第1113話

 朝日がゴーシュの街並みを照らし出す中、レイはオウギュストの屋敷……セトが住居としている厩舎の近くで、右手にデスサイズ、左手に黄昏の槍を持ちながら振り回していた。

 デスサイズだけ、もしくは黄昏の槍だけであれば見る者の目を奪うかのような演舞のように動けるのだが、それはあくまでもどちらか片方を持っている時だけのことだ。

 デスサイズと黄昏の槍を手にしている今の状況では、とてもではないが演舞と呼べるような動きではない。

 それどころか、見ている者が思わず呆れてしまうような、そんな動きだ。

 デスサイズの一撃を繰り出し、その一撃に続けるようにして黄昏の槍の一撃を繰り出そうとするが、すぐにバランスを崩す。

 殆ど重さを感じないデスサイズと、重量として考えれば普通の槍と変わらない黄昏の槍。

 どちらか片方を持っての攻撃であればバランスを崩すこともないのだが、今のように両方を同時に使うとなると非常に難しく、どうしてもバランスを崩してしまう。


「っと!」


 今もまた重量差によってバランス崩し、転びそうになるのを何とか堪える。


「グルゥ?」


 大丈夫? と喉を鳴らすセトが、心配そうにレイへと視線を向けていた。

 いつものように寝転がっているのだが、セトの顔は先程から二槍流の練習をしているレイを心配そうに見つめている。

 セトが知っているレイは、一種の天才肌に近い。

 どんなことであってもやろうと思えばすぐにでもやれるような、そんなイメージ。

 実際レイがこれまでここまで苦戦したことというのは、殆どない。

 炎帝の紅鎧や覇王の鎧を使いこなすにも結構苦労したが、今の二槍流というのはそれとは比べものにならない程に苦労としている。

 だが、それも仕方がないのだろう。覇王の鎧は実際に目の前で使って見せてくれた者がいたし、炎帝の紅鎧はその覇王の鎧の発展版でしかない。

 しかし二槍流は違う。完全にレイのオリジナルであり、レイ自身二槍流という名前で呼んではいるが、実際には槍と大鎌を片手で持って使う戦闘方法なのだ。

 ハウルが使っていた二刀流が参考になるが、それでも剣と長物の槍と大鎌では全く感覚が違う。

 武器の使い方からして、新たにレイが自分で使いこなせるようになっていかないといけないのだ。

 バランスを崩した状態から立ち上がったレイは、心配そうに自分を見ているセトに問題ないと笑みを向ける。


「心配するなって。誰もやったことがない……かどうかは分からないけど、少なくても俺が見たことがない戦い方を自分で考えないといけないんだ。苦労するのは分かりきっていたからな」


 そう告げるレイの顔には落胆した色はない。

 実際にこうして訓練をしてみて、それが非常に難しいというのは理解している。

 だが同時に、自分だけのオリジナルの戦闘方法を作り上げているというのは充実感をもたらしているのも事実だった。

 文字通りの意味で槍を二本使った二槍流であれば、これまでに使っていた者がいるかもしれない。

 事実、レイが日本にいる時に見たアニメや漫画、小説、ゲームといったものでは少数ではあるが二槍流を使っていた者がいたのだから。

 それに比べると、片手に槍、片手に大鎌という歪な戦闘スタイルをしている者というのは見たことも、聞いたこともない。

 特に大鎌が殆ど重量を感じさせないとなると、レイはそんな戦闘スタイルを取っている相手は知らなかった。


(ああ、でも片方が重くて片方が軽いってのは、日本刀と脇差しで二刀流をやっていた侍とかが参考になるのか? ……まぁ、実際の侍を見たことはないから参考にはならないだろうけど)


 一瞬だけ浮かんだ希望だったが、それはすぐに消え去る。


(それに日本刀と脇差しだと重量の差はあるだろうけど、デスサイズと黄昏の槍程に差がある訳じゃないしな)


