第1114話

「よっと!」


 そんな声と共に、サンドリザードマンの鱗付きの皮が剥がされていく。

 鱗付きということもあり、サンドリザードマンの皮はある程度の値段で売れる。

 金に困ってる訳ではないレイだったが、それでもわざわざ手に入る金を捨てるということは考えておらず、剥ぎ取りの勉強という意味もあってサンドリザードマンの皮を剥いでいた。


「グルルルゥ」


 流れる血の臭いや皮が剥がれた後のサンドリザードマンの肉を見て、セトがお腹空いたと鳴き声を上げる。

 先程オークのブロック肉を食べたばかりだというのに、剥ぎ取りの現場を見ているセトにはそんなのは関係ないらしい。


(普通剥ぎ取りの現場ってのは、慣れない奴だと吐きそうになったりするもんなんだけど)


 皮と肉の間にあるナイフを進めながら、レイは以前何度か見た光景を思い出す。

 農村のような場所で育った人物であれば、家畜を解体することも珍しくないのである程度モンスターの死体を前にしても慣れている者が多い。

 だが、いわゆる都会で育ったような者達が冒険者になった時、モンスターの解体というのは大きなショックを受けるのだ。


(現実感とかがないんだろうな。……そういえば日本でも、魚が切り身で泳いでいると信じているのがいるって話を何かで見たか聞いた覚えがあったけど)


 ふと日本にいた時のことを思い出すレイだったが、その瞬間にサンドリザードマンの皮が余分に切れてしまったのを感じ、慌ててそちらへと集中する。


「難しいよな、やっぱり。特に人型だと」


 モンスターというのは多種多様な姿をしているものが多い。

 中には猪や馬といった動物そのものの姿をしているものもいるが、それ以上に見たことがないような姿をしているものも決して珍しくはない。

 今レイが剥ぎ取りをしているサンドリザードマンもその一つだろう。大まかには人間のような姿をしているが、鱗があったり顔は爬虫類そのものであったりと、色々な面で奇妙な存在だ。

 もっとも、人間型のモンスターということであれば、レイはオークの類を始めとしてこれが初めてという訳ではない。

 その為、多少苦戦しながらも次々に解体を進めていく。

 本来モンスターを解体して素材を剥ぎ取るという行為をするには、水が必須だ、

 血や脂を洗い、臭いを取るという意味でも水が重要となる。……中には砂漠の砂でどうにかする猛者もいるのだが。

 そういう意味で、このゴーシュでは解体する場所というのは大体決まっているのだが、レイの場合は水を生み出す流水の短剣がある。

 水に困ることがないレイだからこそ、オウギュストの屋敷の敷地内で解体を行っていた。

 皮を剥ぎ、内臓の処理をし、肉を切り分け……と、二時間もしないうちにサンドリザードマン二匹の解体を終える。


「やっぱり一番大変なのは皮を剥ぐ時だよな」

「グルルゥ」


 レイの言葉に、少し離れた場所で寝転がっていたセトが同意するように頷く。

 最初はレイの解体の光景を眺めていたセトだったが、二時間近くともなれば黙って見ているのも飽きたのか、こうしてレイの側で寝転がっていた。

 それでもレイの側にいられるのは嬉しいのだろう。セトはかなり上機嫌に鳴き声を上げる。


「……ほら、取りあえずこれでも食ってくれ」


 サンドリザードマンの右腕をセトへと渡すと、嬉しそうに喉を鳴らしながら立ち上がってクチバシで突き始めた。

 そういうところを見るとグリフォンらしいと思いながら、レイは他の部位や皮をミスティリングへと収納していく。

 勿論討伐証明部位となる尾の先端は解体をする前に切り取ってある。


「グルルルルゥ」


 嬉しそうにサンドリザードマンの腕の肉を啄んでいるセトを眺めつつ、レイは最後の仕上げ……というより、ある意味これが主役である魔石の汚れを流水の短剣で洗い流す。


「さて、これで取りあえず解体はいいか」


 他にもまだ十匹近いサンドリザードマンがいるのだが、今はレイの前にある二匹以上の解体をするつもりはない。

 純粋に魔石を手に入れるだけであれば、解体して剥ぎ取りをするという流れはいらない。

 それこそ、サンドリザードマンの死体の胸を斬り裂き、そこから魔石を取ればいいのだから。

 そんな真似をしなかったのは、やはり解体や剥ぎ取りという行為の練習の為だろう。

 既にレイがこのエルジィンへとやってきてから数年が経つが、未だにレイはそれらの行為が苦手だった。


「手先が器用ならもっと上手く出来るのか? ……まぁ、いいか。こうやって続けていればそのうち慣れるだろ。……セト」

「グルゥ?」


 サンドリザードマンの肉を食べている途中だったが、セトはレイの声に素直に応じる。

 どうしたの? 円らな瞳でレイを見るのは非常に愛らしい姿なのだが、クチバシの周囲に血や肉の破片があるのを見れば何とも微妙な気持ちになってしまう。


(血抜きは十分にしたはずなんだけどな)


