第1112話

 ゴーシュへと近づいてくる砂上船に最初に気が付いたのは、当然ながら門の担当の警備兵達だった。

 続いてゴーシュの中へと入る手続きをしていた冒険者や商人が蜃気楼か何かではないかと疑問を抱き……だが、間違いなく真っ直ぐにゴーシュへと砂上船が向かってきているのを見ると、それぞれの行動を開始する。

 冒険者や商人は慌ててゴーシュの中に入れるように警備兵を急がせ、警備兵の方もその手続きを急ぎながら上司に砂上船が近づいてくるのを報告する。

 砂上船が近づいてくることでここまで騒ぎになるのは、やはり砂上船という存在その物が稀少だからという理由が大きいだろう。

 それだけ非常に高価であり、同時に数日前に捕らえられた砂賊が砂上船を使っていたという情報があった。

 つまり、また別の砂賊が砂上船を使ってゴーシュを襲撃して来たのではないかという思いを抱いている者が多いのだ。

 砂上船を持っている砂賊がそれ程多くいるというのはまず有り得ないのだが、数日前に実例があった以上他にも砂上船持ちの砂賊がいないとは限らない。


(くそっ、あの砂賊達から情報を聞き出せていれば!)


 警備兵の一人が、自分達に引き渡された翌日には全員死んでいた砂賊のことを思い出して歯噛みする。

 そして何とかゴーシュの前にいた冒険者や商人を街中に入れることに成功し、同時にゴーシュにいる警備兵達も正門前に集まってきた。

 ギルドの方にも連絡がいってるらしく、既に何人かの冒険者が集まってきている。


「なぁ、おい。あの砂上船って……」

「ああ、うん。多分そうだよな?」


 そんな中で、冒険者のうちの何人かが近づいてくる砂上船を見て言葉を交わす。

 それどころか、手にしていた長剣を鞘へと戻す者すらいる始末だ。

 砂上船についての情報を欲していた警備兵は、当然のように冒険者達へと視線を向け、口を開く。


「お前達、あの砂上船について何か知ってるのか?」

「え? ああ、うん。ほら、この前砂賊を捕らえた時に砂上船に乗っていたってことがあっただろ?」


 警備兵も先程自分が考えていたことだけに、すぐに冒険者が何を言っているのかを理解する。

 そして目の前にいる二人が、その時に砂賊を捕らえてきた冒険者の中にいたことも思い出す。


「なるほど、お前達はあの時の……それで、あの砂上船について何を知ってる?」

「あの砂上船……レイが襲ってきた砂賊から奪った物だよ。つまり、あの砂上船に乗ってるのはレイだ」


 冒険者の口から出た言葉に、警備兵はグリフォンを連れた冒険者の姿を思い出す。

 ゴーシュにやってきたばかりの人物だが、ランクB冒険者であり、異名持ちだという情報は既に出回っていた。

 当然だろう。それだけの冒険者であれば、それこそ戦力としては極めて強力な存在だ。

 その情報を得ておくのは、ゴーシュの警備を担っている者としては当然だった。


「あの砂上船が砂賊から奪った物なのか」


 ダリドラが持っていた砂上船を見る機会のなかった警備兵は、呆然と呟きながらも槍から手を離すことはしない。

 砂賊から砂上船を奪ったのがレイだとしても、その後また何らかの手段で砂上船がレイから奪われて砂賊の手に渡ってしまったという可能性を否定出来ないからだ。

 だが、その心配もすぐに消える。

 砂上船の甲板にグリフォンが立っているのを見た為だ。


「あ、セト」


 冒険者の一人が呟いた声に、ようやく警備兵は警戒を解く。

 そして他の警備兵や冒険者達も警戒を解き、街中へと戻っていく者も多い。

 ……中にはレイの顔を知らず、あの砂上船に乗っている者がどのような人物なのかという好奇心からここに残っている者もいる。

 そんな者達の視線を受ける中、砂上船はゴーシュの正門から百m程離れた位置で停止した。

 やがて甲板から長い板橋が地上へと伸ばされ、そこから四人の人影が姿を現す。

 四人!? と警備兵やレイを知っている冒険者達が驚く中、その四人の顔をはっきりと確認出来るようになると、冒険者の一人が叫ぶ。


「砂塵の爪の奴等じゃねえか!」


 そのパーティ名に聞き覚えのある者もいたのだろう。門の側に残っていた者の何人かが反応を見せる。

 自分達が注目を浴びているのを知ったハウルがかなり驚いた様子を見せていたが、自分達が砂上船に乗って移動してきたのを思えば理解出来ないでもなかった。

 そして自分達の後ろから姿を現したレイの姿に、正門前にいる冒険者や警備兵達が安堵するのを見て、ハウルもまたいらない面倒に巻き込まれないで済んだと安堵の息を吐く。

