第1226話
レイのデスサイズが、セトの前足が、エルクの雷神の斧が、アーラのパワー・アクスがそれぞれ叩き込まれた銀獅子は、全長六mの巨体にも関わらず部屋の中を吹き飛んでいく。
体毛が金属の如き硬さなのを考えると、銀獅子の重量がどれ程のものなのかというのは、レイにも想像出来ない。
だが、それでも今の一撃が銀獅子を吹き飛ばすだけの威力を持っており、強烈なダメージを銀獅子に与えたのは間違いのない事実だった。
特に銀獅子の中でも被害が大きいのは、右前足だろう。
レイの放ったパワースラッシュの一撃により足の関節部分にダメージを受けたのか、歩く姿に多少の鈍さが見える。
(竜言語魔法を使うべきか? ……いや、竜言語魔法は威力が強いが、同時に効果範囲も広い。それに結局魔力である以上、銀獅子に効果があるとは……)
ミラージュを手元に戻しながら考えるエレーナだったが、すぐに自分の中で却下する。
結局魔力を使った攻撃である以上、銀獅子に効果はないのだ。
そう理解はしているのだが、それでも自分の愛しい男が銀獅子を相手に怪我をしている光景は、見ていて面白いものではない。
普段はドラゴンローブというマジックアイテムにより、鉄壁の防御力を誇っているレイだったが……今は顔には幾つもの斬り傷があり、身体の動きも本人は意識していないが脇腹を庇っている。
エレーナは、レイとそれなりに長い付き合いだという自信があるが、その中でこうまで露骨に血を流して怪我をしているレイを見るのは初めてだった。
エレーナにとって、レイというのはいつも無傷で敵に勝つ……そんなイメージがあった為だ。
勿論エレーナも戦場に生きてきただけあって、絶対という言葉がないのは知っている。
それでも尚、エレーナはレイが絶対に無傷で勝つと、そう考えていたのだ。
(全く、私も恋する乙女だったということか)
アーラと共に観た、恋物語の劇。
その時は何をそんな馬鹿な……と思っていたような行為も、こうして自分の身に起きてみれば酷く納得出来る状態ではあった。
「けど……それを知っていても、それでも尚、私はレイの勝利を疑いはしない!」
短く叫ぶと同時に、自らの魔力を高めていく。
エレーナの魔力……そして自分が継承したエンシェントドラゴンから受け継いだ魔力。
極限まで高めたその魔力は、レイには劣るもののそれ以外の者達には到底及ぶことがないだろう程に強力な魔力だった。
『な!?』
エレーナの側で銀獅子に精霊魔法や弓、魔法といった手段で攻撃していたマリーナとミンの二人が、唐突に自分達のすぐ側に現れた巨大な魔力に驚愕の声を上げる。
魔力を感じる能力というのはそれなりに稀少なのだが、その稀少な能力を持っている二人だからこそ驚いたのだろう。
だが、エレーナはそんな二人の様子を気にした様子もなく、叫ぶ。
「皆、銀獅子から少し離れろ!」
叫ぶと同時に、ミラージュへと魔力を流す。
……ミラージュは、エレーナのために特注されたマジックアイテムであり、非常に稀少な素材を幾つも使って作られている代物だ。
それでも今のエレーナの巨大な魔力を流せば、下手をするとそのまま壊れてもおかしくはなかった。
だが……この場合、エレーナの魔力が本人のものではなく、エンシェントドラゴンの魔力が混ざっているのが影響したのか、それとも他に何か理由があったのか。
ともあれ、ミラージュは想定されていた以上の魔力を注ぎ込まれても、壊れるようなことはなく……それどころか、寧ろこれまでに見たことがない程に輝きながら振り下ろされた。
鞭状であるにも関わらず、まるで長剣そのものであるかのような一撃。
特にその一撃が銀獅子へと向かって振り下ろされた光景をその目で見ていたレイ、セト、アーラ、エルクの三人と一匹は、それこそ竜種の一撃と錯覚するかのような、そんな攻撃。
