第1163話

 ギルムへと戻ってきたレイ、ヴィヘラ、セトの二人と一匹は、コボルトリーダーの件を報告する為にギルドへとやってきた。

 いつものように入り口でセトと別れてギルドへ入った瞬間、中からざわめきが聞こえてくる。

 何人もの冒険者が騒いでいる姿は、あからさまに何かあったかのように見える。

 レイの隣のヴィヘラも、当然のように首を傾げて口を開く。


「何かあったのかしら。もしかして、コボルトリーダーの件が変な風に伝わっているとか?」

「どうだろうな。その割りには、森で会った三人の姿はどこにも見えないけど」


 普通であればこのような場合、自分の顔見知りの冒険者に事情を聞く。

 だが、残念ながら現在ギルドの中を見回しても、レイの知り合いの冒険者の姿は一人もなかった。

 もっとも、今はまだ日中であり、依頼を受けている冒険者が殆どだ。

 だからこそ、こうして周囲を見回しても冒険者の数は朝や夕方に比べて多くはない。

 多くはないのだが、それでもいつもの日中に比べれば、明らかに人の数は多かった。

 ……冒険者達が話しているざわめきの声が聞こえてくるのは、それだけ騒いでいる者の数が多いからなのだろう。


「取りあえず、コボルトリーダーの件を知らせた方がいいんじゃない?」

「そうだな」


 ヴィヘラの言葉に頷いたレイは、そのままカウンターへと向かう。

 だが、現在カウンターの内部では多くのギルド職員がそれぞれ忙しく何らかの作業を行っていた。

 いつもであればギルドのカウンターには受付嬢が何人も待機している。

 特にギルムは辺境で冒険者の数が多いこともあり、受付嬢を含めたギルド職員はゴーシュなどとは比べものにならない程に多い。

 だというのに、今はカウンターに受付嬢の姿はない。

 いつもであればレイを見掛けた途端に嬉しそうに声を掛けてくるケニーの姿すらなかった。


「本当に何があったのかしら。ここまで慌てるのは珍しいわよ?」


 カウンターの内部で忙しく動き回っているギルド職員の姿を見ながら呟くヴィヘラ。

 そんなヴィヘラの声が聞こえたのか、ギルド職員の内の何人かがふとヴィヘラへ……より具体的にはヴィヘラとレイの二人へ視線を向ける。


「レイさん! ヴィヘラさんも!」


 そう叫んだのは、四十代程の男のギルド職員。

 喜色満面、地獄に仏といった様子の男の言葉は、当然他のギルド職員にも聞こえていた。


「レイさん? 戻ってきたのか?」

「コボルトリーダーと戦ってたんだろう? まぁ、レイならコボルトリーダー程度、敵でもないだろうが」

「なら、彼に頼めば……」

「それはいいけど、どの方面を頼むんだ?」

「やっぱり一番離れていて、時間が掛かる場所じゃないの? セトちゃんがいるんだから、移動速度に問題はないでしょう?」


 そんな風に話している声が聞こえてくれば、また何か起きたのかとレイも納得してしまう。

 ゴブリンリーダーに、コボルトリーダー。それと似たような何かがまた起こったのではないかと。

 同時に、コボルトリーダーの件が既に伝わっているというのも理解出来た。

 ヴィヘラがレイを一瞥すると、ギルド職員に向かって口を開く。


「コボルトリーダーの件は既に伝わっているようね。それで、何があったのか教えて貰えるかしら? 何となく色々と大変なことが起きているというのは分かるんだけど」


 咎めるような声という訳ではないが、それでも絶対に無視出来ない声。

 そんな声に話し掛けられたギルド職員の内の何人かが、お互いに視線を交わし……やがて、一人のギルド職員が口を開く。


「その、実はゴブリンを始めとして、各種モンスターの集団が現れたんです」

「それは、別におかしな話ではないでしょう? 勿論昨日の今日でとなると少しおかしいけど、それでもこうしてギルドが騒ぎになるようなことじゃないと思うけど」

「いえ、それが……現在確認出来ただけでも、ゴブリン、コボルト、オーク、リザードマンその他諸々含めて幾つものモンスターの集団が、それぞれ幾つも出来上がっているようなんです」

「……何?」


 さすがにそれは予想外だったのか、ヴィヘラの横で話を聞いていたレイは驚きの声を出す。

 これが、例えばゴブリンの上位種が何匹かおり、それぞれに群れを作っているのであれば、多少驚きはするが有り得ることだと納得も出来る。

 コボルトの件を考えると、何か異常が起きているというのは理解していたが、それでもまさかこれ程色々な種類のモンスターの群れが出来ているというのは、レイにも予想外の出来事だった。

