリーナよりも、エレーナの方が欲情の対象になることもあるのよ」

「なっ!?」


 完全に予想外だったのだろう。エレーナは、短く驚きの言葉を口にすると、そのまま動きを止めてしまう。

 男に言い寄られることは数多かったし、多くの男が自分を欲情の視線で見ているというのも当然気が付いていた。

 だが、まさか隠されているからこそより多くの男の視線を受けていたとは……そう思い、改めてエレーナは目の前にいるマリーナとヴィヘラへと視線を向ける。

 冗談だと、そう言って欲しい。

 そんな思いとは裏腹に……


「特にエレーナの場合は普段から凛とした雰囲気を出していて、そのうえ鎧で身を固めているでしょ? だからこそ、男にとっては……ねぇ?」


 ヴィヘラが最後まで口にしなかったのは、エレーナの為を思ったからか、からかうにはそちらの方がいいと思ったからか。

 そんなヴィヘラの言葉に、エレーナは薄らと頬を赤くする。


「ねぇ、レイ。レイはどう思う?」

「……そこで俺に振るのか」


 女同士の話に、自分は関係ないといった風にしていたレイが苦虫を噛み潰したかのように眉を顰める。

 今、ここで話に巻き込まれるような真似はしたくなかった。


「当然でしょ。レイの好みにも関わってくるんだから」


 だが、ヴィヘラはそんなレイの言葉に当然といった風に頷き、またマリーナもその意見に同意するように頷きを返す。

 エレーナも、頬を赤く染めたままレイの言葉を待っていた。


「あー……そうだな。お前達三人は、皆がそれぞれいい女だと思う。自分らしさを出せば、それでいいんじゃないか?」


 三人の視線を向けられたレイの口から出たのは、玉虫色と言ってもいいような言葉。

 だが、そのような言葉であっても、レイの言葉を聞いた三人は嬉しそうに笑みを見せる。


「ま、本当ならもっと追及したいところだけど、今はこの辺で許してあげる」

「……ありがとよ」


 ヴィヘラの言葉に、不承不承とだがレイの口から感謝の言葉が零れ出た。

 このままではまた自分にとってあまり嬉しくない方向に話が進んでいくと判断し、レイは別の話題を口にする。


「ダンジョンの核は結局ワーカーに預けてきたけど、具体的にいつこっちに戻ってくるんだ?」

「うーん、そうね。大まかに調べられた後でギルムに輸送されてきて、そこでまた色々と調べる必要があるから……春……いえ、半年くらいは見ておいて欲しいわ」


 少し考えながら告げるマリーナだったが、それを聞いたレイは微かに嫌そうな表情を浮かべる。


「半年もか? それはちょっと時間が掛かりすぎだと思うけど」

「仕方ないじゃない。そもそもの話、ダンジョンの核なんてそう簡単に調査出来るようなものじゃないもの」

「まぁ、ダンジョンの攻略という時点でかなり大きな出来事なのは間違いないしね。レイの名前も、多分今まで以上に広がるわよ?」


 ヴィヘラがマリーナの言葉に続くように告げ、エレーナまでもが頷く。


「そう言えば、去年もレイがダンジョンを攻略したとかいう噂が流れてきたことがあったが……」

「あー……まぁ、それは嘘じゃないぞ。ただ、ダンジョンと呼ぶにはちょっと特殊というか、生まれたばかりのダンジョンだったから、難易度はそんなに高くなかったけど。ガメリオンは色々と美味しい相手だったけど」

「おかげで、去年はガメリオンの肉が例年よりも高かったのよね」

「……一応、ある程度はギルドにも売った筈だろ?」


 少しだけ不満そうに告げるマリーナ。

 ギルドマスターとしての給料や、今まで貯めてきた自分の財産があれば全く問題なくガメリオンの肉は買うことが出来ただろう。

 だが、ただでさえガメリオンの肉の流通量が少ないのに、自分が財力に物を言わせてガメリオンの肉を買い漁れば他の住人に対する割り当ては当然減る。

 その辺りを考慮し、結局マリーナが去年食べることが出来たガメリオンの肉は、決して多くはなかった。

 ガメリオンの肉が好物の一つでもあるマリーナとしては、非常に残念な出来事だった。


「まぁ、いいわよ。今年はしっかりと食べるから。ギルムでは、そろそろガメリオンの肉がそれなりに出回っていてもおかしくない筈だし。……引き継ぎの件がもう少し進んでいれば、私が直接ガメリオン狩りにいけたのに」


 まだ少し残念そうではあるが、それでもどこか嬉しそうな雰囲気を発する。

 そんなマリーナに対し、エレーナはふと気が付いたように口を開く。


「そう言えば、銀獅子の肉の料理の味で他の料理が今一つといった感じになっていたが、ガメリオンの肉はどうなのだろうな?」


 エレーナの言葉に、マリーナが一瞬だけ動きを止める。

 それは、マリーナにとってもあまり考えたくなかったことなのだろう。

 銀獅子の肉を使った料理は、それこそ文字通りの意味でこの世の物とは思えない程に美味だった。

 だが、あまりに美味すぎるその料理は、口の中にその味が残り続けてしまい、それから暫くは普通の料理を食べても美味いとは感じない。

 それこそ、オークの煮込み亭で出しているような極上の料理でもなければ美味くは感じなかった。


「それを言わないでよね。……でも、昨日の野営の時に食べた料理はそれなりの味だったし、大分影響は減ってきてるんじゃない?」

「……そうね。けど、美味しすぎる食材というのも厄介よね。一度食べたら病み付きになる人も多そうだし」


 そんな風に会話をしつつ馬車は進んでいき……


「エレーナ様、ギルムが見えました!」


 御者台に座っているアーラからの声に、ようやく戻ってきた……と皆が息を吐く。

 ……エレーナはギルムに住んでいる訳ではないのだが、それでもやはり外壁のある街というのは安心出来るのだろう。

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