第1013話

 炎帝の紅鎧を展開したレイは、赤い魔力を身に纏ったまま氷の塊が消滅した場所を一瞥する。

 錬金術師として高い技量を持つズボズが厳選したマジックアイテムの一つ、氷を生み出して盾とする能力を持つそれが暴走した末に生み出された巨大な氷の塊は、レイの炎帝の紅鎧の赤い魔力を飛ばしてレイの想像通りの炎を生み出す深炎という技によって呆気なく蒸発してしまった。

 完全に氷が消滅しているのを確認すると、次にレイが視線を向けたのは仲間の方。

 ヴィヘラはダイアスとの戦いに満足したのか、レイの戦いに手を出す様子はない。

 エレーナは、レイの炎帝の紅鎧を初めて直接その目で見たことやアドリアを確保しているというのも関係しているのか、こちらも手を出すつもりはないらしい。

 共にレイなら変容しつつあるズボズを相手にしても勝てると、そう信頼しているからこその行動。

 アジモフはレイの様子に興味深そうな視線を向けてはいるが、それでも現状を考えると踏み止まるだけの自制心は残っていた。

 ビューネはレイの炎帝の紅鎧を見ても表情を変えず、ただ眺めているだけだ。


「……さて」


 次にレイが視線を向けたのは、右腕を茨の槍に貫かれて地面へと縫い付けられ、身体の殆どを茨によって絡め取られているポール。

 身動きが出来ない状態であるにも関わらず、レイの方へと向ける視線には怯えの色は一切ない。


「随分と肝の太い男だ。いや、印象通りで間違いないかと言われればそうなんだけどな。ともあれ」


 氷の塊にやったのと同様、レイは軽く手を振る。

 その動きに合わせたように、深炎は放たれ……そのままポールの近くにあったマジックアイテムの盾へと触れるや、猛烈な炎へと姿を変えて盾を溶かしていく。

 レイの本音としては、出来ればあの盾も欲しいとは思った。

 氷を生み出して盾とするという能力を持っているだけに、色々と使い道は多そうだったからだ。

 だが、レイが深炎で消滅させた氷の塊を生み出したのもあの盾であり、迂闊に残しておけば再び氷を生み出して自分を狙ってくる危険があった。

 いや、レイを狙ってくるのであれば、まだ対処は容易い。

 エレーナやヴィヘラも氷の槍程度はどうとでも対処出来るだろう。

 しかし狙われるのがビューネやアジモフといった者達であれば、どうなるかは分からない。

 ビューネなら回避出来るかもしれないが、ビューネ自身の戦闘力は決して高くはなく、不慮の事態が起きないとは限らなかった。

 そうである以上、ここで盾を破壊してしまうのが最善というのがレイの出した結論であり、その結果が今レイの視線の先で原型を留めない程に溶けている盾だ。


(壊れてない状態だったら、ミスティリングに収納するという手段を使っても良かったんだけどな)


 レイの魔力が込められた茨の槍の一撃で、その盾には穴が開いていた。

 そうである以上、作られた時の動作をきちんと行えるとは思えず、出来るとしても溶かして何らかの材料にするくらいしかない。


「殺さないのか?」


 自分を攻撃するのではなく、盾を攻撃したレイへと、ポールは訝しげに尋ねる。

 そんなポールに対し、レイは炎帝の紅鎧を発動させたまま肩を竦める。


「別に俺は好んで殺しをする訳じゃない。それに今回の件は色々と事情を知ってる奴がいた方がいいのは事実だ。お前にはダスカー様に色々と話して貰う必要がある」

「……ふん」


 ポールもレイの言葉に異論はあるのだろうが、それでもそれ以上は何もしない。

 何かをしようにも右腕を茨の槍に貫かれて地面に串刺しにされ、身体の半ば以上を茨に覆われているのだから、何も出来ないというのが正しいのだろうが。

 そんな状況であるのに痛みに悲鳴を上げず、表情にも出さないのは、ポールという人物の頑強さを現していた。

 それでもポールがこれ以上何もしないのは、やはり茨の槍のおかげだろう。


(抜くのは、この戦闘が終わってからだな)


