第1171話
「……ちょっとうんざりとするわね」
冒険者達が去った後、ヴィヘラがうんざりするように呟く。
その視線の先にあるのは、リザードマンの死体、死体、死体。
ヴィヘラに服従……降伏したリザードマンリーダーを抜かせば、全てのリザードマンが死体となって地面に転がっていた。
中には当然のようにリザードマンリーダーの死体も二匹存在し、全ての死体を合わせると三十匹近い死体がある。
……最初は四十匹近かったリザードマンの死体が三十匹近くにまで減っていたのは、セトの一撃で上半身や下半身が原形を留めていない死体が多かった為だ。
どうしてもリザードマンの素材が欲しければ話は別だが、まだ無事な死体が三十匹近くもあるのであれば、そのような肉片を集めようとは思えなかった。
(死体が五体満足という意味でだと、ヴィヘラが一番上手いんだよな)
自分が倒したリザードマンの死体を見ながら、レイは考える。
レイの攻撃方法は、基本的にデスサイズと黄昏の槍を使った二槍流だ。
特にデスサイズを使った一撃は、容易にリザードマンの肉体を斬り裂く……いや、切断する。
事実、頭部や四肢、尾といった部位が存在しない死体は多い。
黄昏の槍の一撃は基本的に突きであり、時々柄を使った打撃だ。
そのどちらもが、リザードマンの肉体を破損させるようなことはなかった。……デスサイズと比較して、の話だが。
それに比べるとヴィヘラの攻撃方法は基本的に格闘だけに、リザードマンの骨は折れているかもしれないが、見て分かる破損は少ない。
勿論ヴィヘラも全てを格闘で倒した訳ではない。
手甲に魔力の爪を生み出し、リザードマンの身体を斬り裂くといったこともしているし、足甲の踵に生み出された刃も使っている。
だがそれでも、純粋に格闘を使ってリザードマンを倒した方が圧倒的に多かった。
特に特徴的なのは、やはりヴィヘラの固有スキルである浸魔掌だろう。
相手を内部から破壊するというこの攻撃方法は、死体を綺麗に残したい場合は非常に有用なものだった。
……もっとも、それはあくまでも外部をという意味で、内臓は破壊されるということが多く、相手によっては稀少な素材を破壊してしまうこともあるのだが。
「とにかく、死体をそれぞれの場所で一ヶ所に集めてくれ。そうすれば俺が収納していくから」
本来ならリザードマン三十匹程、リザードマンリーダー二匹というのは、冒険者にとっては非常に大きい収入といえる。
だが同時に、普通の冒険者であればリザードマンの死体を持って帰るのに苦労するだろう。
それこそ荷車の類を持ってくる必要があり、それもこの数を考えると一台や二台では積みきれない筈だった。
普通の冒険者では不可能なことを可能にしているのが、言うまでもなくレイの持つミスティリングだ。
最初に一番近くにいたということで、ヴィヘラが倒したリザードマンを集めてはミスティリングへと収納していき、次にレイ、セトといった具合に全ての死体の収納を完了する。
掛かった時間は、約二十分程。
レイにとっては随分時間が掛かったという印象だったが、もしこのリザードマンの群れに襲われていた冒険者達がこの光景を見ていれば、早過ぎる! と絶叫したことだろう。
そうして全ての――原型がある――リザードマンを収納し終わったレイの前には、リザードマンリーダーの死体が二匹分と、前日に倒したゴブリンリーダーの死体が一つ。
ゴブリンリーダーの死体は、ミスティリングからレイが出したものだ。
何故ここでそんな真似をしたのかといえば、単純にここなら人目にもつかないし、ゴブリンリーダーの魔石の吸収を行ってしまおうという理由からだった。
「リザードマンは結構素材が高く売れるし、肉もそれなりに美味しいのよね。そういう意味では、今回の依頼は美味しい依頼だったってことになるんでしょうけど」
「いや、それは俺達だからだろ? ランクAやBならともかく、普通の冒険者がこれだけのリザードマンの群れに襲われてしまったら対処出来ないだろ」
