第1089話

 サンドサーペントを貰ってもいいか。そう尋ねられたザルーストは、少し躊躇いながらも頷きを返す。

 実際サンドサーペントを仕留めたのは、自分達ではなく目の前にいる人物なのだ。

 最初に遭遇したのは自分達だが、正直あのまま戦闘になっていれば護衛の中に何人かいた新人は命を失っていた可能性もある。

 そう考えれば助けられたのは事実であり、ここで所有権を要求するような恥知らずな真似はしたくなかった。

 ザルーストの護衛対象であり、この商隊の長でもあるオウギュストの了解は得ていなかったのを思い出し、頷いてから慌ててオウギュストの方へと視線を向けるが、ザルーストの視線にオウギュストは即座に頷く。

 サンドサーペントを一撃で倒すような実力を持っている相手の機嫌を損ねるのは危険だと、そう理解している為だろう。


(にしても、あの小柄な体格から考えると恐らく子供か? 言葉使いから考えると女って訳じゃなさそうだが……)


 ドラゴンローブのフードを被っている為か、レイの顔を確認出来ないザルーストは内心で疑問を抱く。

 その疑問が表情に出ないのは、長年冒険者として活動してきている経験からだろう。


「そうか、助かる。このモンスターは初めて見るからな。確保しておきたかったんだ。……出来れば、もう一匹いるといいんだが……いないな」

「あ、ああ。サンドサーペントは砂漠に生息するモンスターだが、基本的には砂砂漠の中で活動していることが多い。ここは砂砂漠と岩石砂漠が混ざり合っている場所だから、ここに出てくることは珍しいんだ」


 少しでも目の前の人物から情報を得ようと、ザルーストは言葉を続ける。


「それにしても、サンドサーペントをそちらに譲るのはいいけど、どうやって運ぶつもりだ? かなりの大きさだが」

「うん? ああ、心配はいらない。……にしても、蛇系のモンスターってことは多分頭部に素材が多かったんだろうな」

「そうだな。特にサンドサーペントの牙は品薄で比較的高価だ。討伐証明部位の頭部に一枚だけある銀色の鱗も消滅してしまったようだし」

「……そうか」


 討伐証明部位までをも吹き飛ばしたと教えられたレイは、少しだけ落ち込む。

 別に金に困ってるわけではないので、致命的なまでに大きな被害という訳ではない。

 それでも、やはり得られる筈だった素材や討伐証明部位を自分のミスで消滅させてしまったというのは面白くなかった。


(サンドサーペントの牙なら、結構いい素材になったんだろうし)


 頭部を失って地面に横たわっているサンドサーペントの死体を一瞥すると、気を取り直してそちらへと近づいて行く。

 五m程の体長を持つサンドサーペントだが、その身体の半分程は未だに砂の中にある。

 その身体を引っ張り出すにはかなりの労力を必要とする……見ている者達がそう思っている中で、レイはそんな視線を特に気にした様子もなくサンドサーペントの胴体へと触れた。

 サンドサーペントの鱗を撫でながら、ふと何かが気になったのかレイはザルーストの方へと視線を向け、口を開く。


「ちょっと聞きたいんだけど、もしかしてこのモンスターの血も素材として売れるのか?」

「あ? え? ああ。錬金術の素材として買い取ってくれると思うけど……」

「そうか。だとすれば少し失敗したな」


 砕けた頭部のあった場所から流れている血は、その勢いがかなり弱くなってきている。

 それはサンドサーペントの体内に残っている血がもう殆ど残っていないことを意味していた。


「血抜きって意味じゃ楽だったんだけど。……ま、やってしまったんだし仕方ないか。にしても、分かっていたけどこの槍は威力がちょっと強すぎるな」


 呟いたレイの視線が向けられたのは、自分の持っている深紅の槍。

 実際に生き物に使ったのは今回が初めてだったが、予想していたよりも遙かに強力な一撃だった。

 そんなレイの呟きが耳に入ったのだろう。ザルーストは態度に表さないようにしつつも、内心で強力すぎるという意見に物凄く同意する。

 当然だろう。本来であればサンドサーペントはランクCモンスターの中でも上位の存在であり、パーティを組んだ冒険者がようやく互角といった相手なのだ。

 それを、キュンッという奇妙な音がしたかと思えば、次の瞬間には頭部の殆どが消滅していたのだから、これで強力ではないと言われても頷ける訳がない。

 それにどんな手段を使ったのか分からなかったが、サンドサーペントの頭部を消滅させて砂漠に突き刺さった槍が次の瞬間には消えてレイの手元に戻っていたのだ。


(多分……きっと、恐らく無制限って訳じゃないんだろうが、レイは何度もああいった攻撃が可能な訳だ。……どんな化け物だよ)


