第1208話
「グリム?」
レイの口から出たその名前に、首を傾げたのはマリーナだけだった。
エレーナは以前グリムについての話を聞いている……どころか、初めてグリムに会った時に他のアーラ達のように意識を失うことがないままにレイとグリムの話を聞いていたのから、当然だろう。
「ああ、俺の知り合いの……簡単に言えば、リッチロード。とにかくアンデッドだ」
「な!?」
レイの口から出た言葉に、マリーナが驚きの声を漏らす。
だが、それは普通の人間――ダークエルフだが――の反応としては当然のものだった。
それでも、すぐにマリーナがレイに対して敵対的な行動を取らなかったのは、レイという人物を信頼しており……何より深く愛しているからというのが大きい。
「レイ、その……どういうことか、説明してくれる?」
「ああ、そうだな。本来ならもっと前にマリーナにもこの件は説明しようと思ってたんだ。けど、マリーナはギルドマスターとして色々と忙しかったから、後回しになってたんだが」
「……聞かせて」
レイの言葉で、エレーナとヴィヘラは既にその秘密を知っているのだと理解したのだろう。
少しだけ不満そうに、そして悔しそうにしながらも、レイに話の続きを促す。
「まず何から話せばいいのか。……うん、やっぱりここからか。俺はこの世界の人間じゃない。正確には俺の魂は、だけどな」
そう告げ、自分が異世界で命を落とした時にゼパイルから魂を拾い上げられてこの世界に送られてきたというところから、魔獣術についての話を始めとして隠していることを話す。
長く生きているマリーナにも色々と理解出来ない、しにくいことが多かったが、それでもレイの説明を噛み砕くようにしながら納得していく。
そのまま二十分程が経過し……やがて納得したようにマリーナが頷く。
「レイがこことは違う世界の人間だというのにも驚いたけど、寧ろ納得出来たわね」
「……そうか?」
「ええ。レイの持つ魔力を考えると、とてもじゃないけどこの世界の人間とは思えなかったんだもの」
「まぁ、人間というか……いや、人間は人間だけど、人造人間に近いんだけどな」
「それがどうかしたの? 寿命も長くなったし、身体能力も高くなった。何も不都合はないじゃない。それに魔力は元々レイが持っていたものなんでしょう?」
寧ろ、マリーナにとっては寿命が人間よりも長いというのが大きかったのだろう。
ダークエルフと人間では、当然寿命が違う。
レイを愛するマリーナだったが、もしレイが普通の人間であればいずれ死に別れることになっていたのだ。
……いや、もしレイと結ばれても最終的には死に別れることになるのは変わらないかもしれないが、それでも普通の人間のように百年も経たずに死に別れなくてもいいというのは、随分とマリーナの精神的な負担を取り除いた。
永遠に愛する人と共に……というのはまず無理でも、人間よりは長い時間共に生きることが出来るのだから。
「とにかくだ。グリムってのはそのゼパイルが生きていた時代の死霊術士でな。そのままアンデッドになって生き延びて来たんだ。……いや、アンデッドになってるんだから、生き延びたというのは正しくないかもしれないけど」
「……なるほど。ゼパイルが生きている時代から……もしそうなら、もしかしたらダークエルフやエルフの中には直接その人と会ったことがある人もいるかもしれないわね」
「ああ、そう言えば……」
ダークエルフやエルフが非常に長生きである以上、その可能性も否定は出来ない。
「ゼパイルと話したことがあるって人も、何人かいるし」
「いるのか?」
思わず尋ねるレイだったが、グリムと同時代に生きたことがあるのであれば、ゼパイルと面識のある人物がいてもおかしくはないだろう。
「出来れば、後でその辺を調べてくれると助かる。特にゼパイル一門の中にいた、タクム・スズノセについて知ってるのがいたら、是非とも」
レイの中では、ゼパイルに対する興味はそれなりに深い。
だが、それよりも強いのは、やはり自分と同様にこの世界に来たタクムの存在だった。
(まぁ、俺が魂だけでこの世界に来たのと比べて、生身そのままでこの世界に来たんだからかなり珍しいけど。転移、転生、憑依……色々とこの世界に来る方法はあるが)
転生はヴィヘラの兄にして、ベスティア帝国第一皇子のカバジード。
レイの場合は転生と憑依が組み合わさったような形。
