第1138話

 何もない場所で喉を鳴らしているセトを見た時、レイも含めてその場にいる三人は最初セトが何をしているのか分からなかった。

 当然だろう。暗殺者のアジト……もしかしたら本拠地と思われる場所を探してこうしてゴーシュを出て夜の砂漠を移動してきたというのに、セトが足を止めたのは何もない場所だったのだから。

 もしかしたら周囲に何かあるのか? そんな風に思いつつ、ザルーストとナルサスの二人は周囲を見回す。

 だが、今いる場所から見えるのは柔らかな月光に照らし出された一面の砂漠だけだ。


「地下、か?」


 ふとナルサスが思いついて砂の上に視線を向けるが、そこに入り口のようなものがある訳でもない。

 しかしここに敵のアジトがあるとすれば、考えられるのは地下しかなかった。


「いや、けど……この中からどうやって探すんだよ? その辺もセトに探して貰うのか?」


 ザルーストが呟くが、ナルサスがそれに答えられる筈もない。

 そんな二人を見ながら、レイは一応周囲を見回して怪しいものが何もないのを見てとると、改めてセトへと視線を向ける。

 レイの視線を受けたセトは、褒めて褒めてと頭をレイの身体に擦りつける。

 セトの様子を見る限り、臭いを嗅ぎとれなくなったのではなく、本当にここが目指していた場所だと態度で示しているのは間違いなかった。


(だとすれば、ここに暗殺者達の本拠地がある筈なんだけど……どこにある?)


 頭を擦りつけてきたセトを撫でながら、レイは不思議そうに周囲を見回す。

 既にレイの中では、ここに暗殺者の本拠地があるというのは確定事項となっている。

 それだけレイのセトに対する信頼というのは強い。

 だが……そんなレイであっても、周囲を見回して暗殺者達の本拠地を見つけることは出来ない。

 ザルーストやナルサスが言ってるように、地下に本拠地があるのでは? という思いがないでもなかった。

 しかし、セトが見ているのはあくまでも地面の砂ではなく、周囲の景色だ。

 つまりセトが何かを感じているとすれば、地下ではなく地上の空間となる。


(何だ? ……俺が理解出来ないで、セトが感知出来る何か……魔力、か。だとすれば何らかのマジックアイテムとか、魔法とか、そういうので俺達から見えなくしている? 魔力……魔力か)


 内心で考えを纏めると、レイは次に取るべき手段を決める。

 しかしその手段を取る前に……もしかしたら、と一縷の望みを胸にザルーストとナルサスに向かって声を掛ける。


「一応聞いておくけど、お前達のうちのどっちかが魔力を見る目があったり、魔力を感じ取る能力があったりとか、そういうことはないか?」


 尋ねたレイの言葉に、当然のように二人は首を横に振る。


「そんな稀少な能力があれば、もっと強くなってるよ」

「ゴーシュに来る前には何人かそんな奴がいたが、俺は違うな。ダリドラ様に雇われている護衛の中にもそんな能力を持ってる者はいなかったと思う」

「そうか。となると、やっぱり俺がどうにかするしかないか。……あまり自信はないんだけどな」


 呟きながら、レイがミスティリングから取り出したのは、レイの象徴でもあるデスサイズ。

 大鎌を手にしたレイの姿に、ザルーストとナルサスの二人もそれぞれ自分の武器へと手を伸ばす。

 ザルーストは槍と長剣を使うのだが、今回は暗殺団のアジトに襲撃を仕掛けるということで手にしているのは長剣だ。

 ……まさか、ザルーストもアジトに襲撃に行くと言っていたのにゴーシュの外に出ることになるとは思っていなかったのだろう。

 ナルサスが手にしているのも、長剣。

 ただし、ザルーストが持っているのとは見て分かる程に品質が……武器自体の格とでも言うべきものが違っていた。

 この辺はダリドラから貰っている高額の報酬の賜物なのだろう。

 元々ダリドラの護衛は周辺諸国から腕利きの冒険者を雇ってきた者達だ。

 そんな中でもナルサスは護衛を纏める立場にあり、当然ダリドラから受け取っている報酬は高い。


「準備はいいな? 何が起きても決して驚いて油断するような真似をするなよ?」


 レイの言葉に、いよいよこれから起こることは並大抵ではないと理解したのだろう。二人は無言で頷きを返す。

 それを確認してから、レイはデスサイズへと魔力を流していく。

 その魔力は、それこそ一般的な魔法使いが生命を振り絞って作り出せる魔力。

 ……もっとも、レイは魔力量を隠蔽する効果を持つ新月の指輪を装備しているので、もし魔力を感知出来たり、見ることが出来る者がいたとしてもレイの行動を理解出来ないだろうが。

