第1090話

 レイが護衛をするオウギュストの一行は、サンドサーペントとの戦闘とも呼べない戦闘が終わってからは特にモンスターに襲われることもなく砂漠を進むことが出来ていた。


「このまま進めば、もう少しで岩石砂漠が完全に消えて砂砂漠一色になる。ゴーシュはオアシスを中心にして発展した街で、何個かのオアシスが中心部分にある。……まぁ、色々と面倒なこともあるんだが、基本的にはいい街だ」


 馬車の御者台に座って駱駝をコントロールしているザルーストの言葉に、セトの背に跨がっているレイは周囲を見回す。

 言われてみれば、レイがサンドサーペントを倒した場所に比べると随分砂の割合が多くなっていた。


「街を作るなら、砂砂漠じゃなくて下が固い分岩砂漠の方がいいと思うけどな」

「それは分かるが、オアシスがないと砂漠で街や村といったものは作ることが出来ない」


 言われてみれば納得するしかない言葉だった。

 人が住むには水源が必須であり、だからこそオアシスを中心にして街や村が作られる。

 そのオアシスも砂漠の中に散らばっており、大きい場所もあれば小さい場所もあるのは当然だった。

 そしてオアシスの規模により、街や村といったものの大きさも決まる。

 当然ながらオアシスの広さは有限であり、そのオアシスの恩恵に与ることが出来る人の数は決まっていた為だ。

 また、そこにやってくる商人や冒険者といった者達の数も考えると、許容範囲最大限の人数を街で養う訳にもいかない。


「……その辺の事情を考えると、ゴーシュは大きなオアシスを幾つも所有している、このフェリス砂漠の中では有数の……いや、最大の街だ」


 そう告げるザルーストだったが、気遣わしげな視線を後ろに……オウギュストが乗っている馬車の方へと向ける。


「何か訳ありか」


 元々自分が突っ込んだ時点でトラブルに巻き込まれるのは何となく予想出来ていたし、ギルムで自分に集まってきた商人達に比べれば、オウギュストは非常に好感度が高い。

 それだけに、本来ならいざこざに関わるつもりはなかったのだが、話の流れでそう尋ねてしまう。

 ……ザルーストがその辺を狙って上手く話を誘導したのだと知ってはいても、レイが怒るようなことはなかった。


「ああ。実は最近ゴーシュでとある商会が幅を利かせていてな。オウギュストさんはそれに逆らって、色々と嫌がらせをされているんだ」

「あー……そっち関係か」


 脳裏にアゾット商会との出来事が過ぎるが、それでもあそこまで酷くはないだろうと判断したレイの言葉に、ザルーストは頷く。


「エレーマ商会と言って、元々ゴーシュでは中堅どころの商会だったんだが、今までの会頭から息子に代替わりしたら、一気に勢力を伸ばしている。で、その息子がオウギュストさんと対立していて、それを封じ込める為に傘下に入れようとしている訳だ」

「よく聞く話だな」

「そうだな。確かによく聞く話だが、実際にそれを体験するとなるとまったく話が違う。本来入る筈だった荷物が入らず、注文を急に取り消され、悪評を流され……正直、オウギュストさんはそんな状況でよくやってると思うよ」

「そんな状況で、よくザルーストはオウギュストの護衛を引き受けたな。別に専属の護衛って訳でもないんだろ?」


 普通の冒険者であれば、そんな面倒に巻き込まれている相手から仕事を引き受けたりはしない。

 そう言いたげなレイの様子に、ザルーストは面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「お前もそっちか。……それが悪いって訳じゃないが、俺はオウギュストさんの親父さんから色々と目を掛けられたからな。その恩を忘れるような真似はしたくない。それは、今こうして護衛に付いている者達も同じだ」

「新人もか?」


 言外にまだ新人で技量が伴わない冒険者を巻き込むのは感心しないと告げるレイに、ザルーストは小さく溜息を吐く。


「今回のことは急だったからな。どうしても戦力が足りなかったんだ。一応新人の中でも腕が立つ奴を選んできたんだが。それに……前々から連れて行って欲しいと言われてた者も多い」


