第1164話
振るわれる刃がゴブリンの胴体を薙ぎ払い、傷口から内臓が零れ落ちる。
「グギャギャ!」
ゴブリンが斬られた腹を押さえつつ悲鳴を上げる。
そんなゴブリンの首を踏みつけ、骨を折りながらその冒険者が叫ぶ。
「くそっ、何匹いるんだよ! 切りがないぞ!」
「分かってるよ! けど、今は戦うしかないだろ! こいつらをギルムに近づければ、被害が大きくなる!」
長剣を持っていた男の冒険者に、鎚を手にした男が叫ぶ。
鎚にはゴブリンの血や肉片、骨片がついており、この戦いの激しさを物語っている。
戦いが激しいのは、幾つも地面に転がっているゴブリンの死体が証明していた。
このゴブリンの群れと戦っている冒険者の数は十人を超えているが、ゴブリンの数は百匹……いや、百五十匹を超えている。
冒険者達はそれぞれが戦っているが、それでも長い時間全力で戦っていれば体力を消耗していく。
これがもう少し強力なモンスターであれば、冒険者達も緊張しながら戦うだろう。
だが、今回の相手はゴブリンだ。
どうしても相手を甘く見てしまい、戦い方が荒くなる。
何人かの冒険者はこのままでは不味いと考えるのだが、だからといってどうしようもないのも事実だった。
しかし……ギルドの方も、当然その辺を考えていない訳がない。
ギルムの方から、新たに馬車に乗って冒険者達がやってくる。
「交代する! 暫く休憩してくれ!」
馬車から降り立つと弓を構え、次々に矢を放ちつつ冒険者の男が叫ぶ。
「ありがたい!」
長剣を持った男が叫ぶと、鎚を持った男が他の冒険者と共に後方へと下がる。
他の冒険者達も後方へと下がるが……そんな男達を逃がして堪るかとゴブリンが追撃しようとするが、その出鼻を挫くかのように何本もの矢が射られ、次々にゴブリンへと突き刺さった。
そうしてゴブリン達が一瞬怯んだ瞬間、馬車から降りてきた他の冒険者達が一気に前に出て行く。
同じような光景は、他の場所でも起こっている。
この場にいる冒険者達は、その殆どがランクCやDといったベテランの冒険者達だ。
それだけに、咄嗟に連携を取るくらいは問題なく可能だった。
そうしてようやく一息吐いた冒険者達は、少し離れた場所で血みどろの戦いが行われているのを見ながら溜息を吐く。
「せめてもの救いは、ゴブリン共が間抜けばかりだってことだろうな」
そう告げる長剣の男に、鎚を持った男は頷きを返す。
「ああ。目の前に冒険者がいれば、それを無視することが出来ないってのは、俺達にとっても楽なことだ」
本来であれば、前衛に出ている冒険者を何匹かのゴブリンで囲み、それ以外のゴブリンは背後で休んでいる冒険者や、弓術士達に襲い掛かってもおかしくはない。
いや、それが自然なことなのだが、ゴブリンというモンスターはそこまで難しいことを考えることは出来ない。
ただ目の前にいる冒険者を殺し、餌とするか……それが女の冒険者であれば、繁殖用に捕らえるか。そのどちらかしかなかったのだ。
だからこそ、こうして目の前に冒険者がいれば、そちらにしか意識を集中しない。
もっとも、そんなゴブリンであっても……いや、そんなゴブリンだからこそと言うべきか、矢を使って攻撃されれば攻撃した相手を探して報復をしようとするのだが。
「にしても、何だって急にこんな感じになったんだ? ちょっとこのゴブリンの量は洒落にならないだろ」
「ギルドから聞いた話だと、群れの数はそんなに多くないって話だったんだがな。他の群れが合流してきてないか?」
鎚の男が視線を向けると、その言葉通り他の場所からやって来たゴブリンの群れが冒険者達の戦っている群れへと合流している。
幾らゴブリンを倒しても、それと同じくらい……もしくはそれ以上のゴブリンが補給されてくるのだから、戦闘はいつまで経っても終わる様子を見せない。
「ちっ、出来れば俺達で倒したかったんだけどな」
呟く長剣の男の言葉は、不安というものが一切ない。
長時間戦い続けなければ、ゴブリン程度に負けるようなつもりは一切なかった。
そして相手がゴブリンであっても、これだけの数を倒せば相応の報酬は貰える筈だった。
ただ、出来ればこの群れを率いているゴブリンリーダーを倒したいというのが正直な思いだ。
ギルドから聞いた話では、そこまで群れの数は多くないという話だった。
