第1234話

 銀獅子の解体は予想以上にスムーズに終わった。

 グリムが解体用にナイフの斬れ味を増す魔法を掛けてくれたというのもあるだろうが、それ以上に大人数だったからというのも大きい。

 全長六m程の銀獅子ではあっても、この人数で……それもエルクのように高ランクモンスターの素材の解体に慣れていたり、解体方面についても高い知識を持つミンの存在がいたり、何よりグリムが要所でアドバイスを送ってくれたことが大きかった。


(このメンバーには、後で銀獅子の肉を使ったバーベキューパーティでも開いてやった方がいいだろうな)


 殆どが素材をいらないと言い、素材を欲するエレーナ達でもほんの一部分だけしか素材を貰わず、結果的に銀獅子は殆ど丸々一匹分がレイのものとなってしまった。

 自分だけで銀獅子を倒したのであれば、全く問題はなかったのだろうが、銀獅子を倒すのにはこの場にいる大勢の力を必要としている。

 そうである以上、銀獅子を殆ど全て貰ってしまうというのは、どうしてもレイにとって申し訳のない気持ちがあった。

 であれば、折角なのだから極上の味だろう銀獅子の肉を振る舞うくらいはしてもいいだろう。

 それが、レイの正直な気持ちだった。


『ふむ、さて……残るはダンジョンの核じゃな』


 銀獅子の解体が終わり、レイのミスティリングから取り出した果実水を全員に振る舞っている中で、グリムの声が周囲に響く。

 ……尚、当然のことながらグリムはアンデッドの為に果実水は飲めなかった。

 銀獅子ですら倒すことが出来るグリムが、果実水を飲んでいるレイ達を見て少しだけ羨ましそうにしていたのは、レイにとっても多少驚きの光景だった。

 ともあれ、銀獅子の解体が一段落した中で呟いたグリムの視線の先にあったのは、銀獅子との激戦が繰り広げられたこの部屋から繋がっている部屋。

 それも、レイ達がやってきた通路ではなく、もう一つの繋がっている部屋だ。

 そこに何があるのかというのは、当然この場にいる全員が知っていた。

 ダンジョンをダンジョンたらしめている存在……ダンジョンの核がある部屋だと。


「けど……その、いいのか? 俺が言うのもなんだけど、ここでダンジョンの核を壊してしまえば当然ここはダンジョンじゃなくなるぞ」


 レイがそう告げたのは、グリムの研究室の一つがこのダンジョンにあると知っていたからだろう。

 ここがダンジョンでなくなれば、恐らくグリムの研究室にも色々と不具合が出る。

 そうレイが言いたいのだと理解したグリムは、周囲に笑い声を響かせた。

 その笑い声は、とてもではないがアンデッドが発しているものとは思えないような、そんなどこかほっとするような笑い声。

 まるで身内に掛けるような、そんな笑い声だった。


『ふぉふぉふぉ。構わんよ。儂の研究室はこのダンジョンにあるだけではない。他にも幾つもあるし、いざとなればこのダンジョンがなくなっても特に困らぬ。お主も知っておるじゃろう? 儂の研究室は、このダンジョンにあって、ダンジョンにあらず』


 その言葉の意味を理解出来たのは、レイとエレーナ、アーラの三人のみだろう。……セトも理解出来ていたかもしれないが。

 ともあれ、グリムの研究室はこのダンジョンに……正確にはこのダンジョンの裏側や少しだけ重なった世界とでも呼ぶべき場所に存在していた。

 以前レイ達がその研究室へと入り込むことが出来たのは、半ば偶然に等しい。

 それを思い出しながら、レイ達は納得の表情を浮かべる。


「あー……なるほど」


 何故レイが納得したのか分からないエルク達は首を傾げていたが、今はそのことを聞かない方がいいと……それどころか、迂闊に踏み込まない方がいいと判断したのだろう。口を噤む。

 今は好々爺とした様子すら見せているグリムだが、その本性はあくまでもリッチ……いや、リッチロードと呼ぶのに相応しい強大なアンデッドだ。

 そのような存在の機嫌を損ねるような真似をすればどうなるのか。

 それは、あれだけの防御力を誇っていたにも関わらず、あっさりと腹を裂かれた銀獅子の死体を見れば明らかだろう。


『じゃから、その辺りは気にせずともよい。お主が必要であれば、ダンジョンの核を破壊すればよいし、いらぬのであればそのままにしても構わんじゃろ』


 もしここでダンジョンの核を破壊しなければ、いずれまたここにはボスモンスターとも、主とも呼ばれる新たなモンスターが呼び出されるだろう。

 それが銀獅子なのか、それとも全く別のモンスターなのか……更に言えば、銀獅子よりも強いモンスターなのか、弱いモンスターなのかも定かではない。


(ランクS程ではないにしろ、ランクAモンスターをコンスタントに呼んでくれるんなら、これ以上ない稼ぎ場になるんだろうけど……まさか、そんな真似は出来ないよな)