それに対して、タクムは学生服を着ていたところから考えて、身体そのままに転移してこのエルジィンにやってきたことになる。
その違いがどこにあるのか。その辺についてもう少し知ることが出来れば……そう思ってしまうのは、レイの立場を思えば当然なのだろう。
(もっとも、それは全てヴィヘラが意識を取り戻してからになるけど)
ベッドで横になっているヴィヘラを一瞥し、意識を切り替える。
「タクムについてはともかく、グリムはアンデッドになったままで現在も生きている。つまり、その時代からずっと魔術師として……もしくは魔法使いとして生きてるんだ。もしかしたら、ヴィヘラの意識を取り戻す方法を知ってるかもしれない」
「それは……」
レイの言葉に説得力がないとは言えない。
だがそれでも、アンデッドを倒すのであればまだしも、まさかヴィヘラの意識を取り戻す為の助言を貰うというのは完全に予想外だった。
一瞬混乱しそうになったマリーナだったが、今の状況をどうにか出来るのであれば……とそこに一筋の光明があるのは事実だった。
「そのアンデッド、きちんと話は出来るのね? それこそ、きちんと自制心があって」
一般的にアンデッドというのは、生きている者を憎んでいることが多い。
もしくは、その判断すら出来ずに生きている者を餌としか認識できなくなっている者か。
あるいは人間を下に見て、自分達が上位者であると誇示したがる者も多い。
勿論中には生前の理性をそのまま持っているアンデッドもいるが、それは全体から見れば酷く少ない。
傍から見れば生前と同じように見えていても、実際にはアンデッドになったことによって性格が捻くれている者も多い。
だからこそ、レイとエレーナが知っていると言っても、マリーナはそう確認せざるを得ない。
「ああ。その辺は心配しなくてもいい。元々はゼパイルやその一門の連中に憧れている魔術師だったらしい。で、今はそのゼパイルの魔獣術を継承した俺に好意的ではある」
「……セトが普通のモンスターじゃなかったなんてね。まぁ、普通に考えてあんなに人懐っこいモンスターが滅多にいる筈がないんだから、寧ろ納得してしまったけど」
レイ以外にも多くの相手に懐き、甘えているセトの姿がマリーナの脳裏を過ぎる。
テイマーにテイムされたモンスターは、主人以外には懐かないというものも多い。
それらに比べると、セトの周囲への懐き具合は色々と信じられない程だった。
だが、セトがテイムされたのではなく、レイに生み出されたモンスターだと考えれば、理解出来ないでもない。
(けど、そうなるとレイって実は人懐っこかったりするのかしら? 傍から見ると、とてもそんな風には見えないんだけど)
マリーナから見たレイは、決して人付き合いが得意という訳ではない。
広く浅くよりも、狭く深くの人付き合いを好む性格だった。
現に、自分やエレーナ、ヴィヘラといった面々とはかなり深い付き合いであると思っているし、エルクを始めとした少数の冒険者とも良好な関係を築いているのだから。
(まぁ、私としてはそっちの方がいいんだけど)
元々レイの顔立ちは整っている。
もっとも、それは男性的と言うよりは女性的な顔付きと表現した方がいいようなものであり、もしレイの性格が人当たりのいいものであれば、多くの人に好まれ……今よりも恋敵が多くなっただろう。
「で、どうやってそのグリムって人……いえ、人じゃないわね。そのアンデッドと連絡を取るの? 今は安定しているけど、出来るだけ早く何とかした方がいいわよ?」
「そうだな。けど、連絡を取るのなら心配はいらない。……これを使うからな」
ミスティリングから取り出したのは、対のオーブ。
「呆れたわね……そんなのを持ってたの?」
「ああ。以前にもこれで連絡を取ったから、連絡は取れないってことはない筈だ」
「ふーん。じゃあ、それを私達も見てていいの?」
「そうだな。私も見ておきたい」
マリーナとエレーナの二人が揃ってそう告げ、レイに視線を向けてくる。
一瞬迷ったレイだったが、自分と一緒に行動をしているのであればいずれはグリムと遭遇することもあるのではないかと判断して、頷きを返す。
「分かった。じゃあ、早速グリムに呼び掛けたいんだが……構わないか?」
その言葉に二人が頷いたのを見て、レイは対のオーブへと魔力を流す。
