第1169話

 夏の日射しが降り注ぐ中、レイはセトに跨がって空を飛んでいた。

 入道雲を眺めながら、レイは口を開く。


「そっちは問題ないか!?」


 それなりに風が強い為、少し大きめに叫ぶ。

 そんなレイの声に、セトの下から声が聞こえてくる。


「大丈夫、今のところは問題ないわ!」


 そう、レイと一緒にリザードマンの群れの討伐依頼を受けた、ヴィヘラの声が。

 レイ以外を背中に乗せると飛べないセトだったが、巨大な熊の死体をぶら下げていたり、ゴブリンの群れに襲われたヘスターをぶら下げたりといったことは可能だった。

 それを聞いてヴィヘラが提案してきたのが、この方法。

 もっとも、そこまで特別なことをしている訳ではない。

 ヘスターは両肩をセトの前足に掴まれてぶら下げられるといった風に移動していたが、ヴィヘラはセトの右前足に自分の手で掴まっているだけだ。

 勿論もし落ちた時に備えてセトの足とヴィヘラの手は紐で結んであるのだが、それでも普通ならこのような真似をしたいとは思わないだろう。

 だが、それを嬉々としてやるのがヴィヘラなのだ。

 レイと共に受けたリザードマンの群れの討伐依頼だったが、馬車で移動しても、馬に乗って移動しても、どうしてもセトの速度にはついていけない。

 そんなヴィヘラが提案したのが、この方法。

 これなら傍から見てもみっともなくは見えないし、何よりいざとなればセトに頼んで離して貰わなくても、自分の意志でセトから離れることが出来る。

 勿論スレイプニルの靴を持っているレイのように、空高くから飛び降りるという真似をする訳にはいかない。

 だが、それでもいざという時に自分の意志で離れることが出来るというのは、ヴィヘラにとっては助かるものだった。


(空高くから見る景色が、これ程に素晴らしいとは思わなかったわね)


 セトの前足にぶら下がりながら、ヴィヘラは改めて地上を見る。

 そこにあるのは、一面に広がる緑の絨毯。

 春と夏、年の半分は見ることが出来る景色だったが、それでもヴィヘラにとっては十分に見応えのある景色だった。


(飛竜に乗ってる竜騎士達は、いつもこんな光景を見ているのかしら? それは少し羨ましいわ)


 そうして空中を飛んでいた二人と一匹だったが、ギルムから十分程の位置――セトの翼で十分なので、かなりの距離がある――で、ようやく目標のリザードマンの群れを発見する。

 発見したのだが……


「何でもう戦いになってるんだ?」


 レイが、地上を見ながら呟く。

 ……そう、現在地上ではリザードマンの群れが冒険者と思しき集団と戦闘になっていたのだ。

 本来ならリザードマンの群れの討伐依頼はレイとヴィヘラが受けた依頼だった。

 依頼を受けてから打ち合わせという名の食事――レイとしてはおやつ――をしたが、それでもセトの速度を考えれば普通に馬を全速力で走らせるよりも、尚速い。

 にも関わらず、こうして来てみれば既に戦闘は始まっていた。


「どうするの?」


 セトの足にぶら下がりながら尋ねるヴィヘラに、レイは数秒だけ考えるも、すぐに決断して口を開く。


「元々この戦いは俺達が引き受けたものだ。だとすれば、今戦っている奴等が勝手に戦っているってことになる。なら、俺達が戦闘に参加しても文句ないだろ?」

「それはそうでしょうけど、下手をすればあの冒険者達とも揉めるわよ?」

「こっちは依頼を受けたっていう大義名分があるしな。それでも向こうが……いや、違うな」


 言葉の途中で切ったレイは、視線をリザードマンの群れと戦っている冒険者達の方へと向ける。

 何とかこの場から離脱しようとしているのだが、リザードマンの群れがそれを許さない。

 つまり、自分達から好んでこの群れに戦いを挑んだのではなく、不意の遭遇なのだということだろう。


(それにリザードマンリーダーが二……いや、三匹か? あの冒険者達を包囲しようとしてる)


