第1172話
リザードマンリーダーの魔石を吸収したレイとセト、それを見守っていたヴィヘラの二人と一匹は、リザードマンの死体全てをミスティリングに収納すると、そのままギルムへと向かう。
当然ながら歩いて移動するのではなく、セトに乗って空を飛んでの移動だ。
ギルムから出発した時のように、セトの右足にはヴィヘラが掴まっている。
(セトが掴んでいるのと、ヴィヘラが掴まっている。空を飛ぶという結果としては同じだけど、自分の意志がそこにあるのかどうかってのは重要なんだろうな。……まぁ、それが出来るのはそんなにいないけど)
地上に広がる緑の絨毯を眺めながら、レイは自分の下……正確にはセトの下にいるヴィヘラのことを思う。
ある程度の時間、片手でセトにぶら下がっていることが出来るだけの握力の持ち主。
それでいて、セトの右前足を握っていることに痛みを感じさせないようにする繊細さ。
いざという時に自分を助けてくれると、セトを信じることが出来る強い信頼感。
他にも色々とこうして空を飛ぶのに必要な要素はあったが、ヴィヘラのようにその全てを満たせる人物というのはそう多くない。
もっとも、そこまで考えた時にレイの脳裏をミレイヌとヨハンナの顔が過ぎったのだが。
セトを愛でることに命を懸けている……それこそ、セトが欲するのであれば、白金貨どころか光金貨すらどうにかして入手してしまいそうな二人の女冒険者。
そんな二人の姿が脳裏を過ぎり、恐らくヴィヘラがセトに掴まって空を飛んだと聞けば、自分達も空を飛びたいと言ってくるのは間違いがない。
そう考えれば、これからギルムに戻ってから何が起きるのかというのは容易に想像が出来る。
(いや、セトに乗って飛ぶとかよりも、上位種が次々に現れている問題をどうにかする方が先だとおもうんだけどな)
ゴブリンリーダーやコボルトリーダー、リザードマンリーダー。そしてまだレイは遭遇していないが、オークリーダーといったように、幾つもの種族の上位種。
それぞれの種族に上位種が現れるだけであれば、そう珍しい話ではない。
だが、こうも一度に各種族の上位種が現れるというのは、明らかに何か作為的なものが感じられた。
(今はまだリーダー系の上位種だから対処するのも難しくないけど、これがジェネラルとかメイジとか……ましてやキングといった上位種が出てくれば、ちょっと洒落にならないぞ)
オークキングが率いる一つの群れですら、ギルドで緊急依頼により討伐隊が結成されたのだ。
それが、他にも幾つもの種族が同時にキングが生み出されることになれば……それは、明らかにギルムにいる冒険者だけでどうにか出来ることではなくなってしまう。
(まぁ、オークキングが率いる群れを討伐したのは、女を襲うというオークの繁殖方法にも問題があるんだろうが。そうなれば、他に危ないのはゴブリンか)
オークとゴブリンは、共に人間……とは限らないが、他種族の女を使って繁殖する雄しか存在しない種族だ。
それだけに、最も数が多く、それでいて基本的に――冒険者のような例外もあるが――戦闘力が低い人間というのは、これ以上ない獲物だ。
だからこそ、ゴブリンやオークは見つけ次第殺すことが推奨されている。
……もっとも、オークの場合は純粋にその肉が同ランクのモンスター以上に美味だというのもあるのだが。
「レイ、見えてきたわよ!」
セトの背の上で考えていたレイが、下から聞こえてきたヴィヘラの声で我に返る。
地上へと視線を向けると、少し離れた場所にはギルムの姿があった。
それを確認したレイは、そっと自分が跨がっているセトの背を叩く。
セトも、それでレイの意志を理解したのか、すぐに地上へと降りていった。
ギルムへと向かって街道を歩いている商人や冒険者、またはそれ以外の旅人といった者達がいるのだが、そのような者達の殆どがセトの存在を既に知っている。
だからこそ、セトを見ても驚いて騒いだり、逃げ出すような者は殆どいなかった。
初めてギルムに来たような、ほんの少数の者達はそれでも騒ぎそうになるが、すぐに周囲にいる者達に説明されて多少なりとも安堵する。
ここで完全に安堵することが出来ないのは、やはりまだグリフォンという存在が従魔になっているとは思えないからだろう。