 銀獅子ですら、倒すのにこれだけの戦力が必要だったのだ。

 もしより強力なモンスターがダンジョンの核を守ることになったりすれば、とてもではないがそれをどうにかするのは簡単なことではない。

 そして最終的に手に負えなくなるという可能性を考えれば、ここでダンジョンの核を破壊しておくのが最善なのは間違いなかった。

 また、レイにはこの状況を見逃せる訳がない理由があった。

 以前、ダンジョンの核をレイがデスサイズで切断した時、デスサイズはスキルを習得したのだ。

 それも、今までであれば同じモンスターの魔石からはスキルを習得出来なかったというのに、ダンジョンの核は二つ切断し、その両方からスキルを習得している。

 片方は完全なダンジョンの核ではなかったので、もしかしたら別の種類のモンスター……いや、ダンジョンの核と認識されたのかもしれないが。

 その辺りの検証をする為にも、レイは是非ここでダンジョンの核をデスサイズで破壊しておきたかった。

 勿論、ここがダンジョンでなくなれば、グリム以外にも色々と影響は出てくる。

 最も強く影響を受けるのは、当然のようにこのダンジョンの周囲に出来ている幾つもの建物だろう。

 既に村というより街に足を半歩踏み出しているような規模になっているそこは、当然ここにダンジョンがあるというのを前提として建てられた店であり、同時に集まってきた人々だ。

 もしこのダンジョンがなくなってしまえば、ここが発展するようなことはない。

 いや、辺境にある拠点と考えれば決して存在価値がなくなる訳ではないが、ギルムがある以上頭打ちになるのは間違いなかった。

 そもそも結界の類も存在せず、今ですら時々柵を乗り越えてモンスターや野生動物、中には盗賊といった者達までもが入ってくることがあるのだ。

 とてもではないが、ここがギルム以上に発展するというのは無理だった。

 つまり、レイがダンジョンの核を破壊した場合、ここで生活の糧を得ている者達……更にはここにダンジョン産の素材を求めてやってくる商人達までもが被害を受けることになる。


(けど、ここでダンジョンの核を破壊しておかないと、もうこれ以上の機会がないのも事実だしな)


 レイが以前行った迷宮都市のように発展をさせるというのは、この辺境という土地では難しい。

 ここで一時の情けに身を任せ、ダンジョンの核を破壊せず……結果として、それが原因となりダンジョンが誰の手にも負えなくなるなどということになれば、レイには後悔しか残らないだろう。


「いいんだな?」


 レイが最後に確認するようにマリーナへと視線を向けて尋ねる。

 このダンジョンはギルムの管轄下にあり、当然それはギルドマスターのマリーナが最高責任者となる。


「ええ。この件については既にダスカーにも連絡済みよ。銀獅子を倒すと聞いた時から、ダンジョンが消えるというのは分かっていたもの。そもそも、銀獅子を倒してしまったのだから、もし私達がここでダンジョンの核に手を出さなくても……」


 その後の言葉は、最後まで言われずとも理解出来た。

 もしレイ達がダンジョンの核に何もしないでこの場から立ち去った場合、下手をすれば次にここへとやって来た者がダンジョンの核をどうにかする可能性もある。

 ましてや、ダンジョンの核をどうにかした人物が自分で名乗り出るのであればまだしも、何も言わないままに行方を眩ませばどうなるのか。

 その辺りを考えると、誰がダンジョンの核を壊したのかが明確に分かるようにしておいた方がよかったのは事実だ。

 また、ダンジョンがなくなればここに集まってきた者達も色々と困るだろうが、ダンジョンの核がなくなったからといってすぐにダンジョンが消滅する訳ではない。

 時間をかけ、次第にダンジョンとして機能しなくなっていく形だ。

 つまり、レイがダンジョンの核を壊してもすぐにダンジョンがダンジョンとして使われなくなる訳ではない。

 暫く……具体的にそれがどのくらいなのかはダンジョンの大きさや核、それ以外にも様々な要因が関わってくるので一概にどれくらいなのかというのはマリーナにも分からなかったが、それでもある程度の期間があるというのは、周辺の者達にとっても決して悪い話ではないだろう。