 一般的な魔法使いにとっては限界に近い量の魔力を流されつつも、デスサイズがどうにかなることはない。

 これがその辺にあるマジックアイテムであれば、間違いなく何らかの異変をもたらしていただろう。


「セトが見ている方向にあるのは、一見すると何もない空間。……だが、セトが感じ取れた何かがあるということは、臭いを発する何かが……そしてセトでなければ感じ取れない何かがある」


 デスサイズを振り上げながらレイの口から言葉が漏れる。

 その言葉と共にデスサイズは振り上げられ……


「同じ魔力なら、俺の魔力で……斬り裂ける!」


 その言葉と共に、デスサイズが振り下ろされた。

 死神の刃の名前に相応しく、あらゆる物を……そして者を死に導くかのような一撃。

 その一撃がもたらした効果は圧倒的なものがあった。

 本来であれば夜の月明かりに照らされているだけの砂漠の中だった筈が、不意に空間に亀裂が入ったかのようにひび割れていき……次の瞬間にはまるでガラスを落とした時のような音を立てながら、空間そのものが砕ける。

 そうして砕けた空間の後に姿を現したのは、一つの村。

 その村の前には、二十人近い人間の姿があった。

 誰もがその辺に普通にいるような人物であり、服装も冒険者が着るようなレザーアーマーのような防具ではない。

 それだけに、村の前にいる集団がそれぞれ長剣や短剣、槍、それ以外にもレイがこれまで見たことがないような武器を持っているのは、一種異様な光景だった。


「やっぱりな。……何をどうやれば、こんな集団が住む村を人の目から完全に隠すことが出来たのかは分からないが、それでもここが暗殺者達の本拠地だったってことで間違いはないらしいな」


 村そのものを隠していたのだから、まさかここが臨時のアジトな訳はないだろうと。

 そう告げるレイの言葉に、村の前にいた者の一人が前に出てくる。

 中肉中背の一般的な体格の者が多い中で、身長は二mを優に超え、二m半ばもあるその男は、明らかに異常だった。

 また、手に握られているのは鎖で、その鎖の先についているのは男の力を表すかのような直径一m近い鉄球の姿がある。


「よくここを見つけることが出来たものじゃな。儂はこの者達を率いておるレゾナンスじゃ。……じゃが、この村を見つけたからといって、それでどうする? この村を守っていた結界が破壊されるとは思わなかったが、それでもお前達が戻らなければこの村の情報が伝わることはないじゃろうて」


 レゾナンスと名乗った男は、まだ三十代から四十代程の中年と呼ぶべき外見とは裏腹に、その口調は非常に年寄り臭い。

 容姿と言動の落差に違和感を覚えつつ、レイは口を開く。


「それで、ここは暗殺者集団の本拠地で間違いないな?」

「ふむ。ここで否と口にしても、信じぬのじゃろう?」


 レゾナンスの口から出た言葉は、レイの言葉を認めるもの以外のなにものでもなかった。

 そんなレゾナンスに対し、レイは視線をセトへと向ける。


「俺の相棒がこっちを襲った暗殺者の臭いを辿ってここまでやってきたんだからな。それで違うと言われても、ちょっと信じられないな。ましてや、どんな手段かは分からないが、村そのものを隠していたとなれば尚更だ」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 自分のことをここまで信じてくれるレイは、セトにとって非常に大事な相手だった。

 信じてくれているというのは理解しているが、それを口に出すのはそれだけ重要な意味があるのだろう。


「……グリフォン、か。お主は儂等にとって、最悪の権化じゃな」


 溜息と共にそう呟くレゾナンスは、グリフォンを前にしているというのに一切の恐怖を覚えている様子はない。

 いや、それはレイと話している身体の大きなレゾナンス以外の、他の面子も同様だろう。

 レイ達の前に立っているのは、全部で二十人くらい。

 数だけで言えばレイ達よりも圧倒的に多いが、戦力的な意味では少数精鋭をそのまま形にしたかのようなレイ達の方が上だろう。

 つまり、このまま真っ正面から戦いになれば間違いなく勝つのはレイ達であると理解しているにも関わらず、それでも尚顔に恐怖の類が存在していないのだ。


(何だ? この状況で全く動揺していない? どうなっている?)


