第1058話
「……さて。まぁ、素材の剥ぎ取りとかは後回しだな」
デスサイズによって切断されたデルトロイの首を拾い上げ、未だに足が枝にくっついているのを見ながら、再度デスサイズを一閃。
枝を切断し、そのままミスティリングへと収納する。
「エアロウィングのように大きければ、バブルブレスの効果を抜け出すことも出来たんだろうけどな」
セトの放つバブルブレスは粘着性の液体へと変化するという特性を持っている。
だが、それでも結局はまだレベル一のスキルであり、そこまで強力無比な粘着力はない。
少し飛ぶ強さや体重、筋力といったものがあれば、粘着性の液体から逃れることは難しくはなかっただろう。
だが……デルトロイの場合はフクロウ型のモンスターということもあって、隠密性に特化しているモンスターだ。
それだけに、くっついた枝から脱出することは出来なかったのだろう。
「相性が悪かったな。……いや、色んな敵に対応出来る能力を持っているセトを相手にした時点で負けは決まってたか」
デルトロイの止まっていた木を一瞥すると、レイはその場を離れる。
思ったよりも時間が掛かったが、今はダークエルフの子供達を探すのが先決なのだ。
(真っ直ぐ戻れば早いんだろうけど……)
バブルブレスによってそこら中が粘ついている中を進むのは、レイもごめんだった。
無理をすれば行けるかもしれないが、既にデルトロイを倒してしまった今はそこまで無理をする必要はない。
ダークエルフの子供を助けるという目的があり、そちらは急ぐ必要はあるが、ここで無理に真っ直ぐセトの下へと戻ってもレイの身体中についた液体を処理するのに手間取り、結局子供の捜索が遅くなるだけになってしまうだろう。
自分が来た道を戻り、伸びている枝を掻き分けながら進んでいくと、不意に濃い血の臭いが漂ってきた。
(何だ?)
疑問に思っても、それがセトの血だとは全く思わずに進み、やがてセトのいた場所へと到着する。
すると、そこには五匹のオークが地面に転がっていた。
首があらぬ方へと曲がっていたり、胴体の一部が存在しないオーク、頭部そのものがなくなっているオークもいる。
当然五匹のオークは全てが息絶えており、それを誰がやったのかというのは考えるまでもない。
「セト、よくやったな」
「グルルルルルゥ!」
レイの声に、セトは嬉しげに喉を鳴らす。
その前足やクチバシにはオークの血が付いており、地面にはオークの死体の他にも欠けた長剣や槍といったものが落ちていたのだが、今の嬉しそうなセトの姿を見てそんな凄惨な光景を思い浮かべる者はいないだろう。
「槍は……さすがに使えないな。にしても、セトに対して攻撃を仕掛けてきたのか。……異常は相変わらずみたいだな」
最初はセトがオークを見つけて先制攻撃をしたのかとも思ったレイだったが、セトのいる場所は先程バブルブレスを放った場所から殆ど動いていない。
だとすれば、セトがオークに攻撃を仕掛けたのではなく、オークがセトに攻撃を仕掛けたのだろう。
(まぁ、オークが姿を見せた時点で結果は変わらなかっただろうけど)
レイもそうだが、セトもオークの肉は好物だ。
オークはランクこそ低いものの、例外的にその肉は美味い。
(イベリコ豚とか黒豚とかアグー豚とか何回か食ったことがあるけど、それと比べても肉の味は上なんだよな。いや、俺が食ったのがスーパーで売ってるようなブランド豚だから、本当に美味いブランド豚ならオークより美味いのかもしれないけど)
日本にいた時に食べた豚肉の味を思い出しながら、レイはセトの向けてくる円らな瞳の圧力に負けて五匹のオークの死体をミスティリングに収納する。
「セト、攻撃をするのなら出来れば胴体は止めておけ。バラ肉の部分が大きく減るだろ。……内臓の処理とかも大変だし」
「グルゥ……」
ごめんなさい、と喉を鳴らして反省するセト。
そんなセトの頭をそっと撫でながら、レイは励ますように言葉を続ける。
「まぁ、少しくらいは仕方がない。それにオークだって必死に抵抗してるんだから、そう考えれば全員を一撃で綺麗に仕留めるってのは難しいかも……なっ!」
「ギャギュギョ!」
セトを撫でていた左手ではなく右手で腰のネブラの瞳を起動し、手の中に鏃を生み出すと手首のしなりを利用して少し離れた場所にある茂みへと投擲する。
レイとセトの隙を窺っていたゴブリンが上げる悲鳴が周囲に響く。