そんないつもの光景に、レイは特に何を気にするでもなく地上へと着地する。
当然セトの足に掴まっていたヴィヘラも、地上が近くなってきた時点でセトの足を離し、同時にセトに結びつけていたロープも解いて着地していた。
一連の動きはこれ以上ない程にスムーズに進み、見ている者達の多くを驚かせる。
「それで、これからどうするの? まずはギルド?」
「だろうな。リザードマンリーダーの群れを倒したって報告をしないといけないし。……ああ、それと冒険者が襲われてたってのも一応報告した方がいいか」
「でしょうね。まぁ、私達が何も言わなくてもあの冒険者達が報告するだろうけど」
短く会話を交わしながら、レイとヴィヘラ、セトの二人と一匹はギルムの正門で手続きを済ませ、街の中へと入るのだった。
ギルドへと戻ってきたレイとヴィヘラは、いつものように入り口でセトと別れ……るよりも前に、何故か――もしくは当然のように――そこで待ち受けていたミレイヌとヨハンナの二人にセトを連れていかれた。
セトが嫌がっておらず、寧ろ喜んでいたということもありレイはそのままセトを二人に預けた。
もっとも、ミレイヌとヨハンナの二人がセトが好まないような行為をするとは思えないと安心しているからこそ、預けたのだが。
そうしてギルドの中に入った二人は、当然のようにレノラの下へと向かう。
「あ、レイ君。戻ってきたんだ」
近づくレイとヴィヘラに最初に気が付いたのは、レノラ……ではなく、その隣で書類の整理をしていたケニーだった。
この辺りは、恋する乙女の本領発揮といったところなのだろう。
自分の友人の声でレイの存在に気が付いたレノラは、レイとヴィヘラの姿を見て笑みを浮かべる。
レイとヴィヘラが腕の立つ冒険者だというのは理解していたが、それでもやはりこうして無事に帰ってきたのを見ると安堵してしまう。
「良かった、二人共無事だったんですね。それで、リザードマンの群れの方はどうでした?」
尋ねてくるレノラに、問題ないとレイは頷きを返す。
「リザードマンも、リザードマンリーダーも、きちんと仕留めた。死体を出すか?」
「いえ、緊急の件ではありませんでしたし、レイさん達が倒していないのに倒しているといったような嘘をつくとは思えませんから」
「だろうな。ああ、けどまだ討伐証明部位の剥ぎ取りとかはやってないな。死体の数が多かったから、全部纏めてアイテムボックスの中に放り込んである。……コボルトも含めてな」
コボルトリーダー率いるコボルトの群れも倒したのだが、それもまだミスティリングの中に入っている。
全てを解体し、剥ぎ取りをするとなると相当の時間が掛かることは間違いなかった。
(やっぱり、これは依頼を出した方がいいな)
以前にも同じようなことがあった為、レイは特に迷う様子もなくそう判断する。
ただし、依頼をするのは今すぐではない。
そもそも、今はモンスターの群れの件で非常にギルドが忙しくなっており、とてもではないが何十匹……百匹に届くだけのモンスターの解体や剥ぎ取りを行える冒険者はいない。
いや、ギルムで生まれて冒険者になったばかりの者であれば、まだ街の外に出るような依頼を受けられないから、そちらには頼めるだろう。
だが、解体や剥ぎ取りをしたことがないような冒険者にそんな依頼をする……というのは、明らかに解体や剥ぎ取りを失敗してしまう可能性の方が高い。
勿論ミスティリングの中に入っているモンスターの数を考えれば、多少失敗してもレイには問題がない。
解体や剥ぎ取りに失敗すれば、当然その素材は売れなくなるが……そもそも、盗賊狩りを好んでするというレイの場合、金には全く困っていなかった。
それでも、みすみす自分の入手出来る資金を減らすつもりはない。
「その、出来ればそちらは後にして貰えると……」
レノラも、レイと同様のことを思ったのか、そう告げてくる。
レイとセト、ヴィヘラという二人と一匹の戦力は、ギルムにとって非常に重要だ。
敵が……モンスターの群れが幾つも存在する以上、出来ればレイにはいつでも動けるようにして欲しかった。
それは理解しており、レイは頷きを返す。
「そのつもりだ。ただ……出来ればオークリーダーの群れの討伐依頼を受けたいけど」
