第1059話
意識を失ったままのルグドスを抱き上げ、茂みを出る。
そんなレイの姿を見たセトが真っ直ぐに駆け寄っていく。
「セト、悪いけど背中にこいつを乗せてくれるか?」
「グルゥ」
レイの言葉にセトが喉を鳴らして背中を向ける。
レイ以外を乗せて飛ぶのは難しいが、それでも子供一人であればどうにかなるし、何より空を飛ぶのではなく地面を移動するのであれば全く問題はない。
「にーちゃ、にーちゃ」
レイのドラゴンローブを引っ張って、ダークエルフの子供が心配そうな視線を向ける。
そんな子供の頭を撫でながら、レイはミスティリングからルグドス達を探しに出る前に渡されていた笛を取り出した。
「お前達も心配はいらないぞ。俺だけでもお前達を守ることは出来るけど、それ以外にお前達の知り合いも呼ぶからな」
「本当? 皆が来てくれるの!?」
「ああ。お前達を探す為に集落にいる大勢の大人達が森に出ている。……覚悟しろよ? 集落に戻ったら、間違いなく叱られるから」
その言葉に、三人の子供達は強く目を瞑る。
どんなに怒られるのか想像したのだろう。
そんな三人の頭を、レイは小さく笑みを浮かべて軽く叩いていく。
自分も子供の頃には無茶なことをして両親に怒られた……と、日本にいた時のことを思い出す。
「けど、お前達が混乱して好き勝手に逃げたりしないで、ルグドスもきちんと守った。これは褒められるべきことだ」
「いや、だって……」
子供の一人が、仲間の子供……レイをにーちゃと呼んで懐いている一番小さい子供へと視線を向ける。
「ミュルスがいるのに、俺だけ勝手に逃げるなんて真似は……なぁ?」
「うん、そんなことをしたら、絶対にこの子は死んじゃうし」
「う?」
ミュルスと呼ばれた一番小さな子供が、呼んだ? と小首を傾げて視線を向ける。
(自分達を守って怪我をしたルグドスと、この子供……ミュルスという守るべき相手がいたから、この二人はパニックにならないで済んだのか。……普通の人間なら間違いなくパニックになって、それぞれが好き勝手に逃げてモンスターの餌になってただろうけど)
やはりダークエルフだけあって見かけよりも精神年齢は高いのだろうと、納得してしまう。
「とにかく、お前達はよくやった。……ああ、そう言えばまだしっかりと自己紹介をしてなかったな。さっきも言ったけど、俺は世界樹の件でマリーナに依頼されてやって来たレイだ。こっちはセト」
レイの言葉に、ダークエルフの子供達もそれぞれ口を開く。
「俺はイアン」
「私はカルージャ」
「う? ミュルス!」
三人の自己紹介を聞き、レイは改めて口を開く。
「これから集落に戻るまで、色々と怖い思いをすることもあると思う。俺を信じろとは言わない。まだ会ったばかりだしな。けど……」
「にーちゃ、信じる!」
レイが最後まで言い切る前に、ミュルスがそう告げる。
まさかそんな風に言われるとは思っていなかったこともあり、レイは一瞬だけ意表を突かれた表情を浮かべてしまう。
もしレイという人物を多少なりとも知っている人物がいれば、今のレイの様子に驚きの表情を浮かべただたろう。
普段は泰然自若……と言うのは少し言いすぎだが、それでも驚いたりすることはあまりないレイなのだから。
「うん、俺もレイ兄ちゃんを信じるよ。こうして俺達を助けに来てくれたんだし」
「私も信じます」
「……物好きな奴等だな。まぁ、それはともかくとしてだ」
照れで少しだけ赤くなった頬を掻きながら、レイは誤魔化すように言葉を続ける。
「俺も腕には多少自信があるが、それでもお前達全員を完璧に守れるかと言われれば、必ずしもそうとは言えない」
元々、レイは決して護衛に向いているという訳ではない。
その性格やセトという存在から、攻撃や遊撃、奇襲といった攻めに向いている能力の持ち主でもある。……もっとも、火災旋風という広範囲攻撃を持っている以上、拠点防衛という点に必ずしも向いていない訳ではないのだが。
……どちらかといえば、拠点攻撃の方がより向いているのだが。
要塞の類に突然レイとセトが夜闇に紛れて侵入し、火災旋風を内部で巻き起こしたらどうなるか。
それこそ何も出来ないうちにその要塞は大きな被害を受けるだろう。
