第1223話
以前にも近づいた、ダンジョンの核がある部屋。
そこに近づくごとに、レイ達の中には否が応でも緊張が湧き上がってくる。
それでも身動き出来ない程の緊張ではなく、程よい緊張と評すべきものなのは、これまでの経験によるものだろう。
ヴィヘラとロドスを預かったヨハンナ達は、もっと離れた場所……グリムによって転移させられた場所に留まったままだ。
(ヨハンナ達を向こうに残してきたのは、正解だったな)
デスサイズと黄昏の槍を握りながら、レイは内心で呟く。
柄を握っている掌には、この時点で少しだが汗ばんでいるような気がする。
それは、銀獅子に挑むという緊張から来るものでもあるが、同時に銀獅子に勝たなければヴィヘラの意識を取り戻すことが出来ないということからくるものでもあった。
(勝つ。何としてもだ)
改めて意識を集中していると、不意にレイの肩に手が置かれる。
一瞬敵か!? と思ったレイだったが、すぐにそれがエルクの手なのだと理解し、息を吐く。
「落ち着け。お前がそこまで緊張していれば、他の奴等も安心して戦闘出来ないだろ。お前がこのパーティのリーダーなんだからな」
「……は? 俺がか?」
エルクの言葉に、レイは予想外のことを言われたといった風な表情を浮かべる。
実際、レイは自分がこのパーティのリーダーであるという認識は全くなかった。
それこそ、自分よりも経験の多いエルクやマリーナといった面々がリーダーをすればいいと、そう思っていたからだ。
「当然だろ。そもそも、今回の件が可能になったのはレイのおかげなんだからな」
「いや、だからって別に俺がパーティリーダーになる必要もないだろ。経験の面から考えても、エルクやマリーナの方が……」
「いいんだよ。レイがこのパーティを率いるというのは、俺達の総意なんだから。……なぁ?」
「そうね」
エルクの視線を受けたマリーナが、口元に笑みを浮かべて頷く。
「レイにはこれからも冒険者として、色々と頑張って貰う必要があるんだから。それくらいは当然でしょう?」
「うむ。私もマリーナの意見に賛成だ」
マリーナに続いてエレーナも頷き、ミンやアーラといった面々も当然のように頷きを返す。
「グルルルルゥ!」
そしてセトは、レイが褒められているのが嬉しいのか喉を鳴らす。
(別に褒められているって訳じゃないんだけどな)
セトの様子にそんな風に思いつつ、それでも自分が評価されているというのは嬉しい。
黄昏の槍を持っているので、掌ではなく手の甲でそっとセトを撫でる。
そんなレイの姿を見て、他の者達の顔にも笑みが浮かぶ。
セトを撫でることにより、レイの中にあった緊張も次第に消えていく。
そうして再び歩き続け……やがて目的地の部屋が見えてきた。
まだ部屋の中に入ってはいないというのに、それでも強烈な重圧を感じる。
(前にこのダンジョンに来た時はこんな風にプレッシャーの類は感じなかったと思うんだけど……もしかして、銀獅子が中にいるというのを理解しているからか?)
内心で呟くレイだったが、それでも結局やるべきことは変わらない。
部屋の前で、最終確認とばかりにレイが口を開く。
「いいな? 銀獅子の咆吼が来たら各自で対処してくれ。どうしても咆吼に対抗出来ないようなら、一旦咆吼を受けた後で部屋の外に出て、回復してからまた中に入るように。怪我をした場合も同様にな」
銀獅子戦を全員が無傷で免れるとは、レイも思っていない。
であれば、多少の怪我ならまだしも、戦闘に支障が出るような怪我をした場合は安全地帯である部屋の外に出て、回復するというのが最善の方法なのは間違いなかった。
「ここにポーションを置いていくから、自分の怪我が問題あると思ったら使ってくれて構わない」
そう告げ、レイはミスティリングから次々にポーションを出していく。
その殆どはギルムで購入出来るようなポーションだったが、中には世界樹の素材から作った、それこそ光金貨を出してようやく購入出来るようなポーションもあった。
ヴィヘラの意識を取り戻すようなことは出来なかったが、それでも普通の重傷であれば瞬く間に治療が可能な効果を持つポーション。
それどころか、手足を切断されても、このポーションを使えば繋げることも可能だろう。