対のオーブを使い慣れているエレーナや、同じような通信用のマジックアイテムを持っているマリーナだけに、それだけでは特に何も驚きはしない。だが……
『ふむ? レイか?』
骸骨の頭部……それも王冠を被っている骸骨の姿が対のオーブに映し出されると、エレーナもマリーナも驚愕に動きを止める。
マリーナはグリムという存在と触れるのはこれが初めてだし、エレーナも以前はゆっくりと顔を会わせることはなかった。
それだけに、目の前にある水晶に映し出されているグリムの姿に目を大きく見開いていた。
「ああ、悪いな。ちょっと聞きたいことがあって連絡をしたんだけど」
『構わんよ。幸い実験にも一段落ついたところじゃしな。……じゃが、それより』
一旦言葉を切ったグリムは、対のオーブへと顔を近づける。
レイ達のいる方をよく見えるようにという為だったのだろうが、それは同時にレイ達にもグリムの顔が……骸骨の姿をアップで見ることになる。
骸骨という意味では、スケルトンと変わらないだろう。
だが、実際に目で見れば、同じ骸骨であると言われてもそれを信じることは、とてもではないが出来ない。
骸骨であっても、格のようなものが違うのだと、対のオーブ越しでもしっかりと理解出来た。
『儂との件は他人に知られない方がいい。そう思っておったのじゃがな。いいのかの?』
エレーナとマリーナの二人を見ても、特に文句を口にせず確認するかのようにレイへと話し掛けてきたのは、二人がグリムの目に適ったということなのだろう。
「ああ。この二人とは色々と長い付き合いになるからな。その辺は問題ない。他にも、俺についての説明は全てしてある」
『ほう? レイについてとなると……異世界についてや、ゼパイル殿についてもか』
そう尋ねてくるグリムの言葉に、レイは頷きを返す。
そんなレイを見て、グリムは楽しそうな笑い声を周囲に響かせる。
骸骨となっているグリムのどこからそんな笑い声が出ているのか? と一瞬疑問に思ったレイだったが、それを言うのであれば、そもそも声帯もないのに声を出している時点でおかしいのだ。
その辺を気にしても意味はないと、グリムの笑い声が収まるのを待ってから口を開く。
「こうして久々に連絡をとって早々だけど、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
『む? 久々か? 儂にとっては、ついこの前といった感覚なのじゃがな』
幾多の時を生きるグリムにとって、数年といった程度の時間は、それこそレイの感覚で言えば数日程度といったものなのだろう。
「俺にとっては、十分に久しぶりだよ。……って、そろそろ本題に入ってもいいか?」
『うむ、構わんよ』
レイの言葉に、グリムは特に気にした様子もなく頷く。
グリムにとって、レイと話すというのは永き時を生きる上での刺激となる。
普通の人間が相手であれば話は別だが、レイはゼパイルの認めた男だ。
それだけで、グリムのレイに対する強い興味、好奇心、好意……それらは非常に高い。
「アンブリス……って知ってるか?」
『いや、知らんな。それはどのようなものじゃ?』
あっさりと言われたことに、レイは驚きと同時に仕方がないという思いも抱く。
元々知られているだけで三百年前に一度現れただけの存在なのだ。
であれば、人目を避けて生活しているグリムがその存在を知らないのは当然だろうと。
「魔力異常で生み出された存在で、モンスター……って言いたいところだけど、魔石がないから正確にはモンスターとは言えないだろうな」
『……ほう? もしかしてそれは、特定のモンスターを進化させる代物ではないか?』
「っ!? 知ってるのか!?」
知らないと言ったその舌の根も乾かないうちにグリムの口から出た言葉に、レイは驚愕の声を上げる。
そんなレイの様子に、グリムは面白そうな笑い声を上げ……やがて頷く。
『うむ。儂の知っておる限りでは、その存在はアンブリスという名前ではなかった。……もっとも、当時から非常に稀少な存在じゃったが。儂が知っている名前は……ジャーダと呼ばれておったよ』
ようやくアンブリスに関しての明確な手掛かりを得られると、息を呑むレイ達を前に、グリムは口を開くのだった。
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