 リザードマンリーダーが率いる群れの数は、十匹強で、合計して四十匹程。

 ゴブリンの百匹に比べると大分少ないが、リザードマン単体での能力はゴブリンとは比べものにならない。

 勿論群れは全てが同じという訳ではなく、その群れを率いるモンスターによって様々だ。

 数十匹のゴブリンを率いているゴブリンリーダーがいれば、百匹近いリザードマンを率いているリザードマンリーダーがいてもおかしくはない。

 そんな中で、このリザードマンを率いているリザードマンリーダーは標準的と言ってもよかった。


「じゃあ、俺はあの冒険者達を正面から襲っている群れのリザードマンリーダーを倒す。ヴィヘラは?」

「そうね。じゃあ、冒険者の左側の群れのリザードマンリーダーを貰おうかしら」


 セトの背に跨がっているレイからは、ヴィヘラの顔は見えない。

 だがそれでも、ヴィヘラが笑っているのだろうというのは間違いなく想像出来た。


「じゃあ、セトは右側の群れを頼むな」

「グルルゥ!」


 短い……本当に短い打ち合わせを済ませると、レイはそのまま狙っている群れの真上まで移動して貰い、無造作にセトの背から飛び降りる。


「じゃ、先に行くぞ」


 ヴィヘラの横を通り抜けながらそう呟くと、ヴィヘラは一瞬だけだが驚きの表情を露わにする。

 スレイプニルの靴を持っているのは知っていたが、それでもこうして高い場所……上空百mの高度から飛び降りるとは思ってもいなかったのだろう。


(そう言えば、この高さから飛び降りる光景を見せたのって初めてだったか? いや、前にも見せたような覚えがあるけど。この高度から飛び降りるのは何度もやってるから、もう覚えてないな)


 驚きの表情を浮かべていたヴィヘラの顔を思い出しながら、レイは空中を落下しながらミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す。

 幸い、敵は強いといってもリザードマンでしかない。

 レイにとっては、多少強いかもしれないが強敵という認識はなかった。

 だからこそ、こうして二槍流の準備を整えていた。

 また、デスサイズだけを使って攻撃するよりも、単純に手数が多くなるという理由もある。

 そうして地上へと向かって落下していきながら、スレイプニルの靴を何度か使用して位置を整える。

 落下目標地点は、当然ながら他のリザードマンと比べると身体の大きいリザードマンリーダーの真上。

 ゴブリンリーダーを倒した時のように、一撃でリザードマンリーダーを仕留めるつもりだった。

 右手に握ったデスサイズの一撃を振るおうとし……その瞬間、どのような理由からかレイには分からなかったが、リザードマンリーダーはその攻撃を察知し、手に持っていた長剣を素早く頭上へと掲げる。

 普通の一撃であれば、もしかしたら防ぐことが出来たかもしれない。

 だが、不幸なことに今回攻撃を行ったのは、とてもではないが普通と表現出来る相手ではなかった。

 右手一本で振るわれたデスサイズの一撃は、魔力を流していないにも関わらずあっさりとリザードマンリーダーが手にしていた長剣の刃を斬り裂き、同時に頭部から幹竹割りにした。

 身体が左右に分かれ、切断面から内臓が零れ落ちながら、真っ二つにされた身体は地面へと崩れ落ちる。

 そんなレイの攻撃は、周囲のリザードマン達には理解が出来なかった。

 突然真上から落ちてきたのだから、それも当然だろう。

 まさに完全な奇襲……電光石火と呼ぶのに相応しい一撃。

 目の前で見たそんな光景に、リザードマン達の動きが一瞬止まる。

 そしてレイが次の行動を起こすには、その一瞬で十分だった。


「飛斬っ!」


 周囲にいるのは敵のリザードマンだけ。

 そうである以上、味方に被害を出さないようにと考える必要はない。

 振るわれるデスサイズから斬撃が飛び、リザードマンの一匹の首を切断する。

 同時に左手に握られていた黄昏の槍で左側にいたリザードマンの頭部を砕く。

 そのまま手元に引き戻した黄昏の槍で横薙ぎの一撃を放とうとし……周囲に金属音が響き、それを生み出したレイは微かに眉を顰める。

 黄昏の槍を勢いよく手元に引き戻した為、その勢いにより黄昏の槍の柄と、デスサイズの柄がそれぞれぶつかったのだ。

 だが、焦ったのはあくまでも一瞬。

 次の瞬間には、デスサイズで近くにいるリザードマンの一匹を胴体から切断し、黄昏の槍でもう一匹のリザードマンの頭部を砕く。

 ここまでされ、ようやくリザードマン達は我に返ったのだろう。レイへと向かって一斉に襲い掛かってくる。

 その中には、当然リザードマンリーダーの仇討ちをと狙っている者もいるだろう。

 そんなリザードマン達の攻撃に、レイはこれ見よがしにデスサイズを振るうことで牽制の一撃を放つ。

 ……普通であれば、デスサイズを振るっただけでもそこまで脅威には映らないだろう。

 だが、レイの場合は話が違う。

 現に、先程デスサイズの刃から放たれた飛斬がリザードマンを一匹仕留めているのだから。

 それだけに、リザードマンもレイの一撃を警戒せざるを得ない。


(へぇ、ゴブリンやコボルトと違って、敵とみればすぐに襲い掛かってくる訳じゃないんだな。……最初はともかく)