いや、それ自体は間違っていないのだろう。
事実、ギルドが事態を把握した時の群れの数は多くなかったのだから。
問題なのは、こうして戦っている間にも次々と別のゴブリンの群れが集まってきていることか。
ともあれ、そんな群れを率いているゴブリンリーダーを倒すことが出来れば、報酬が増えるのは確実だった。
(生け捕りに出来れば一番いいんだろうけど……そんな手間が掛かって、その上危険な真似はやりたくないしな)
馬車の中にあった水筒から流し込むように水を飲み込み、パンへと手を伸ばす。
ギルドの方でも長丁場になると理解していたのか、この馬車には相応の物資が載せられていた。
「夕方になれば、もっと有力なパーティが来る。……出来れば、それまでに片付けたいよな」
今は幸いまだ日中で、ギルムに向かってくるゴブリンの群れの討伐依頼を受けたのは、ギルドで仕事を探していた者達や休日を楽しんでいた冒険者達だ。
それだけに、朝に依頼を受けてそれをこなし、ギルドに帰ってきた冒険者が援軍としてここに駆け付ける可能性があった。
勿論戦力が足りない状況でゴブリンにやられるというのは最悪の展開だったが、逆に高い戦闘力を持っている冒険者がやってきて、ゴブリンの群れを一掃するというのも、自分達の稼ぎという面では遠慮したい。
そんな風に呟く長剣の男の言葉に……鎚を手にした男は、数秒沈黙した後で口を開く。
「その期待は、しない方がいいと思う。もう、この仕事は終わりだな」
「……は?」
いきなり何を言ってるんだ、と言いたげな長剣の男は、鎚を持っている男が自分ではなく、ゴブリンとの戦いを行っている冒険者でもなく、あらぬ方へと視線を向けているのに気が付く。
その視線を追っていった男が見たのは、空を飛ぶ何か。
最初はそれが何なのか分からなかった。
かなり高い位置を飛んでいるので、地上からでは小さな点にしか見えなかった為だ。
だが、その小さな点は次第に地上へと向かっている為か大きくなってきており、それが何なのかを長剣の男にしっかりと理解させる。……させて、しまう。
「うわ、何だってあいつがこんなところに来るんだよ。しかも、俺達のいる方に」
呟く長剣の男の視界の先で、ゴブリンの後方へと回り込んだその存在の周囲に幾つもの炎球が生み出され……次の瞬間、その炎球はゴブリン達を背後から襲う。
ゴブリンの集団の背後にいたゴブリンリーダーが真っ先に狙われ、生きた松明と化して地面へと崩れ落ちる。
勿論放たれた炎球は一つではなく、次々にゴブリンへと命中しては周囲に爆炎を生み出していく。
冒険者と戦っていたゴブリン達も、背後からの爆発音には意識を奪われたのだろう。慌てたように背後を向く個体が多く現れ……次の瞬間には目を離した隙を突かれ、冒険者達により激しい攻撃を受けて命を落とす。
更に、炎球でゴブリンの後衛がゴブリンリーダーを含めて大きなダメージを受けたところで、追撃とばかりに高度を落としたその生き物……セトが、ファイアブレスを吐く。
ゴブリンを燃やすファイアブレスを吐きながら、セトは首を動かす。
そうなれば当然炎も動いていくことになり、ファイアブレスによって燃やされるゴブリンの姿は増えていく。
最初にセトの背に乗っていたレイが放った炎球とは違い一瞬でゴブリンを消し炭にする程の威力はない。
だが、それでも炎は炎だ。死ぬまでに時間が掛かる分、それだけゴブリンの苦しみが伸びてすらいた。
「うわ……レイが来たのか」
近くにいた、別の冒険者が呟く。
ことここにいたって、ゴブリンの背後から攻撃をしているのが誰なのかというのは明白だった。
ギルムの冒険者であれば……いや、ギルムではなくても冒険者なら誰もが理解していてもおかしくない相手。
もしレイのことを知らない冒険者がいれば、それはモグリの冒険者だと言われても仕方がないだろう。
それだけに、当然長剣の男も鎚の男も含め、この場にいる冒険者達は全員がレイのことを知っている。
そしてレイが来たという時点で、このゴブリンの群れは既に全滅確定だということもまた、理解していた。
「出来れば、高ランク冒険者でもレイ以外の奴が来て欲しかったな」
「……ギルドも、冒険者に被害を出して欲しくなかったんだろ」
広域殲滅といった戦い方が得意なレイだけに、ゴブリンのように数だけは多いモンスターを相手にするには最適だった。