 そう言いつつも微妙に眉を顰めているのは、やはりザルーストも無謀だというのは理解している為だろう。

 それでも砂漠に出てくるモンスター……デザートゴブリン程度であれば、普通に倒せるだけの実力を持つ者を厳選したのは、ザルーストのせめてもの誠意か。


「向こうに生えている木が見えるか?」


 話を逸らすかのようにザルーストが示して見せたのは、砂から生えている木だ。

 砂から木が生えているという光景に、レイは少しだけ驚く。

 レイの認識であれば、砂漠に生えている植物というのは基本的にサボテンくらいしか思いつかなかった為だ。


「あれは……木? 何で砂漠に?」

「木……に見えるだろ? まぁ、実際木なのは間違いないが、あれは魔法植物だ。それも肉食のな」


 ザルーストは、離れた場所にある木について説明する。

 フェリス砂漠にしか生えてないと言われている肉食植物で、モンスターの好む臭いを漂わせることで近くにいるモンスターを呼び寄せ、そのまま臭いで眠らせて養分とする、という。


「モンスターだろ?」

「いや、魔法植物だ。魔石もないしな」


 モンスターをモンスターたらしめているのは、当然モンスターであれば必ずその身に宿している魔石だ。

 その魔石が存在しない以上、ザルーストが示した存在はモンスターではなく魔法植物だということになる。

 それは理解しつつ、それでもモンスターではないとしてもそんな魔法植物であれば危険ではないかと思うレイだったが……


「安心しろ。あの魔法植物……ティラの木は人間には全く危害を与えない。それこそ、近くに人間が近寄っても何も問題はない」

「……どんな木だよ。人間に都合が良すぎないか?」

「俺もそう思う。けど、ティラの木でフェリス砂漠にいるモンスターの数がある程度押さえられているのも事実だから、迂闊に手は出せないんだよ」


 モンスターを呼び寄せ、殺す。それでいながら、人間に対しては何も危害を加えるようなことはない。

 つくづく人間にとって都合がいい魔法植物だった。


「なら、あの木……ティラの木だったか? それをもっと増やせば、砂漠の移動が今よりも楽になるんじゃないか?」

「どうだろうな。エレーマ商会ではレイが言ったようにそれを企んでいるんだが……オウギュストさんはそれに反対している」

「何でだ?」


 モンスターの数を減らしてくれ、人間には危害を加えない魔法植物だ。それなら、もっと数を増やすというエレーマ商会の考えはレイにも理解出来る。

 それだけに、オウギュストがそれに反対するのかというのは疑問だった。


「ティラの木は、魔法植物です。自然と増えるのであれば構いませんが、それを意図的にやろうとした場合、何が起きるか予想出来ません」


 馬車の窓から顔を出したオウギュストが、レイへとそう告げる。


「そんなものか? ……俺には普通に暮らす分には有益だと思うんだけどな」

「そうですね。本当にそうならいいのですが……」


 そう言いつつも、オウギュストは何かを確信したかのように自らの言葉を否定していた。


(何かあるのか?)


 オウギュストの様子を眺め、疑問に思いつつも進んでいると……


「グルルゥ」


 不意にセトが商隊の進路から少し外れた場所にある砂丘へと視線を向けながら、喉を鳴らす。

 その鳴き声に宿っているのは、警戒。


「敵か」


 セトとの付き合いの長いレイは、当然のようにその鳴き声に宿っている感情を読み取り、素早く告げる。

 商隊の護衛を纏めているザルーストは、厳しい表情を浮かべながらセトの見ている方……砂丘へと視線を向けていた。

 普通であればセトの鳴き声だけで警戒をしてもいいのかどうか迷うのだが、レイの実力をその目でしっかりと見ているザルーストは、そのレイが全幅の信頼を置いているのであればと、躊躇せずに全員に警戒するよう伝える。


「オウギュストさん。どうします? このまま振り切るか、それともここで迎え撃つか」

「護衛としてはどちらがお勧めですか?」

「ここで一旦振り切っても、延々と後を追われるのは避けたいですね。特に今夜は野営をしなければならないだけに、夜襲をされる危険性を考えると……」

「迎え撃つ方がいい、ですか」

「はい。護衛に新人が混ざってなければ、夜襲を仕掛けてきた相手に逆に奇襲を仕掛けるという手もありますが……ただ、相手がモンスターだと油断するかどうかは怪しいですが」