 一瞬だけ茨の槍へと視線を向けた後、レイは最後に視線をズボズの方へと向ける。

 そこにいるのは、ズボズ……と呼ぶよりは、元ズボズと呼んだ方がいいくらいに変貌を遂げた姿だった。

 身体中に張っている根だけに、当然顔にもその根は存在し、鈍い光を発している。

 また、これも薬品の効果なのか、レイの目から見てズボズの身体が若干大きくなっているように見えた。

 既に変身とも呼べる準備は終わっており、いつでもレイに対して攻撃を仕掛けられるような状況になっているにも関わらず何故かズボズは腕を組んでレイへと視線を向けているだけだ。


「どうしたんだ? てっきり準備が出来たら真っ先に俺に攻撃を仕掛けてくると思ってたんだけど」

「ふん。そうしても良かったんだけどね。けど、せっかくカバジード殿下の仇をこの手で取れるんだ。奇襲して何も分からずに倒すというような真似をするよりは、しっかりと正面から君に勝った方がいいだろう?」


 体内に張っている根の影響なのか、それともこの短時間で身体が大きくなった影響なのか。

 ズボズから聞こえてくる声は、最初にレイが聞いた時に比べると明らかに甲高くなっている。

 最初にここで見た時とは比べものにならないくらいに変貌を遂げたその姿に自信を持っているのだろう。

 だがそんなズボズの姿に、レイは違和感を覚える。


(カバジードの仇討ちに俺を殺したいというのは分かる。けど、少し話しただけだが、ここまで好戦的な様子を表に出すタイプには見えなかったんだけどな)


 ズボズの様子に違和感があり、その違和感を解消すべく口を開く。


「それにしても随分と様変わりしたな。お前が腕のいい錬金術師だってのはこれまでのことから理解していたが、まさか自分の姿をそこまで変えるとは思わなかった」

「ふふっ、自分の作る物に自信があるからこそ出来るんだよ」

「だろうな。……けど、お前を守るポールもこの有様である以上、どうやって俺を倒す……いや、殺すつもりだ? 何だかんだ言っても、結局お前は錬金術師だ。つまり、戦闘力にはそれ程秀でていない筈だが? もしかして、身体が大きくなれば俺に勝てるとでも思ったのか?」


 半ば挑発のつもりで放たれたレイの言葉だったが、それを受けたズボズは面白くて仕方がないと言いたげに笑みを漏らす。


「くっくっく。そうですね。先程までの私であれば、君に勝つというのは不可能だったでしょう。ですが、今は違う。僕が作ったこれは、ゴブリンやコボルトといった相手にですら一定の戦闘力を付与することに成功した」

「ゴブリン、コボルト……それって、もしかして……」


 ゴブリンとコボルト。どちらもその辺に幾らでもいるモンスターの名称だ。

 それでいながら、今のズボズの様子とゴブリンやコボルトという名前を聞くと、どうしても一つのことを思い出す。

 コボルトは、サイクロプスの素材を剥ぎ取っている時に逃げてきた冒険者を追っていた存在であり、マジックアイテムを手にして身体に血管のようなものを張り巡らせるという行為をされた存在。

 そしてゴブリンは直接レイがどうこうした訳ではないが、ギルムの正門前でレイが見た冒険者の暴れていた騒動の原因となった武器。

 そんなレイの様子に、ズボズは顔中に体内の根による歪な模様を描かれた状態で口を開く。


「ああ、そう言えばコボルトを倒したのはレイだったらしいですね。出来ればもう少し様子見をしたかったのですが……ともあれ、それらの実験の結果で得られたものが先程私が口にした液体です。……調整の方が完全ではなかったので、こうして多少見苦しい姿になっていますが」


 見苦しい姿と言いながらも、ズボズはその言葉程に自分の姿を忌み嫌ってはいないらしい。

 根が張られ、手の甲に複雑な紋様となっているのを見ながらも、口元に浮かぶのは満足そうな笑みだ。

 その目には、多少の興奮があれども間違いなく知性の光がある。


(どうなっている? 俺が見た限りだと、サイクロプスもコボルトもあの根が張られると自意識を失っていた。武器に意識を乗っ取られたに近い状況だった筈だ。正門前の方ではそんな様子は見せなかったけど、あの時は武器を持ってなかったしな)


