第1092話

 甲板にいた砂賊達を縛り上げ、砂上船の中にいたおかげか王の威圧の効果が甲板にいた者よりも弱かった砂賊達が一か八かで反撃してきたのを撃退して縛り上げといった行為をし終わると、それなりの時間が経っていた。

 それでもまだ夕方にはなっていない時間帯だったので、当然ゴーシュへ向かって進むことになったのだが……ここで一つの問題が出て来た。

 即ち、砂上船がレイの物になったのは構わないが、どうやって運ぶかだ。

 ……勿論この件を問題にしたオウギュストやザルーストといった面々も、レイがアイテムボックスを持っているというのは知っていたが、常識で考えてサンドサーペントはともかく砂上船は無理だと思っていたのだろうが……レイはそんな者達に対して特に気にした様子もなく砂上船へと触れ、ミスティリングへと収納する。

 アイテムボックスという物がどういう物なのか。砂上船という巨大な物を収納したことで初めて実感として理解出来たりもしたのだが、レイ本人はいつものことと特に気にした様子もなく口を開く。


「じゃ、行くか」

「いやいや、まさかこうもあっさりとしてるとは思いませんでしたが……普通、もっと自慢するんじゃないですか? アイテムボックスなんて稀少なマジックアイテムを持っているのなら」


 ちょっと待って欲しいと言いたげなオウギュストだったが、レイは特に気にした様子もなく縛られて歩き出した砂賊達の方へと視線を向ける。

 王の威圧の効果で大部分が怪我もないままに捕縛され、偶然砂上船の中にいた者達のみが襲い掛かった結果、撃退されて怪我をしていた。

 勿論怪我をしたからといって、治療をしたりはしない。

 自分達を襲ってきた相手に対してそんな真似をするようなお人好しはここには存在しなかった。

 ロープで数珠繋ぎにさせられ、先端を馬車に結ばれて引っ張られるようにしながら砂の中を歩く砂賊達。

 その顔に浮かんでいるのは、当然のように絶望……と思ったところで、砂賊の中の何人かの顔に不敵な笑みが浮かんでいるのに気が付く。


(何だ? もしかしてこの状態から逃げる事が出来るとでも思ってるのか? いや、身動き出来ない状況で逃げられるとは……それもセトがどんな存在かをその目で直接見て、感じたんだから、それが不可能なのは分かってる筈だ)


 では、何故だ? そんな疑問をレイが抱く。


「ザルースト」


 砂の上を進みながら、レイは近くにいるザルーストへと声を掛ける。

 先程とは違い、駱駝に乗ったザルーストはセトを怖がる駱駝を何とか落ち着かせようとしながらレイの方へと視線を向ける。


「どうした?」

「砂賊の様子がおかしいと思わないか?」

「……砂賊の?」


 レイの言葉に、ザルーストは数珠繋ぎに縛られている砂賊の方へと視線を向ける。

 こうして歩いているのだからセトが放った王の威圧による効果は既に消えており、セトに怯えの表情を向けている砂賊もいるが、その中に数人、口元に笑みを浮かべている砂賊の姿もある。


「ああ、いるな。だが、何故あんなに余裕を持っているんだ? 奴等はこのままだと間違いなく奴隷商に売られる事になる筈なんだが」

「何かあるんだろうな。……一応聞いておくけど、護衛の中に砂賊と通じてる奴がいたりしないよな?」


 いない。そう断言するかと思ったレイだったが、ザルーストは即座に返事をせずに難しい表情を浮かべるだけだ。

 そしてやがて、溜息を吐いて小さく首を横に振る。


「いない……とは断言出来ない。特に今回は急な護衛の依頼だった。そのせいで新人も入っているのだから、もしかしたらその中に入っている可能性も否定は出来ない」


 ザルーストの脳裏を、護衛として一緒に行動している者達の顔が過ぎる。

 以前からパーティを組んでいる者は除外し、顔見知りであった者達は保留。そしてやはり一番怪しいのは新人の者達だった。

 勿論新人もザルーストとは顔見知りであり、ある程度の性格は理解している。だがそれでも、パーティメンバーのように深く性格を理解している訳でもなければ、顔見知りの者達のように一定以上の付き合いがある訳でもない。

 そうなると、やはり現状で一番怪しいのは新人となってしまう。

 多少なりとも顔見知りである以上、ザルーストとしては新人を疑いたくはなかったのだが……


(それでも、砂賊に襲われたのは事実だ)


 砂漠というのはその広大さ故に砂賊が標的を見つけるのはそう簡単な話ではない。

 それは例え砂上船を持っていても、だ。

 だが、砂上船を貸し与えることが出来るエレーマ商会の力があれば、新人冒険者の一人や二人寝返らせるのは難しい話ではない。


(ゴーシュの中で依頼をこなしていれば、当然エレーマ商会については詳しくなる。最近の権勢を考えれば……)


 仲間を疑うという嫌な行為をしながら、それでも自分の仕事である以上手を抜くわけにはいかなかった。


「では、どうしたらいいと思う? レイの立場で答えてくれ」


 レイの立場。即ち、善意の協力者という立場からの意見を求められたレイは、他の馬車にも視線を向けながら口を開く。


「そうだな、裏切っているのは護衛だけ……と考えるのは危ないかもしれないな。もしかしたら、商人の中にも裏切っている者がいる可能性は否定出来ない」

「……あまり考えたくないが、な」


 オウギュストと長年やって来た商人達なだけに、ザルーストにとっても裏切りがあるというのは出来れば信じたくなかったのだろう。

 だが同時に、人間というのは何か弱みを握られればあっさり裏切るというのも知っているので、レイの言葉を否定は出来ない。

 そんなザルーストの様子を見ながら、レイは言葉を続ける。


「ゴーシュに到着するのは、明日なんだよな? 今日は野営で」

「そうなる。……つまり、今夜動くと?」

「可能性はある。今夜砂賊から情報を集めるんだろ?」

「そのつもりだ。本来なら今のうちに情報を集めたいのだが……移動するのが優先だしな」


 数珠繋ぎになっている砂賊達を見ながら、ザルーストは溜息を吐く。

 言葉には出さなかったが仲間がいる前では情報を話さないだろうという予想もある。

 そんな真似をすれば、自分が仲間を売ったのだと、そう判明してしまう為だ。

 そんな心理的な壁をどうにかする為にも、やはり一人ずつ取り調べをするのが最善の選択肢だった。


(嘘を言ってる奴のことも大勢から聞けば大体分かるしな)


 ザルーストに視線を向けられていると気が付いたのか、砂賊の何人かが怯えたように視線を逸らす。

 自分達がこれからどうなるのかというのを考えている者もいるのだろうが、笑みを浮かべている者は自分達の考えを悟らせないようにするといった目的もあったのだろう。


「ともあれ、情報を集めるにしても夜になってからだ。今は進むことに専念しよう。レイには理解出来ないかもしれないが、砂漠というのは容易に人の命を奪うものだからな」

「知ってるよ。別に俺だって砂漠は初めてって訳じゃない。……まぁ、ダンジョンの砂漠だから、完全に砂漠を理解しているって訳じゃないが」


 レイの口から出て来たダンジョンという言葉に、ザルーストは少しだけ興味深そうな表情をする。


「ダンジョンか。俺も一度は行ってみたいと思ってるんだが……残念ながらゴーシュ近辺には勿論、ソルレイン国の中にもダンジョンはないからな」

「ダンジョンですか? うちみたいな小国には、ダンジョンがあっても迷宮都市といった風には出来ないでしょうね。それどころか、自力でダンジョンを攻略出来るかどうかも難しいでしょう」


 自国にダンジョンがないというのは、喜ぶべきか、悲しむべきか。その反応は人によって異なる。

 喜ぶべきは、迷宮都市という非常に価値のある場所を作り出し、ダンジョンのモンスターから得られる魔石、素材といった代物により商人達が集まり、同時にダンジョンを目当てに冒険者も集まる。