「ったく、俺を狙っていたのか、セトを狙っていたのか、それともオークの死体を奪おうとしてたのか……それは分からないけど、数が多すぎなんだよ!」
苛立たしげに叫ぶと、ミスティリングからデスサイズを取り出して茂みへと突っ込んで行く。
そんなレイの後を追うようにセトも茂みへと突っ込み……そこにいた十匹近いゴブリンが骸と化すのに一分と掛からなかった。
「……ゴブリンが多いってのは聞いてたけど、本当に多いな。これでもう何匹倒した?」
「グルルゥ?」
セトが首を捻るのを見て、わざわざゴブリンを数えるのも馬鹿らしいと判断したレイは、デスサイズの刃についていたゴブリンの血を払い落とすと口を開く。
「とにかく、いつまでもここでこうしてる訳にもいかないし……子供を探すのに戻るか」
「グルゥ!」
レイの言葉に賛成するようにセトが鳴き、レイはセトの背へと跨がる。
ゴブリンの死体はこれまで同様にその場に残し、セトが地を蹴って森の中を進む。
その後も数匹程度で動いているゴブリンを見つけたものの、わざわざ止まって倒すのも面倒だと、セトがウィンドアローやアイスアローを使って先制攻撃し、横を通り抜け様に前足の一撃やクチバシの一撃、そして背に乗っているレイのデスサイズの一撃により次々に仕留めていく。
ゴブリンを倒しながら森の中を走り回ること、数十分……未だに行方不明になっているダークエルフの子供達の姿は見つからず、また他の者が見つけた時に鳴らす笛の音も聞こえては来ない。
(おかしい。こんなに大勢で森の中を探してるんだから、当然子供達だって自分達が探されているのを知っていてもおかしくはない。それなのに、何故自分から出て来たりしないんだ? ……まだ、生きているのか?)
レイの脳裏を、最悪の光景が過ぎる。
子供だけに、苗床にされるということはないだろう。
だが……逆に言えば、それは苗床にすらならないということになり、そんな者の行き着く先は当然のようにゴブリンやコボルト、オークといった者達の腹の中だ。
(羊の肉でもマトンよりもラム肉が人気だって言うし……)
レイも日本にいる時には焼き肉でラム肉が好きだっただけに、子供の方が肉が美味いというのは理解している。
他にも料理漫画やTVでは、子羊や子牛を使った料理が出てくるのも珍しいことではない。
(って、幾ら何でも不謹慎だな)
頭を振って考えを振り払い、ダークエルフの子供達を探すべく周囲の様子をしっかりと確認していき……
「グルゥッ!」
「っと!」
走っていたセトが、唐突にその動きを止める。
四肢を突っ張ったおかげで、地面には四本の轍のようなものが出来上がっていた。
セトが何も言わず唐突に足を止めたので、当然ながらその背に乗っていたレイもバランスを崩すが、それでも何とか立て直すことには成功する。
「どうした?」
レイの口から出たのは、セトに対する文句……ではない。
セトが何の意味もなくこんな真似をする筈がないというのは知っている為だ。
いきなりこんなことをしたのだから、間違いなく何らかの理由がある筈。
そんな思いで尋ねたレイに、セトは視線を進行方向から少し外れた場所にある茂みの方へと向ける。
「グルルゥ」
どこか優しい雰囲気で喉を鳴らすセト。
そんなセトの様子を見ていたレイは、もしかして? と思う。
「誰か……いるのか?」
レイの口からその言葉が出た瞬間、少し離れた場所にあった茂みが微かにだが揺れる。
揺れた茂みの方へと視線を向けながら、レイは相手を驚かさないようにゆっくりと話し掛ける。
もしかして、という思いの方が強い。
だがそれでも……もし本当に探している子供達がここにいるのであれば、見逃す訳にはいかなかった。
戸惑ったように揺れている茂みに対し、レイは向こうを安心させるように再び口を開く。
「俺はダークエルフの集落で子供達がいなくなったから、それを探すように頼まれてきた者だ。お前達もダークエルフの集落にいるのなら、世界樹の件は知ってるだろ? それを治療する為にやって来たんだよ」
こんな風に話していて、実は全く関係ない野生動物やモンスターでしたなんてことになったら間抜けなことこの上ないな。
レイは脳裏でそんなことを考えつつ、それでも一応……茂みの方へと声を掛け、向こうの返事を待つ。
そのまま一分程が経ち、唐突に茂みの揺れが大きくなる。
茂みの中から自分の方を見ている幾つかの光。
それがダークエルフの目なのだろうと悟ると、レイは再び口を開く。