「ギャンッ!?」
銀獅子にとっては、その一撃は完全に予想外だったのだろう。
ランクSモンスターとは思えないような悲鳴を上げながら、床に叩き伏せられる。
……それでも尚、悲鳴を上げる程度に留まっており、身体が切断されたりしなかったのは銀獅子の面目躍如といったところか。
だが、銀獅子はレイ、セト、エルク、アーラといった者達の攻撃だけでも苦戦していたのだ。
斬撃や刺突といった風に刃に関しての強い抵抗力を持っているからこそ……そして極端に強い魔法防御力を持っているからこそ、何とかレイ達にも対処出来ていたのだ。
しかし、今の一撃はそんな自分をも叩き伏せるような威力を持っていた。
それだけに、このままでは自分は死ぬかもしれない。
銀獅子の脳裏にそんな思いが宿るが……だが、それでもここで退くという選択肢は存在しなかった。
それはダンジョンの核を守るという思いもあったが、何よりも銀獅子の……これまで強者として生きてきたプライドが許さなかったのだ。
ダンジョンに存在するモンスターは、その殆どが多かれ少なかれ半ば洗脳に近い状態にある。
でなければ、違う種族同士のモンスターが共に行動するといった真似をすることが出来ない為だ。
だが……銀獅子は今この時……自分の命が危険に晒されたからこそ、その呪縛とも呼べるものから解き放たれる。
ランクSモンスターだからこそ可能だったその行為だったが、それでも呪縛から解き放たれたからといって、ここから逃げ出す訳ではない。
ダンジョンに危害を加えないように制限されていたその力を、存分に発揮出来るようになったのだ。
「グルルルアァオァァアァァァァァオオオアァァァ!」
部屋の中に響くのは、今まで放たれていたよりも強力な銀獅子の咆吼。
その咆吼が発する衝撃波は、丁度銀獅子の前にいたエルクの身体に音の刃による斬り傷を幾つも作り出す。
それでも傷の殆どが軽傷と呼べる程度の斬り傷だったのは、音の刃そのものは完全に余録でしかなかったからだろう。
放たれた咆吼を間近で聞いたエルクは、その声に数秒の間聴覚が死に、突然のことで何が起きたのかも理解出来ないまま……それでも反射的に雷神の斧を目の前へと振り下ろす。
「がああぁぁぁあ!」
無我夢中で振るわれた一撃……それが、エルクの命を救ったと言ってもいい。
自分の身体の負担も無視したかのように振るわれた銀獅子の前足の一撃が、雷神の斧とまともにぶつかりあったのだから。
だが、全長六mの銀獅子と人間のエルク。
どうしてもお互いの重量差は大きく、エルクの持つ力であっても正面から銀獅子に抗うことは出来ない。
雷神の斧諸共に吹き飛ばされたエルクは、間近で受けた咆吼のせいで平衡感覚が失われたままだったにも関わらず、半ば本能で床へと着地する。
銀獅子の一撃により吹き飛ばされた勢いを殺しながら、それでも何とか倒れ込むようなことはせず……顔を上げたエルクの視界に映ったのは、先に受けた一撃の衝撃で歪んで映る銀獅子の姿だった。
床を蹴って間合いを詰めた銀獅子が、前足の一撃をエルクの身体へと叩き込もうとし……
「させんよ!」
銀獅子の前足を、エレーナのミラージュが搦め、動きを止める。
エルクの身体すら容易に吹き飛ばすだけの力を持つ銀獅子にも関わらず、エレーナがその動きを止めることが出来たのは、ひとえにエンシェントドラゴンの魔力を使っているからだろう。
そんなエレーナの様子に気が付いた銀獅子だったが、そんなのは関係がないと、ミラージュによって動きを止められていない方の前足をエルクへと叩き込もうとして……
「俺を忘れて貰っちゃ、困るな!」
