第1051話
ダークエルフの集落を中心として展開された障壁の結界。その外側には迷いの結界と呼ばれている結界もあり、集落はその二つの結果に守られている。
そんな結界に守られている中を、レイはセトと共に歩き回っていた。
「よし、セト。今回は俺達だけだから、何の心配もいらないで力を発揮出来るな」
「グルゥ!」
「ただ、昨日のようにポロが乱入してくる可能性もあるから、その辺はしっかりと警戒する必要があるぞ」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに任せて! と喉を鳴らす。
そう、現在レイとセトは一人と一匹で行動中だった。
マリーナとしては、レイやセトの鋭い感知能力は世界樹に手を出してきただろう存在を見つけるのに役立つのではないかという思いもあったのだが、それと同様に森の中の見回り……具体的には異様に興奮しているモンスターを何とかする必要も感じていた為だ。
特に世界樹が再び衰弱を始めた以上、森の中の異変は昨日よりも大きくなるのはほぼ確実だろうという思いがあった為、一行の中の最大戦力であるレイとセトはこうして森の中へと回されることになった。
他に森に回されているのは、戦闘が起きそうだということでヴィヘラ、元々森の異変の調査という依頼を受けていたアースとポロ……そしてこれだけだと少し戦力が少ないだろうと判断し、ダークエルフの中から腕の立つ者達が何人か回されている。
その中にはオードバンやジュスラといった者達もいたが、レイとセトはそんな一行とは別行動を取っていた。
ヴィヘラもまた戦闘を思う存分楽しみたいということで、個人で動き回ることになっている。
……正確には、幾ら何でもヴィヘラ一人だけでは危険かもしれないということでイエロがヴィヘラと共に行動しているのだが、純粋な戦闘力という意味ではイエロは殆ど役に立たない。
あくまでもイエロの役割はいざという時の連絡役兼ヴィヘラの話し相手という一面が強い。
イエロの記憶を覗くことが出来るエレーナは少し心配そうにしていたのだが、ヴィヘラがイエロに変なものを見せたりしないと約束したことで、結局イエロはヴィヘラと共に行動することになった。
「昨日は結局モンスターが姿を見せなかったからな。そう考えれば、今日こそエアロウィングを見つけないと」
「グルルルゥ!」
レイが自分にエアロウィングの魔石を渡すといった約束を忘れていなかったことに、セトは嬉しそうに鳴く。
その喜びの中には魔石の件もあったが、同時にエアロウィングの肉の件があるというのもある。
ダークエルフの集落で食べたエアロウィングの肉はとても美味だったのだが、一匹から取れる量はそれ程多くはなく、ただでさえ身体が大きく食欲旺盛なセトにはとても満足出来るものではない。
それだけに、セトは今日こそ絶対にエアロウィングを見つけてみせる! と決意を露わにしていた。
「やる気だな、セト」
そんなセトの頭を撫でつつ、レイは森の中を進んでいく。
周囲にあるのは、自然のままの森の姿だ。
踏み固められて道がある訳でもなく、普通に歩くだけでは非常に歩きにくい場所ではあるが、レイもセトもそんなのは全く気にならないようにしながら歩いていた。
「モンスターを探すにしても……それか、この前は駄目だったスキルを試すにしても、まさか生えている木をどうにかする訳にはいかないしな」
ここがダークエルフの住んでいる森である以上、森の木々を勝手に切断やら破壊やらをしてしまっては、ダークエルフ達と敵対する可能性がある。
ダークエルフを助ける為にここまでやってきたというのに、そのダークエルフを怒らせるような真似をして敵対しては意味がない。
だからこそ、斬ったり破壊したりしても問題のない代物……具体的には倒木や岩といったものを探して、一人と一匹は森の中を歩いていた。
勿論この森を探索している本来の目的でもある、異常なモンスターの姿を探すのも忘れてはいない。
その辺は冒険者として、レイも十分に弁えていた。
……そもそもセトの五感から逃れられるモンスターがそうそういる筈も無いので、その辺に関してはあまり心配していなかったというのも事実だが。
「グルルルゥ!」
不意に、セトが鳴き声を上げる。
