第1060話

「ちぃっ、笛の音に釣られてきたにしても集まりすぎだろう!」


 ダークエルフの男が矢を射ながら叫ぶ。

 弓から放たれた矢は真っ直ぐに飛び、茂みから飛び出してきたゴブリンの胴体へと突き刺さる。

 頭部のように一撃で即死とはいかないが、それでも動きを大きく鈍らせることは可能だ。

 ダークエルフ達とレイが合流し、集落へと移動を始めてから十分程。

 だが、レイはともかくダークエルフの男二人にとっては、たった十分が一時間にも二時間にも感じられていた。

 それもこれも、延々と湧いて出てくるかのように姿を現すゴブリンが問題だった。

 レイが最初に使用し、自分達が移動しているというのを他の者達に知らせる為に移動しながらも何度か吹いている笛。

 その笛の音に、まるで釣られるようにして次々と姿を現すゴブリン達。

 まだ十分と経っていないのに、倒したゴブリンの数は三十を超える。

 延々と姿を現すゴブリンに精神的な疲労を覚えるのは事実だ。

 他にもそれ以上の問題があった。それは……


「くそっ、もう矢の残りが少ないぞ! そっちはどうだ!」

「こっちも残り少ない!」


 そう、ダークエルフの男二人が忌々しそうに叫んだように、矢の本数が少なくなっているのが最大の問題だった。

 弓を主武器としている以上、当然矢の数には注意が必要だ。

 だが延々と姿を現すゴブリンに、矢の節約がどうこうと言っていられないのも事実。


「矢を使い切ったら、子供達の護衛に回ってくれ。残りの敵は俺がどうにかする」

「矢がなくなっても精霊魔法がまだある!」


 この状況で自分達が遊んではいられないと叫んだダークエルフに、レイは少し考えて叫ぶ。


「魔力を使い切らない程度で頼む!」


 叫びながら、レイはネブラの瞳で生み出した鏃を姿を現したゴブリンへと向かって放つ。

 ダークエルフ達にとって、ネブラの瞳が元々どんなマジックアイテムだったのかを知れば、非常に羨ましがるだろう。

 それだけ弓を使う者にとり矢の本数というのは命に直結する要素だった。

 だからといって持ち運ぶ矢の本数を増やせば、今度はその重さによって自分が移動する動きが鈍くなる。

 ダークエルフの場合は弓以外に精霊魔法という手段もあるが、それだって魔力に限りがある以上、使える数や種類にも限度があった。

 また、ダークエルフの中には資質の問題で精霊魔法を使えない者もいる。

 誰もがレイのように無尽蔵にも思える程の莫大な魔力を持っている訳ではないのだから。


(もう何人かいれば、ルグドスも預けてセトを自由に動かすことが出来るようになるんだけどな)


 意識を失っているルグドスは、当然乱暴に扱う訳にはいかない。

 特に頭に打撃を貰って意識を失っているのだから、安全性は必須だろう。

 子供達を守るという意味もあり、やはり最善なのはセトに乗せておくことだった。

 だが……合流してくるダークエルフの数が増えるのであれば、子供の護衛とルグドスを運んで貰うという手段を取ることも出来る。

 そうすればセトも自由に動けるようになり、一行の戦力は飛躍的に上がる筈だった。もっとも……


「グルルルルルゥッ!」


 セトの雄叫びと共に放たれたウィンドアローが、姿を現したゴブリンに次から次へと命中していく。

 今のように、純粋に遠距離攻撃に徹している状態でも十分戦力になっているのは間違いなかったのだが。

 それでもセトの……グリフォンの本領は、優れた身体能力による近接戦闘だ。

 特に今のセトは、大岩すら一撃で砕くだけの威力を持つパワークラッシュというスキルがある。……もっとも、相手がゴブリンである以上、それだけの威力を持つスキルを使ってもオーバーキルにしかならないのだが。