炎帝の紅鎧を展開したレイが、深炎を再び銀獅子の顔に飛ばしながらデスサイズでパワースラッシュを放つ。
最初に銀獅子の顔に付着していた深炎は、先程咆吼を放った時、既に吹き飛ばされている。
深炎でダメージを与えることは出来ずとも、視界を狭め、聴覚を阻害し、嗅覚を妨害することは出来る。
勿論完全にそれらを封じることが出来るという訳ではないが、それでも間違いなく一定の効果はある筈だった。
同時に放たれたパワースラッシュは、顔を深炎に包まれたことにより一瞬だけ動きが鈍くなった銀獅子の身体へと叩き込まれる。
「グルアウアァアァァア!」
銀獅子の口から、痛みに耐えかねたかのような鳴き声が上がる。
だがそれは、寧ろ銀獅子を怒らせることにしかならない。
放たれたパワースラッシュは、間違いなく銀獅子の体内にダメージを与えていた。
それでも痛みよりも怒りを優先させた銀獅子は、尻尾を鞭の如く使ってレイの身体へと叩きつける。
「ぐぅっ! ……この程度が、どうしたってんだよ! お前の心臓がいるんだ。……心臓を、よ・こ・せぇっ!」
自分に叩きつけられている銀獅子の尻尾。
ドラゴンローブは銀獅子の体毛程ではないが、それでも強い物理防御力と魔法防御力を持つ。
だが、そこには銀獅子の体毛と同じような弱点も存在していた。
そう、刃や魔法そのものは防ぐが、その際の衝撃は防ぐことが出来ないという……文字通りの意味で銀獅子の体毛と同じような性質を持っているのだ。
そんなドラゴンローブにとって、二m近い長さを持つ銀獅子の尻尾は鞭のような使い方をされるという意味では非常に厄介な武器だった。
鞭というのは、命中した場所……皮膚のような場所は容易に斬り裂くことが出来る。
しかし本当に扱いの上手い者が鞭を使った場合、斬り裂くというよりも衝撃そのものを逃がさずに相手へと叩きつけることが可能になるのだ。
そして己の尻尾を攻撃手段の一つとして使っている銀獅子にとって、その扱いが下手な訳がなかった。
一秒にも満たない間に、数回……下手をすれば十回を超えるだけの尻尾の一撃がレイに叩きつけられる。
当然セトやエルク、アーラといった面々もそれを黙って見ていた訳ではなかったが、ダンジョンを壊さないようにしていた制限を取り払った銀獅子の身体能力は非常に高く、空気そのものを斬り裂くかのような尻尾の一撃はエルクやアーラも銀獅子に容易に近づくことが出来なかった。
まさに尻尾の鞭による結界とでも呼ぶべき空間が生み出され……だが、そこに問答無用で突っ込む存在がいた。
レイが攻撃を受けているのを黙って見ていられなかった、セトだ。
尻尾による攻撃で、身体中を斬り裂かれながらもセトは銀獅子と間合いを詰める。
「グルルルルルルルゥ!」
高空からの落下攻撃ではないが、それでも剛力の腕輪とグリフォンとしての力、そしてスキルとして発動したパワークラッシュの一撃が銀獅子の胴体へと叩きつけられる。
「ゴルルロルルォッ!」
その一撃は銀獅子にとっても相応の効果がある一撃であり、レイに向かって放たれ続けていた尻尾の一撃が微かに緩む。
レイはセトが作りだしてくれたそんな隙を決して見逃さない。
「し・ん・ぞ・う・を、寄越せぇっ!」
炎帝の紅鎧で強化され、魔力を込められた黄昏の槍を銀獅子の顔面へと強引に突き刺す。
魔法防御も物理防御も高い能力を持っている銀獅子の体毛だが……それは逆に言えば、銀獅子の体毛が生えていない場所にはその高い防御力を有していないということになる。
勿論ランクSモンスターだけに、元々の基礎的な能力は非常に高い。
だがそれでも、体毛程に強固な防御力を持っていない場所もあるということだ。
……そう、例えばレイが半ば強引に黄昏の槍を突き刺した銀獅子の眼球のように。
「ガアガアァァガルルァァオォォァァァッ!」