警戒を示すような緊張感を持った鳴き声という訳でもなかったので、レイは特に気にした様子も見せずにセトが見ている方へと視線を向け……そこに木が一本倒れているのに気が付く。
木の幹には爪痕のようなものがあり、自然に倒れた訳でないのは確実だった。
「この周辺にモンスターがいる……もしくはいたのは間違いないな」
倒れている木の幹は、大人の男でも一抱えに出来ない程の太さがある。
そのくらいの太さを持つ木は、低ランクモンスターが破壊するのは不可能なように思えた。
(まぁ、低ランクモンスターの全てが無理って訳じゃないだろうけど)
中には驚異的な一撃を放つことが出来るモンスターというのも存在している。
そんなモンスターの一撃で破壊された可能性もあるし、もしくはモンスターではなく野生動物が木をへし折った可能性もあった。
「まぁ、どのみち出てくれば倒すだけだけどな。……どうする、セト? あの木にスキルを試してみるか?」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは首を横に振る。
そんなセトの様子に、レイは驚くと共に納得してしまう。
元々セトの一撃というのはグリフォン本来の身体能力にマジックアイテムの剛力の腕輪と組み合わさったことで、素の状態でも木を折る程度のことは容易に出来ていた。
であれば、今目の前にある木くらいではレベルが二も上がったパワークラッシュの威力を試すのには向いていないと言いたいのだろう。
それを理解したレイは、ならば自分がとデスサイズを取り出す。
大人ですら一人では抱えることは出来ないだろう太さの幹を持つ木だ。そうであれば、当然飛斬の威力を試すには丁度いいという思いがあった。
周囲には木々が生えているのだが、それでもデスサイズを振るうだけの隙間はある。
そんな空間の中で、レイはセトが少し下がってデスサイズを振るう場所から離れたのを確認してから、デスサイズを振るう。
「飛斬っ!」
その言葉と共に放たれた斬撃は、真っ直ぐに倒木へと向かう。
斬っ、という音を立て、大人でも抱え上げられない程の太さを持つ木は、真っ二つに切断される。
「……え?」
レイの口から出たのは、どこか呆けた声。
自分で放っておいてなんだが、今の一撃がここまで威力があるとは思っていなかったのだ。
当然だろう。以前までの飛斬は、速度と飛距離もそれなりだったが、同時に威力もそれなりだった。
少なくても大人が抱えられないような木……幹の太さが一m以上もある木を切断出来るような威力は存在しなかった。
(レベルが上がったから? ……いや、でも一から二、二から三、三から四って具合にレベルが上がってきたけど、ここまで極端に威力が上がるようなことはなかったぞ?)
完全に動揺しながら、レイは自分の腕とデスサイズ、そして離れた場所にある切断された木へと何度も視線を行き来させる。
「グルゥ!」
そんなレイに、セトはおめでとう! と喉を鳴らす。
頭を擦りつけて祝ってくれるセトの姿に、ようやくレイは混乱から立ち直る。
セトの頭へと手を伸ばして撫でながら、今の一撃がどういうことかを考える。
(もしかして、今のは偶然? よくゲームとかにあるクリティカルヒットとか、そういうのだったとか?)
自分が放った飛斬の威力が信じられず、レイの視線はデスサイズへと向けられる。
そうして暫く考え……結局考えるよりも実際にもう一度使ってみた方が手っ取り早いと判断し、再びデスサイズを構える。
「飛斬っ!」
再度離れた飛ぶ斬撃は、先程と同じく真っ直ぐに飛んでいき……やがて真っ二つになった倒木の片方へと命中すると、再びその倒木を二つに切断する。
「グルルルゥ!」
レイの一撃に再びセトが喜びの声を上げる。
そんな声を聞いていたレイだったが、自分のスキルによって切断された倒木へと向かって歩を進める。
「グルゥ?」
どうしたの? と言いたげなセトだったが、それ以上は何も言わずにレイを追う。
そのまま倒木の下へと到着したレイは、たった今自分が切断した斬り口をじっと見つめる。
鋭利な刃物で切断されたその倒木は、決してレイの見間違えという訳ではない。
(つまり……どういうことだ? 飛斬の威力が極端に上がったのは、何らかの理由……レベル五、か?)
