第1233話

 結局銀獅子のほぼ全てがレイの物になると決まると、レイ達は早速銀獅子の解体をすることになった。

 エルクやミンも、当然ながらそれに協力をしている。

 いつもであれば後日暇を見つけては自分でモンスターの解体をしたり、もしくはギルドに依頼として頼むことが多いのだが……今回に限っては、それをしない方がいいというのがエルクの意見だった。

 まず一人で……もしくはレイと行動を共にしているヴィヘラと二人、またはギルムにビューネが戻ってきていれば三人でこの銀獅子を解体するということになるが、そもそもどこでこれだけの巨大なモンスターを解体するかという問題がある。

 尻尾を入れると全長六m程。尻尾を抜いても全長四m程と、その辺のモンスターとは比べものにならない程の大きさを持つ銀獅子だ。

 そのような巨体を解体するには、当然相応の広さの場所が必要になる。

 そんな場所がそうそうある筈もなく、レイが解体をする定番の場所の森……ギルムからそれ程離れておらず、川が流れている森であっても、これだけの大きさの銀獅子を解体出来るかと言われれば、場所の問題でそれも難しいだろう。

 他にも満腹亭で使われる肉の処理をしている解体倉庫もあるが、そこでも銀獅子の大きさが問題になる。

 また、そろそろガメリオンの季節でもあり、それを邪魔するのも心苦しかった。

 次に去年大量にガメリオンの死体を手に入れた時に一時的に預かって貰ったギルド……という手もあったが、そうすると当然ギルドにも相応の素材を売るといったことが必要になる。

 勿論レイもギルドに素材を売らないと考えている訳ではないのだが、それでもやはり選択肢は多ければ多い方が良かったのも事実だ。

 そうして結局無難な選択肢として残ったのが、ここで解体してしまえばいいだろうというものだった。

 普通ならモンスターの死体を解体すれば素材の痛みという問題も出てくるのだが、レイの場合はミスティリングがあるのでその心配もいらない。

 寧ろ、ここで解体するとなれば関係者以外に銀獅子の解体現場を見られない。つまり、お零れ狙いの者達の心配をしなくてもいいという利点もあった。

 そして何より大きかったのは……


『銀獅子の皮を斬る際には体毛の間を縫うように刃を入れる必要がある』


 ランクSモンスターを解体した経験が豊富な、グリムから助言を貰えるという利点だろう。

 一行の中で最もランクが高い冒険者はランクAのエルクとミンだが、その二人にとってもランクSモンスターの剥ぎ取りなど行った経験は殆どない。

 ミンは以前本でランクSモンスターの素材を剥ぎ取る方法を見たことがあったが、うろ覚えの知識よりも実際にランクSモンスターの死体を処理した経験があるグリムの助言が貰えるのであれば、それが最善なのは言うまでもないだろう。

 また、ヨハンナ達のような一般的な――あくまでもレイやエルク達と比べてだが――冒険者は、これから先の人生でランクSモンスターの解体や素材の剥ぎ取りといった真似をする機会がそうそうあるとも思えなかったが、それでも経験は邪魔にはならない。