勿論大きな要塞ともなれば都市や街のように結界の類が張られていることも珍しくはないが、レイとセトであれば強引に突破するのも難しくはない。
「う……レイ兄ちゃんでも出来ないことってあるんだ」
自分達を助けに来てくれたレイだけに、イアンの目から見ればレイには出来ないことはないように思えた。
カルージャも、レイとセトへと不安そうな視線を向けている。
上の二人に影響されたのだろう。ミュルスもどこか不安そうに周囲を見回す。
そんな三人の頭を軽く撫で、順番にセトの背へと乗せていく。
ルグドスがいるだけに、他に子供ではあっても三人も乗れば非常に狭い。
だがルグドスが落ちないように押さえる役目も必要だったし、何よりレイとセトの移動速度に子供では付いてこられないという致命的なまでの理由があった。
「ほら、いいか? 今から笛を吹いて森の中にいるダークエルフ達を呼ぶ。けど、当然笛を吹けば目立つから、モンスターが襲ってくる可能性は十分にある。何かあった時にはすぐに移動するから、セトの背から降りるなよ。それとルグドスが落ちないようにしっかり押さえておけ」
言い含めるようなレイの言葉に、三人はそれぞれ頷きを返してルグドスを押さえる。
それを確認してからレイは手に持った笛を口へと持っていき、大きく息を吸って魔力を流した笛へと口を付け……ピーーーーーッ! と、甲高い音が周囲へと響く。
レイが持っている笛は、ただの笛ではない。魔笛と呼ばれるマジックアイテムの一種だ。
どこにでも売ってる有り触れたマジックアイテムの一つだったが、それでもこの場合はそれで十分だった。
レイのいる場所から、周囲へと高々と笛の音が響く。
その音に反応するように、森の中の何ヶ所からも笛の音が返ってくる。
(よし。後は、出来るだけモンスターがこっちに来ないといいんだけど……)
笛の音にモンスターが近づいてくるのは間違いないが、それでもレイのいる場所ではなく他の場所で鳴っている笛の音に惹かれて移動して欲しいというのが、レイの正直な思いだ。
守るべき四人の子供が背中にいる以上、セトは自由に行動出来ない。
それでも固定砲台的な役割をこなせるだけのスキルの数々があるので全くの無力という訳ではないが、どうしてもセト本来の戦い方と違うというのは間違いなく、そんな戦い方に慣れないというのもある。
だからこそ、出来れば早く笛の音を聞いたダークエルフに集まって欲しいと思っているレイだったが……
「ちっ、飛斬!」
近づいてくる複数の気配に気が付き、茂みから槍を持った五匹のコボルトが現れたのを見て、舌打ちと同時に飛斬を放つ。
森の異変によるものか、それとも単純に夜の森に餌となるダークエルフが多く興奮しているのか、目が血走り、口からは涎や泡を垂らしながら呼吸も荒くコボルト達は走る。
視線の先にいるのがグリフォンだと知れば、普段であれば真っ先に逃げるだろう。
だが、今のコボルト達は興奮しており、それこそ敵がドラゴンであっても躊躇なく襲い掛かるように見えた。
「ワオオオオオオオオオオオン!」
「グルアアァァァァァッ!」
そんな雄叫びを上げてレイ達へと襲いかかろうとした五匹のコボルトだったが、その機先を制するかのように飛斬が飛ぶ。
レベルが五となり威力が飛躍的に上がった飛斬は、大人でさえ抱えることが出来ない木を……それも生木すら切断するだけの威力を持つ。
ドラゴンの鱗のように強力な自前の防具を持っているのであればともかく、身体中から生えている毛しか持っていないコボルトではそんな飛斬を防げる筈もない。
『ギャンッ!』
腕を失い、悲鳴を上げることが出来たコボルトは、まだ運が良かったのだろう。
数匹のコボルトは、悲鳴を上げることすら出来ずに胴体を上下真っ二つに切断され、上半身が地面に落ち、下半身も数歩進んだ後に地面へと倒れる。
それぞれの切断面から内臓や血が零れ落ちるが……今が夜であったのは、三人の子供達にとって幸いだった。
夜目が利くダークエルフではあったが、それでも昼間より見えるということはないのだから。
それでもイアンとカルージャの二人は息を呑み、セトに掴まったまま声を発することが出来ない。
唯一ミュルスのみはまだ小さく、何が起きたのか理解していない為か、キャッキャと喜びの声すら上げていた。
(モンスターに襲われるかもしれないのに、目を伏せてろなんて言える筈もないしな)