ゴブリンリーダーとリザードマンリーダーの死体から魔石を取り出しながら、レイはヴィヘラと会話を交わす。
……尚、セトは周囲の警戒をしながら、損傷が激しくミスティリングに収納しなかったリザードマンの肉をクチバシで啄んでいた。
回収しきれなかったリザードマンの死体はこのまま放っていくのだから、レイもヴィヘラもセトの行為に何も言わない。
身体の大部分が損傷している死体の為、このままここに残していってもアンデッドになることはないだろうという判断もあった。
最初にゴブリンリーダーの魔石を取り出し、次にリザードマンリーダーの魔石を取り出す。
リザードマンの上位種だけあって、皮膚も通常のリザードマンに比べると頑丈でしなやかなものだった。
それでもレイの膂力としっかり研がれた鋭利なナイフの刃には抗うことが出来ず、心臓から魔石を取り出すことに成功する。
「よし。……セトは、まだおやつを食べている最中か。なら、ゴブリンリーダーの魔石をデスサイズで吸収した方がいいな」
取り出したゴブリンリーダーの魔石を手に、レイが呟く。
コボルトリーダーの魔石ではスキルを習得出来なかったこともあり、ゴブリンリーダーの魔石でスキルを習得出来るかと言われれば、首を傾げざるを得ない。
だがそれでも、まだ吸収していない魔石なのだから、ここで試さないという選択肢はなかった。
ヴィヘラが興味深そうに見ている前で、ゴブリンリーダーの魔石を手に取り……そのまま空中に投げると、デスサイズで一閃する。
【デスサイズは『ペインバースト Lv.三』のスキルを習得した】
脳裏を過ぎったのは、そんなアナウンスメッセージ。
覚えたのは、攻撃した際の痛みを増加させるというスキル。
「……なるほど」
習得したスキルの内容に、レイは納得の表情を浮かべる。
相手に同じ傷でもより大きな痛みを与えるというそのスキルは、ヘスターのパーティメンバーだったパンプが受けていた光景を思えば納得出来るものがあった。
これまでに習得したスキルも、基本的にはその魔石を持っていたモンスターに関係の深いものが多い。
勿論、何にでも例外があるのは事実であり、実際セトが吸収したゴブリンリーダーの魔石からは嗅覚上昇のスキルを習得している。
なので確実とは言えないが、それでも傾向としてそのモンスターの持っている能力や特徴、性格といったものから習得出来るスキルは理解出来た。
「どうだったの? 何かスキルを習得出来た?」
「ああ。ペインバーストってスキルの強化が出来た」
そう告げ、ペインバーストの効果を説明する。
だが、どのような効果のスキルなのかを聞いたヴィヘラは、あまり面白そうな表情を浮かべてはいなかった。
寧ろ、どのようなスキルを覚えたのかと聞いてきた時の好奇心は殆ど消えていると言ってもいい。
戦いを楽しむヴィヘラにとって、ペインバーストというスキルは少しも興味をそそられなかったのだろう。
「ふーん……もう少しいいスキルを習得出来ると思ったんだけど。それこそ、レイがよく使っている飛斬とか」
「いや、ゴブリンリーダーのどこに飛斬の要素があるんだよ」
そう言いつつも、これまでのことを考えれば決して有り得ないことではなかった。
事実、嗅覚上昇の例以外にも、本来なら何故そのモンスターからそのスキルが? と疑問に思うようなスキルを幾つも習得しているのだから。
「ま、とにかくだ。コボルトリーダーでスキルを習得出来なかったのはともかく、ゴブリンリーダーでスキルを習得出来たのは嬉しかったな。で、次だが……」
レイの視線が向けられたのは、リザードマンリーダーの魔石。
今回のメインともいえる魔石だ。
「セトとレイ、どっちからやるの?」
「俺じゃなくてデスサイズだけどな。……ま、デスサイズからだろうな」
リザードマンの肉を啄んでいるセトを見ると、レイは自分から先にやった方がいいだろうと判断する。
(さっきのアナウンスメッセージも、セトには聞こえていたと思うんだけどな。リザードマンの肉はそんなに美味いのか?)
