第1052話

 目の前に広がる光景に、レイは唖然とした表情を崩すことが出来ない。

 元々セトの一撃がどれだけの威力を持っているのかというのは、理解していた。

 だがそれでも……まさか一撃でセトの二倍以上はあるだろう大きい岩が砕かれるというのは、完全に予想外だった。

 砕かれるというよりは、破壊されると呼ぶべき光景。

 セトの放つパワークラッシュは、レイの予想を超える威力を有していたのだ。


「これは……凄いな」

「グルルルルルゥッ!」


 思わずといった様子で出たレイの呟きに、セトは凄いでしょう! と嬉しそうに、それでいて自慢するように鳴く。

 そんなセトの鳴き声で我に返ったレイは、慌ててセトへと向き直る。


「セ、セト! お前身体は大丈夫なのか!?」


 慌ててセトの様子を確認したのは、やはり自分がセトのパワークラッシュと同系統のスキルでもあるパワースラッシュを使った時のことを覚えているからだろう。

 間違いなく高い力を持つ一撃ではあったが、その特性上身体に返ってくる反動も大きい。

 上手い具合にその反動を流さなければ、敵にダメージを与えるのと同様自分の身体にもダメージが来るのだ。

 紙一重で自分にも被害が来るだろうスキルだけに、パワースラッシュを使いこなすのはレイにとってもある程度の練習が必要だった。

 だが……今のセトは、そのパワークラッシュが二レベル上がったにも関わらず、全く躊躇することなく放ったのだ。

 それだけに、どうしてもレイはセトの様子が心配だった。

 もしかしたら今の一撃で前足の骨が折れているのではないか。

 そんな心配すらあったのだから。しかし……


「グルゥ?」


 どうしたの? と小首を傾げたセトの様子に、レイは安堵の息を吐く。

 それでももしかしたら我慢しているだけなのではないかと、そっとセトの前足へと手を伸ばして怪我の有無を確認するが、幸いどこにも怪我をしたような場所はない。


「……良かった……」

「グルルルゥ?」


 レイが何を心配しているのか分からないといった様子で首を傾げているセトだったが、レイはそんなセトの頭を軽く叩く。


「全く、あまり心配させるなよ」

「グルゥ」


 喉を鳴らすセトの様子にレイは安堵の交じった溜息を吐くと、視線を岩のあった……そう、あった方へと向ける。

 既にそこにあるのは岩ではなく、セトの一撃によって砕かれた岩の残骸の石が殆どだ。


「……なぁ、セト。一応聞くけど、今回は剛力の腕輪は使ってないよな?」

「グルゥ」


 レイの言葉にセトは頷きを返す。

 それを見たレイは、改めて岩のあった方へと視線を向けた。


(レベル五がどうこうって話じゃないよな、これ)


 明確に威力が違う……否、違いすぎるその攻撃は、まさしく凶悪と表現してもおかしくないだけの威力があった。

 岩をそのまま破壊するだけでも凄いのだが、その上で今の一撃で岩は殆どが大きめの石と表現出来る程度にまで砕かれている。

 勿論岩の全てが破壊された訳でなく、地面にはまだ岩の土台部分と呼ぶべきものは存在している。

 だが、それでも……今の一撃の威力がとてつもない威力であるのは事実だった。


(これで剛力の腕輪を使ってないって言うんだから……使ったらどれだけの威力になるんだ? それとセトが得意としている、急降下しながらの落下速度と共に放たれる一撃とか……レベル五で云々って考えてた俺って一体何だったんだろうな)


 飛斬はレベル五になったことにより、その威力が飛躍的に上昇した。

 だが、今のレイはより強烈な衝撃を与えたセトの一撃により、完全に飛斬に関しての衝撃を上書きされてしまっている。


「あー……うん。取りあえずセトの一撃が強力になったってのは分かった」

「グルルゥ!」


 凄いでしょ! と自慢げに胸を張る様子は、セトが相変わらずセトらしいと言えるのだろう。

 それを見て、ようやくレイも自分が感じていたセトに対する懸念のようなものが消えたのを理解し、小さく笑みを浮かべてセトの頭を撫でる。

 その感触が気持ちよかったのだろう。セトは喉を鳴らしてレイの手に身体を委ね……そんな時間が数分続いていると、ふとセトがレイに撫でられて垂れていた状態から顔をあらぬ方へと向ける。

 野生の獣が獲物を見つけた時にするような動きは、セトがただの愛玩動物ではないことを示していた。……もっとも、巨大な岩を一撃で破壊するだけの攻撃をする愛玩動物というのは、レイにはちょっと想像も出来なかったし、したくもなかったが。


「セト?」

「グルルゥ……」


 セトの見ている方へと視線を向けるレイだったが、そこにあるのは森の木々だけにしか見えない。


(一体何が?)


 そんな風に疑問に思ったレイは、ふと枝と枝の隙間に何かが見えたような気がした。


「あれは……エアロウィングッ!?」


 空から一直線に自分達の方へと近づいてくる四枚の羽根を持った鳥のモンスターを、レイは当然知っていた。

 いや、寧ろこのモンスターを探していたというのが正しいだろう。

 そしてエアロウィングは、真っ直ぐ自分達の方へと向かってきていた。


(飛んで火に入る夏の虫……もとい、火の鳥。……火の鳥だと微妙に強くなりそうな感じがするな)


 そんな風に思っている間にもエアロウィングは真っ直ぐに自分達の方へと向かって迫ってくる。


「セト、まず俺が牽制の一撃を放つから、隙が出来たところに攻撃を加えてくれ!」

「グルゥ!」


 デスサイズを手に、真っ直ぐに迫ってくるエアロウィングに対し、レイはデスサイズを振るう。


「飛斬っ!」


 放たれたのは、先程強化されたばかりのスキル。

 放たれた斬撃は、レイ達の方へと向かってくるエアロウィングへと向かって飛んでいく。


「シャアアアアアアアッ!」


 以前と同様、まるで蛇のような鳴き声を上げながら、翼を羽ばたかせて幾つもの風の刃をレイへと向かって放つ。

 既にレイの隣にセトの姿はない。

 光学迷彩を使用し、次の攻撃の準備に移っていた。

 エアロウィングも本来であればセトの姿が見えなくなっていることに気が付いていただろう。

 だが、今のエアロウィングは非常に攻撃的になっており、理知的な判断が出来なくなっている。

 それ故に、まず目に付くレイへと向かって真っ直ぐに襲い掛かっていったのだ。

 空中でぶつかり合う複数の風の刃と、一つの大きな斬撃の刃。

 飛斬の刃は自分に向かってくる風の刃を、次々と蹴散らしながら進んでいく。

 それでも何個もの風の刃が当たったことにより、飛斬の威力をある程度落とすことには成功したのだろう。エアロウィングは四枚の翼を羽ばたかせて飛斬の刃を回避する。


「シャアアアァッ!」


 次は自分の番だ。

 エアロウィングの鳴き声から、レイはそんな意思すら感じ取れた。

 だが、そんなエアロウィングに対してレイが向けたのは笑み……それも自らの勝利を確信した笑みだ。

 エアロウィングはそんなレイの様子に何か気が付いたのか、それとも全く気が付かなかったのか……再び風の刃を放とうとし、次の瞬間には上から聞こえてきた雄叫びに気が付く。


「グルルルルルゥッ!」


 光学迷彩を使ってレイの側を離れ、エアロウィングから見えない場所で空へと舞い上がり、より高い場所から落下しながらの一撃。

 その上、剛力の腕輪の効果が発揮しており、先程取得したばかりのパワークラッシュを使っての一撃。

 岩をも砕くだけの一撃に、エアロウィングが耐えられる筈もなかった。


「うわっ!」


 だが、下でセトがエアロウィングへと向かって放った致死的な一撃を見ていたレイは、思わず悲鳴を上げてその場から逃げ出す。

 向かうのは、少し離れた場所にあった木の側。

 何故レイが悲鳴を上げてまで逃げたのかというのは、次の瞬間明らかになった。

 ……そう、文字通りの意味で血の雨が降ってきたことによって。

 正確には血と肉と骨と内臓と羽毛その他諸々の雨と表現するのが正しいだろう。

 そもそも、大きさが五m程もある岩を砕くだけの威力を持っているパワークラッシュに、剛力の腕輪、高空からの降下の勢いまでをも利用しての一撃だ。

 そんな攻撃を食らえば、当然エアロウィングであろうとも防ぐ……否、死体に原型を残すことは不可能だった。


「うわぁ……」


 音を立てて降ってくるエアロウィングの血や肉。

 レイは木の下に逃げ込むことが出来たから問題はなかったが、もしセトの一撃の威力に気が付かずにいれば、これを思い切り浴びていたのだ。

 思わず口から悲鳴が出てしまっても、おかしくはないだろう。


(いや、ここまでエアロウィングが砕け散ったとなると、魔石とかはどうなったんだ? もしかして魔石も得られなかったのか?)


 血や肉、骨、内臓といったもの全てを含めてエアロウィングの雨と呼ぶべきものが止んだのを確認すると、レイはそっと木陰から出る。

 改めて見ると、まさに地獄絵図としか表現出来ない光景が広がっていた。


「エアロウィングの肉も……こうなってしまえば、俺達が食べることは出来ないよな」

「グルゥ……」


 レイの呟きに、先程のパワークラッシュを放った勢いで地上に降りてきていたセトが悲しそうに鳴く。

 エアロウィングの魔石はセトも是非吸収したかった魔石であるし、その肉の味は非常に美味だったのを覚えていた為だ。

 また、セトは完全に興味がなかったが、エアロウィングの素材の中でも高値で取引されている羽毛に関しても血や肉でとてもではないが売り物にならない状態であり、集めるのも苦労をするのは間違いない。

 そんなセトの様子を見ていたレイは、さすがに可哀相になったのかそっと落ち込んでいる頭を撫でてやる。


「ほら、元気出せって。魔石だってさっきの一撃で本当になくなってしまったとは限らないだろ? もう少しちゃんと探して……あ」


 レイの言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 何故なら、視線の先……エアロウィングの肉片に紛れるようにして存在している魔石が目に入った為だ。


「セト……セト! セト!」

「グルゥ?」


 突然大声を出したレイに、どうしたの? とセトが視線を向ける。

 だが、レイはそんなセトをそのままに、魔石のある方へと向かって走り出す。

 そうして拾い上げた魔石は、血と肉に塗れてはいたが不思議と壊れてはおらず、綺麗な形のままだった。


「セト! これ!」


 叫ぶレイに、セトは一瞬何を言ってるんだろう? と小首を傾げるが、レイの手の中にあるのが魔石だと知ると嬉しそうに鳴き声を上げながら近づいて行く。


「グルルルゥ!」


 地を駆ける足取りが軽いように思えるのは、やはりセトも魔石を壊してしまったかもしれないと思っていたからだろう。

 いや、本来であれば壊れていても全くおかしくはない。

 エアロウィングの肉体に包まれていたことがもたらした奇跡といったところか。

 近くにある葉っぱで魔石に付いている血や肉片を拭き取ったレイは、そのままセトへと向かって口を開く。


「ほら、セト。行くぞ。お前が欲しがっていた、エアロウィングの魔石だ」


 その言葉と共に放り投げられた魔石は、セトのクチバシに咥えられて飲み込まれる。


【セトは『トルネード Lv.二』のスキルを習得した】


 脳裏に響くメッセージに、セトは嬉しさの雄叫びを上げた。


「グルルルルルルルルルルルゥッ!」


 その喜びは、やはりトルネードを習得出来たということが大きく影響しているのだろう。

 常にレイと共にいるセトは、当然ながらレイが今まで火災旋風を生み出して敵を蹂躙するという光景を幾度となく見てきた。

 それだけに、レイの持つ攻撃手段の中では火災旋風に対して強い思いを抱いていることも知っている。

 その火災旋風をより強力に出来るだろうトルネードが強力になったことは、間違いなくセトにとって嬉しい出来事だった。


「セト、じゃあ早速使ってみてくれるか?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、嬉しそうに喉を鳴らしていたセトはしっかりと前方の空間を眺めつつ、スキルを発動する。


「グルルルルルゥ!」


 その声と共に現れたトルネードは、約三m程の高さを持っていた。


「レベル一の時は一mくらいの大きさだったから、ざっと三倍か。……今までのパターンだと、二mくらいかと思ってたんだけどな。これは嬉しい誤算だ」


 嬉しそうな笑みを浮かべつつ、レイはトルネードをじっと見ていたセトの頭を撫でる。

 その感触が嬉しかったのか、セトは嬉しそうに喉を鳴らしてトルネードを意図せぬ方へと動かし……悲劇が訪れる。

 周辺にはエアロウィングの肉や骨、内臓、羽毛といったものが大量に散らばっていたのだが、そこにトルネードが移動したのだ。

 そうなればどうなるのかは明白だろう。

 地面に散らばっていたエアロウィングの残骸がトルネードに吸い込まれるようにして吸収されつつ、それでいながらトルネードの遠心力によって周囲に千切れた肉や内臓、骨の欠片といったものが放たれる。

 セトがエアロウィングを倒した時は垂直に降ってきた血と肉の雨だったが、今回は水平に放たれた肉と骨と内臓の雨だった。

 ……レイの前にセトがいたのでレイは無傷だったが、その分セトは身体中に肉や骨をへばりつけることになる。


「グルゥ……」


 セトの悲しげな鳴き声のみが周囲に響く。






【セト】

『水球 Lv.三』『ファイアブレス Lv.三』『ウィンドアロー Lv.三』『王の威圧 Lv.一』『毒の爪 Lv.四』『サイズ変更 Lv.一』『トルネード Lv.二』new『アイスアロー Lv.一』『光学迷彩 Lv.二』『衝撃の魔眼 Lv.一』『パワークラッシュ Lv.四』『嗅覚上昇 Lv.一』『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』


トルネード:竜巻を作り出す。竜巻の大きさはLvによって異なる。Lv.二では高さ三m程度。

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