これまでの中で最も大きな声を上げる銀獅子。
右目を槍によって突き刺されているのだから、絶え間ない激痛が走るのも当然だろう。
そして痛みにより前足を強引に振り回し、その鋭い爪の一撃がレイの顔へと襲い掛かる。
ドラゴンローブのフードを被っていたおかげで爪によって顔面が斬り裂かれるといったことはなかったが、それでも全長六mの銀獅子が放つ前足の……それも手加減など全く考えていない一撃だ。
まるで人形のように首が強引に弾かれ……それでもレイは、すぐに銀獅子へと向き直る。
今の衝撃で口の中が切れ、顔も見て分かる程に腫れ上がっている。
それでも……それでも、レイの血を流している口には、獰猛な笑みが浮かんでいた。
何故なら……理解したからだ。
武器も魔法も防ぐ銀獅子の中で、唯一自分の攻撃が通用する場所があることを。
顔全体に深炎が付着している状況でダメージを受けている様子はなかったが、それでも眼球のような場所に、現状の自分が魔力を込めた黄昏の槍やデスサイズでならダメージを与えることが出来ると。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
黄昏の槍に込めたよりも尚強力な魔力をデスサイズへと込め……だが、銀獅子も今のままでは自分が死ぬと本能的に察知したのだろう。
尻尾の一撃や前足の一撃で殺せない以上、もっと強力な一撃を使わなければならない。
銀獅子は思考するよりも反射的な動きでそう判断し、レイの顔を食い千切ろうと大きな口を開く。
全長六mという巨大な銀獅子が大きく口を開いたのだ。
それこそレイくらいの身長であれば、文字通りの意味で一呑みに出来ただろう。
だが……デスサイズを手にしていたレイにとって、その瞬間こそが待ち望んでいた一瞬。
魔力を込めたデスサイズの刃を、銀獅子の上顎へと向かって振るう。
今の自分の力でも、腕力だけでは恐らく銀獅子を仕留めるのは無理だろう。
そう判断したレイは、その場で素早く身体を一回転させることでデスサイズに回転の力を加えての一撃。
「ガガガアァァァアッァァアァッ!」
銀獅子の口から上がる悲鳴。
無理矢理口を閉じようとして牙がレイの顔へと傷を付け、暴れた前足がレイの身体をドラゴンローブ越しに打ち据える。
だが、数秒……いや、一瞬ずつダメージが積み重なっているのを知りながらも、防御よりも攻撃に集中する。
銀獅子の上顎を貫き、頭蓋骨を貫き、脳へと達したデスサイズのダメージをより大きくしようと、半ば強引に突き刺さったままのデスサイズを動かし、炎帝の紅鎧の赤い魔力を使って銀獅子の眼球に突き刺さっている黄昏の槍を上下左右に強引に動かす。
当然銀獅子もそんな真似をされれば致命傷なのだが……それでもレイだけは道連れにして見せると、そんな思いで最後の力を発揮しようとし……
「させるかよ!」
「させません!」
エルクとアーラの、雷神の斧とパワー・アクスの一撃が銀獅子の身体に叩きつけられ……
「グルルルルルルルルルゥ!」
先程の一撃を加えた後に上昇し、天井付近まで上がっていたセトが急降下しながら剛力の腕輪の効果を得ながらパワークラッシュを銀獅子の背中へと食らわせ、身体を地面へと叩きつける。
それらの一撃により、デスサイズと黄昏の槍が銀獅子の体内により大きな被害を与え……
「し・ん・ぞ・う・を・よ・こ・せぇっ!」
心の底からの叫びと共に、文字通りの意味で全身全霊をつくしたレイがデスサイズで強引に銀獅子の頭部を掻き回し……
「ガァ……」
銀獅子は最後にそんな小さな声を漏らしながら、命の炎を消すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます