第1088話
その商隊を率いていたのは、ゴーシュに所属する商人のオウギュストという男だった。
誠実な取引をすることで有名であり、ゴーシュでも評判のいい商人。
それだけに大手の商会からは目の上のたんこぶのように扱われており、取引の妨害をされることも度々ある。
今回急に商隊を出すことになったのも、本来他の商人から仕入れられる筈だった商品を大手の商会からの妨害により仕入れることが出来なくなった為、急遽他の街へと仕入れに向かったというのが理由だった。
それでもオウギュストがいつも護衛として雇っている冒険者達は急な依頼にも関わらず、その依頼を気持ちよく引き受けてくれた。
最終的には仕入れも無事済み、ゴーシュへと急いで戻っていたのだが……
「オウギュストさん、前方からモンスター! 数は一匹! けど……でかいぞ! サンドワームか!」
護衛として雇っている冒険者達のうち、盗賊のゼダンが厳しい表情を浮かべて叫ぶ。
それを聞いたオウギュストは、冒険者達を纏めているザルーストへと視線を向ける。
「どうすればいいですか?」
「そうですね、本来なら逃げ切れれば一番いいんですが……ゼダン、逃げ切れるか!?」
「無理だ! 向こうの速度の方が速い! このまま逃げようとすれば、途中で追いつかれてしまう!」
「……サンドワームにこれ程の速度が出せるか? いや、どのみち逃げ切ることが出来ないのであれば、ここは迎撃に出た方がいいでしょう。戦力が万全の状態で敵を迎え撃ちます。……構いませんか?」
ザルーストの言葉に、オウギュストは頷きを返す。
砂漠の住人らしくダークエルフにも負けない程に褐色の皮膚をしているオウギュストだったが、本人は中肉中背で決して荒事が得意な訳ではない。
それでもこれまで何度も同じような修羅場を潜り抜けてきただけあって、モンスターに襲撃されそうになっているという話を聞いても決して取り乱したりはせずに頷く。
「分かりました、全てお任せします。私は邪魔にならないようにしてますので、よろしくお願いします」
「任せて下さい。サンドワームならなんとでも出来ますよ。これでもランクC冒険者が多く揃っているので。……全員、戦闘態勢! モンスターを迎え撃つぞ!」
ザルーストが鋭く叫び、馬車はその動きを止める。
近づいてくるモンスターに気が付いているのだろう。落ち着かない様子の駱駝もいたが、この商隊の御者はそんな駱駝を落ち着かせていた。
「全く、さっきは空をモンスターが飛んでいたと思ったら、今度はこの有様か。……もしかして、あのモンスターが他のモンスターを呼び寄せたんじゃないだろうな?」
冒険者の一人が、忌々しそうに呟く。
少し前に空を飛んでいたモンスターを発見したのだが、それが今まで全く見たことがないような姿のモンスターだった為だ。
太陽の光でしっかりと確認することは出来なかったが、この砂漠にも空を飛ぶモンスターは何種類かいるが、それとは全く別のシルエットだった。
長い間砂漠で活動している男だったが、あんなモンスターを見たことはない。
「その辺の話は取りあえず後だ! 今は、近づいてくるモンスターの対処に専念しろ!」
ザルーストが叫び、それはそうだと男も自分の武器を構える。
男が構えたのは、シミターと呼ばれる曲刀の一種だ。
一般的な冒険者が使う長剣とは違い、刀身が三日月のような緩やかな曲線を持つ。
鋭利な刃で非常に鋭い切れ味を持っているのが特徴だが、一般的な長剣に比べると刀身が薄い分脆くなっている。
男はシミターを構え、頭に巻いてあるターバンに軽く触れると、唇を舐めて敵をサンドワームを待ち受けていた。だが……
「来た……馬鹿な、違う! サンドワームじゃない! サンドサーペントだ!」
盗賊のゼダンの叫びに、ザルーストは舌打ちしながら握っていた槍の柄を強く握り締める。
「くそっ、サンドサーペントだと!? 何だってこんな場所に。奴はいつも柔らかい砂の場所にいるだろうが!」
地中を進むという点ではサンドワームと同じだが、サンドサーペントはサンドワームと違って地中を掘り進む力は弱い。
だからこそ岩石砂漠と砂の砂漠が混ざっているようなこんな場所に姿を現すというのは予想外だった。
それでも護衛として雇われている以上、逃げるという選択肢はない。