 ゴブリンはともかく、コボルトは勝ち目のない相手に挑んでいると分かっていても自分に攻撃を仕掛けてきたことを思い出しながら、レイは少しだけ意外そうな表情を浮かべた。

 そのまま自分を包囲しているリザードマン達を眺めながら、ふと視線を他のリザードマンの群れへと向ける。

 セトは既にリザードマンリーダーを倒しており、残りのリザードマンを蹂躙していた。

 セトの前足が一振りされると、リザードマンの手足が吹き飛び、中には胴体を半ばを喪失し、頭部を砕かれている者もいる。

 クチバシの一撃は容易にリザードマンの鱗を貫き、体当たりは一撃で命を奪うようなことはないものの、数m程も吹き飛ばす。

 スキルこそ使っていないものの、リザードマン達は一方的にセトに蹂躙されていた。

 セトは心配ないだろうと判断したレイは、ヴィヘラの方へと視線を向ける。

 そこではリザードマンを相手に拳や足を振るっているヴィヘラの姿。

 リザードマン達に指示を出すリザードマンリーダーに手を出していないのは、レイのような奇襲の一撃で倒すのではなく、正面から戦いを挑みたいからだろう。

 もっとも、それは正々堂々と戦う……という訳ではなく、ただ純粋にヴィヘラが戦いを楽しみたいというだけの話なのだが。

 だが、それがどのような思惑からの行動であろうと、リザードマンリーダーの意識がヴィヘラへと向けられているのは間違いない。

 この場にいたリザードマンリーダーのうちの二匹は既に死に、残りもう一匹もヴィヘラから目を離すことは出来ずにいた。

 結果として、リザードマンの群れに襲われていた冒険者達はそれ以上攻撃を受けることはないまま、その場を離脱することに成功する。


(ま、取りあえずこれなら向こうの冒険者達も大丈夫だろ。そうなると、後はこのリザードマン達を倒せばいいだけだ)


 デスサイズを大きく振るって牽制し、その動きに一瞬動きを止めたリザードマン達の中にレイは突っ込む。

 長柄の武器を……それも両手に一本ずつ持っている状態で、自ら間合いを詰めるのは、本来なら自殺行為以外のなにものでもない。

 長柄の武器で最も攻撃力が高いのは、当然ながらその先端……槍では穂先、ポールアクスでは斧の部分といった具合になる。

 しかし、間合いを詰めれば当然そのもっとも攻撃力の高い場所での攻撃は不可能だ。

 だが……レイの身体能力は、そんな常識を容易に覆す。

 振るわれたデスサイズと黄昏の槍の柄は、周囲のリザードマンの腕や胴体の骨をへし折りながら吹き飛ばしていく。


「シャーッ」


 リザードマンの口から悲鳴が上がり、吹き飛ばされていく。

 そうして近づいてきたレイに脅威を覚えたのだろう。リザードマン達はそれぞれが素早く後ろへ下がろうとし……だが、当然ながらレイはそんな隙を与えない。

 次々に振るわれるデスサイズと黄昏の槍の一撃は、問答無用でリザードマンの命を奪っていく。

 そのまま数分もしないうちに、その場に残っていたリザードマンは全て大地に倒れ伏していた。

 四肢や尾、頭部……その全てが残っているリザードマンの姿は殆どなく、周囲には強烈な鉄錆の……血の臭いが広がる。


「……ま、こんなんものか」


 デスサイズと黄昏の槍をそれぞれ振って、刃に付着していたリザードマンの血を振り払い、呟く。

 一応リザードマンが生きていて、死んだふりをしているのではないかと注意深く見回すが、幸いなことに既に生きているリザードマンの姿はない。


「さて、向こうはどうなってる?」


 セトとヴィヘラの戦いが行われている方へと視線を向けるのだった。

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