 レイとレゾナンスの話を聞きながら、ザルーストはいつ戦闘になってもいいように腰の鞘へと手を伸ばす。

 目の前にいる者達が異常だというのは、それこそこうして向かい合っていれば嫌でも理解出来た。

 それはザルーストだけではなく、ナルサスもまた同様だ。

 武器へと手を伸ばし、いつでも鞘から抜けるようにしながら二人はレイとレゾナンスの会話の行方を見守る。


「お前達にとっては最悪の存在かもしれないが、俺にとっては頼れる相棒だよ。……さて、それでだ。お前達が暗殺者だとして……何故オウギュストとダリドラの二人を狙った?」


 そこまで告げたレイは、すぐに首を振り、改めて口を開く。


「違うな。ダリドラだけなら狙われる理由は充分に分かる。色々と悪どいことをしてきているようだし。だが、何故それにオウギュストを巻き込む?」


 あまりにあからさますぎる言葉に、ナルサスの頬が一瞬だけひくつく。

 自分が護衛をしているダリドラがあくどいことをしているので、狙われても当然だというのには言い返したいことがあったのだろう。

 勿論ナルサスは、ダリドラが色々と悪どい真似をしているのを知っている。

 それこそ、砂上船を砂賊に譲渡してオウギュストを襲わせたのは、とてもではないが褒められたことではない。

 だが……そんなダリドラであっても、自分の懐に入れた人物の面倒見はいいし、何よりゴーシュの発展に寄与してきたのは紛れもない事実だ。

 だがレイにとってダリドラというのは、オウギュストと敵対している相手であり、今は一時的に手を組んでいるだけという相手でしかない。

 唯一レイがダリドラに好意を持つとすれば、それは砂上船をレイにくれたことだろう。

 ……ダリドラ本人は、別に砂上船をレイにやるつもりなど一切なかったのだが。

 寧ろ、砂賊に貸した物を奪われたという印象の方が強い。

 それでも文句を言わない……言えないのは、やはり砂賊に貸し出したというのが公になっては困るから――今でも事情を知っている者の中では公然の秘密だが――だろうし、何よりレイを敵に回したくないというのがある。

 この辺り、以前にセトやミスティリングを手に入れようとした某商会の会頭とは違うと言ってもいい。


「巻き込む……ふむ、巻き込むか。なるほど、おぬしはそのように感じておるのじゃな」


 予想外のことを言われたといったような驚きの表情を浮かべたレゾナンスに、レイは内心首を傾げる。


(何だ? まるで言われるまでは、こっちでそう考えているとは思わなかったといった感じだけど……もしかして、俺が何かを勘違いしてたのか? いや、けど実際に今までの行為を考えると)


 デスサイズを手にしたレイは、今何を言っても無駄に相手へ情報を与えるだけだと判断して黙り込む。

 そんなレイに向かって、レゾナンスは口元を笑みの形に歪める。


「なるほど、なるほど。そう言われれば、傍から見る限りではそのように見えてもおかしくはないじゃろうな。これは失敬。儂としたことが……じゃが、わざわざ情報を相手に教えると思うか?」


 笑みを浮かべたまま尋ねてくるレゾナンスに対し、レイもまた笑みを浮かべて口を開く。


「そこはほら、死ぬ前に……とか」

「くくっ、よう言うわい。お主、元から死ぬ気なぞありゃあせんじゃろ」


 心の底から溢れ出てくる笑いを押し殺すようにしながら、鉄球に繋がっている鎖を握る手に力を入れるレゾナンス。

 そんなレゾナンスに対し、レイもまた笑みを浮かべてデスサイズを握る手に力を入れる。

 じゃらり、という音を響かせる鎖をたぐり寄せながら、レゾナンスは笑みと共に口を開く。


「そうじゃな。なら、こうしようか。儂に……いや、儂等百面の者に勝ってみるがいい。そうすれば何故儂等がオウギュストをも襲ったのか……それを教えてやろう」


 そう言いながら、レゾナンスは鎖を強く引き……次の瞬間には鉄球が空中に浮き、振り回し始める。


「結局はそうなるのか。まぁ、いい。どのみち戦いになるというのは理解していたしな。……だがそう言った以上、こっちが勝ったらしっかりと教えて貰うぞ?」

「はっはっは。好きにするが……よい!」


 叫ぶと同時にレゾナンスは大きく手を振り……その動きに従うように、空中を回っていた鉄球がレイへ向かって襲いかかるのだった。

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