 今のレイが苦労していることの一つに、武器の重量差がある。

 また、それ以外にも両方が長物である以上、当然のようにお互いの攻撃範囲は広く、重なってしまうことも珍しくはない。

 重なるということは、二つの武器を振るった時にお互いにぶつかり合ってしまうかもしれないということ。


「ま、その辺は慣れだろうけど」


 再びデスサイズと黄昏の槍を手にしたレイは、ゆっくりと身体を動かし始める。

 まず最初に右手のデスサイズをゆっくりと動かす。

 その軌跡を確認するように、左手の黄昏の槍を動かす。

 どちらの動きも非常にゆっくりであり、決まった流れの中にある型を連想させる。

 両手の武器を自由に動かせるように確認しながらゆっくりと武器を振るい……その動きが終わって次にレイが行ったのは、今の動きを多少ではあるが早く行うこと。

 それが終わったら、また少し早く、そして更に早く……とこなしていくのだが、ある程度の速度になった瞬間に周囲に甲高い金属音が響き渡る。


「っと!」


 徐々に速くなっていった速度ではあったが、それでもまだそれ程速いという訳ではない。

 デスサイズと黄昏の槍がぶつかり合った反発を腕力で強引に押し殺す。


「……そう言えば、俺が持ってるせいか黄昏の槍がデスサイズとぶつかっても本来の重量は感じないんだな」


 本来のデスサイズの重量は百kg程であり、幾ら黄昏の槍であってもそれ程の重量のデスサイズにぶつかってしまえば大きく弾かれてしまう筈なのだが、実際には殆ど弾かれるといったことはない。


「何気に、結構重要な発見だ」


 レイが呟き、改めて視線をデスサイズへ向けていると……不意に自分の方へと近づいてくる気配を感じ取る。

 その気配には覚えがあったし、またセトも気配を察知しているだろうに全く気にしている様子はないので、レイもまた特に身構えもせずにやって来る人物を待ち受ける。


「レイ、昼食の準備が出来たわよ。食べましょ」


 そう告げたのは、この屋敷の主であるオウギュストの妻のキャシーだ。

 昨日帰ってきた時には、レイが驚く程に泣き、そして喜んでくれた人物。

 最初はレイさんと呼んでいたのだが、今では呼び捨てに変わっていた。

 そんなキャシーだけに、レイがまた砂漠に出掛けると言えば当然反対を口にする。

 本来ならレイがそこまで気にする必要はないのだが、自分を心配してくれるキャシーのことを思えば数日程度はこうして時間を潰す必要があるだろうと判断する。

 純粋にキャシーのことを思った訳ではなく、二槍流を練り上げる必要があり、そちらで考えても丁度いいという考えがあった。

 また、料理が上手いキャシーの食事を食べることが出来るというのもポイントが高い。


「ああ、分かった。セト、じゃあまた後でな」

「グルルゥ……」


 少し寂しげにしているセトに、昼食用のオーク肉のブロックを取り出しながらそう告げる。

 焼こうか? と尋ねたレイだったが、セトは首を横に振って生で食べたいと態度で示す。

 レイとの生活で人間の食べ物に随分と慣れたセトだったが、それでもグリフォンだ。やはり時々生肉を食べたくなるのだろう。

 数秒前の寂しそうな様子は何だったのかと言いたくなるくらい、オークのブロック肉を食べ始めたセトをその場に残し、レイはキャシーと共に屋敷の中へと入っていく。


「アイテムボックスだったわよね。……便利で羨ましいわ。生肉をそのまま取っておけるんでしょう?」

「料理とかも温かいままで収納しておけるし、かなり便利だよ」

「でしょうね。食べ物の保存が出来るのであれば、安い時に買い溜めしておけるもの。ゴーシュでそんな真似をしようものなら、大抵は食べる前に悪くなってしまうわ」


 アイテムボックスという見る者が見れば何としても入手したくなるようなマジックアイテムも、主婦のキャシーにとっては食材を腐らせないで済むという一点だけが評価されていた。


(主婦の目線で考えれば、それは当然なのかもしれないけど。特にこんな砂漠だし)


 レイはドラゴンローブを着ているのでその気温の悪影響を受けることは殆どないが、そんな便利なマジックアイテムが存在する訳でもないキャシーにとって、食材の確保というのは極めて重要なのだろう。


(冷蔵庫みたいなマジックアイテムとかもあったけど、マジックアイテムだけあってかなり高価だからそれ程裕福じゃないオウギュストの家だと買えないのか。……いや、食事にはかなり金を使ってるんだし、あってもよさそうだけど)