レイもリザードマンの肉は何度か食べたことがある。
弾力のある鶏肉といった食感の肉で、深い味がしていたのが印象深い。
それでもどちらかと言えばあっさり系の味であり、強烈な旨味を持つオークの肉には劣るというのがレイの感想だ。
「ま、それはともかく……さて、この魔石で何かスキルを習得出来るといいんだけど、な!」
リザードマンリーダーの魔石を空中へと放り投げ、デスサイズを一閃する。
空中で魔石が切断され……
【デスサイズは『パワースラッシュ Lv.三』のスキルを習得した】
そんなアナウンスメッセージがレイの脳裏を過ぎる。
「パワースラッシュか」
呟くレイの声は、嬉しさ以外にもどこか複雑な色が宿っている。
そんなレイの様子が気になったのだろう。ヴィヘラが不思議そうに口を開く。
「どうしたの? その様子から見ると、新しいスキルを習得出来たんでしょう? なら、もっと喜んでもいいと思うんだけど」
「そうだな、喜ぶのがいいんだろうけど……このパワースラッシュ、使い勝手が難しいんだよな」
一撃の威力を高めて斬るのではなく砕くといった攻撃を放つパワースラッシュだが、手に掛かる負担は非常に大きい。
それこそ上手い具合に衝撃を逃がさなければ、自分の手首を痛めてしまう程に。
レベル二のままでもそれなりに難易度が高いだけに、今回の件でレベルが上がってしまえば余計に使いこなすのが難しくなってしまう。
(もっとも、それだけ威力が高くなるということでもあるんだし、いざって時の切り札には使えるだろうけど)
折角レベルが上がったのだから、レイもそのスキルを無駄にする気はない。
だが、今のレイにとってもっとも最優先すべきは二槍流の修行であるというのも事実だった。
そう考えれば、パワースラッシュを使いこなせるようになるまで、まだ暫くかかるだろう。
(同じようなスキルのパワークラッシュは、セトが十分に使いこなしてるんだけどな)
自分の力では使いこなせずとも、セトは使える。
そう考えれば、どことなく自分の情けなさを感じない訳ではなかったが、セトに負けるのであればそれはそれでいいかもしれないと思ってしまう。
「セト!」
「グルゥ?」
パワースラッシュはいずれ使いこなしてみせると判断しながら、レイはセトの名前を呼ぶ。
そんなレイの言葉にセトは啄んでいたリザードマンの肉をそのままに、顔を上げる。
クチバシにはリザードマンの血や肉片が付着しているが、それが一瞬前までリザードマンの肉を啄んでいたことの証だった。
近づいてくるセトのクチバシを拭いてやり、レイはセトへと持っている魔石を差し出す。
掌の上にある魔石を、セトはじっと見つめる。
そしてクチバシを伸ばして魔石を咥えると、そのまま飲み込む。
【セトは『水球 Lv.四』のスキルを習得した】
脳裏を過ぎるアナウンスメッセージ。
「水球……水球か。まぁ、リザードマンだと考えれば、そんなに不思議じゃないのか?」
リザードマンというのは、当然のように沼地や湿地といった場所で生きる種族だ。
勿論レイがゴーシュで戦ったサンドリザードマンのような特殊な存在もいるが、それはあくまでも例外だ。
いや、サンドリザードマンも自分達だけのオアシスを利用しているというのを考えれば、サンドリザードマンですら水と親しいと言えるだろう。
そう考えれば、通常のリザードマンの上位種のリザードマンリーダーから水球のスキルを入手するのは決しておかしな話ではない。
「セト、少し試して貰えるか?」
明確に何を試して欲しいと言われなくても、セトはレイが何を言っているのか理解していた。
「グルルルルゥ!」
レイの言葉に高く鳴き……次の瞬間には、セトの周囲に水球が生み出される。
その数は二つ。
そこまでは今までと変わっていない。
だが、その水球の大きさはレイが知っているものよりも若干ではあるが大きくなっていた。
正確に計った訳ではないが、その大きさは約五十cm程だろう。
「……少し水球が大きくなっただけか。まぁ、もう一レベル上がれば多分化けるだろうし」
スキルのレベルが五になれば、以前とは一線を画した威力を持つというのは、レイ自身が飛斬で体験している。
勿論それが飛斬だけという可能性もあるのだが、何となくそれはないだろうというのをレイは本能的に察していた。
「そうだな、あの辺の地面に撃ってみてくれるか?」
「グルゥ!」
レイの言葉に鳴き声を上げ、水球を放つ。
多少ではあるが以前よりも大きくなった水球だったが、飛ぶ速度は以前と変わらない。
いや、大きさと同じく若干速くなっているように感じられる。
そうして地面へと着弾した二つの水球は……周辺の地面を巻き込みながら、以前よりも少しだけ高い破壊力を見せつけるのだった。
【セト】
『水球 Lv.四』new『ファイアブレス Lv.三』『ウィンドアロー Lv.三』『王の威圧 Lv.二』『毒の爪 Lv.四』『サイズ変更 Lv.一』『トルネード Lv.二』『アイスアロー Lv.一』『光学迷彩 Lv.四』『衝撃の魔眼 Lv.一』『パワークラッシュ Lv.四』『嗅覚上昇 Lv.二』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.一』
【デスサイズ】
『腐食 Lv.四』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.三』new『風の手 Lv.三』『地形操作 Lv.二』『ペインバースト Lv.三』new『ペネトレイト Lv.二』
水球:直径五十cm程の水球を二つを放つ。ある程度自由に空中で動かすことが出来、威力は岩に命中すればその表面を砕くくらい。
パワースラッシュ:一撃の威力が増す。ただし斬れ味が鋭くなるのではなく叩き切るような一撃。
ペインバースト:スキルを発動してデスサイズで斬りつけた際、敵に与える痛みが大きくなる。レベル三で八倍。
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