第1170話

 レイとセト、ヴィヘラがリザードマンの群れとそれぞれ戦っていた頃……そのリザードマンに襲われていた冒険者達は、何とかその場を離脱することに成功していた。


「怪我をしてる奴は!」

「一杯いるわよ! けど、動けないくらい深い傷の人はいないから、安心して!」


 冒険者達の指揮を執っていた男が叫び、女の冒険者が叫ぶ。

 その言葉通り、四十匹程のリザードマンに攻撃され、冒険者達は皆が多かれ少なかれ怪我をしている。

 それでも女の冒険者が叫んだように、怪我は殆どが軽い傷だった。

 それは、この冒険者達がそれなりに高い技量を持っていたということの証明でもあるのだろう。

 数人のパーティではなく、十人を超える、幾つかのパーティが集まった集団。

 今回の、幾つものモンスターの群れが突発的に現れた件で調べる為にギルドから依頼を受けていたのだが、その途中でリザードマンの群れに遭遇してしまったのだ。

 この冒険者達にとって幸いだったのは、リザードマンの群れをギルムの騎士団が既に発見しており、ギルドに討伐依頼を出していたことだろう。

 おかげで、壊滅的な被害を受けるよりも前にレイ達が現場に到着し、危機一髪のところで助かったのだから。


「それで、これからどうするんだ? あのグリフォン、セトちゃんだったよな?」


 冒険者の一人が叫ぶ。

 身長二mを超え、身体にも頑強な筋肉がついており、グレートソードを振り回すというパワーファイターで、顔も強面と表現するのが正しい。

 そんな冒険者だったが、実は可愛いもの好きで、今までに何度もセトに干し肉や串焼きを与えたことがあった。

 だからこそセトの姿に真っ先に気が付いたのだろう。


「つまり、レイか。なら俺達が手を出す必要はないだろ」

「……でも、セトちゃんの足に誰かぶら下がっているように見えたんだけど……気のせい?」

「いや、俺もそれは見た」


 女の冒険者が呟くと、他の冒険者がそれに同意するように頷く。

 リザードマンの群れから遠ざかるのに必死でしっかりと確認は出来なかったのだが、それでもセトの足にぶら下がっている誰かが、間違いなく存在していた。


「セトちゃんにぶら下がって飛ぶなんて……勇気あるわよね」

「まあな。セトは人懐っこいけど、結局モンスターに違いはないだろ? もし振り落とされたらとか、考えなかったのか?」

「どうだろうな。ただ、セトはランクAモンスターで、その辺の人間よりも頭がいいらしいからな。それこそ、怒らせるような真似をしなければ大丈夫だろ」

「つまり、セトちゃんに落とされるようなことはないの?」

「確実にどうとは言えないけどな。飛んでいる時にセトの邪魔をしたりすれば、それこそすぐに叩き落とされるだろうし」


 そんな風に話していると、やがてこの冒険者達を率いている男が口を開く。


「それで、問題はこれからどうするか、だ」

「どうするかって? 何かあるの?」


 冒険者の一人の問い掛けに、男は頷きを返す。


「レイとセトと……もう一人、セトにぶら下がっていたのが誰なのかははっきりと分からないが、多分ここ暫くレイと組んでいるという女冒険者だろう」

「ああ、あのとんでもない美人の……一晩でいいからお相手して欲しいな」

「さいてー」


 リザードマンから逃げ切ることが出来て安堵したのだろう。男の一人が呟いた言葉に、女冒険者は軽蔑を目にして告げる。


「うるせえ。命からがら逃げ出したんだ。それなら女を抱きたくなっても仕方がないだろ。ああ、安心しろ。俺も抱く相手は選ぶからな。お前みたいに狂暴な女はごめんだ」

「な、何ですって!? よくもそんな事を……許さないわよ!」

「落ち着け、お前等。無駄に話を逸らすな」


 言い争いを始めた二人の冒険者に注意をすると、男は改めて口を開く。


「それで、これからどうするか、だ。まぁ、レイが来たんだし、リザードマンに勝ち目はないだろ。なら、助けて貰ったんだし挨拶くらいはした方がいいと思うんだが」

「でも……まだリザードマンが残っている可能性はありますよ」


 また別の冒険者が告げるが、レイという人物の強さを知っている男の中に、そんな心配は存在していない。


「安心しろ、ベスティア帝国の軍隊ですら一網打尽にする力を持っているレイだぞ? リザードマン程度……それもあのくらいの数、どうとでもなるだろ」


