第1061話

 森を抜け、集落の前に到着したレイ達が見たのは予想外の光景だった。

 篝火に照らし出されている幾つもの死体、死体、死体。……まさに死体の山と呼ぶのが相応しいような光景。

 それでもレイ達一行が悲しまなかったのは、その死体の全てがゴブリンやコボルト、オークといった森で何度も戦ってきたモンスターだったからだろう。

 他にも何種類かレイが見たことがないモンスターの死体があったが、それを見たレイは残念そうな表情を浮かべる。

 魔獣術によりこの世に生を受けたセトやレイの手に握られているデスサイズは、モンスターの魔石を吸収して成長していく。

 だがその条件として、魔石を持ったモンスターとの戦闘にレイかセトが参加してモンスターとの魔力波長を合わせなければならないという制約がある。

 魔力波長を合わせるというのは別に何か特別なことをする必要はないのだが、戦闘に参加するという行為は必須だ。

 つまり、ギルドに魔石を納品するという依頼を出して楽に魔石を入手し、それにより成長……という訳にはいかない。


(あの角が三本生えている狼とか……あ、あっちの手が四本有る猿も初めて見るな。それとあれは水? ああ、スライムか。けど黒いスライムなんて初めてだ。……俺の方は未知のモンスターは一匹しか倒せなかったのに、こっちには……)


 少しだけ羨ましくなったレイだったが、今はそれどころではないと障壁の結界の側にいるダークエルフの集団へと近づいて行く。

 その集団の中にはオプティスやマリーナの姿もあり、ここで指揮を執っていたのは間違いなかった。


(オプティスの場合は年甲斐もなく戦闘に参加してたんだろうけど)


 オプティスの持つ杖の先端が血に塗れているのを見ながら、レイは口を開く。


「ルグドスを含めた子供四人。無事に連れてきたぞ。セト」

「グルゥ」


 レイの呼び掛けに、背中に四人の子供を乗せたセトが前に出る。

 それを見たマリーナの表情が安堵に歪む。

 いや、安堵したのはマリーナだけではない。その場に集まっていたダークエルフの皆が安堵の表情を浮かべていた。


「ルグドス!」

「イアン!」

「カルージャ!」

「ミュルス!」


 それぞれ四人の家族なのだろう。名前を呼びながらレイの方へと近づいていく。

 本来ならグリフォンを怖がってもおかしくないのだが、今は自分の子供のことだけに意識が向いているのかセトを全く気にしないで近づいて行く。

 そしてセトの背にいる三人を抱きしめ、叱り、喜ぶ。……そう、三人を。


「ルグドス! ルグドスは一体どうしたの!?」


 ルグドスの母親だろうダークエルフが、意識を失っているルグドスを見て悲鳴を上げる。

 頭から血を流しており、意識がないのだから当然だろう。

 そんな母親に対し、レイは声を掛ける。


「どうやらそっちの三人を庇ってゴブリンに棍棒か何かで殴られたみたいだ。ポーションで回復しようかと思ったけど、殴られたのが頭だからな。こっちで勝手に回復させてもいいのかどうか迷ったから、そのままにしてある。詳しい知識を持っている人物に診せてから回復した方がいい」