 もう少し血抜きをしっかりとやるべきだったかと思いつつ、レイはセトのクチバシを拭いてやる。

 それが嬉しかったのか、セトは嬉しそうに喉を鳴らしてレイへ顔を擦りつけ始めた。

 遊ぼう、構ってと顔を擦りつけてくるセトを撫でながら、レイは口を開く。


「セト、周囲にこっちの様子を窺っている奴はいないか?」

「グルゥ? ……グルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは鋭く周囲を見回す。

 聴覚、視覚、臭覚といった五感だけではなく、魔力を感じる能力も使って周囲を見回し……やがて、ピクリと動きを止める。


「グルルゥ!」


 いつものように陽気な鳴き声ではなく、鋭い鳴き声。

 それが何を意味しているのか、セトとの付き合いが深いレイはすぐに理解出来た。

 それでも慌てて周囲を見回すような真似はせず、セトを撫でながら周囲の気配を探る。

 すると数秒と経たず、少し離れた場所に潜んでいる気配を見つけ出す。

 レイとセトがいるのはゴーシュの中でも端の方にある屋敷であり、当然中央付近に比べれば周囲に人の数は少ない。

 そんな状況である以上、オウギュストの敷地の外に人がいても見咎められることはないだろう。

 門番としてギュンターがいるが、ギュンターはそこまで腕利きという訳ではない。

 勿論門番として考えれば十分に腕利きなのだろうが、この広い敷地のどこに誰がいるか……それどころか、敷地の外に誰かがいるかというのを感じ取れというのは、殆どの者には不可能だろう。


(向こうもそれを知ってこっちを探っているのか? そもそも、オウギュストの屋敷の敷地内に入ってるならともかく、敷地の外にいる以上は咎める訳にもいかないしな)


 今この状態で自分達を盗み見ている者を捕らえても、それは何の罪にもならない。

 私有地でも何でもない場所にいただけなのだから、それは当然だろう。


(となると、厩舎の中で魔石の吸収をするか? ……いや、何か俺の知らない手段でこっちの様子を見ている可能性は否定出来ない、か)


 壁を透視して中を覗けるようなマジックアイテムや、何らかの手段で遠くの場所を覗き見るマジックアイテムがあるというのをレイは知らない。

 だがそれを言うのであれば、砂上船というマジックアイテムもまたレイはソルレイン国に来るまで知らなかったのだ。

 そしてレイが世話になっているオウギュストと対立しているエレーマ商会のダリドラは、金に飽かせて高ランク冒険者を周辺の街や国から集めている。

 レイが砂賊から奪った砂上船も、元々はダリドラの所有物だった。

 それを考えれば、相手の様子を盗み見るマジックアイテムを持っていてもおかしくはない。


(まぁ、本当に遠くから俺の様子を覗き見出来るマジックアイテムがあるのなら、こうして俺の近くに潜む必要とかはないだろうけど。……いや、マジックアイテムの効果範囲が小さいとかならあるか?)


 マジックアイテムというのは、色々な意味でレイの予想外の代物が多い。

 ミスティリングやドラゴンローブ、デスサイズ、スレイプニルの靴といったようにレイが身につけている代物は常識外れの能力を持っているのだから、他にもレイには想像も付かないようなマジックアイテムがあってもおかしくはなかった。


(となると、魔石の吸収は止めた方がいいか。……にしても、最初に俺がオウギュストの屋敷に泊まった時は見張りの類がいなかったのに、何で今日に限って? ダリドラが何か考えを変えたのか?)