 グリムの指示に従い、身体を動かせないロドス以外の者達はそれぞれ銀獅子の解体へと取り掛かっていく。

 そんな中、セトとイエロはこの部屋に誰かが入ってこないのかを見張っていた。

 このダンジョンで最下層にいるのは銀獅子だけであり、普通ならここまで来るような者は少ない。

 だが、銀獅子に戦いを挑むといった者は今までにもいたのだから、今この時にそう考えている者が来ないとも限らない。

 そうなれば、ここで銀獅子を解体しているレイ達を見た時にどのような行動をするのかは完全に不明だった。

 勿論この戦力差でレイ達に襲い掛かって銀獅子の死体を奪おうと考えるような者がそうそういるとは限らないが、それも絶対ではない。

 何故なら、自分達が銀獅子を倒すという思いでここまでやって来るのだから。

 また、質が悪いのは銀獅子の素材を自分達にも分けろと要求してくるような者達もいないとは限らないことか。

 銀獅子と戦闘せずにその素材を入手出来るのであれば、多少の無茶であっても強硬に主張してくる可能性は十分にある。

 ……そして何より大きいのは、やはりグリムの存在を見られる訳にはいかないということだろう。

 普通であれば、こうしてアンデッドモンスターと仲良く行動を共にしているというのは、明らかに異常なことなのだから。


『爪は後回しじゃ。まずは皮を全て剥ぐことに専念せよ。特に注意するのは尻尾じゃぞ。鞭の素材としても非常に有用なものじゃから、丁寧に扱うように』


 レイを含めて全員が、銀獅子の皮に余計な傷を付けないようにして剥いでいく。

 銀獅子の体毛は斬る、突くといった行為に対して強い耐性を持っているが、幸いグリムの手によって既に腹が大きく開かれている。

 そこから刃を入れることにより、特に不自由なく銀獅子の剥ぎ取りを続けることが出来ていた。

 ……ただ、当然ながらヨハンナ達が持っているような普通の剥ぎ取り用のナイフでは処理するのが難しく、グリムによる魔法で斬れ味を高めてようやく銀獅子を解体することが出来るようになっていた。

 皮膚と肉を斬り裂くその手応えは、ヨハンナ達にとって自分が使い慣れているナイフだとはとても思えない程の斬れ味であり、改めて魔法の凄さというのを身に染みらせる。

 ヨハンナ達にとって魔法というのは、冒険者として暮らしている以上どうしても攻撃魔法というイメージが強い。

 何よりベスティア帝国における内乱において、レイの使う火災旋風を始めとする魔法をその目にしているだけに、魔法のイメージは強固になってしまっていた。

 勿論魔法をもっと平和的なことに使っている者というのも多い。

 その代表的なのが、回復魔法だろう。

 だが……やはりと言うべきか、当然と言うべきか、火災旋風と回復魔法のどちらの印象が強いのかと言えば、大抵の者は火災旋風と答える。


「凄い斬れ味ね。これ、ギルムに来てから買った奴だから品はいいんだけど、それでもそろそろ研ぎ直すか新しいのを買うかで迷っていたのに」


 ヨハンナがナイフを手に肉と皮の間へと刃を通しながら、しみじみと呟く。

 他の面子も同様に、銀獅子という存在にこうも容易く刃を通すことに、しみじみと呟く。


「本当にこれは凄いな。この魔法が使えるだけでも、モンスターの解体がかなり楽になるぞ」

「いやいや、それどころか武器にこの魔法を使えば、高い防御力を持っているモンスターであっても楽に倒せるんじゃないか?」

『ふぉふぉふぉ。残念じゃが、それは無理じゃよ。この魔法はあくまでもモンスターの解体や素材の剥ぎ取り用に開発したものじゃ。対象が死んでいることを前提としておるから、生きている相手に使っても殆ど意味はないじゃろうな』


 仲間同士で会話をしていたところへ、唐突にグリムがそう告げる。

 グリムの存在に未だ慣れていないヨハンナ達は、その言葉に一瞬動きを止めてしまう。

 そんな中、やがて口を開いたのはヨハンナだった。


「その、何故そのような条件を? 普通に生きているモンスターを相手にしても使えるようにしておけば、もっと汎用性が高くなったと思うのですが」


 震えそうになる声を必死に抑えて告げるヨハンナ。

 そんなヨハンナの状況を理解しつつも、グリムは特に気にした様子もなく言葉を続ける。


『そもそも、儂は武器の類は殆ど使えんからの。攻撃手段としては魔法で十分じゃ。生きている相手に使わないと制限を設けることで、より斬れ味を増しておるのじゃ』

「な、なるほど。考えてみればそうですね」


 ヨハンナの目から見ても、グリムが肉弾戦をしているという印象はない。

 杖を持っているということもあり、やはりグリムの戦闘では魔法を使うという印象の方が強い。


(あの杖で殴られれば、結構痛そうだけど)