それにサンドサーペントということに驚きはしたが、冷静になって戦えば決して勝てない相手ではない。
(それでも……新人には少し厳しいか)
ザルーストは砂中を進んでくるサンドサーペントを……微かにだが砂の上に姿を見せる鱗を見ながら、内心で悔やむ。
急な依頼だった為、自分のパーティを含めて集められた護衛は決して腕利きばかりではない。
ランクEやFといった新人も多少ではあるが混ざっている。
そんな新人がランクCモンスター……それもパーティを組んでようやく互角といったサンドサーペントを相手に、生き残れるかと言われれば……難しいだろう。
腕利きの冒険者もある程度の人数を揃えてはいるが、その状態で新人達が生き残れるかどうかは運次第だ。
(けど、出来れば生かしてやりたいよな。ゴーシュの将来を担う若者達だけに)
何となく自分の頭を覆っているターバンへと触れながら、ザルーストは自分のやるべきことを認識する。
サンドサーペントを倒し、護衛対象のオウギュストを含む商隊を守り、そして新人達も可能な限り守ると。
そんな決意を固めて馬車を中心に守る陣形を整えていると、やがてサンドサーペントが姿を現す。
その全長はまだ完全に姿を現していないにも関わらず、人を丸呑みに出来る程の大きさだ。
「……でかい、な」
ザルーストも、サンドサーペントとの戦闘は今までに幾度か経験がある。
だが、その経験の中でも今こうして目の前にいるサンドサーペントは自分が今まで戦ってきた中で最も大きく、強いだろうという確信があった。
新人達を守り抜くのが難しくなった、と忌々しそうにしながらも、ザルーストは仲間達に声を掛ける。
「いいか、気を抜くなよ! 奴は……え?」
最後まで言葉を発せなかったのは、その途中でキュンッ、という音と共に何かが通りすぎたと思った瞬間、サンドサーペントの頭が消滅したから。
そう、文字通りの消滅。
頭部の殆どが消滅しており、地面に骨や脳髄といった微かに残った部分が……それこそ残骸とでも呼ぶべきものが残っているだけだ。
ザルーストを含め、他の者達が何が起きたのか完全に理解するよりも前に、サンドサーペントの身体は砂地へと崩れ落ちる。
その衝撃と音でようやく我に返ったザルーストは、地面に半ば以上埋まっている赤い槍へと目を向けるも……
「何? 消えた?」
ザルーストの視線の先で、赤い槍はまるで今まで見ていたのが幻であったと言いたげに、その姿を消す。
だが赤い槍がザルーストの見間違えでなかったというのは、砂に空いた穴が……そして何より頭部が消滅したサンドサーペントの死体が証明している。
ザルースト以外の者もその槍が消えた瞬間を見ていた者は多く、ただ唖然とするしかなかった。
そんな中、ザルーストは槍が刺さっていた時の様子から、飛んできた方向を予想してそちらへと……上空へと視線を向ける。
視線の先に存在したのは、空を飛ぶモンスター。それも、ランクAモンスターのグリフォン。そしてグリフォンの背の上には人間と思われる人物が乗っていた。
「あれは、もしかして……」
ザルーストの脳裏を過ぎったのは、少し前に自分達の頭の上を通り過ぎて行ったモンスター。
その時は飛んでいたのが高すぎてしっかりとその形を確認は出来なかったが、今こうして近くにいるのであれば見間違えようがない。
背中から生えている翼に、鷲の上半身と獅子の下半身。遠くから見ているだけで理解出来る程の圧倒的な迫力。
サンドワームやサンドサーペントなど、今ザルーストの視線の先にいるモンスターと比べれば赤子と大人……いや、それ以上の格の違いがある。
「グ、グリフォン……だと……」
静まり返っている中で、誰かが呟いた声が周囲に響く。
砂漠といっても、普段であれば静寂に包まれているという訳ではない。
風の音や砂が擦れる音。岩石砂漠であれば、石が転がる音や多少ながらも生えている木々が風に揺れる音といったものが周囲から聞こえる筈だ。
だが今はそんな音は全く聞こえず、ただ静寂のみが周囲に広がっていた。
ザルーストにしてみれば、先程の呟きを漏らした者によく今の状況で口を開くことが出来たと、そう褒めたくなる。
周囲にそんな不思議な静寂が満ちている中……やがて、グリフォンは翼を羽ばたかせながら地上へと降りてくる。
