第1222話
気が付けば、周囲の様子が一変していた。
そんな体験をした者達は、最初何が起きたのか理解出来ずに周囲の様子を見て、そこでようやく自分達のいた場所が数秒前とは全く違うということに気が付き、驚愕の表情を浮かべる。
『では、儂は少し実験の方を見てこなければならんのでな。一旦ここで失礼させて貰おうか。レイ達が銀獅子を倒したら、また呼ぶがよい』
それだけを告げると、グリムの姿はまるで霞か何かのように消えていく。
レイのことを心配しているのだから、もしかしたら手助けをするのでは?
そんな風に思っていた者も何人かいるのだが、グリムはそんな思いなど全く関係ないとでも言いたげにその姿を消していた。
「えっと……何だか色々と凄い人? 人……アンデッドですね」
しみじみと呟くヨハンナに、レイは頷きを返す。
「ま、俺達とは違う時間で生きて……いや、死んでいるのか。とにかくそんな時間をすごしているんだし、色々と違うようなところはあるだろうな。それより、皆それぞれ準備をしてくれ」
見覚えのある場所に自分達の姿があることを理解し、レイが呟く。
銀獅子が守っているダンジョンの核のある部屋から、少し離れた場所。
グリムがこの場所に転移したのは、銀獅子のいる部屋のすぐ近くに転移させれば、その雰囲気に飲まれるからなのだろう。
そんなグリムの心遣いに感謝しながら、銀獅子との戦闘に参加するレイ、エレーナ、マリーナ、アーラ、エルク、ミンはそれぞれ自分の武器を含めて確認する。
セトの背に乗っていたヴィヘラとロドスは、既にヨハンナ達が下ろしている。
また、ヨハンナ達の近くには、こちらも今回の戦闘に参加しないイエロが大人しく佇んでいる。
セトと違い、戦闘力が高くはないイエロだ。
防御力だけは高いのだが、それも銀獅子を相手にしてはどこまで通用するか分からず、そう考えれば今回の戦闘に参加させないというのは当然の結論だろう。
イエロも自分の力が足りないというのは分かっているのか、少しだけ寂しそうにしながらも、大人しくしている。
「そう言えば、銀獅子って強力な雄叫びを使ってくるって話を聞いたんですけど、それを防ぐ為の耳栓とかは用意してないんですか?」
武器や防具、持っている道具のチェックをしているレイ達を見ながら、ヨハンナが尋ねる。
ヨハンナがこのダンジョンにやって来てから、多少の時間が経つ。
それだけの時間があれば、ダンジョンについての情報を集めるのは難しい話ではない。
そしてダンジョンの情報を集めれば、自然と最下層にいる銀獅子についての情報も集めることになる。
銀獅子に挑んだ冒険者は殆ど死んでいるが、何とか逃げ延びた者も多い。
その最大の理由として、銀獅子は自分が守っている部屋から一切出ないからというのがあった。
だからこそ、銀獅子と戦って生き延びることが出来た者がいるのだ。
……もっとも、グリムのように転移魔法を使える訳でもなく、ベスティア帝国のように転移のマジックアイテムも持っていない冒険者達だ。
命からがら銀獅子から逃げ出せたとしても、自力でダンジョンの出口へと向かわなければならないのだが。
銀獅子に傷を負わされ、その上でダンジョンに出てくる多くのモンスターを倒しながら進んでいくのだ。
例え銀獅子から生き延びたとしても、ダンジョンから生きて出ることが出来る者は非常に少ない。
(エグジルにあるダンジョンの転移機能のようなものがあれば、まだ生き延びた相手も多くなったかもしれないけど)
レイの脳裏を、以前エレーナと共に向かった迷宮都市の名前が過ぎる。
もっとも、もし直接目当ての階層へと転移出来るような物があった場合、銀獅子に挑んで殺される者の数も間違いなく増えていただろうが。
ともあれ、その数少ない生き残りから得られた銀獅子の情報の一つに、強力な雄叫びを使ってくるというものがある。
勿論銀獅子という存在の伝承でその辺りは知られていたのだが、実際にその雄叫びをその目で見て、耳で聞いて、自分で体験した者達。
音だけではなく、一種の超音波のように物理的な攻撃力すらも備えたその雄叫びは、銀獅子と戦う上で最初の難関になるのは間違いなかった
強烈な音というのは、それを聞いた者の平衡感覚すら失わせる。