 この場合の群れというのは、そのモンスターが集まって出来た集団という意味でなく、ゴブリンリーダーやコボルトリーダーのように上位種、または希少種によって率いられた群れのことだ。

 そのような群れが幾つも存在しているというのは、明らかに危険だった。

 ギルムに集まっている冒険者の多くが腕利きではあっても、当然そこに体力の限界というものはある。

 それこそ、ゴブリンの群れにパーティメンバーの殆どを殺されてしまった、ヘスターの例を見れば明らかだろう。

 ヘスター達も、数匹……いや、十数匹のゴブリンを相手にしても、楽に勝てるだけの力を持っていた。

 だが、それが百匹近いゴブリンともなれば、体力的な問題で戦い続けることは出来ない。

 ましてや、ゴブリンは正々堂々と一匹ずつ襲い掛かる訳でもない。

 四方八方から襲い掛かって来てもおかしくはないのだから。


「それは本当なの? 何かの見間違いという訳ではなくて?」


 確認の為に尋ねるヴィヘラだったが、ギルド職員は首を横に振る。


「それぞれの群れを見て戻ってきた冒険者の方々からの報告です。まさか、皆がそれぞれ自分勝手に嘘の報告をするとは思えません。一件程度であれば、何かの見間違いという可能性もない訳ではありませんが……」


 これだけの人数が別々に報告してきたのだから、嘘ではない、と。

 そう告げるギルド職員の言葉に、ヴィヘラは頷く。

 事実、ヴィヘラもコボルトリーダーが率いるコボルトの群れを見ているのだ。

 自分の目で見たことまでをも、否定する気持ちはなかった。


「それで、群れの動きは?」

「それが……当然ですが、群れによって様々です。見つけられた周辺に留まっているような群れもいれば、積極的に移動している群れもありますし、中にはギルムから遠ざかったり、近づいてきている群れもあるとか」

「……また、随分と好き勝手に動いてるのね」


 呆れた表情で呟くヴィヘラだったが、その横で話を聞いていたレイは首を傾げる。


(こんなに大量の上位種が一気に出て来て、それぞれに群れを作ったのは、どう考えても偶然の一致じゃない。何らか……もしくは誰かの意志によるものの可能性が高い。にも関わらず、群れの行動がそれぞれで違う?)


 疑問しか残らない。

 これが、例えばゴブリンだけ、コボルトだけであれば、まだ納得出来た。

 だが、何種類ものモンスターが突然こうして上位種や希少種を生み出して群れを作るとなると、レイにも何故こうなったのかは分からなかった。


「それで……ですね。実はレイさんとヴィヘラさんに受けて欲しい依頼があるのですが」

「……ギルムに近づいている群れの討伐依頼、かしら?」

「ええ。もっとも、既に何組かのパーティには出て貰っています。幸い……という表現を使うのもなんですが、こちらに近づいているのはゴブリンの群れですから、強さとしてはそれ程でもありません。ただし、何ヶ所も、幾つもの群れが同時に来ています」