それ程の効果を持つポーションがこうも簡単に取り出されたことに、エルクやミンは驚愕の視線を向ける。
マリーナはレイがヴィヘラに口移しで世界樹のポーションを使ったところを目にしたことがあり、エレーナやアーラはレイとの付き合いが長いので、このような場面で稀少なポーションでも惜しむような真似をしないというのは知っている。
「お、おい。本当にいいのか?」
「ああ、問題ない。俺がポーションを惜しんだせいで銀獅子に負けたなんてことになったら、ちょっと取り返しがつかなくなるしな」
エルクの言葉に頷き、レイは改めて口を開く。
「さて。向こうもこっちを待ってるみたいだし……そろそろ行こうか」
そんなレイの言葉で、皆もポーションの件から銀獅子の討伐へと意識を切り替える。
そして銀獅子のいる部屋へと入ったレイ達が見たのは、その名の通り銀色の毛が生えている獅子だった。
全長二mを超える大きさを持つセトを見慣れているレイの目から見ても、明らかにその姿は大きい。
尾を抜かしてもセトの二倍程の四m前後もあり、獅子としては長い尾を入れれば全長六m程にもなるだろう。
雄の獅子であることを示す、豊かな鬣が顔の周りにあり、こちらもまたその名を示す通り、銀色だ。
まさに百獣の王と呼ぶに相応しい威容を持つ存在。
その銀獅子がいる空間は全長六m程の体躯であっても十分に動き回れるだけの広さを持つ。
「グルルルルル」
セトと似た鳴き声なのは、やはり獅子という共通点があるからか。
(もっとも、セトの場合は獅子なのは下半身だけなんだけど)
偉容、威容、異様。様々な言葉がレイの脳裏を過ぎるが、それでも自分がそれ程緊張していないことに気が付く。
大丈夫だと、自分の力を確実に発揮出来ると。そんな確信を抱く。
それは、レイだけではない、
エレーナ、マリーナ、エルク、ミンがそれぞれ己の武器を手にして戦意を高め、武器を必要としないセトもまた自分の三倍近くもある銀獅子を前にして怯んだ様子はない。だが……
「……」
言葉を発さないという意味では、レイ達と同じ。
しかし、アーラが抱いているのは、間違いなく畏怖だった。
今までアーラは畏怖を抱くべき存在というのは幾度も見てきている。
例えばエレーナもそうだし、レイやセト、エルクといった者達もそうだろう。
他にも同じような存在を見たことはあるが……そんなアーラにとって、銀獅子というのはまともに立ち向かえる相手ではなかった。
我知らず、足が、手が、身体が震える。
このまま銀獅子の前にいては、命を失う。
本能的にそれを察してしまっていた。
「ガアアアァァァアッ!」
数秒前とは違う、銀獅子の鳴き声。
それを聞いた瞬間、アーラは腰を抜かして地面へとへたり込む。
「アーラ、お前は少し部屋の外で待機していろ。そして身体が動くようになったら戦闘に参加しろ」
パーティリーダーとして祭り上げられたレイだったが、それでも自分がやるべきことは分かる。
今のアーラを無理に戦闘に参加させたとしても、ただ銀獅子に殺されるだけだと、そう理解したからこその言葉。
普段であればエレーナが戦闘に参加するのなら、と意地を張ってでも戦闘に参加しただろう。
だが、銀獅子を前にした今のアーラにとって、それは不可能な出来事だった。
……言葉は悪いが、今回の件がエレーナの意識を取り戻すということであれば、アーラも全く問題なく銀獅子と戦うことが出来ただろう。
勿論アーラがヴィヘラを嫌っているという訳ではない。
だが、それでもやはり、アーラにとってエレーナとヴィヘラは等価値ではない。
「わ、分かりました」
声を震わせながら、アーラは後ろへと下がる。
そんなアーラの姿を見ながら、レイ達は前に出る。
「行くぞ」
レイが呟き、同時に炎帝の紅鎧を発動し……それぞれが、一斉に動き出す。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッ!」
「グルルルルルルルルルルルルルルゥッ!」
レイ達の動きを牽制するかのように、銀獅子が雄叫びを上げる。
同時に、セトもまたその場で踏ん張りながら王の威圧を発動して雄叫びを放つ。
普段であれば、相手の動きを封じる能力を持つ王の威圧。
だが、セトの雄叫びは銀獅子の放つ雄叫びに拮抗すら出来ず、威力を若干弱める程度の効果しかなかった。