出会い頭にそのような攻撃を食らい、そしてまともに連携を取れなくなったところで銀獅子というランクSモンスターが直接襲い掛かってくるのだ。
とてもではないが、その辺の冒険者に何とか出来るような代物ではない。
そんな銀獅子の攻撃を食らわない為に必要なのが、雄叫びで耳をどうにかされない為の耳栓だった。
勿論耳栓程度で完全に雄叫びを防げる訳ではないが、それでもまともに食らうよりは随分とダメージは少なくなる……そんな風に、ヨハンナは聞いていた。
だが、ヨハンナのその言葉にレイは首を横に振る。
「耳栓を付けると雄叫びは防げるかもしれないが、当然仲間の声も聞こえなくなる。そうなると、連携が上手くいかない」
「でも、雄叫びで動けなくなるよりは……」
連携云々以前に、行動出来なくなればどうなるのかと。
そう告げてくるヨハンナだったが、レイは特に問題を感じた様子もなく頷く。
「幸い銀獅子はダンジョンの核のある部屋から出てくることは出来ない。である以上、雄叫びを使われて本当にどうしようもなくなったら部屋の外に出ればいい。最悪、一旦部屋の外に出て、それで耳が治ったらまた戦闘に参加という手段も使えるしな」
「そうだな。何で今まで銀獅子に挑んだ冒険者がその手段を使わなかったのか、不思議だ」
「……あの、普通は少人数でランクSモンスターに挑もうなんて無謀な考えを抱くような人はいないのですが」
呆れたように、ヨハンナが呟く。
そもそも、銀獅子に挑む為には最下層まで来なければならないのだから、その時点で戦力を消耗している。
勿論この最下層ではモンスターがいないのだから、ここで野営をして体力を回復することも難しくはないだろう。
だが、ここへ来るまでに消耗した道具の類は錬金術師でもいなければ作り出すことは出来ず、ポーターを雇っても一定量の荷物しか持てない。
その上で部屋の中を出たり入ったりしても銀獅子と戦えるだけの戦力を用意する……というのは、普通は難しい。
いや、無理だと言ってもいいだろう。
それが出来るのは、異名持ちや高ランク冒険者といった腕利きがこれだけ揃っているからだ。
実際、もし今回の銀獅子討伐にヨハンナ達が加わっても、邪魔にしかならないだろう。
命を賭した囮や、肉の盾……といったくらいか。
標準的な冒険者を基準にして考えた場合、腕利きの部類に入るだろうアーラですら、この中では足手纏い……とまではいかないが、それでも戦力になるかどうかは微妙なところなのだが。
それでもアーラが組み込まれたのは、やはりその剛力に期待されてだろう。
パワー・アクスの効果もあって、体力切れの心配はしなくてもいい。
その上で、斬るでもなく、突くでもなく……叩きつけるといった風な武器の特性が今回は役に立つかもしれないと期待されてはいるのだが……
(私にこの方達と一緒に戦えと? それは、一体どのような無茶をしろと言ってるのでしょうか)
パワー・アクスを手に、アーラは内心で小さく溜息を吐く。
エレーナの護衛騎士団を率いる者として、自分の腕には相応の自信がある。
だが、それはあくまでも一般人と比較しての自信だ。
アーラの周囲にいる者達のような、人外に足を踏み入れている者達の仲間になっているのかと言えば、即座に否! と答えるだろう。
それでも自分から止めると言わないのは、少しでもエレーナの……正確にはヴィヘラの心配をしているエレーナの役に立ちたいという思いがあるからだ。
「それぞれ、軽く身体を動かして準備をしてくれ」
ヨハンナとの話を切り上げたレイが、銀獅子戦に参加する者達へと向かって声を掛ける。
ダンジョンの中に入って真っ直ぐこの最下層まで転移してきたこともあり、まだ身体は戦闘の準備が出来ていない。
勿論普通の敵であれば、そこまで入念に準備をする必要はないだろう。
だが、今回倒すべき相手は銀獅子という存在である以上、準備を疎かに出来る筈もない。
全員に声を掛けると、レイもまた右手にデスサイズ、左手に黄昏の槍を持ち、いつもの二槍流の準備を整える。
デスサイズを軽く振るい、それに合わせるように黄昏の槍を振るう。
そんなレイを見て、エルクが少しだけ驚いたように目を見開く。
レイが二槍流を使い始めたのはそれなりに知られている話だったが、ここ最近のエルクはロドスの件でとてもではないが他の情報を気にしている余裕はなかった。