「……ありがとうございます」


 ルグドスの姿にしか目が向かっていなかったのだろう。母親はレイの姿にようやく気が付き、一瞬だけ息を呑む。

 魔力を感じる能力を持つこの母親は、レイが新月の指輪を外した時にその場にいた。

 だからこそレイが実際にはどれだけの魔力を持っているのかというのは知っており、畏怖すら覚える。

 だが……それでも自分の息子を助けてくれた相手に感謝の言葉を述べない程には礼儀知らずではなかった。


「気にするな。これもマリーナに頼まれたことだからやったんだし。……それより、早く集落の中に戻って治療をした方がいい」


 レイの言葉に、母親とその近くにいた父親は深々と頭を下げると、ルグドスを抱えて集落の中へと戻っていく。

 それを見送り……ふと気が付くと、イアン、カルージャ、ミュルスという三人の家族達もレイの方へとやって来ては感謝の言葉を述べ始めた。


「ありがとうございます。貴方のおかげでカルージャは……」

「イアンのことについてもお礼を言わせて下さい」

「まだ小さなミュルスを助けてくれて、ありがとうございます。この子に何かあったら、本当にどうすれば良かったのか……」


 次々に感謝の言葉を告げられ、レイは微妙にどう対応していいのか迷う。

 元々人に感謝の言葉を言われるというのは慣れていないレイだ。

 どう言えばいいのか少しの間迷い……やがて小さく溜息を吐くと、口を開く。


「気にするな。さっきも言ったけど、これはマリーナに頼まれたから引き受けたことだ。それに……俺も収穫がない訳じゃなかったしな」


 そう告げるレイの言葉に、周囲にいる者達は全員が不思議そうな表情を浮かべる。

 だが、レイの言葉は決して嘘ではない。

 初めて遭遇したフクロウ型のモンスター、デルトロイの魔石を得ることが出来たのは今回一番の収穫だった。

 また、強化された飛斬を何度も使うことが出来、ペインバーストもそれよりは少なかったが使用する機会があり、完璧という訳ではないがある程度使いこなすことは出来るようになっている。


(それに何より、子供達も無事助けることが出来たし。……いや、ルグドスの怪我を思えば全員無事って訳じゃないけど、それでもゴブリンに食い殺されたりしなかった辺りは幸運だったのは間違いない)


 レイの中では、最終的な収支はプラスということで今回の件は落ち着いている。

 それもあって、大々的に褒められるというのは微妙に居心地が悪いものがあった。


「おっ、他の奴等も戻って来たな」


 レイの居心地の悪さをカバーしようと思った訳ではないのだろうが、それでも不意にそんな声がダークエルフの一人から上がる。

 その場にいた者達が森の方へと視線を向けると、何人かのダークエルフが姿を現したところだった。

 殆どが矢筒を空にしており、多少なりとも怪我をしている者も多い。

 それでも致命傷と呼べる怪我をしている者の姿はなく、集落の近くにいたダークエルフ達は安堵の息を吐く。

 早速ポーションや飲み物、軽い食べ物を持ってそちらに近づいて行くのを見送っていたレイは、不意に近づいてきた気配にそちらへと視線を向ける。

 そこにはいつものように胸元や背中が大きく開いたパーティドレスを身に纏ったマリーナの姿があり、笑みを浮かべてレイへと口を開く。


「はい、お疲れ様。……レイのおかげであの子達を無事助けることが出来たわ。……ありがとう」

「いや、俺は……」


 レイが口を開こうとした時、不意にドラゴンローブの裾が引っ張られる。

 下へとレイが視線を向けると、そこでは少し前まで両親に抱きつかれていた筈のミュルスがドラゴンローブへと掴まっていた。


「にいちゃ、にいちゃ」

「あー……うん。どうしたんだ?」

「とーちゃとかーちゃが、おれーをって」


 おれー? とミュルスの言葉に首を傾げるが、レイがミュルスの両親へ視線を向けると先程同様に再び深々と頭を下げられる。


(おれー……ああ、お礼か)


 その様子を見て、ようやく何を言いたかったのかを理解したレイは、取りあえず小さく頷くだけでミュルスの両親への返事とする。

 そして未だにドラゴンローブの裾を引っ張っているミュルスの背中をそっと押し、両親の方へと向かわせる。


「ほら、取りあえず今日は父さんと母さんにしっかりと甘えてこい」


 怒られるかもしれないけどな、という言葉は飲み込んで告げるレイの真意にミュルスが気が付く筈もなく、見てる者が幸せになるような笑みを浮かべて両親の下へと向かって走って行く。


「結構子供の扱いは慣れてるのね?」

「……そうか?」


 意外そうに呟くマリーナに、レイは首を傾げる。

 自分では決して子供の扱いに慣れている訳でもないし、ましてや得意でもないという思いがあった為だ。

 だがマリーナの目から見たレイは、十分に子供の扱いに慣れているように見えた。

 この辺は純粋にそれぞれの感じ方の違いなのだろう。


「とにかく……この集落の子供達を助けてくれてありがとう。今回の件は世界樹の依頼に関係なかったのに、それでも助けてくれたのは感謝してるわ」


 いつもの艶然とした笑みではなく、純粋な感謝を表したマリーナの表情にレイは少しだけ意外な表情を浮かべて口を開く。


「別に気にするなって。マリーナからの頼みなんだから、この程度のことはどうってことないから」

「あら、レイ。そんなことを言ってもいいの? 忘れてるのかもしれないけど、私はギルムのギルドマスターなのよ? もし何でも私の言うことを聞いてくれるというのなら、色々と無理な依頼を頼むことになるかもしれないわよ?」