 普通の人間なら、グリムの持っている杖で殴られれば間違いなく重傷を負ってしまうだろうとヨハンナは思う。

 また、グリムは普通のスケルトンとは違い、上位のアンデッドだ。

 つまり、身体を構成している骨も普通の……スケルトンのような骨ではなく、魔力で強化されていると考えられるのは当然だった。


『ほれ、それよりも銀獅子の解体を急げ。お主等にはあまり時間がないのじゃろう?』

「時間がないというか……他の冒険者がここに来る前にどうにかしたいというだけなんですけどね」


 このような場所で銀獅子の解体をしているのを見られれば、いらない騒動になるかもしれず、何よりグリムを他人に見せる訳にはいかない。

 そんなことを考えながら、ヨハンナは皮と肉の間にナイフを入れていく。


「向こうは向こうで色々と大変そうだな」

「そうだね。けど、こっちは処理を間違うと……エルク、駄目だ。銀獅子の胃は他の内臓と一緒にしてはいけない」


 話している途中で、ミンが素早くエルクに注意する。

 エルクとミンの二人がやっているのは、銀獅子の内臓を取り出して処理するという行為だ。

 より正確には、エルクがミンの指示に従って内臓を取り出しているのだが。

 ミンとしては、出来れば二人でさっさと片付けたかったのだが、銀獅子の内臓だけに下手に処理する訳にはいかない。

 それこそエルクに任せてしまえば、折角の銀獅子の内臓が駄目になってしまう可能性もあった。

 だからこそ、ミンがエルクに指示を出す……という方法で内臓を取り出すことになっていた。

 既に銀獅子の身体から血は一滴残さずにグリムによって取り出されている為、内臓を取り出すにも血を気にしなくてもいいというのは、エルクやミンにとっては幸運だったのだろう。

 特にその恩恵を受けているのは、腹を割かれた銀獅子の身体から内臓を取り出しているエルクだ。

 ……もっとも、血は全て取り除かれたが、それ以外の体液はそのまま残っているのだが。

 銀獅子の体液だけに、勿論相応の価値はある。

 だが、他の素材と比べると圧倒的にその価値は少ない為、レイもその辺は気にしないと言ったことや時間の関係もあり、体液に関してはエルクもミンも気にしないことにした。


「レイ、顔をしっかりと押さえててくれる?」

「ああ、任せろ」

「エレーナも、準備の方はいい?」

「こちらも大丈夫だ」

「マリーナは?」

「問題ないわ」


 レイが銀獅子の巨大な首を押さえつける。

 エルクが内臓を取り出したり、ヨハンナ達が皮を剥いでいったりしている為、銀獅子の身体はそれなりに動いている。

 そんな状況の中で無事な方の眼球を取り出したり、牙を含めて歯を抜いたりといった具合に素材の剥ぎ取りをしているのだが……


「あー、やっぱり駄目ね。こっちの眼球は完全に破壊されてて、素材としては使えないわ」


 銀獅子の眼球……それも、レイが黄昏の槍で貫いた方を見ていたマリーナが、残念そうに溜息を吐く。

 その仕草が一々艶っぽいのは、意識してやっている訳ではなく半ば無意識での出来事だった。


「それは仕方がないだろう。指で軽く突いただけであればまだしも、黄昏の槍を突き刺したのだからな。それで使い物になるようなら、銀獅子も片目を失うようなことはなかっただろうし」


 牙の様子を確かめていたエレーナが、マリーナに対してそう言葉を掛ける。


「分かっては……いえ、もしかしたら銀獅子なら、と思わない? レイの深炎を顔に長時間付けていても平気で動いてたんだし」

「……気持ちは分かる、とだけ言っておこう」


 エレーナも、戦闘の時の銀獅子の防御力を見ていたので、マリーナの言葉にもしかしたら? という思いを抱いてしまったのか、そう言葉を誤魔化す。


「錬金術師にとって、銀獅子の眼球というのは物凄く貴重な素材なのよ。だとすれば、出来ればレイの為にも無事であって欲しい……と思ったんだけどね」


 ふぅ、とマリーナの口から小さな溜息が出る。

 ランクAモンスターのセトの羽毛や体毛ですら、錬金術師にとっては喉から手が出る程の素材だ。

 それがランクSモンスターの素材ともなれば、どれだけの価値を持っているのかは考えるまでもないだろう。


「レイさん、皮の剥ぎ取りが終わりました! 肉の切り分けを始めるので、手伝いをお願いします!」


 ヨハンナの言葉が部屋の中に響く。


「分かった!」


 それに応えるレイの言葉には、どこか嬉しげな色があった。

 魔石もそうだが、銀獅子の肉というのはレイが一番欲していた代物だ。

 これだけの巨体であっても、ランクSモンスターである以上、その気になればすぐに食べ尽くしてしまうだろうと予想出来る程に。

 そのような肉を切り分けるのだから、レイが嬉しくない筈がなかった。

 こうして、嬉々としながら肉を切り分けていき……銀獅子が完全に解体され、素材とされるまでに二時間と掛からなかったのは、銀獅子の大きさを考えれば短い方だったのだろう。

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