 夜の森の中をゴブリンを倒しながら進むレイ一行だったが、進行方向にあった茂みが再び揺れる。


「敵だ! もう矢がないから、精霊魔法を使うぞ!」

「俺もだ!」


 ダークエルフの男二人がそう叫び、それぞれ土と水の精霊魔法を使用する。

 茂みから飛び出てきたオークが地面から生えた土の槍に足の甲を貫かれて地面へと転がる。

 その隣にいたオークは、突然顔を水で包まれて混乱し、手に持っている長剣を振り回して転んだのとは別のオークを傷つけることになっていた。

 先頭を走ってきた二匹のオークがそんな状態になった為、当然後ろにいたオーク達は進むことが出来なくなる。

 それどころか転んでしまい、仲間に踏みつけられて悲鳴を上げているオークすらいた。


「飛斬っ!」


 纏まっているオークへと向かって放たれた飛ぶ斬撃は、数匹のオークの胴体を真っ二つにし、背後にいた他数匹のオークにも多かれ少なかれ斬り傷を与える。


「行くぞ、このまま突っ切る!」


 それだけを叫ぶと、レイは混乱しているオークをそのままにして走り出す。


「グルゥ」


 その際、セトがオークの肉を勿体ないと言いたげに喉を鳴らしたのを聞いたレイは、内心で頷く。


(出来れば肉は回収したかったけど、今はそんな時間がないしな。……まぁ、何匹かは回収出来たんだし、それで良しとしておこう)


 オークの肉の美味さは勿体ないが、現状で悠長に死体を収納している暇はない。

 そんな真似をしていれば、間違いなく他のモンスターが集まってくるのは確実だった。

 もしレイとセトだけであればそんな真似も可能だっただろうが、今は子供達を守る必要がある。

 どうしても弱点となる存在がいるだけに、オーク肉を我慢する程度は仕方がない。

 オークの集団を置き去りにしながら走っていると、不意にセトが右側に生えている木々の枝へと視線を向ける。

 それから数秒遅れて、レイが自分達の方へと近づいてくる気配に気が付く。


(またか。しかも枝の上? 厄介なモンスターが……うん?)


 先制攻撃として飛斬を叩き込もうかと考えたレイだったが、近づいてくる気配がモンスターのものではないことに気が付き、安堵の息を吐く。

 そんなレイの姿に、近くを走っていたダークエルフの男が不思議そうに尋ねる。


「どうしたんだ?」

「援軍だよ。こっちのな」


 レイが呟くのと同時に、右側の木の枝からダークエルフが飛び降り、着地してそのままレイ達の隣を併走する。


「待たせたか?」


 そう尋ねてきたのは、今回の探索に出る前にレイと話していたダークエルフの男。

 相変わらず気軽に話し掛けてくる様子に、レイの口元に笑みが浮かぶ。


「そうだな。おかげでゴブリンやオーク、コボルトとは大量に戦うことになってしまったよ」

「それはこっちだって同じだよ。夜の森だってのもあるけど、何だって今日に限ってこんなにゴブリンとかが多いのやら」


 溜息を吐きながら呟く男の矢筒に入っている矢の数は、既に半分を切っている。

 遠距離から矢を射るだけではなく、近接戦闘もこなしてきたのだろう。着ているレザーアーマーにはモンスターの血がいたるところについていた。


「マリーナの話だと、世界樹が弱まっている時に迷いの結界の中に入ってきたモンスターが、世界樹が回復したことによって外に出られなくなってるって話だったから、それでだろうな」

「……それでもここまで異常に増えてるってのはどうかと思うけど」

「それは否定出来ない事実だ……なっ!」


 ダークエルフの男と話しながら、レイはネブラの瞳から作りだした鏃を進行方向にあった茂みへと飛ばす。


「ギャンッ!」


 聞こえてきたのは、犬のような悲鳴。


「コボルトか」


 そんなレイの呟きに答えるように、茂みからコボルトが飛び出してくる。

 本来なら待ち伏せをして奇襲を仕掛けようとしていたのだろうが、レイに己の気配を感じさせないようにするには力不足だった。

 いや、もしレイを誤魔化せたとしても、レイのすぐ後ろを走っているセトを誤魔化すことは出来なかっただろう。


『ワオオオオオオオオオンッ!』


 自分達の待ち伏せが既に知られてしまったと判断したのだろう。コボルト達は一斉に雄叫びを上げながらレイ達へと襲い掛かる。

 それをダークエルフ達は、弓で矢を放ち、精霊魔法を使って次々に迎撃していく。

 セトもウィンドアローやアイスアロー、水球といった遠距離攻撃によって仕留めていった。

 そんな中、レイも当然飛斬を使用しては次々にコボルトを斬り刻む。


(今の状況は間違いなく最悪に近いけど、飛斬を思う存分放つことが出来るって点だけはいい感じだな)


 レベルが五に上がり、極端に威力が上がった飛斬。

 その飛斬を使いこなすという点では、幾らでも的がいるというのは決して悪いことではなかった。


(強弱の加減についても、ここまでの戦いで大体感覚が掴めてきた。強力な方の飛斬の射程距離やどのくらいの相手にどのくらいの効果があるのかもな)