その光景を見た瞬間、ザルーストを含めた護衛の者達は例外なく己の死を予感した。……して、しまった。
一般的な冒険者にとって、ランクAモンスターのグリフォンというのはそれ程までにどうにも出来ない理不尽の権化なのだ。
「グルルルゥ?」
だが、普段から人に構われ、餌を貰い、遊んで貰っているセトにとっては、ザルーストを含めた他の者達が動きを止めているのを不思議に思ったのだろう。
いつも通りに喉を鳴らしながら小首を傾げる。
ギルムの住人であれば大抵が可愛いと表現出来るセトの仕草だったが、所変われば品変わる。……この場合は人が変わると表現するべきか。
ともあれ、セトの仕草はザルースト達にとって獲物を見定めているような視線にしか見えなかった。
セトの背の上で、レイはなんとなくそれを理解する。
(まぁ、サンドサーペントを黄昏の槍の一発で仕留めてしまった俺も悪いけど。それでも、折角助けたんだからここで妙に緊張されてそれが爆発、結果として敵対とか、そういう風にはなりたくないな)
もしこのまま時間が流れれば、結果として敵対することになってしまうのではないか。
そんな結末を避けたいレイは、取りあえず口を開くことにする。
「無事だったか? 一応そっちに被害が出る前にこのモンスターを仕留めたんだけど」
セトの背から飛び降り、頭部を失ったサンドサーペントの死体へと軽く触れる。
頭部のあった場所からは血が流れ続けて地面を赤く染め、周囲に血臭を漂わせている。
レイの言葉で最初に我に返ったのは、当然と言うべきかザルーストだった。
「ああ、おかげで助かった。こっちには新人も多かったからな。……その、助けて貰ってこう言うのもなんだが、君は一体何者だ? グリフォンを従魔にしているなんて、この目で見なければとても信じられない」
ザルーストの問い掛けに、周囲の護衛や商人達までもがじっとレイの方へと視線を向ける。
馬車を牽く駱駝はセトを初めて見た動物の対応としては当然のように怯えて動くことすら出来ずにいたので、御者の者達もレイとセトへとじっと視線を向けていた。
商隊の視線を一身に受けたレイは、少しだけ意外そうな表情を浮かべてしまう。
今まではミレアーナ王国で活動しており、ベスティア帝国との戦争の件で自分の名前を知らない者は殆どいなかった。
少なくても冒険者や傭兵といった者達に限って言えば、深紅という異名を知らない者はいない。
異名の広がりに比べてどのような外見なのかというのはあまり知られていないが、それでもグリフォンを連れているというのは知られており、セトの姿を見れば大抵の者達がレイをレイと理解出来た。
レイが唯一行ったことのある他国もベスティア帝国のみであり、そこでもレイはミレアーナ王国とは全く逆の意味ではあったが、名前は知られている。
……まぁ、レイがベスティア帝国へと与えた被害を考えればおかしくないし、内乱でもその異名に相応しい活躍をしたのだから当然だった。
そんな風に思っていただけに、まさかセトを見ても自分が誰なのかと聞かれるとは思ってもいなかったのだ。
勿論ゴーシュにも深紅の異名を知っている者はある程度いるし、ギルドにもレイの情報は当然存在する。
だがそれでも、やはり隣国の……しかも自分達が従属させられている国の冒険者よりは、自分達の国の冒険者に興味が向くのは当然だろう。
「レイだ。ミレアーナ王国のギルムで冒険者をしている」
ミレアーナ王国という名前が出た瞬間ザルーストを含めて周囲の者達の表情が微かにではあるが強張るのがレイにも分かった。
(従属国だって話は聞いてたけど……当然のようにあまり好かれているって訳じゃないらしいな)
今の態度で宗主国であるミレアーナ王国がどのように思われているのかを悟ったレイだったが、それでもこのままここで別れるという訳にはいかなかった。
サンドサーペントという未知のモンスターを倒したのだから、その魔石は確実に入手しておきたい。
だが、向こうもミレアーナ王国出身の自分とはあまり長く関わり合いたくはないだろうと判断し、単刀直入に自分の用件を口に出す。
「このサンドサーペントだけど、俺が貰ってもいいんだよな?」
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