それでも多少なりとも雄叫びの威力を弱めたのは幸いだったと言える。
レイは炎帝の紅鎧を使用しているおかげか、雄叫びの効果は殆どなかった。
エルク達も、それぞれが何らかの手段を使いながらも銀獅子の雄叫びの威力を減衰させることに成功する。
自分自身の力、魔力、マジックアイテム、精霊の力……
それらの力を使い、雄叫びを完全には無効化出来なかったものの、次の行動に移るのに支障はない程度のダメージに収める。
「飛斬っ!」
最初に放たれたのは、レイが得意としている一撃。
レベル五となり、以前よりも格段に威力が上がったスキルだが……レイも、当然銀獅子に対してその一撃が効くとは思っていない。
魔法や斬撃に対して強い抵抗力を持っている銀獅子だ。今の飛斬は、あくまでも牽制の意味合いが強い。
この一撃で、少しでもレイに対して興味を向ければいい。
そう思っての一撃だったが……
「グルァッ!」
まさか、飛んでいった飛斬の刃を尻尾を一振りするだけであっさりと消し去るとはレイにとっても完全に予想外の反応だった。
(ちっ、この手の攻撃が効果ないってのは分かっていたが……それでも、まさか尻尾の一撃でこうも簡単に防ぐとはな)
厄介な。
そう言いたげなレイだったが、それでも今の一撃は一瞬であっても銀獅子に行動を取らせることに成功したのは間違いのない事実だ。
その一瞬の隙に、レイ以外の面子もそれぞれ自分の行動へと移っていた。
エルクは雷神の斧を手に銀獅子との距離を詰め、エレーナは銀獅子の動きを牽制する為にミラージュを鞭状にして振るい、マリーナは精霊魔法を使って風の衝撃波を銀獅子へと叩き込み、ミンは呪文を唱え、セトは翼を羽ばたかせながら空へと舞い上がる。
レイはそんな全員の行動を確認してから、前に出る。
炎帝の紅鎧を展開したままの動きだった為、一番最後に行動をしたレイであっても、銀獅子の前に到着したのは味方の中で最も早かった。
「く・ら・えぇっ!」
炎帝の紅鎧による身体能力強化を最大限に使った、デスサイズの一撃。
魔力を込められた大鎌は、その名の通り銀獅子の命を刈りとるかのように振るわれるも……ギィンッという甲高い金属音と共に、銀獅子の体毛に弾かれる。
「っ!?」
思わず叫びながらも、レイはデスサイズを弾かれた勢いを利用し、その場で回転しながら、左手の黄昏の槍を銀獅子の顔目掛けて突き出す。
だが、突き出された黄昏の槍の穂先は、銀獅子の額へと命中して再び甲高い金属音を周囲に響き渡らせるだけだ。
同時に自分に向かってくる何かを感じ取ったレイは咄嗟に跳躍し……瞬間、激しい衝撃を受け、そのまま吹き飛ばされた。
「ぐおっ!」
空中で身を捻りながら床へと着地するも、銀獅子の一撃の威力により床に足をついたまま数mも滑って移動する。
態勢を立て直しつつデスサイズと黄昏の槍を構えるが、追撃は来ない。
それが何故なのかというのは、すぐに理解出来た。
レイが吹き飛ばされた直後にエルクが銀獅子の下に到着し、雷神の斧を振り下ろしていたからだ。
エルクの全力を込めて振り下ろされた雷神の斧を素早く身を捻って回避する銀獅子。
そこに牽制として放たれたマリーナの風の衝撃波と、エレーナの鞭状になったミラージュの一撃が叩き込まれる。
だが、その程度の攻撃は回避するにも値しないとでも言いたげに、銀獅子は動きもせずにエルクを睨み付ける。
(打撃以外の攻撃が効かないのは分かってたけど、まさか魔力を込めたデスサイズの一撃……それも、炎帝の紅鎧を使った状態の一撃でも効果がない? 冗談にしても質が悪すぎるだろ)
現状、銀獅子が警戒しているのは雷神の斧を持っているエルクのみ。
それは、銀獅子が本能的に雷神の斧を使った一撃が自分にダメージを与えられると理解しているからこそだろう。
つまり、エルクだけを警戒していれば自分は負けないと、そう銀獅子は思っているのだ。
先程の銀獅子の一撃で肋に鈍い痛みを感じながらも、レイは小さく息を吸う。
「お前の考えが間違いだったことを……教えてやるよ!」
デスサイズと黄昏の槍を手に、一気に銀獅子との間合いを詰めるべく床を踏み込むのだった。
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