 結果として経済的に発展することになり、国としての税収も大きく増すだろう。

 悲しむべきは、ダンジョンの危険性。ダンジョンからモンスターが溢れてくることもあるし、ダンジョンを目当てに人が集まれば、それだけ揉めごとも大きくなる。

 色々と両極端……または表裏一体の問題ではあるが、オウギュストが後者よりの人物なのはレイの目にも明らかだった。


「ま、ダンジョンは色々と問題があるのも事実だしな」

「ダンジョンというのは、こちらが欲しいと言ってもすぐに出てくれるようなものではありませんしね」


 レイの言葉にオウギュストがそう言葉を返す。

 そんな風に会話を交わしながら砂漠を進んでいくと、やがて夕方となり、ザルーストがオウギュストへと話し掛ける。


「オウギュストさん、そろそろ野営の準備をした方がいいかと。少し早いですが、砂賊から情報を聞き出す必要もありますし」

「……そうですね。では、そうしましょうか」


 少し考えたオウギュストだったが、結局はザルーストの言葉に頷いて野営の準備が開始された。

 砂漠の夜が寒いというのは常識であり、氷点下まで下がることも珍しくはない。

 灼熱の地獄とでも呼ぶべき日中と比べると、また別の意味で地獄だった。

 だからこそ、砂漠で野営をする時は準備が重要になる。

 焚き火や食事の準備、テントの用意といった風に。

 また、馬車を牽く駱駝の世話も忘れる訳にはいかない。

 それでも今回に限ってはいつもより楽な野営になるのは間違いなかった。何故なら……


「本当にセトに見張りを任せてもいいのか?」


 念を押すように尋ねてくるザルーストに、レイは自信に満ちた表情で頷きを返す。


「ああ。問題ない。知っての通り、セトはグリフォンだ。通常の人間よりも遙かに鋭い五感を持っている。それこそ、捕らえた砂賊を助けに来るような奴がいれば絶対に見逃さないようにな」


 そう告げるレイの言葉は、ザルーストだけではなく他の者達の耳にも聞こえている。

 これは意図的にそうしたものであり、もし商隊や護衛の中に砂賊と……もしくは砂賊の後ろにいる者と繋がりがある者がいた場合の牽制だった。

 ランクAモンスターが見張りをしているというのに、動きを見せることが出来る者はまず少ないだろう。

 砂賊の中にもそんなレイの声が聞こえていたのか、何とかして夜のうちに逃げ出そうと考えていた者達はその時点で諦めるしかなかった。


「それで、レイは自分のテントがあるんだったな?」

「ああ。その辺はこっちでやるから、気にしないでいい。ただ、セトは俺からあまり離れたくないらしいから、俺のテントは自然とキャンプの中央付近になるな」


 見張りのセトがいるのは、当然キャンプの中央付近になる。セトの能力を考えればどこにいても見張りとしての役割は果たせるのだが、今日セトと会ったばかりのオウギュストやザルースト達にしてみれば、そこまで信用は出来ないのだろう。

 見張りの数はいつもより少ないが、それでも最低二人はセトと共に見張りをさせるとレイへと告げていた。

 それでもレイは特に文句を言うでもなく、それを受け入れる。

 寧ろ、そこまでセトを信頼してもいいのかと、オウギュストやザルーストの態度を不安にすら思う。

 だがオウギュストやザルーストに言わせれば、レイとセトの力の一端をその目で確認している。

 もしセトが自分達に危害を加える気があるのであれば、それこそいつでも出来たという思いがあった。

 そんな具合に野営の準備が終わると、次は食事となる。

 いつもであれば、レイはミスティリングから自分の分の料理を取りだして食べていただろうが、折角砂漠に……別の国へとやってきたのだから、どうせならその国特有の料理を食べたいと思い、オウギュストからの誘いに乗る。

 そして出されたのは、雑炊のような料理だ。

 少し変わっているのは、白米の代わりに細かく千切ったパンが入っていることや、牛乳……ではなく、駱駝の乳がスープのベースになっていたことか。

 まさに大雑把な男の料理と呼ぶべき料理ではあったが、この世界の冒険者が街の外で活動している時に食べる料理として考えればそれなりに豪華な品と言ってもいい。

 レイはその料理をご馳走になる代わり、流水の短剣を使った水をオウギュスト達へと渡す。

 その水を飲んだオウギュスト達は涙すら流して水の味を称えていた。

 砂漠に住む者にとって、やはり水というのは特別なものなのだと……それをレイにしみじみと思い知らせた出来事であり、その結果レイはオウギュスト達から下にも置かれないもてなしを受けることになる。

 尚、本来であれば捕虜となった砂賊には食料も水も最低限しか与えられない筈だったが、水はレイの流水の短剣により余裕が出来たということもあって、それなりの量を与えられることになる。

 これには弱りすぎていると奴隷商に買い叩かれるかもしれないという思いがあった故の行動だったのだが。

 そして……やがて夜が更ける。

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