 一瞬前に浮かべていた笑みは何だったのかと言いたくなるような、悪戯っぽい笑みを浮かべて告げてくるマリーナに、レイもようやく我を取り戻したかのように笑みを浮かべる。


「今回は特別だよ。もし何か依頼をしたいのなら、相応の報酬を用意してくれ」

「……そうね。もし何かを頼む時には最高の報酬を用意させて貰うわ。それこそ、この世に二つとない程の報酬を……ね」


 女の艶を感じさせるその笑みに、周囲からマリーナとレイの様子を見ていた者達の多くが目を奪われる。

 夫や恋人がそんなマリーナに目を奪われているのを見て、怒った女が足を踏んだり身体を抓ったりといった行為により、悲鳴も量産されることになったが。


「ほう。これは意外と……ふむ、悪くないかもしれんの。儂にも丁度いい遊び相手が出来るし」


 オプティスがレイとマリーナのやり取りを眺めながら、面白そうな笑みを浮かべる。

 オプティスにとって、レイというのは中々に見所のある相手だった。

 いや、自分の相手をしてくれるという意味では、孫娘の婿としては最善の選択だと言ってもいい。

 しかし、すぐにレイが人間であると思い出して小さく首を横に振る。


(ダークエルフと人間では寿命が違いすぎる。特にマリーナはより強く一族の血脈を受けている。そんな二人が一緒になっても、結局はマリーナが悲しむだけ……か)


 レイがどのような人物かを知らないオプティスだけに、孫娘の幸せを願えば一時の付き合いであればともかく、結婚というのは絶対に認められることではなかった。

 それでもマリーナに対して強く言うことが出来ないのは、レイを見て感じるものがあるからだろう。

 見た目は間違いなく人間なのだが、その身に宿している魔力はとても人間とは思えぬ代物。

 その不自然さが、オプティスの目で見てもレイをただの人間とは言い切れなくなっていた。


(まぁ、あれだけの魔力を持っておるのだ。普通の人間のように数十年で死ぬようなことはないじゃろう。ならば、今ここでレイがどのような存在なのかを決めつける必要はあるまい。それに……)


 愛すべき孫娘へと視線を向けたオプティスは、そこに女としてのマリーナの顔を見る。

 ここで何かを言えば、恐らくろくなことにならないというのは、これまで長き時を生きてきたオプティスには分かりきったことだった。

 そんなオプティスとは裏腹に、忌々しそうにレイを睨んでいる男の姿も決して少なくはない。

 レイが莫大な魔力を持ち、一時的にしろ世界樹を回復させ、更には行方不明になっていた子供を探しに森の中へと向かい、最終的には四人の子供達を救い出した。

 これだけの功績があれば、この集落にとっての救い主であると言ってもいい。

 だが……それでも、マリーナという非常に魅力的な女がレイと親しくしているというのは、男としてどうしても嫉妬せざるを得ない。

 マリーナがこの集落から出て行く前から知っている者もいれば、マリーナが出て行ってから生まれた者もいる。

 そんな男達の視線を集めていたマリーナだったが、本人はそれを全く気にしていない様子だった。

 元々自分が人より顔立ちが整っているのは理解しているし、冒険者時代から何度となく口説かれたことも多い。

 中には強引に関係を持とうと襲ってくる者もいたが、その全てを撥ねのけてきたのだ。

 今更男に視線を向けられた程度で、特に何かを感じたりといったことはない。

 ……もっとも、その視線が敵意だったり殺意だったりすれば話は別なのだが。

 自分へと向けられている視線を受け流しながら、マリーナは口を開く。


「さぁ、とにかく子供達が無事だったんだし、やることがない人は集落に戻って頂戴。私はまだ森にいる人達が戻ってくるのを待つから」

「じゃあ、俺も待つか」


 セトを撫でながら告げるレイに、マリーナは笑みを浮かべながら口を開く。


「あら、いいの?」

「ああ。エレーナやヴィヘラ達もまだ戻ってきてないしな。他の面子も」


 そう告げるレイに、周囲のダークエルフの男達は羨ましげな視線を向け……それでもこれ以上ここにいては自分が邪魔になるだけなのだと知っているのか、そのまま集落へと戻っていく。

 そしてレイは、マリーナやセト、オプティスといった面々とエレーナ達が戻ってくるのを集落の前で待つのだった。

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