 軽い疑問を抱きながらも屋敷の中に入ると、そのまま食堂へと向かう。

 そこには既に昼食が用意されており、門番のギュンターの姿もあった。


「おう、レイ。先に食ってるぞ」

「……せめてキャシーが来るまでは待っててもよかったんじゃないか?」


 先に食べていたのは特に不満はなかったが、それでもせめてキャシーが戻ってくるまでは待っていても良かったのではないかと思っての言葉だったが……


「いいのよ、レイ。ギュンターは門番として頑張って貰わなきゃいけないんですもの」

「ってことだ。それより、お前も早く食ったらどうだ? まぁ、お前の場合は街の外には出掛けられないんだろうが」


 キャシーの言葉に、ギュンターが意地悪い笑みを浮かべてそう告げてくる。

 料理を作ったキャシーがそれでいいのであればと、レイもテーブルに着く。

 そこにあった料理は、固く焼かれた黒パンに串焼き、香辛料がしっかりと効いたスープ。

 最初にゴーシュにやって来て食べた食事や、昨日帰ってきて食べた食事に比べると品数は少なかったが、それでもどれもしっかりとキャシーが手を加えて料理の味を上げている。

 その辺の店で食べるよりは、十分に美味い料理だった。


「……で、レイは午後からどうするの? また訓練?」

「いや、ちょっと街中に出てみようと思って……」


 そう言おうとしたレイだったが、最後まで言わせて貰えずにキャシーは口を開く。


「街は危険なのよ?」

「……一応、俺はこれでも高ランク冒険者に分類されるランクB冒険者なんだけど。異名も持ってるし」


 普通であれば、こうして言ってきてもレイがそれを聞くような真似はしない。

 だが今回の場合はキャシーが純粋に自分を心配して言ってきているのだというのを理解している為、どうしても強引に行動に移す気にはならなかった。


「それは分かってるけど、でも昨日帰ってきたばかりでしょ? もう少しゆっくりして、身体を休めてからでもいいんじゃない?」


 キャシーが心配そうに言うのは、レイの外見にも問題がある。

 見るからに背が小さく、キャシーの認識ではまだ子供と呼ぶのが相応しい大きさなのだ。

 勿論愛する夫からレイが強いというのは聞いている。

 レイは自分がきちんとこれまで生き延びてきた冒険者だという自負はあるし、事実このゴーシュにおいても……いや、エルジィンという世界全てにおいても、この数年間でレイのように波瀾万丈の生活を送ってきたような者はそう多くないだろう。

 だがそんなレイであっても、最初から自分を子供として扱っているキャシーに対してはどうにも調子が狂ってしまうのだ。

 それを分かっているのだろう。ギュンターはどこか面白そうな笑みでレイとキャシーのやり取りを見守っている。


「せめて、今日だけは家にいなさい。……いいわね?」


 なまじ善意からの発言だけに、レイもそれを断ることは出来ない。


(サンドリザードマンの剥ぎ取りとか、やっておきたかったんだけどな。……うん? いや、そうか。別に建物の中じゃなくても……あー、でも更地になっている場所でやると血とかで汚れるか?)


 少し迷ったレイだったが、結局この屋敷の敷地から出ないように言われている以上、やるべきことはそう多くはない。

 それこそ、サンドリザードマンの剥ぎ取り以外だと二槍流の練習しかない。


(けど、二槍流は今日使いこなそうとして、すぐに出来るって訳じゃない。長い時間を掛けて訓練していく必要がある)


 自分がこれから身につけようとしているのは、普通であればまず考えないような馬鹿げた行為だ。

 それこそ、普通なら思いついた時点ですぐに諦めてもおかしくないような、そんな戦闘方法。

 それだけに、少しずつ訓練して身につけていく必要があった。


「じゃあ、さっき俺が訓練してた場所でサンドリザードマンの解体をしたいんだけど、大丈夫か?」

「ええ、あそこなら何も問題はないわ」

「なら、午後からはそうさせて貰うよ。……全部を解体出来るとは思わないけど」


 現在ミスティリングの中に入っているサンドリザードマンの死体は十匹以上だ。

 それを自分だけで解体するというのは、無理ではないがかなり面倒臭い出来事でもあった。


(ま、二匹だろうな)


 取りあえず吸収する魔石を二個手に入れる為、二匹のサンドリザードマンを解体しよう。午後からの予定をそう決め、昼食を終えたレイは立ち上がる。


「今日の夕食にはサンドリザードマンの肉を提供するから、それで何か美味い料理を作ってくれると嬉しいな」

「ええ、任せておいて頂戴。腕によりを掛けて美味しい夕食を作るから」


 笑みを浮かべているキャシーを残し、レイは結局最後まで残っていたギュンターと共に屋敷を出るのだった。

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