第1192話
執務室の中に入ってきたミレイヌ、スルニン、エクリルの三人は、ソファに座っている顔見知りの存在に気が付く。
「レイ!? え? どうしてここにいるの? ヴィヘラも……」
最初に驚きも露わに叫んだのは、当然の如くミレイヌだった。
アンブリスの姿を見つけてギルドに報告し、それでギルドマスターの執務室に呼ばれて……そうしたら、何故かそこにはレイとヴィヘラの姿があったのだ。
驚くのも当然だろう。
「アンブリスを見つけたって?」
ミレイヌの驚きを特に気にした様子もなく、レイが声を掛ける。
そんなレイの声で我に返ったのだろう。ミレイヌは得意そうな表情を浮かべて、口を開く。
「ふふん、私との約束は忘れてないわよね? アンブリスを見つけたら、セトちゃんと一日をすごさせるって約束」
「あー……うん。まぁ、それはいいんだけど……」
セトがミレイヌを嫌っているのであればまだしも、そんなことはない。
いや、寧ろセトはミレイヌにかなり懐いてすらいた。
セトが今まで関わった相手は何人もいるのだが、その中でもミレイヌは間違いなく好感度が高い上位グループに入るだろう。
レイとセトがギルムに来てまだそれ程経っていない時に起きた、オークの集落への襲撃。
その際にセトを見たミレイヌは、それからセト一筋と言ってもいいような行動を取ってきた。
撫でて、愛でて、食べ物を与えて……そんな風に自分を可愛がってくれるのだから、セトがミレイヌを嫌う筈がない。
そんなミレイヌがセトと一日一緒にいたいと言っても、何か特別な理由――緊急の依頼等――がない限り、レイはそれを断りはしないだろう。
だが、この場合の問題はそのことではない。
(いや、ミレイヌにとってはセトとすごす一日というのは、重大事なんだろうけど)
セト好きという意味では、元遊撃隊のヨハンナというライバルもいる。
そのような相手との差を付けるという意味では、ミレイヌの狙いは決して悪いものではないのだろう。
期待に満ちた目で自分を見ているミレイヌに、レイはそっと視線を逸らす。
視線の先にいるヴィヘラはそっと視線を逸らし、マリーナもまた同様に視線を逸らす。
二人から見捨てられたレイは、どう話したものかと悩みながらも口を開く。
「ミレイヌ。……何で俺達がここにいると思う?」
「え? それは……何で?」
「いえ、私に聞かれても分かる訳がないでしょう」
パーティの中で最も頭のいいスルニンに視線を向けたミレイヌだったが、当然スルニンも何故レイがここにいるのかというのは分からない。
レイとギルドマスターのマリーナが親しい関係にあるというのは、あまり知られていない事実だ。
だからこそ、スルニンも何故ここにレイ達がいるのかは理解出来なかった。
それでも昨今のギルムの事情を考えれば、予想出来ないこともない。
「その、もしかしてアンブリスの件で何かあったのでしょうか?」
「正解。……ただ、事情がちょっと複雑になっているのだけれど」
溜息を吐きながら告げるマリーナの言葉に、灼熱の風の三人の視線が向けられる。
事情を説明して欲しいという視線に、マリーナはレイへと視線を向けながら口を開く。
「レイ達もアンブリスを見つけたのよ。それも、ただ見つけただけじゃなくて、倒すことにも成功しているわ」
『え!?』
ミレイヌ達の口から、驚愕の声が漏れる。
そしてマジマジとレイを見る三人。
アンブリスを倒したというのは信じられなかったが、レイならもしかして? という思いがあった為だ。
レイがどれだけ規格外の存在なのかというのは、ミレイヌ達もよく知っている。
「本当?」
恐る恐ると尋ねたのは、当然のようにミレイヌ。
もっとも、その心の中にある恐れはアンブリスを見つけた件でセトとの一日がなかったことになるのではないかという、そんな思いからだが。
だが、非情にもレイはそんなミレイヌに向かって頷きを返す。
あっさりと頷かれたミレイヌの表情は絶望に塗れるが……
「安心しろ。アンブリスを見つけたのは事実なんだから、あの賭けはなかったことにはしない。いや、寧ろ助かったと言ってもいい」
「……え? いいの?」
まさか、レイがこうもあっさりとセトとの一日を許可するとは思っていなかったのだろう。ミレイヌは意表を突かれたような表情をレイへと向ける。