 ……もっとも、今の時点で十分面倒事に巻き込まれているのだが。


「ん? どうしたんだ?」


 砂漠に降り立ったレイが尋ねると、ハウルはゴーシュへと視線を向ける。

 それだけで何が起きているのかを理解したのだろう。レイは溜息を吐きながら砂上船へと触れてミスティリングに収納する。

 それを見てミスティリングの存在を知らない者達が驚愕の声を上げていたが、その反応に慣れているレイはそのまま砂塵の爪の四人と共にゴーシュへと向かって行く。

 ハウルは自分達が今回の件の矢面に立ちたくはない為にレイの後ろを進み、セトはいつものようにレイの隣を進む。


「やっぱりレイか。どうしたんだよ、砂上船でやって来るなんて」


 レイにも見覚えのある人物が、正門前にいた者達を代表してそう声を掛けてくる。


「いや、ちょっと襲われていたこいつらを助けてな。それで移動するのに丁度良かったから、こうして砂上船を使ってきた」


 オウギュストの商隊の護衛をしていた人物だったよな? とレイの中で見覚えのある人物が誰なのかを思い出すことに成功し、そう言葉を返す。


「そういうことだろうとは思ったよ。……だってさ」

「え? あ、ああ。うん。それなら問題はない。ないな、うん」


 砂上船もそうだが、その砂上船がいきなり消えたこと、そしてレイの側で呑気そうに周囲を見回しているグリフォンを見て……と、驚くべきところが多すぎたのだろう。

 レイが来た時や出て行く時に正門担当であればここまで驚くこともなかったのだろうが、不幸なことに現在正門を担当していた警備兵達は今朝からここの担当となっていた。

 勿論グリフォンを連れた冒険者ということや、砂賊を捕らえたという話は引き継ぎの時に聞いてはいたが、それでもやはり聞くのと直接見るというのでは大きく差があるということなのだろう。


「で、そろそろゴーシュに入りたいんだけど、構わないか?」


 尋ねたレイが気の毒になる程に戸惑っている警備兵だったが、それも多少時間が経てば落ち着いてきたのだろう。何とか我に返って手続きを進める。

 そうしてレイはセトと共に……そして周囲に残っていた他の冒険者と共にゴーシュの中へと入っていく。


「レイ、俺達はギルドに行かなきゃいけない。依頼の件も報告しないといけないしな」

「そうか」


 ハウルの言葉に、レイは短く言葉を返す。

 今回砂塵の爪がどのような依頼を受けていたのかレイは知らなかったが、それでも荷物の殆どを投げ捨ててサンドリザードマンから逃げていたのだ。

 討伐にしろ採取にしろ、恐らく依頼は失敗したのだろうという予想は出来た。

 だがそんなレイとは裏腹に、ハウルは特に落ち込んだ様子はない。

 依頼そのものは失敗したのだが、九死に一生を得たのは事実なのだ。

 もしレイが来なければ、自分達は間違いなくサンドリザードマンに殺されていたという確信がある。

 そう考えれば、依頼が失敗しても命が助かったのは運が良かったと言えた。


「レイには感謝している。お前がいなければ、俺達全員は死んでいた。……ありがとう」


 そう告げたハウルが頭を下げると、他の三人も同様に頭を下げる。

 依頼の失敗もそうだったが、レイのおかげで命を救われたと思えば、どうしたって感謝を感じない訳にはいかない。


「気にするなって。俺にとっても利益があったからこそやったことだ」


 実際、サンドリザードマンの件は決して悪いことばかりではなかった。

 サンドリザードマンの魔石と素材、肉、そしてトライデント。

 槍の投擲という意味では、黄昏の槍を使うようになってからはそちらを主に使っている。

 だがそれでも、使い捨てに出来る槍というのは、あればあっただけいい。

 また、サンドリザードマン以外にも砂上船をホテル代わりに使うというアイディアが思い浮かび……それ以外に一番大きな収穫だったのは、やはり二槍流について思いついたことだろう。

 これまでのレイの戦闘スタイルを大幅に変えることになるかもしれない二槍流だが、それでもレイは二槍流の可能性を捨てるつもりはなかった。

 恐らく二槍流を極めれば、これまでよりも自分が強くなるというのは確定的だった為だ。

 ベスティア帝国で戦った、ランクS冒険者不動のノイズ。……以前に戦った時はかなり手加減されているように思えたが、二槍流によって自分の力が増せばその差はかなり縮まることに間違いなかった。