 サンドサーペントの頭部を一撃で消滅させるような攻撃を何度も連続して繰り出すことが出来る。そう考えただけで、ザルーストの背筋を冷たいものが走る。

 現在自分がいるのが砂漠であり、いつものように強烈な暑さが周囲を満たしているのに、だ。

 もしあの槍の攻撃が自分に向けられたらどうなるかというのを考えただけで、レイと敵対するような真似は絶対に避けるべきだと判断する。

 ザルーストが……そしてオウギュストを始めとした他の者達も同様にレイとは絶対に敵対出来ないと考えている中で、レイはサンドサーペントへと触れ……次の瞬間、その巨体が今までそこにあったのが嘘のように姿を消す。


「え? おい、サンドサーペントの死体はどこだ?」

「あれ? 俺の見間違えか? さっきまで、確かにそこにサンドサーペントの死体があったよな?」

「……幻?」


 護衛の冒険者や商人がそれぞれ目の前で何が行われたのか理解出来ないといった様子で騒いでいる中、何人かはレイが何をしたのかに気が付いていた。

 商隊を率いるオウギュストや、護衛を纏めるザルーストといった面々は、だ。

 だが、目の前で行われた行為を理解はしても、それを中々口に出せない。

 名前は知られているが、実際にその目で見たことがある者など少数なのだから当然だろうが。

 グリフォン、黄昏の槍、アイテムボックス。……この短時間でレイにより幾度となく驚かされたオウギュストやザルーストだったが、レイはそんな周囲の反応は既に慣れきっており、特に気にした様子もないままセトの方へと近づいていく。


「待って下さい!」


 そんなレイの背中へと向かい、オウギュストが声を掛ける。

 ここでレイをむざむざ別れてしまえば、もうこのような人物と知り合えることはないだろうという商人としての勘からの行動だった。

 背後から掛けられた声に、レイは動きを止めて少し考える。

 今回はサンドサーペントという未知のモンスターの魔石を欲したということもあったし、黄昏の槍を使ってみるという目的もあった。また、あのまま見捨てるというのも寝覚めが悪いということで助けたが、そもそもレイがゴーシュへと向かっているのは商人達に付きまとわれたからだ。

 つい最近の出来事を思い出しながら、レイは振り向く。


「何だ? 俺はゴーシュに向かいたいんだけど」

「……その、こう言っては何ですが、レイさんはゴーシュや砂漠について詳しくないですよね?」

「まぁ、それは否定しない」


 レイの中にある砂漠の知識は、迷宮都市エグジルで砂漠の階層を攻略した程度のものだ。……それと日本にいる時に得た知識もあるが、そちらは現状では余り役に立たない。

 自分の言葉を否定されなかったことにオウギュストは笑みを浮かべて言葉を続ける。


「でしたら、どうでしょう? 実は私達もゴーシュに向かっているのですが、一緒に行動しては。この辺りについての役立つ情報を提供出来ると思いますが」

「その代わり、俺には護衛を希望する、か」


 そう言ったレイの言葉を、オウギュストは特に否定もせずに頷く。


「ええ。どうでしょう?」


 ギルムで自分に群がってきていた商人達とは明らかに違う態度。

 もしギルムで黄昏の槍を売るようにしつこく言ってきた商人達であれば、何とか話を誤魔化してレイの力を使うか、自分がレイを利用するという言質を取らせることはしなかっただろう。

 それは商人としては正しいのだろうが、レイから見れば非常に面倒臭い相手であった。

 勿論ギルムにいる商人全員がそんな性格ではないことは分かっている。

 特に以前レイと揉めたアゾット商会の商人は誠実な取引を心掛けており、過去の悪評が完全に消え去った……とまではいかないが、それでもギルムの住人からはある程度見直されるようになっていた。