デスサイズを手に、腕を失ってまだ悲鳴を上げているコボルトの方へと近づいていったレイは、その巨大な刃を振るってあっさりとコボルトの命を絶つ。
「取りあえず一段落……か?」
「グルゥ!」
レイの言葉に応えるかのように、セトが鳴く。
(あの五匹のコボルトが一番近くにいたらしいな。運が良かった。今この状況で来て欲しくないのは、数が多いゴブリンだ。最悪森を燃やしてもいいのならどうにでもなるだろうけど)
デスサイズを手に、周囲の様子を探るレイ。
……と、不意に背中に四人の子供を乗せているセトが首を動かし、茂みの方へと視線を向ける。
敵か? とデスサイズの柄を握る手に力を込めたレイだったが、そこから姿を現した相手の姿を見て安堵の息を吐く。
何故なら、そこにいたのは弓を手にした二人のダークエルフだった為だ。
「見つけたか!」
レイの顔を見るなり尋ねてくるダークエルフの男に頷きを返し、セトへと視線を向ける。
そんなレイの視線を追った二人のダークエルフの男は、セトの背に四人の子供がいるのを見て安堵の息を吐く。
行方不明になっていた四人を見つけたのだから安堵するのは当然だったが、レイはそんな二人に厳しい表情で話し掛ける。
「ルグドスがゴブリンにやられたらしい。傷から見て恐らく棍棒か何かだ。頭を殴られたから、迂闊にポーション使うのも不味い気がしてな。出来ればしっかりと知識のある奴に見せてから回復した方がいいと思う。血もあまり流れてないし」
「っ!? ……そうか……」
レイの話を聞いたダークエルフの片方は少しだけ厳しい表情を浮かべたが、それでも怪我自体はそこまで酷くないと聞き、すぐに安堵の表情を浮かべて口を開く。
「それでどうする? このままもう暫く他の者達が集まるのを待つのか?」
「どうだろうな。今も言ったけど、出来れば怪我を早く治療した方がいい。このまま人数が集まるのを待っていると、それが遅くなるんだよな」
「じゃあ、このまま集落に向かうか? 移動しながら時々笛を吹けば、こちらに合流する者もいるだろう。そうやって人数を集めながら集落に向かうというはどうだ?」
ダークエルフの提案に、レイは少しだけ考えるが……
「そっちがそれでいいのなら、俺はそれで構わない。ダークエルフのことについては、俺よりもお前達の方が一番分かってるだろうし」
「……行くの?」
セトの背の上に乗っていたカルージャが、少しだけ怖がりながら尋ねる。
もっとも、怖がっているのは集落に戻ってから怒られることではなく、森にいるモンスターなのだろうが。
「ああ。カルージャもイアンもミュルスも、よく無事だったな。ルグドスが怪我をしたのは残念だったけど、何、この程度の傷はすぐに治るさ。もしかしたら、この傷が治るよりも集落に戻った時に怒られるだろう傷の方が治りは遅いかもな」
イアンやカルージャといった怖がっている子供を落ち着かせる為だろう。ダークエルフの片方が冗談交じりにそう告げる。
緊張しているからこそ今のような話でも十分に面白かったのか、イアンとカルージャの二人は堪えきれずに笑い声を漏らす。
そんな二人の側にいたミュルスは、事態がよく分かっていないが二人が笑っているのでこちらも笑う。
(どうやら子供の相手は向こうに任せても大丈夫なようだな)
元々レイはそれ程子供の扱いが得意という訳ではない。
いや、苦手とすら言ってもいいだろう。
寧ろセトの方が普段から一緒に遊んでいるだけあって、子供の相手は得意だった。
(大人が来て落ち着いてくれたし……後は、集落まで無事に到着するだけだな)
デスサイズを握りながら、レイは子供達と話しているのとは別の男の方へと声を掛ける。
「後はこのまま集落に真っ直ぐ向かえばいいんだよな?」
「ああ。さっきあいつが言ったが、移動している間に他の連中も集まってくる筈だ。こっちの戦力が集まれば集まる程にこっちも有利になる。……もう暫く、よろしく頼む」
深々と頭を下げてくるダークエルフの男に、レイは頷きを返し……
「さて、じゃあ夜の森の散歩と洒落込むか」
そう告げ、夜の森へと向かって踏み出すのだった。
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