 そのような収穫を考えると、砂塵の爪の四人を助けたのは労力らしい労力にはならない。

 どちらかと言えば、利益の方が圧倒的に大きかったのだから。


「それでも俺達はレイに助けられたんだ。感謝の言葉くらいは言わせてくれよ」

「そうよ。それに、同じ槍使いとしてレイの戦い方は参考に……なったような、ならなかったような……で、でも、レイの戦い方を見て、こういう戦い方もあるんだって知ることが出来たのは為になったわ」


 カルディナが言葉の途中で誤魔化すように告げる。

 レイの戦い方は勉強になったが、それと同じことをやれと言われてもとてもではないが出来ない。

 それどころか、あの戦い方はレイの身体能力あってこそのものであり、自分がそんな真似をすれば即座に死ぬことになるというのはカルディナにも理解出来た。


「取りあえず気にしないでくれ。こっちとしても十分に利益があったのは事実だし」

「……すまない。借りを返せる時がきたら、きっと返す」


 そう告げると、ハウルは再度頭を下げて去って行く。

 その後ろ姿を見送り、まだ何人か自分に視線を向けている者がいるのを眺めつつ、レイもまたゴーシュの街並みに紛れようとして……


「レイさん! はぁはぁ、やっぱりレイさんでしたか! 昨日は帰ってこなかったので、物凄く心配しましたよ!」


 息を切らしながら、オウギュストが姿を現す。

 そのオウギュストの側にはザルーストやレイが見たことがない猿の獣人の姿もあったが、三人の中で息を切らせているのはオウギュストのみだった。


「オウギュスト……悪い、心配を掛けたな。ちょっと事情があって」

「事情……さっき一緒にいた冒険者ですか?」

「ああ。サンドリザードマンに襲われているところを助けたんだけど、荷物の多くを逃げる時に捨てたらしくてな。まさかそんな状況で置いていく訳にもいかないだろ」


 正確にはゴーシュの位置を見失って迷子になったというのが正しいのだが、それは口にしない。


「……そう、ですか。そうですね。ええ、このゴーシュに住む者として、若い冒険者を助けて貰ったのには感謝します。ありがとうございました」

「いや、別にオウギュストがハウル達の保護者って訳じゃないだろ? なら、別に礼を言う筋合いは……」


 そう告げるレイだったが、オウギュストはとんでもないと首を横に振る。


「ゴーシュは……いえ、ソルレイン国は見ての通り決して豊かな国ではありません。国土の多くを砂漠に覆われており、ミレアーナ王国はともかく、周辺の国々と比べても明らかに国力が劣っています」


 そう告げるオウギュストの言葉に、周囲にいた者達は悔しげな表情を浮かべる。

 国同士の関係というのはよく分からなくても、自分のいる国が劣っているというのはそこに住む者にとって屈辱なのだろう。

 中にはその屈辱を誤魔化す為にわざと周辺の国々に対して強気に出て、その国が持っている物は本来自分の物だ。他国にある物の起源は自分達にあるといったことを告げるような国もあるのだが、幸いにしてソルレイン国はそのような国ではなかった。

 だが、それ故に自分達の国が置かれている立場というのを理解してしまうと悔しさを抱く。


「だからこそ、有望な人材は出来るだけ多い方がいいんですよ。そういう意味だと、私は失格なんですけどね」


 何を思って失格と言っているのかはレイには分からなかったが、考えられるとすれば店の規模なのだろうと判断する。

 エレーマ商会によって圧倒的に締め付けられている状況である以上、そのことを言ってるのだろうと。


「俺からも礼を言わせてくれ」


 オウギュストの側にいたザルーストもレイへとそう告げて頭を下げる。


「ハウル達と知り合いなのか? まあ、同じゴーシュの冒険者として面識はあるんだろうけど」

「ああ。あいつ等が冒険者に成り立ての頃に何度か世話をしたことがあってな」


 その言葉に、なるほどとレイは頷く。

 ハウル達が冒険者になったばかりの頃ではあっても、そうやって世話をしたのであれば気にして当然だった。

 冒険者の中にはその類の縁を大事にしない者も多いのだが、ザルーストは違ったのだろう。


「……さて、ではそろそろ家に戻りましょうか。キャシーも心配していますし。……きっと怒られますよ?」


 そう告げるオウギュストは、先程とは違ってどこか悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

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