「他のパーティが出ているのなら、私達が出る必要はないんじゃない?」

「普通であればそうなんですが……」


 ギルド職員が困ったように溜息を吐く。

 その言葉通り、普通であれば問題はないのだろう。

 だが、今回の場合は完全なイレギュラーとでも呼ぶべき状況だ。

 何種類ものモンスターが上位種や希少種を生み出し、それぞれが群れを率いているのだから。

 今の状況でもイレギュラーなのだから、更に追加で何かイレギュラーな事態が起きないとも限らなかった。

 レイもそれを理解しており、少し考えた後で頷く。


「分かった、なら俺はその依頼を受けよう」

「いいの? ギルムに戻ってきたばかりなのに、毎日のように依頼を受けて」


 少しだけ心配そうな様子で、ヴィヘラが尋ねる。


「ああ、問題はない。どのみち敵がギルムに迫っている以上、こっちとしてもきちんと対処をする必要はあるだろ。それにゴブリンなら、そこまで大変って訳でもないし」

「けど、今回の件だと頭のいいゴブリンリーダーとかがいるんでしょ? だとすれば、ギルムに近づいているゴブリンもそんなモンスターかもしれないじゃない」

「そうだな。その可能性はある。けど……俺とセトが一緒にいて、それでもゴブリン程度に勝てないと思うか?」

「それは……」


 自信に満ちたレイの言葉を聞けば、ヴィヘラも否とは言えない。

 そもそも、ゴブリンの群れを相手にしてレイが負けるというのは、それこそ天地が逆さまになっても有り得ないと理解している為だ。


「……分かったわ。けど、レイだけだと心配だから私も一緒に行くわ」

「いいのか?」


 数秒前とは逆に、レイがヴィヘラへと尋ねる。

 戦いを好むヴィヘラだったが、それはあくまでも強者との戦いに限っての話だ。

 それこそ、ゴブリン程度を相手にして戦っても、ヴィヘラの戦闘欲が満たされるとはレイには思えなかった。


「ま、たまにはいいでしょ。それに、レイがギルムにいる間は私もギルムにいるんだから、この街が危険に晒されるような真似は避けたいのよ」


 そんなヴィヘラの言葉に、ギルド職員も頷きを返す。


「そうですね。基本的にギルムは自給自足でどうにでもなっていますが、それはあくまでも最低限です。……まぁ、それが出来ていない街とかも多いのですから、そう考えれば最低限だけでもどうにか出来ている方が凄いのですが」

「ええ、でしょうね。それでギルムに行くのが危険だという噂が商人達の間に流れれば、当然商人達もギルムにやってこなくなる。そうなれば……」

「物流が滞って、他の街から仕入れている色々な物は手に入れられない、か」


 ギルド職員とヴィヘラの言葉を、レイが引き継ぐ。


「はい。特に食料なんかは、結構商人達に頼っているので……」

「よし、行くぞ」


 最後までギルド職員に言わせず、レイはそう告げる。

 元々食べるのが好きなレイだけに、ギルムの食事事情が悪くなるのはとてもではないが許容出来ることではない。

 それこそ、食料をきちんとギルムに運び入れる為にゴブリンを全滅させろと言われれば普通にやりかねないくらいには。

 純粋な食料事情という意味では、本当に餓死しかねないということはない。

 ギルムは辺境であり、そこに出没するモンスターの肉を考えればそこまで酷いことにはならないはずだった。

 もっとも、ギルムの住人はその辺の街よりも余程多く、都市に匹敵する程だ。

 そう考えれば、幾ら冒険者が多くてもギルムの住人全員の分の食事をモンスターの肉でどうにかするというのは、普通であれば無理だった。

 ……普通ではない存在、アイテムボックスを持ち、遠い場所にでも素早く移動出来るレイという存在がいなければだが。


(いや、それこそいざとなったら俺がミスティリングで食料を持ってくるというのはありなのか。……最悪、他の街に移動すれば食事には困らないだろうけど、それはギルムを見捨てるってことで後味が悪いし。……うん? 食糧難?)


 そこまで考えたレイの脳裏を過ぎったのは、ゴブリン。

 正確にはゴブリンの肉を使った料理。

 今はまだ不味くて食えたものではなかったが、もしゴブリンの肉が食えるようになれば食糧難という言葉がなくなるだろう。

 そうレイが思ってしまう程、ゴブリンはいたる場所に存在している。


「……随分と急にやる気になったのね。まぁ、レイのことだから何となく理由は理解出来るだけど」


 少し呆れたようにヴィヘラが呟き、それがどのような理由から言われたのかを理解しているレイとしては、軽く肩を竦める。

 そうして肩を竦めると、言葉通りすぐにギルドを出ようとする。


「あ、レイさん。少し待って下さい。今回のゴブリンの討伐にはさっきも言いましたが、他にも冒険者が出ています。その人達を巻き込むような攻撃は出来れば避けて欲しいのですが」

「いや、お前は俺のことを何だと思ってるんだよ」


 問答無用で味方を巻き込みかねないと言っているようなギルド職員の言葉に、レイは不満そうに呟く。

 だが、そんなレイの言葉に答えたのはギルド職員ではなく、ヴィヘラだ。


「これまでにレイがやってきたことを考えれば、大体納得出来るんじゃない?」

「別に味方を巻き込んで攻撃をした覚えはないぞ?」

「そうね。けど、そういう行動をしてもおかしくないと思われているのが問題でしょう?」


 笑みと共に告げるヴィヘラに、レイは自分のこれまでの行動を……それこそ、領主や貴族であろうと平気で敵対してきたことを思い出し、視線を逸らす。


「さて。そろそろ行くか。ゴブリンであっても、数がいると苦労するからな」

「ふふっ。じゃあ、そうしましょうか」


 何故か機嫌のいいヴィヘラと共に、レイはそのままギルドを出ていくのだった。

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