レイにとって、オークというのは文字通りの意味で美味しい相手だ。
ミスティリングの中には、まだ以前オークの集落を襲撃した時のオーク肉が残っている。
だが、レイとセトの食事量は非常に多い。
そしてレイは気前よく他の冒険者達に料理を勧めることもあり、当然オーク肉もその料理の中には多く入っている。
そうなれば当然オーク肉の消費は激しく、ミスティリングの中にあるオーク肉の残りも決して多くはない。
だからこそ、出来れば今回のようにオークが大量に出没している時に補充しておきたいというのが正直な思いだった。
「オークですか。リザードマンと同じくらいの強さですが……いえ、レイさんやヴィヘラさんにはその辺、言うまでもありませんね」
純粋な能力では、リザードマンとオークは同程度の能力を持つ。
だが、オークと戦った冒険者の中には、リザードマンよりも手強いと感じる者も決して少なくはない。
その理由は、純粋にオークの女に対する欲望からだ。
その欲望がオークのやる気を漲らせ、いつもよりも手強くなる。
……それは女がその場にいなければ弱くなるということでもあるのだが。
そして冒険者の女というのは、男に比べれば少ない。
勿論極端に少ない訳ではないのだが、それでもやはり男の方が多いのだ。
ともあれ、レイにはヴィヘラという仲間がおり、オークにとってはこの上ない獲物と見られるのは間違いなかった。
「ふふっ、私に群がってくるのなら、こっちとしても歓迎するわよ? まぁ、オークジェネラル辺りならいいんだけど」
「いや、だから今回の騒動で出て来てる上位種はリーダーだけだって。オークを率いているのも、オークリーダーだろ」
ヴィヘラの言葉に、レイは呆れたようにそう返す。
それを受け、そうだった……と残念そうに呟くヴィヘラ。
「とにかく、オークの群れの討伐依頼は……」
「残念ながら、今はありませんね。少し前に一つだけオークの群れがあったのですが、そちらはエルクさん達が片付けてしまいました」
「……エルクか」
顔見知りのランクA冒険者の名前が出たことに、レイは少しだけ驚く。
ここ暫くはエルクと会っていなかったのだが、その理由はエルクの息子のロドスを治療する為にギルムにいなかったからだ。
ベスティア帝国で起こった内戦で、ロドスは最終的に意識不明となってしまった。
それを治療する為、エルクとミンはそれぞれ自分に出来る限りの行動をしており、受ける依頼も最小限に抑えていた。
そうして出来た時間で治療の為に色々な街へと出掛けていた。
「戻ってきてたのね」
レイの隣でヴィヘラも呟く。
ヴィヘラも、エルクとは全くの無関係という訳ではない。
それどころか、ロドスはヴィヘラに強い好意を持っており、そのヴィヘラがレイに好意を抱いている……というその状況が、ロドスの現状にも少なからず影響している。
「いえ、もうギルムにはいません。オークの群れをエルクさん一人で消滅させると、そのまま報酬を受け取ってすぐに出ていきましたから」
「随分と忙しいな」
「何でもロドスさんの意識を戻せるかもしれない人が王都にいるという話でしたから、王都に向かったのでしょうね」
「そうか。早くロドスの意識が戻るといいんだけどな」
レイは決してロドスと仲がいいという訳ではない。
いや、それどころかヴィヘラの件もあって嫉妬すらされている。
だがそれでも、レイはロドスをそこまで嫌っている訳ではなかった。
「そうですね。エルクさん達は非常に腕の立つ冒険者ですから」
レイの言葉に同意するように、しみじみと呟くレノラ。
実際、ギルドにとってランクAパーティ雷神の斧というのは、非常に頼りになる存在だった。
ギルムには他にもランクA冒険者や異名持ちの冒険者はいる。
だが、大抵そのような者達は一癖も二癖もある者が多く、エルクはそういう意味で非常に頼りになる存在なのだ。
勿論それ以外にも高い実力があるというのが前提条件なのだが。
「とにかく、オークの討伐依頼が入ることを祈ってるよ」
そう告げ、今回の依頼の報告や、冒険者を助けたことを報告して報酬を貰い、レイとヴィヘラはギルドを出ていくのだった。
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