「多分人だぞ。恐らく盗賊だ」


 オウギュストとザルーストの話に割り込むようにレイが口を挟む。


「……何で分かる?」

「セトがいるのに自分から近づいてくるモンスターってのは、滅多にいないしな。まぁ、皆無って訳じゃないけど。ゴブリンみたいに頭の悪い奴とか。けど、それよりはセトの気配を感じ取れない盗賊の方が可能性は高い。絶対とは言えないけど」


 ランクAモンスターであるセトの存在を察知すれば、大抵のモンスターは自分が絶対に勝てない相手だと判断して逃げていく。

 狩りをする時であれば、セトも当然のように自分の気配を察知されないようにしているのだが、今のように護衛をしている時であれば話は別だった。

 自分という存在がここにいると、そう示すことによりモンスターを遠ざけるのだ。

 セトの存在を感じながらもこちらに向かってくるのであれば、それはモンスターではなく人の可能性が高かった。

 レイからセトについての説明を聞いたザルーストは、即座に決断する。


「ここで迎え撃ちましょう。盗賊……砂賊が相手となると、間違いなくしつこく追ってきます。野営をして待ち伏せするよりは、ここで仕留めてしまった方が早い。それに……」


 ザルーストの視線が向けられたのは、当然のようにレイ。

 自分達だけであれば、砂賊を相手にするにしても間違いなく被害を受けた可能性があったが……レイとセトという規格外の力の持ち主がいるのであれば、その戦力に期待してしまうのは当然だろう。

 そんなザルーストの視線に、レイは特に何を感じるでもなく頷く。

 オウギュストを気に入り護衛として雇われているのだから、この場で逃げ出すといった選択肢は存在しなかった。


(にしても、砂賊? まぁ、砂漠で活動している盗賊の呼び名だろうけど。山賊とか海賊とかみたいに)


 砂賊という聞き慣れない言葉に内心で首を傾げるレイだったが、結局は盗賊の一種だろうと判断すれば次にやるべきことは決まっていた。


「なら、俺が偵察をしてこようか? 何なら上空から盗賊を殲滅しても構わないけど」

「……随分と過激だな……」


 殲滅という言葉に、近くにいた冒険者の一人が呟く。

 どうやら新人らしく、レイがあっさりと砂賊を殺すと口にしたことに驚いていた。

 だが、レイはそんな冒険者の言葉に小さく肩を竦めるだけだ。

 そもそもミレアーナ王国では数々の盗賊団を壊滅させ、盗賊が貯め込んだお宝を奪うといった真似を繰り返したことにより、盗賊喰いとまで呼ばれるようになったレイだ。

 当然盗賊を相手にするのに躊躇はしないし、盗賊に対する慈悲といったものも基本的には持っていない。


「それで、どうする?」


 新人はそのままにザルーストへと尋ねるレイだったが、ザルーストは少し考えた後で首を横に振る。


「いや、レイとセトの存在を向こうに知られたくはない。もし知られれば、逃げ出す可能性もあるしな」

「……待て。それは侮辱か? 盗賊が逃げ出しても、それに俺とセトが追いつけないとでも?」


 これまで幾度も盗賊を殲滅してきたレイとしては、ザルーストの口から出た言葉を認めることは出来なかった。

 だが、ザルーストはそんなレイへと向かって説得するように口を開く。


「別にそういう訳ではない。だが、レイも砂賊と戦うのは初めてなのだろう? なら、向こうがどんな手段を使って襲ってくるのかを知る為にも最初は様子を見た方がいいと思わないか? それに……」


 一旦言葉を切ったザルーストは、先程レイの殲滅という言葉に過敏に反応した新人冒険者へと視線を向ける。

 それに釣られてレイもそちらに視線を向けるが、視線を向けられた冒険者は何故自分が見られているのか理解出来ないのか、首を傾げていた。


「折角レイのような戦力がいるんだ。サンドサーペントの時は結局こいつらに戦いを体験させられなかったし、丁度いいと思ったんだが……どうだ?」

「……分かった」


 つくづく自分も人が良い。そんな風に思いながらレイが頷く。


「来た! 砂賊だ!」


 冒険者の一人が鋭く叫ぶ。

 その声にレイが砂賊のやって来た方へと視線を向けると……


「え?」


 そこから見えた光景に、レイの口から意外そうな声が出る。

 それはザルーストやオウギュストといった者達も同様だった。

 何故なら……砂丘を越えて姿を現したのが、それなりの大きさを持つ船だった為だ。

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