長剣の男もそれは理解しているのだが、それはレイが来た時点で自分達の出番が既になくなってしまったことも意味している。
ゴブリンを相手にしての稼ぎなので殆ど報酬には期待出来なかったが、それでもこれだけの数を倒したとなればある程度の報酬は貰える筈だった。
そして、何よりも長剣の男を残念がらせていた理由は……
「あー……これでミーチェちゃんに俺の活躍を話してもあまり驚かれなくなってしまったな」
お気に入りの娼婦に自慢出来なくなってしまったことだった。
勿論ゴブリンを多く殺したのは事実であり、ギルムの危機を救ったと言ってもいい男の功績は明らかだろう。
だが、それでもレイとセトのもたらした圧倒的な功績の前にはどうしようもない程の差があった。
「レイと比べる方が間違ってるだろ。異名持ちで、グリフォンを従魔にしているような奴だぞ? それも、ただのグリフォンじゃない。セトだ」
そこは希少種という言葉が入るのではないかと思った長剣の男だったが、ギルムでのセトの扱いを考えればそこはセトだからという言葉の方が合っているというのは理解出来た。
それだけギルムにおいてセトの地位は高い。
……もっとも、それは普通のテイムされたモンスターのような戦力としての地位ではなく、愛玩動物としての地位なのだが。
勿論愛玩動物として扱われていても、グリフォンであることに違いはない。
その能力は非常に高く、セトを愛玩動物としか見ることが出来ない者が妙なちょっかいを掛けたりすれば、手痛いしっぺ返しを食らうだろう。
「まあ、それは分かってる。分かってるんだけど……でも、ミーチェちゃんに武勇伝を聞かせてやれなくなったのは痛いな」
心の底から残念そうにしている長剣の男の声に、鎚の男は溜息を吐く。
冒険者には娼館通いが趣味という者が多い。
だが、それでも自分の相棒は度が過ぎるのではないかと。
以前から何度か注意しているのだが、それでも効果はないので既に諦めているのだが。
それが分かっていても、やはり色々と思うところはあった。
「なら、セトが倒していたのを見ていたんじゃなくて、セトと一緒にゴブリンの討伐に活躍したって話にすればいいんじゃないか?」
「それは……そうか! そうすれば、セトに興味のある相手にも喜んで貰えるな! よし、行くぞ!」
「はいはい」
少し前まで感じていた疲労はどこにいったのやらと、鎚の男は苦笑を浮かべる。
だが、それでも自分の相棒は頼れる相手なのは間違いなく、娼館で寝物語に披露する話を作るのに協力するかと、自らの武器の鎚を手に取る。
木製の槌ではなく金属製の鎚だけに、その重量はかなりのものだ。
それだけの武器を振るえる力を持つのは、やはりギルムにいる冒険者だからこそだろう。
水を飲み、軽く食べられる果実を口にして甘みで体力とやる気を回復させた――長剣の男の方は、今夜の娼館を思い浮かべたのだろうが――二人は、そのままゴブリンの群れへと向かって行く。
「あ、ちょっ!」
馬車から少し離れた場所で矢を射っていた男が、そんな二人を見て思わず声を掛けようとするが……レイとセトが敵の背後から奇襲を仕掛けている今の状況は、まさにゴブリンの狩り時と表現するのに相応しい。
そんな状況なのだから、今のうちにゴブリンの数を少しでも減らす為に戦力が多ければ多い程いいのは事実だった。
ゴブリンリーダーが死んでしまった以上、ここにいるゴブリンも逃げ出してしまうだろう。
そう考えれば、今の二人にも戦って貰うのが最善の選択肢なのは事実だ。
(それに、自分達からこうして戦力になってくれるんだから、こっちとしては文句を言う筋合いはないか)
寧ろ助かると、そう考えながら男は弓の弦を弾く。
男の手から放たれた矢は、次々とゴブリンの身体へと突き刺さる。
本来なら自分に攻撃を仕掛けた相手に真っ先に向かってもおかしくはないゴブリンだったが、今は後方で幾つもの爆発が……そして炎が生み出されるのを見て混乱しており、そんな余裕はない。
こうして、レイとセトという特化戦力による奇襲でゴブリンの集団は混乱し、運良く逃げ出した者以外がその場で全て殺しつくされることになる。
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