 疑問に思いつつ、魔石の吸収が出来ないのであれば二槍流の練習をするか、それともセトと遊ぶか……と一瞬迷ったものの、遊んで遊んでと円らな瞳を向けてくるセトには勝てず、暫くセトと一緒に遊ぶのだった。






「どういうことですか!」


 その部屋の中に怒鳴り声が響く。

 もしその人物を知っている者がその怒鳴り声を聞けば、殆どの者が怯えてしまうだろう。

 怒鳴っているのはエレーマ商会の会頭のダリドラであり、本気になれば大抵の相手はどうにかするだけの影響力を持っているのだから。

 だが……今ダリドラに怒鳴られている人物は、数少ない例外でもあった。


「入って来て最初の一言がそれか? いつも礼儀だ何だとうるさいお前にしては、珍しいことだな」


 部屋にいた人物が、特に驚いた様子もなくそう言葉を返す。

 外の気温が四十度近いの対し、この部屋の中は三十度を下回る程度の温度を保っている。

 冷房用のマジックアイテムがあってこそだが、それが出来るのもこの部屋の主が……今口を開いたこの人物がゴーシュの領主だからこそだろう。

 中肉中背の四十代程の男。顔立ちは見られない程に不細工という訳でもなく、目を奪われる程に整っている訳でもない。

 発している雰囲気も貴族の当主という覇気がある訳でもなく、いたって普通の……印象に残りにくい人物だった。

 リューブランド・サルマス伯爵。このゴーシュの領主であり、サルマス伯爵家の当主でもある。

 もっとも伯爵家と言ってもソルレイン国は小国だ。本来であれば冷房用のマジックアイテムをそう簡単に買えるだけの財力はないのだが、リューブランドにはダリドラという存在がいるからこそ出来る贅沢であった。

 執務机に座って書類を眺めていたリューブランドは、怒鳴り込んできたと言ってもいいダリドラを見ながら苦笑を浮かべている。

 悠然とした態度と見るか、何も考えていないような態度に見えるのか。それは人によって変わるのだろうが、ダリドラの目にはここに怒鳴り込んでくる原因になった報告の件もあって、何も考えていないように見えたのだろう。


「あれ程レイに手を出してならないと言ったではないですか! なのに、何故監視するような真似をしているのですか!」

「ふむ、その話は聞いたな。しかし、私はこのゴーシュの領主で貴族だ。異名持ちの冒険者であろうが、私をどうにか出来る訳がない」


 リューブランドは特に焦るような様子も見せず、淡々とそう告げる。

 それは虚勢でも何でもなく、本気で冒険者が自分をどうにか出来ない……いや、する筈がないと信じ切っている様子だった。


「な……そ、それは……言ったではないですか。あのレイという者は自らに敵対した相手であれば、貴族ですら容易に手を出すと」

「それだがな、噂が誇張されているのではないかと思うのだが。貴族というのは特別な存在なのだから。それはレイとやらも分かっているだろう」


 ダリドラは、その神経質そうな顔を盛大に顰めながら天上を見上げる。

 それ以外に何か出来ることが思いつかなかった。

 リューブランドは本気で貴族である自分がどうにかされはしないというのを信じ切っているのだ。

 それだけであれば、ただの傲慢な貴族としか見えないだろう。

 だが、このゴーシュを過不足なく治めており、無茶な税の取り立てや強引に女を連れ去るといった横暴な真似は一切していない。

 客観的に見れば、間違いなく善良な貴族に分類されるべき人物なのだ。

 だからこそダリドラもリューブランドに対して多くの金を納めており、ゴーシュを発展させる為にと協力してきたのだから。

 それでもこうして世間知らずの一面を露わにすることもあり、それによってダリドラも何度となくその後始末に追われてきた。……そう、丁度今回のように。


「もしかしたら噂は大袈裟になっているのかもしれません。ですが、それが大袈裟になっているとも限らないのですよ。正真正銘貴族に手を出したという可能性は決して否定出来ないかと」


 こうしてダリドラが急いでリューブランドの下へと押し掛けるようにしてやってきたのは、部下から報告があった為だ。

 曰く、サルマス伯爵の手の者がオウギュストの館を見張っているようだ、と。

 噂でレイの実力を知り、護衛からも絶対に敵に回してはならないと聞かされたダリドラは、当然のように顔を青くした。

 このままでは不味いと、取りあえず部下にオウギュストの館を見張っている者を強引にでも引き離すように命じてからこうして領主の館までやって来たのだ。

 だが、そんなダリドラの苦労を全く理解した様子もなく、リューブランドは口を開く。


「何でもレイとかいう者はグリフォンを従えているとか。一度、私もグリフォンを間近で見てみたいのだが……駄目だろうか?」


 その言葉を聞いたダリドラは、再び天を仰ぐことしか出来なかった。

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