そんな視線を向けられたレイは、問題ないと頷く。
実際、ミレイヌ達が持ってきた情報の意味は非常に大きい。
アンブリスを倒したと思っていたレイ達だったが、実際にはまだアンブリスがいたのだから。
これは、別にレイがアンブリスを倒せなかった……より正確には倒したと思い込んでいたが、実はそれは擬態で生き延びていたという可能性もあるが、別の可能性も存在している。つまり……
(アンブリスは一匹ではない、か)
苦々しげに呟くレイだったが、それでも何も知らないでこのまま時がすぎ、後日改めてアンブリスがまた現れたと知らされるよりは余程にいい。
そんなレイの思いはヴィヘラやマリーナも同様に感じており、レイがアンブリスを倒したという話を聞いたスルニンも同様だった。
「アンブリスを倒した……つまり、私達が見たのは倒されたのとは別のアンブリスだったと?」
確認の意味を込めて尋ねてくるスルニンに、マリーナは頷く。
「ええ。レイが倒したアンブリスと貴方達が見つけたアンブリスは別の個体である可能性が高いわ。貴方達がアンブリスを発見したという時間を考えれば、恐らくね」
当然ながら、ミレイヌ達は時計を持っている訳ではない。
アンブリスを見つけたという三時間程前というのは、あくまでも体感としての時間から来たものにすぎない。
だが、それでも新進気鋭のランクCパーティとして活動しているミレイヌ達のことだから、多少の誤差はあっても数時間単位での誤差はない筈だった。
それでもベテランの魔法使いのスルニンは、ベテランであるが故に時間に対する感覚は鋭い。
「……厄介ですね」
スルニンが呟き、事情を理解したのだろうミレイヌやエクリルも同様に頷く。
普段はセト第一主義とでも呼ぶべきミレイヌだが、当然灼熱の風のパーティリーダーをしているだけあって、締めるべき時は締める。
「ええ。レイがアンブリスを倒した後で、何か違和感のようなものがあったというから、間違いなくこのまま終わる筈はないと思っていたのだけれど……本当に厄介よ」
憂いが込められた瞳のマリーナに、スルニンが一瞬年甲斐もなく目を奪われるも、すぐに今はそれどころではないと小さく首を振った。
「それで、どうするのですか? いえ、アンブリスの存在がギルムにとって脅威でしかない以上、結果としてはアンブリスを倒すという選択肢しかないのは分かりますけど」
そう、スルニンはマリーナへと尋ねる。
ギルドマスターという立場である以上、マリーナがするべき返事は決まっていた。
「倒すしかないでしょう。色々と難しいのは分かるけど」
亜人型のモンスターをリーダー種にするというアンブリスの能力は、非常に厄介だ。
そんな存在が一匹だけではなく、複数存在しているとなれば危険度はより高くなる。
ギルムのギルドマスターとして、そして何よりギルムに住んでいる者として、絶対にアンブリスを放って置く訳にはいかなかった。
「けど、どうやって倒すんですか? レイが倒すのにも、アンブリスの存在をギルドマスターが予想してから今日まで掛かったんですよね?」
ミレイヌの言葉には、疑問はあるが諦めの色はない。
ギルムに住んでいる者として、絶対にアンブリスをそのままにしておくことが出来ないというのは、ミレイヌにとっても譲れないことだった。
……もっとも、その譲れない理由の大部分を占めているのが、今のままではセトと一日をすごすことが出来ないというのがあるのだが。
折角レイからセトと一日を共にすごす許可を貰ったのだから、その至福の時間を守るためにも絶対に退くことは出来ない。
(セトちゃんとゆっくりとした日をすごすにも、アンブリスが行動したままだとそんな時間がないじゃない)
アンブリスを探すという意味では、空を飛ぶことが出来るセトは非常に重要な戦力だ。
そうである以上、ミレイヌが生きてきた中で最高の一日をすごす為には、どうしてもアンブリスの件を解決する必要があった。
最終的にセトの為にアンブリスの件を解決するというのは、ミレイヌらしいと言えるのだろう。
「どうやって探すかは……そうね、残念ながら今のところはこれまでと同じように人海戦術で探すしかないわ。出来れば何らかの特徴的な臭いとか魔力とかがあれば、それを探すことも出来るんでしょうけど、ね」