 逃げるのに必死だったので、しっかりとリザードマンの数を数えた訳ではない。

 だがそれでも四十匹程度で、百匹いないというのは見て分かっている。

 そんな相手に、レイが負けるとはどう考えても有り得なかった。

 他の冒険者達も殆どが同じ意見であり、結局そのまま全員はリザードマンが戦っているだろう場所へと戻るということになる。

 そうして、戻った冒険者達が見たのは……


「うわ、悲惨」


 誰が呟いた一言なのかは、誰も分からなかった。

 だが、そう言って然るべき光景が、今目の前には広がっていたのだ。


「ほら、どうしたの? それで終わり? もっと鋭い一撃を放てるでしょう!?」


 ヴィヘラは叫びながら、必死に槍を突き出すリザードマンリーダーの攻撃を捌いていく。

 普通の冒険者なら捌くことも難しいだろう連続突き。

 また、突きの中には時折尻尾を使った攻撃も混ざる。

 だが、その全てをヴィヘラは回避し、逸らす。

 それどころか、攻撃の合間にカウンター代わりにリザードマンリーダーの身体に軽く拳を放つ。

 その一撃は、とてもではないがリザードマンリーダーのダメージにはなっていない。

 しかし……それは、ヴィヘラが本気になれば瞬く間に自分が大きなダメージを受けるということを、リザードマンリーダーに思い知らせることとなっている。

 ヴィヘラの一撃で骨を折り、爪で皮膚と肉を斬り裂かれ、それどころか軽く手を触れられただけにも関わらず意識を失ったリザードマン達を、リザードマンリーダーはその目でしっかりと確認しているのだから。

 自分の配下が、瞬く間に……それこそ一方的に蹂躙する光景を目の前で見せられ、その上で自分の放つ槍の攻撃が一切通用しない。

 そうして弄ぶように拳を身体に当てられる。

 ……そんな真似をされ続けること、数分。

 戻ってきた冒険者達は、ヴィヘラと戦っているのが自分達を襲ってきたリザードマンを率いていたリザードマンリーダーの一匹であるというのを十分に承知していながら、それでも哀れに思わざるを得なかった。

 それ程、現在ヴィヘラがやっていることは、冒険者達から見て残酷な行為にしか見えない。


「シャアアアァァアッ!」


 自分が弄ばれているというのは、リザードマンリーダーも理解しているのだろう。苛立ちも露わに、再び槍を振るう。

 人間から見れば、リザードマンの表情というのは全く理解出来ない。

 だが、それでも今の冒険者達から見ても、リザードマンリーダーの表情は苛立ちと焦りに染まっているのだろうというのは想像出来た。


「シャアアアァッ!」


 鋭い呼気と共に、リザードマンリーダーの持つ槍が突き出される。

 だが、ヴィヘラはその一撃を容易く回避し、次の瞬間にはリザードマンリーダーの鼻へと軽く拳で触れた。

 殴るのではなく、軽く触れるという行為。

 これまでにも幾度となく行われて来たその行為は、リザードマンリーダーの心を完膚なきまでにへし折った。

 がらん、と。周囲に金属音が響き渡る。

 その音の出所は、一瞬前までリザードマンリーダーが持っていた槍が地面に落ちた音。

 リザードマンリーダーにとっては、自分の強さを象徴する筈だった槍だが……目の前にいる相手にはどうやっても勝てないと理解したが為に戦意を喪失したのだろう。

 だが、その光景を見ている冒険者達とレイが驚いたのは、次にリザードマンリーダーが取った行動だった。

 仰向けになって地面に寝そべり、腹をヴィヘラに向けて差し出したのだ。


「……え?」


 果たして、その間の抜けたと表現してもいいような声は、誰の口から漏れたのか。

 それを疑問に思いながらも、レイは唖然とした様子で腹を見せているリザードマンリーダーを眺めていた。

 それが何を意味しているのかというのは、レイも知っている。

 相手を完全な上位者と認めた場合に取られる行為……服従のポーズだ。

 だが、それは普通犬が行うものであり、少なくてもリザードマンが……いや、リザードマンの上位種のリザードマンリーダーが行うべき行為ではない。


(というか、何で犬の服従のポーズをリザードマンリーダーが知ってるんだ? もしかして、リザードマンは犬を飼ってたりするのか?)