「分かった」


 悩み……その結果、レイが選択したのは、ダンジョンの核を破壊するということだった。

 そんなレイの態度に色々と思うところがある者はいたが、だからといって異論を唱えることはしない。

 銀獅子を倒すのに一番貢献したのが誰なのか……それを理解しているからだ。


『決めたか。なら、ことを起こすのは早い方がよかろう』


 少しだけ空中へと浮かび上がり、グリムが先導するように進んでいき、レイ達はその後を追う。

 セトとイエロのみは、銀獅子との戦いがあった部屋の前で誰か来ないのかの見張りをしている。

 もっとも、部屋の入り口からダンジョンの核がある部屋の中も見えるような配置になっているので、セトもレイを見失うようなことはない。

 そうしてグリムの後をついていった部屋には、ダンジョンの核が存在していた。


「これが……ダンジョンの核……」


 呟いたのは誰だったのか。

 当然のように、この場にいる者でダンジョンの核を見たことがある者というのは少ない。

 そんな中、数少ない例外のレイの目から見ても、ここにあるダンジョンの核は今まで見てきたものと違った。

 今までレイが見た事があるダンジョンの核は、ダンジョンを作り出す以前のダンジョンの核や、ダンジョンとして成立したばかりのダンジョンの核といったものでしかない。

 それらと比べると、明らかに大きさや色、艶、そして何よりダンジョンの核から発せられる雰囲気そのものが違う。


『レイ』


 皆がダンジョンの核に目を奪われている中、再びグリムの声が響く。

 その声を聞いたレイは、小さく頷き……デスサイズを手にし、ダンジョンの核の前へと移動する。

 そして皆の視線が自分に向けられているのを理解しながら、デスサイズを構える。


(これでスキルを習得出来なければ最悪だろうな)


 内心でそう思いつつ、特に表情は変えないままにレイはデスサイズを振るう。

 空気その物を……いや、それどころか空間そのものを斬り裂くかのような、鋭い一撃。

 そしてデスサイズの刃が通りすぎ……やがてダンジョンの核は斜めに切断され、上の部分が滑るようにして地面へと落ちる。


【デスサイズは『地形操作 Lv.三』のスキルを習得した】


 同時に、脳裏に響くアナウンスメッセージ。

 それは、ダンジョンの核によるスキル習得の合図。


(よし!)


 魔石――今回はダンジョンの核だが――による、スキルの習得。

 それに成功したレイは、内心で喜びの声を上げる。

 正直なところを言えば、声を大にして嬉しさを表現したかった。

 地形操作のスキルは、今のところダンジョンの核でしかレベルは上がらない。

 つまり、レベルが上がれば、もしかしたらダンジョンを作り出せるような地形操作すら可能になるかもしれないのだ。

 今の状況は物凄くスキルの効果が低いが、スキルのレベルが五になれば飛躍的にスキルが強化されるというのは飛斬を始めとした幾つかの実例で理解している。

 であれば、いずれ地形操作もレベルが五になり、レイが思っているようなことが出来ないとも限らない。


(まぁ、そうする為にはダンジョンの核をもう二つは破壊しないと駄目か。……出来れば、モンスターの魔石で地形操作を習得出来ればいいんだけど)


 周囲の者達がダンジョンの核へと視線を向けている中でレイがそんな風に考えていると、不意にセトの鳴き声が周囲に響いた。


「グルルルルルゥ!」

『っ!?』


 部屋に誰か入ってこないかを警戒しているセトの鳴き声だけに、もしかしたら誰かがやってきたのではないかと息を呑む。

 だが、そんな中でレイだけが特に表情を変えていない。

 セトの鳴き声が嬉しそうなものだったことから、地形操作のレベルアップについての喜びの声だと理解した為だ。

 だが、それを知らない者達は緊張の表情を浮かべていた。


「安心しろ。今のセトの鳴き声は、嬉しそうなものだった。誰が来たと危険を知らせる為のものじゃない」


 そんなレイの言葉に安堵したのは、やはりレイとセトの繋がりの強さを知っているからだろう。

 ここでやるべきことは全て終え……後は、地上へと戻るだけだった。






【デスサイズ】

『腐食 Lv.四』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.三』『風の手 Lv.三』『地形操作 Lv.三』new『ペインバースト Lv.三』『ペネトレイト Lv.三』『多連斬 Lv.一』


地形操作:デスサイズの柄を地面に付けている時に自分を中心とした特定範囲の地形を操作可能。Lv.三の場合は半径五十mで地面を一m程上げたり下げたり出来る。

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