「何か探すようなマジックアイテムとかはないのか? ギルムの錬金術師達は、それなりに高い技術を持ってるんだろ?」
「もう頼んでいるわよ。……ただ、何の手掛かりもない状況からアンブリスを探すようなマジックアイテムなんて、そう簡単に作れるものじゃないわ。これがせめて、何らかの残滓でもあれば……レイ?」
マリーナが途中で言葉を止め、レイへと視線を向ける。
そう、レイは一度アンブリスを倒したのだ。であれば、その際に何らかのアンブリスの残滓とでも呼ぶべきものが残っていてもおかしくはなかった。
ゴブリンやコボルトのようにアンブリスによってリーダー種にされた死体は、今まで何匹も持ち込まれている。
それこそ、日に数十匹持ち込まれることも珍しいことではない。
それだけアンブリスが活発に動いているということなのだが、それらからアンブリスの残滓と呼ぶべき物は入手出来なかった。
いや、もっと時間を掛ければアンブリスに繋がる手掛かりを得ることが出来たのかもしれないが、アンブリスが関与しても、既に離れてしまってから時間が経っているせいで、純粋なアンブリスの残滓とでも呼ぶべき存在は見つけることが出来ない。
だが……レイはアンブリスの本体を直接倒したのだ。であれば、変質していないアンブリスの残滓が残っているのではないか。
そう思ったマリーナの視線に、レイは何を求められているのか分からずに首を傾げる。
レイが自分の言いたいことを理解していないというのを悟ったマリーナは、確認する意味も込めて口を開く。
「レイ、貴方がアンブリスを倒した時はどうやって倒したの?」
「どうやってって……ワーウルフに取り付いていたアンブリスをその身体諸共デスサイズで斬り裂いて、黄昏の槍で貫いてだけど」
「……デスサイズをちょっと出してくれる?」
「黄昏の槍はいいのか?」
「ええ。まずはデスサイズだけでいいわ」
マリーナの頼みに、レイは特に躊躇もせずに頷きを返す。
他の誰かにデスサイズを見せてくれと言われれば、多少の躊躇もしただろう。
だが、今回は他ならぬマリーナからの要望だ。
それを否定する意志は、レイの中にはなかった。
執務室の中に、ミスティリングから取り出されたデスサイズが姿を現す。
ミレイヌを初めとした灼熱の風の面々は、今までにレイの象徴とも呼べる武器を何度も見ている。
だが、こうして部屋の中で改めて取り出されると、やはりその大きさに圧倒されてしまった。
レイよりも大きなデスサイズを、その小さな身体でどうやって動かしているのかと。
マリーナはそんな灼熱の風の面々に構うことなく、椅子から立ち上がるとデスサイズを手にしているレイへと向かって近づいていく。
巨大な刃をじっと見つめ、口を開く。
「ねぇ、レイ。ちょっとデスサイズを貸して欲しいんだけどいいかしら?」
「……どのくらいの期間によるかだな。アンブリスを探すにしても、デスサイズがなければ俺の戦力は格段に落ちる」
黄昏の槍を手に入れたことにより、レイの戦闘スタイルは二槍流へと変化している。
それでも戦闘の中心にあるのは、スキルの使用を可能とし、魔法の発動体のデスサイズだ。
そのデスサイズがなければ、レイの戦力は半減すると言ってもいい。
特にこれからアンブリスに対処をするということは、デスサイズは必須だった。
「そう、ね。……その辺は錬金術師に聞いてみないと分からないけど、上手くいけば数分で済むかもしれないわ」
「アンブリスを攻撃したということなら、黄昏の槍は駄目なの?」
レイとマリーナの会話を聞いていたヴィヘラが尋ねる。
「どうかしら。マジックアイテムとしての能力を考えれば、黄昏の槍もかなり高レベルなマジックアイテムだけど、デスサイズはそれとは比べものにならない程よ。アンブリスの残滓が残っているとすれば、やっぱりデスサイズじゃないかしら」
「その辺は錬金術師に聞いてから、ってことでどうだ? こっちも色々とやるべきことがあるし、すぐには頷けないからな」
こうして、レイは錬金術師に会いにいくことになるのだった。
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