 あまりにも予想外の光景に、レイは半ば現実逃避気味にそんなことを考える。

 そして、リザードマンリーダーに服従のポーズを取られて困っているのは、ヴィヘラもまた同様だった。

 いや、目の前で自分より大きな……身長二mを超えている大きさのリザードマンリーダーが服従のポーズを取っているのだから、その困惑はレイや冒険者よりも余程強いだろう。


(もしかして、こちらの油断を誘っているのかしら?)


 油断せずに構えながら内心で呟くヴィヘラだったが、手には何も持たず、完全に仰向けになっているリザードマンリーダーがこの状況から何が出来る訳でもない。

 つまり、目の前のリザードマンリーダーは完全にヴィヘラに対して降伏をしている訳だ。


「……レイ、どうしたらいいと思う?」


 今まで覚えのない出来事に困惑したヴィヘラは、困ったような視線をレイへと向ける。

 その視線を向けられたレイも、このような状況は全く想定していなかった。

 だが同時に、今の光景はある意味でテイムに近いものがあるのではないかという思いもある。

 元々テイマーがモンスターをどうやって従えるのかというのは、それぞれのテイマーによって違う。

 そう考えれば、今のヴィヘラとリザードマンリーダーの関係はこれもまた一つのテイマーの形と見ることも出来る。


「そのリザードマンリーダーはヴィヘラに降伏しているんだから、ヴィヘラがどう思うかだろ? もしそのつもりなら、そいつを従魔としてもいいだろうし」

「……従魔、ね」


 小さく呟き、ヴィヘラの視線が仰向けに寝転がっているリザードマンリーダーへと向けられた。

 少し迷った様子ではあったが、やがてヴィヘラはリザードマンリーダーからそっと視線を逸らす。


「行きなさい。降伏した相手を殺すような真似はしたくないわ。……けど、今度人間を襲うような真似をしたらどうなるか、しっかりと覚えておくことね」


 そう告げるヴィヘラだったが、当然ながらリザードマンリーダーは人間の言葉を理解は出来ない。

 だがそれでも、自分がヴィヘラに従わなくてもいいと言われているのは、何となく理解出来た。

 それが理解出来たのは、ヴィヘラに徹底的にプライドをへし折られ、目の前の人物には自分は絶対に勝てないと理解している為だろう。

 だからこそ、何となくではあるが何を言っているのかが分かった。


「シュー……」


 腹を見せた服従の姿勢から、少しだけ……そう、少しだけ残念そうな鳴き声を上げながら、リザードマンリーダーは立ち上がる。

 服従のポーズを取る際に地面へと落とした槍を拾い、そのままヴィヘラを一瞥すると去っていく。


「何も言わなくていいのか?」


 どことなく悲しそうな様子のリザードマンリーダーを見ながら、レイはヴィヘラへと告げる。

 だが、ヴィヘラはもうリザードマンリーダーには興味がないと、視線を逸らすことにより、態度で示していた。

 何故か少しだけ寂しそうなリザードマンリーダーは、槍を手にヴィヘラの前からいなくなる。

 ……数年後、この辺りでモンスターに襲われている冒険者が何度かリザードマンリーダーに助けられるということが何度も起こり、最終的にギルムの冒険者達と友好的な関係を築くことになるのだが……それは未来の話。


「あの……」


 自分達の前から去ったリザードマンリーダーを見送ったレイとヴィヘラ、そして少し離れた場所でリザードマンの肉を食べているセトに、声が掛けられる。

 それが誰の声なのかというのは、考えるまでもなく分かった。先程までヴィヘラとリザードマンリーダーの戦いを見ていた冒険者達だ。


「うん? どうした?」

「レイさんですよね。その、助けてくれてありがとうございました」


 リーダー格の男がそう告げると、他の冒険者達も揃って頭を下げる。


「別に気にする必要はないわよ。リザードマンの討伐依頼は私達が引き受けたものだし」


 レイの側にいたヴィヘラが、そう言葉を返す。

 少し面白くなさそうなのは、リザードマンリーダーが理由なのか、それともこうしてレイと一緒にいるところを邪魔されたのが理由なのか。

 ともあれ、そんなヴィヘラの言葉に少し気圧された様子の男だったが、それでも何とかその場で踏ん張って口を開く。


「それでも、助かったのは事実です。まさか、こんな場所でリザードマンの群れに襲われるとは思ってもみませんでしたし」

「……そんなものか? まぁ、どのみち出来るだけ早くここから離れた方がいい。俺達はリザードマンの死体を回収するから残るけど」

「はい、分かりました。……では、気をつけて下さいね」


 そう告げ、男達は去っていくのだった。

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