「ほら、こいつを見たことがないか? セトだ。目立っていたから、集落でも見たことがあっただろ?」
「グルルルゥ」
相手を緊張させないように喉を鳴らすセトに、やがて茂みが再び揺れて三人の子供が飛び出してくる。
「お願い、ルグドスを……ルグドスを助けて!」
「頼むよ姉ちゃん! 頼むからルグドスを助けてくれよ!」
「ねーちゃ、ねーちゃ!」
髪の色はそれぞれ銀であったり黒であったり、青であったりとそれぞれ違うが、それでも褐色の肌と尖っている耳はこの三人がダークエルフの子供である証だった。
「落ち着け。取りあえず落ち着け。……それから一応言っておくけど、俺は姉ちゃんじゃない。兄ちゃんだ。その辺を間違えるなよ?」
自分が女顔であるというのは理解していたが、それでもこうして女呼ばわりされるのは男として決して嬉しいことではなかった。
そんなレイの言葉に、三人のダークエルフの子供達はそれぞれ頷きを返してくる。
自分の言葉で取りあえず落ち着いたというのを見て取ったレイは、改めて口を開く。
「それで、ルグドスを助けて欲しいって? そいつを含めてお前達を探しに来たんだが……怪我でもしたのか?」
「う、うん。僕達を庇ってゴブリンに……」
「ルグドスのおかげで、僕達は無事だったんだけど……」
「ねーちゃ? にーちゃ?」
次々に言ってくる子供達の様子に、レイは微かに眉を顰める。
(何だろうな。特にこの三人目。見たところ、まだ五歳にもなっていないような年齢に見える。いや、ダークエルフなんだから、見た目通りの年齢ではないんだろうけど)
必死に言い寄ってくる三人を見て、レイは溜息を吐く。
「分かった。幸い俺はポーションを持ってるから、多少の傷なら回復出来る。それで? ルグドスとかいう奴はそっちの茂みに……いるみたいだな」
漂ってくる微かな血の臭いを嗅げば、それがどれくらいの傷なのかというのは大体理解出来る。
しかし、血の臭いを嗅ぎつけたレイは不思議そうな表情を浮かべていた。
漂ってくる血の臭いが、本当に微かでしかないからだ。
とてもではないが動けない程の出血量があるとは思えない。
(となると、単純に気を失っているだけか? ……それはそれで、この子供達にとってはどうしようもなかったんだろうけど)
全員が十歳に満たないだろう外見の子供達だ。自分達のリーダー格でもあるルグドスをこの人数で……しかもモンスターが大量に存在する夜の森でどうにか出来る筈もなかった。
(いや、寧ろルグドスだったか? その子供を放って逃げなかっただけでも凄いな。まぁ、そうなってれば恐らく皆死んでたんだろけど)
生き残ることが出来たのは、全員が纏まって一ヶ所に隠れていたからなのだろう。
そう考え、レイは三人の頭を順番に撫でていく。
「よく無事だったな。……一応聞いておくけど、森に入ったのはお前達三人とルグドスの四人だけだよな?」
レイの問い掛けに、三人の子供達は頷く。
その仕草に安堵の息を吐いたレイは、三人を促す。
「さ、そのルグドスって奴のところに連れて行ってくれ。そろそろ集落に戻らないといけないしな」
「うん!」
そう告げた子供達に案内され、レイは茂みへと向かおうとし……その前に一旦足を止め、セトへと振り向く。
「セト、お前は周辺の警護を頼む。モンスターを近寄らせないでくれ」
「グルルゥ!」
任せて! と喉を鳴らすセトをその場に残し、レイは三人の子供達と一緒に茂みへと向かう。
「にーちゃ、だいじょぶ?」
舌っ足らずの言葉で尋ねてくる子供の頭を撫でながら、レイは茂みに隠されていたルグドスへと視線を向ける。
レイが思った通り、傷自体はそれ程酷くはない。
額から血を流しているが、それだけだ。
だが……
(額、つまり頭を打ったってのはちょっと危ないな。純粋な外傷だけならポーションで回復出来るんだけど……この辺は、もっと専門知識を持った詳しい相手に任せた方がいい。出血の量もかなり少ないし)
ポーションを取り出そうとした手を止め、三人に向かって口を開く。
「このまま勝手に治療をすると、後で害になるかもしれない。今はこのまま集落に戻った方がいい。……いいか?」
レイのその言葉に、三人の子供達は素直に頷く。……一番小さな子供は、取りあえず他の二人が頷いたから頷いたといった感じだったが。
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