 上空から襲いかかろうとして木に登っていたコボルトへと飛斬を放ち、枝諸共にその身体を両断する。

 突然上から仲間の内臓を浴びせられたコボルトは、何が起きたのか理解出来ないと混乱し……そこにレイ達が突っ込んで行く。


「はああああぁぁっ!」


 ダークエルフの一人がレイピアによる連続突きを放つ。

 一瞬の間に二度、三度と連続して放たれる突きは、槍を持ったコボルトの胴体を貫き、その衝撃で頭が下がったところで頭部を貫く。 

 その動きは間違いなく強者と呼べるだけのものがあり、レイの目から見てかなりの腕の持ち主に見えた。


(ダークエルフの中にも魔法や弓だけじゃなくて近接戦闘を得意としている奴はいるんだな)


 ふと、レイの脳裏を去年ベスティア帝国で行われた闘技大会で戦った一人のエルフの姿が過ぎる。

 ランクA冒険者に相応しく、強力な精霊魔法と近接戦闘能力の両方を持っていた相手のことを。


(さすがにそこまでの腕はないけど。……ランクC程度か? 人間よりも長く生きるだけあって鍛える時間は多いんだろうから、その辺は当然か)


 レイもまた、近づいてきたコボルトへと向かってデスサイズを振るう。


「ギャンッ!」


 技も何もない、純粋に力だけで放たれた一撃。

 だがその一撃は、コボルトの持っていた長剣を叩き折り、そのままの勢いで顔面を殴りつける。

 元々コボルト程度のモンスターでは、重量百kg程もあるデスサイズの一撃を受け止めることは出来ない。

 悲鳴を上げながら吹き飛んだコボルトは、その時点で頭部を砕かれて命を失っていた。

 返す刃でペインバーストを試すと、それを食らったコボルトはこれまで聞いたことのないような悲鳴を上げ、意識を失う。


「いい加減、そろそろ集落に到着してもいい頃合いじゃないか?」

「そうだな、もう少しなのは間違いない。正直なところ、夜の森だからってこんなにモンスターが出てくるというのは完全に予想外だった」


 レイの隣へと陣取ったダークエルフの男が、弓を引き絞りながらレイの独り言に言葉を返してくる。


「そうらしいな。俺はてっきりこれがこの森での普通だと思ってたんだけど」

「幾らなんでも、これは多すぎる。普段からこんな状況だと、とてもじゃないけどこの森で暮らしていくのは無理だ」

「やっぱり森に起きている異変の関係か?」

「恐らくな」


 お互いに言葉を交わしながらではあるが、それでも手は止めずに次々とコボルトを仕留めていく。

 そのまま戦闘が続くこと、数分。襲ってきたコボルトは全てが死体と化して地面へと横たわっていた。

 コボルトと戦闘をしている間にも近くにいたダークエルフ達が次々と合流してきており、レイ一行の戦力は時間が経つに連れて高まっている。

 逆にコボルトの方は元々そこまで強力なモンスターでもない為か、数の多さだけで何とか持ち堪えていたのだが……それもある境を過ぎるとあっという間に全滅してしまったのは、ある意味当然の結末だったのだろう。


「……人数が増えたな」

「ああ。これならもうモンスターの襲撃に怯える必要はないだろう」

「それもあるけど……もしよければ、セトの背にいる四人をそっちで預かって貰えないか? そうすればセトが自由に戦闘に参加出来るんだが」

「いや、だがそれは……現状でも十分あのグリフォンは戦力になってると思うが? なのに、今わざわざそんな手間を掛けてこちらが子供達を預かる必要があるのか?」


 レイと話しているダークエルフの男にしてみれば、セトは背中に四人の子供を乗せたままで遠距離射撃を行って十分役割を果たしている。

 そして子供達を自分達が預かることになれば、当然子供を預かった者は攻撃に参加出来なくなるだろう。

 精霊魔法を使えば攻撃は可能だが、森に突入してから幾度もの戦闘をこなしてきた以上、潤沢に魔力が残っている者はそう多くない。

 であれば、今の状況こそが最善と思うのも当然だった。

 それに何かを言い返そうとしたレイだったが、その前に別のダークエルフが口を開く。


「そろそろ集落だ!」


 そう聞かされれば、今から子供達を預けるような真似は寧ろ邪魔にしかならないとレイが判断するのも当然であり、結局現状のまま集落まで向かうことにするのだった。

 そして……森が途切れ、やがて障壁の結界が姿を現す。

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