 他にも何人かの商人とそれなりに懇意にしているレイだったが、その商人達も現在はレイに対しては誠実な対応をするように心掛けている。

 当然だろう。現在のレイは異名持ちということもあってギルムで知らない者はいない程の知名度を誇っており、その従魔のセトはギルムのアイドルと言ってもいい存在だ。

 もしそんなレイに対して不誠実な対応をして、それがレイの口から出たら、冗談でも何でもなくギルムで店を開くことは出来なくなる……とまではいかないが、確実に客足は減る。

 レイ本人は自分にそこまで強い影響力があるというのに気が付いてはいないのだが。

 ともあれ、ギルムに住んでいる商人達にとって、レイというのは大量に買い物をしてくれる上客であると同時に、決して侮っていいような相手ではなかった。

 だが……レイに群がっていた商人達はそこまで能力のある者ではなかった。

 いや、その辺の事情を知っている者もいたのかもしれないが、リスクを背負ってでも黄昏の槍を仕入れたかったのだろう。

 そんな商人達とのやり取りに疲れていたレイにとって、あっさりと自分を護衛として使うと認めたオウギュストの言葉はどこか心地よく感じられた。

 だからだろう。本来ならこのままセトと共に目的地のゴーシュへと向かっても良かったのに……


「分かった、引き受けよう」


 そう告げてしまったのは。

 その言葉を聞いて驚いたのは、オウギュストだ。

 恐らく駄目だろうけど、言ってみるだけならいいだろうと、そんな思いで尋ねた提案にあっさりと賛同して貰えたのだから。


「え? いいんですか?」


 思わずといった様子で尋ねてしまうのも、仕方のないことだった。


「何を今更。お前が誘ってきたんだろ? それに、俺も他の砂漠は少し経験したことはあるけど、この砂漠は初めてだ。その辺のことを色々と教えてくれると助かる」

「……え、ええ。勿論。私が知る限りのことはお教えします。レイさんのように凄腕の冒険者をその程度の情報で雇えるとは……正直、色々と困っていたので、こちらこそ助かります」

「困っていた?」


 オウギュストの言葉に疑問を覚え、レイはザルーストを始めとした冒険者達を一瞥する。

 レイの目には、ザルーストを始めとして殆どが有能な冒険者のように見えた。

 中には冒険者になってからまだそれ程経っていないだろう者の姿も見えたが、それはあくまでも少数だ。

 サンドサーペントはレイが倒したが、それこそザルースト達であればサンドサーペントに負けるというようなことがあるとは、レイには思えない。


(まぁ、新人だろう何人かは命を失う可能性があるけど)


 レイの視線で何を思っているのか理解したのだろう。オウギュストは笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「ゴーシュまでの道のりには、砂漠特有のモンスターが出て来ることがあります。中にはレイさんが倒したサンドサーペントよりも強力なモンスターが出てくることも珍しくはありません。……いつもであれば、その辺は心配しなくてもいいのですが……」


 言いにくい言葉の内容を、レイは何となく理解する。

 恐らく、何か訳ありなのだろうと。

 普通訳ありであれば色々と聞きたくなるものだが、レイはそれ以上口にしない。

 何故かレイは訳ありの人物と遭遇することが多く、それ故に訳ありの人物と遭遇するのにも慣れていた為だ。


「まぁ、その話はいい。それより一緒に行動するんだから、隊列はどうする? ゴーシュまではどのくらいで到着するんだ?」

「は? ……えっと、その……隊列に関してはザルーストに任せていますので、そちらと相談して下さい。ゴーシュまでは……そうですね、恐らく明日の日中には到着するかと」


 砂漠を移動する時、普通なら昼間は歩き回らない。

 だが、馬車での移動であれば話は別だった。

 特にオウギュストが保有している駱駝は砂漠での行動に特化するように品種改良されている種であり、馬車も砂漠を移動出来るようにマジックアイテムを含めて色々と工夫がされている。

 また、オウギュスト達が身につけているローブにレイは見覚えがあった。

 それは、エグジルで砂漠の階層を攻略する時に使用した物だった為だ。

 これらのように、幾つも入念に準備をしているからこそ昼の砂漠であっても普通に移動出来る。


「そうか、明日の日中か。……分かった。なら、そろそろ行こうか。俺はどうすればいい?」


 ザルーストへと尋ねながら、多分ゴーシュへと到着すればまたトラブルに巻き込まれるんだろうな……という思いがレイの中には確信めいた予感とともに存在していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る