「レイ、それは?」
「うん? ここ最近の俺の戦闘はこんな感じだぞ」
「……長物二本とか、使いにくくないか?」
「そうだな。最初は結構苦労したけど、コツを掴めばそれなりに戦いやすいし、敵に対しても有利だぞ」
ただでさえ間合いの広い大鎌と槍という武器を使っているのだから、それを使いこなせば戦闘が有利になるというのは理解出来る。
だが、それはあくまでも使いこなせれば、の話だ。
槍でさえ使いこなすには時間が掛かる。
加えてデスサイズのような大鎌がどれだけ使いにくいのかというのは、それこそ大鎌という武器がそれ程広がっていないのを見れば、考えるまでもないだろう。
「そりゃあ、使いこなせれば強力だろうけど……使いこなせるのか?」
「最近は何とかな」
二槍流を始めた時は、非常に戸惑っていたのは事実だ。
だが、二槍流を使い始めてから既に何ヶ月も経っている。
レイの戦闘センスを考えれば、そのくらいの時間を訓練に費やし、実戦で試していれば形になるのは当然だった。
勿論二槍流を完全に使いこなしているとは言えず、まだまだ完全に使いこなすとは言えないのだが。
「俺はこれだけで精一杯だってのにな」
雷神の斧を手に、エルクがしみじみと呟く。
「いや、別にそこまで気にする必要はないだろ。自分に合った武器を使いこなしているんだから」
エルクが雷神の斧を使って戦っている光景を、レイはこれまでに何度も見ている。
それどころか、ベスティア帝国の者に脅されてではあったが、直接自分が戦ったこともあった。
強力なマジックアイテムである雷神の斧は、エルクの力を活かした戦い方にこれ以上ない程にあっている。
いや、寧ろそれだけ雷神の斧の特性とエルクの能力の相性が良かったからこそ、異名持ちのランクA冒険者にまでなることが出来たのだろう。
「そうか? うん、まあ、そうだろうな」
レイの言葉に、エルクは嬉しそうな笑みを浮かべる。
ここ暫くはロドスの件で深刻にならざるを得なかったが、元々エルクはガキ大将がそのまま成長したような性格をしている。
何らかの裏がある言葉には何となく危険を察知出来るが、今レイが口にしたように、純粋な褒め言葉は素直に受け取ってしまう。
「レイ、エルクも。しっかりと身体を解しておくようにな」
そんな二人の会話を見ていたエレーナが、注意の言葉を発する。
これから銀獅子に挑むのだから、あまり遊び半分にならないで欲しいという思いがあった。
もっとも、緊張すればそれでいいのかと言えば、勿論違うのだが。
緊張しすぎて、実際に戦いの場で身体が動かない……などということになれば、本末転倒以外のなにものでもない。
勿論レイもエルクもそれは理解している為、エレーナからの注意に軽く身体を動かすという行為を再開する。
ただ再開するだけではなく、お互いの動きにおかしいところがないか、というのもそれぞれ見る。
特にエルクは、大鎌と槍の二槍流などというものを初めて見たので、その視線には鋭さがあった。
これは別に、ただ物珍しいからとやっている訳ではない。
銀獅子との戦闘の際に、エルクはレイの行動をしっかりと把握しながら戦う必要があるからだ。
一般的に使われていない武器ということでは、エレーナの連接剣ミラージュもそうだ。
鞭状になり、長剣になりと、自由自在に戦闘方法を変えることが出来る。
だが、エルクはこれまでにもエレーナと戦った経験があり、だからこそある程度はその動きを読むことが出来る。
しかし、二槍流などという――それも片方は槍ではなく大鎌――攻撃手段を使う者と戦闘を共にするのは初めてだ。
エルクも異名持ちの高ランク冒険者として名前は知られている。
そうである以上、大抵の相手とは共闘しても問題はなかったが、初めて見る二槍流ともなれば話は別だった。
それでもこうして短い間眺めただけで大体理解する辺り、エルクもまた一角の人物だということなのだろう。
そして全員の身体が十分に温まったのを確認し……レイは口を開く。
「行くぞ」
レイの言葉に皆が無言で頷き、ヨハンナ達以外は銀獅子のいる場所へと向かって歩き出すのだった。
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