現在デスサイズが習得しているスキルの中で、もっともレベルが高いのは当然のようにたった今経験した飛斬だ。
そのレベルは五であり、ゲームや何かであれば一つの区切りとかになることも多いレベルだ。
(ゲーム? ……そうか、タクムか!?)
ゼパイル一門で数術と呼ばれる魔術を使っていたタクム・スズノセ。その正体はレイと同じく地球に生を受けた者。
レイのように魂だけでこっちに来たのではなく、学生服を着ていたことから肉体諸共エルジィンへとやって来たのは確実だった。
つまり当然ゲームの類も知っている以上、レベル五で強力になるという風に魔獣術の術式を弄るのはそれ程難しいことではなかっただろう。
(もしそれが本当なら、俺が次にレベル五に届きそうなのは……風の手と腐食がレベル三だな。セトの方は今回の件でパワークラッシュがレベル四になったから、もう少しでレベル五に届きそうだけど。他にもレベル三のスキルは結構多いし。実際に他のスキルがレベル五になってから判断するしかないか)
どうしたの? と円らな瞳で自分を見ているセトに、レイは何でもないと首を横に振ってそっと頭を撫でる。
「理由がどうあれ、飛斬が今までよりも強力になったのは間違いない事実なんだ。それなら取りあえず喜んでおけばいいか。……さて、俺のスキル確認は終わった。ペインバーストは試すに試せないしな」
相手により大きな痛みを与えるというペインバーストは、飛斬のようにその目で見てスキルの威力を理解出来る訳ではない。
実際に相手に使って、初めてその威力を確認出来るスキルでしかない。
であれば、当然セトに使う訳にもいかないし、出て来たモンスターか、それこそ野生動物辺りにでも使うしかなかった。
「取りあえずセトのパワークラッシュの威力を確かめられる相手を見つけることが必要だろうな」
「グルゥ!」
ペインバーストは一先ず置いておくことにし、レイはセトと共に周囲の様子を探りながら歩き続ける。
だが、前日と同様にモンスターが姿を現すことはない。
(またポロが遊びに来たりしないだろうな?)
そんな風に考えていると、不意に近くの茂みが揺れる音がして、レイとセトは動きを止める。
もしかしてモンスターなのでは? と警戒しつつ、それでいながら本当にポロだったりしないだろうかと思いながら茂みを見ていると……
「コン!」
一匹の狐が、そんな鳴き声を上げて茂みから出る……が、視線の先にグリフォンのセトがいるのに気が付くと、その場で踵を返して逃げ去っていく。
「グルゥ……」
セトが残念そうに鳴いたのは、狐と遊びたかったからなのか、それとも餌として狐を見ていたからか。
ともあれ、去って行った狐を見送っていたセトは、ふと茂みの向こう側へと視線を向け……そこに大きな岩を見つける。
「グルゥ!」
高さ四m程、幅は五m程もあるだろうその巨岩は、この森の中にあるのは不思議に思う程の巨大な岩だった。
(森の中に岩? いや、あってもおかしくはないんだろうけど……それでも、何かこう……うん、妙な感じがするな。いや、単純に気のせいか?)
首を傾げているレイへ、セトは何か期待するような視線を向ける。
その視線が何を意味しているのかを大体理解していたレイは、少し考えて頷く。
「分かった。まぁ、あれだけ大きな岩なら、パワークラッシュの標的としては相応しいだろ。ただ、気をつけろよ。俺のパワースラッシュもそうだけど、基本的に強力な一撃を放つから、身体に掛かる負担も相当なものだ。……まぁ、セトの場合は心配いらなさそうだけど」
グリフォンという身体が丈夫なセトにとって、その程度の一撃ではあっても身体にダメージを受けることは少ないだろう。
そんなレイの言葉に、セトは分かってると喉を鳴らして地を蹴り、岩のある方へと走り出す。
「グルルルルルルルルルゥッ!」
セトの口から出たのは、まさに雄叫びと表現してもいいだろう声。
そのまま跳躍し、そのままパワークラッシュを発動し、前足の一撃を岩へと叩きつける。
放たれたセトの一撃は、強力無比と呼ぶべき結果をもたらす。
まるで豆腐でも砕くかのように、容易に岩を……セトの二倍以上はあるだろう大きさの岩を砕くのだった。
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