 そんなレイの訝しげな視線に、何を疑問に思ったのか悟ったのだろう。ズボズは嬉々として口を開く。

 元々錬金術師というのは少なからず自分の作ったマジックアイテムについて自慢をしたがるものが多い。

 それはズボズも変わらなかったということだろう。


「何を疑問に思っているのかな? ああ、私の意識が残っていることか。レイが倒したモンスターが貴い犠牲になってくれたおかげだよ。先程の液体を飲んだ結果、私の体内には戦闘自動反応神経とでも呼ぶべきものが出来上がっている。この神経がある限り、私はただの錬金術師ではない」


 腕を大きく振るうと、その拳は空気を砕くかのような速度をもたらす。

 同時に、今まで無理矢理身体を収めていた服が破れ、手の甲や顔同様に体内に根が……戦闘自動反応神経が存在しているのが見えた。

 拳を振るう音はレイの耳にも聞こえてきたが、その威力と速度は普通の錬金術師に出せる代物ではない。


「どうやらそうらしいな。話を聞く限りだと、その戦闘自動反応神経とやらがあれば、ある程度の戦闘は可能になるってことか? ……俺が見たモンスターは、その戦闘自動反応神経とやらに完全に意識を乗っ取られているように見えたんだけど」

「実験なのだから、当然だろう。……さて、つまらないお喋りもここまでだ。私もカバジード殿下の仇であるお前をいつまでも生かしておきたくはない。そろそろ、その生を終わらせてやろう」


 とんっ、と地面を蹴ったズボズは一気にレイとの間合いを詰め、まずは腕を引き千切ってやると言わんばかりに手を伸ばす。

 レイとの間合いを詰める速度は、その辺の錬金術師に出せるような代物ではない。だが……


「何っ!?」


 自分の伸ばした腕が、あっさりとデスサイズの石突きに弾かれたのが信じられなかったのだろう。ズボズの驚愕の声が周囲に響き渡る。

 そんなズボズへと視線を向けたレイは、持っていたデスサイズの柄の部分が当たるように横薙ぎに振るう。


「くっ!」


 デスサイズの一撃を食らっては、柄の部分であっても危険だと判断したのだろう。ズボズは咄嗟に後方へと跳躍する。

 いや、炎帝の紅鎧を発動しているレイに接近したことにより、身体の何ヶ所かには火傷の跡が出来ているのを思えば、そちらを嫌って距離を取った可能性もあった。


「どうした? 今の一撃でもうお互いの実力差を理解したのか? 随分と急いで逃げたみたいだけど」

「……そんな筈はない。私の力は戦闘自動反応神経によって、これ以上ない程に高められている筈だ。それこそ、一流と呼ばれる戦士すら超えるような動きすらも可能になる程に」


 自らに言い聞かせるようにして呟くズボズに、レイは特に異論はないと頷きを返す。


「だろうな。今のお前の動きは普通の錬金術師が出来る代物じゃない。けど……お前の想像力がその動きについていっていないんだよ」

「想像力?」


 ここでそんな言葉が出てくるとは思わなかったのか、ズボズは訝しげに呟く。

 だが、レイはそんなズボズに向かって真面目な表情のままで言葉を続ける。


「そうだ。お前が身体に生やした戦闘自動反応神経とやらは、使用した本人に強力な戦闘力をもたらすんだろう。それは、お前の今の身のこなしが証明している。だが、その戦闘自動反応神経とやらはその名前にある通り、お前の身体を自動的に動かしているに過ぎない」

「当然だろう。それを目的として作ったものなのだから。これを使えば戦闘力が全くない一般人であっても、一流の戦士を相手に肩を並べられるような戦闘力を手に入れられる」

「だろうな。ただ、その戦闘自動反応神経を使った奴が相手に出来るのは、一定以下の能力しか持ってない奴だけだ。……何をするにしても自動的に同じ反応をするとなると、動きを読むのはそう難しい話じゃない。それに……」


 一旦言葉を切ると、デスサイズを構えたレイは笑みを浮かべてから口を開く。


「想像力。……いや、この場合は独創性といった方がいいか? そういうのがないんだから、俺からしてみれば戦いやすい相手だと言えるな。その証拠を見せてやるよ」


 笑みすら浮かべたレイは、そのまま炎帝の紅鎧を解除する。


「……私を侮っているのか? そんな……そんなこと、認められるものかぁっ!」


 レイの言葉を認めたくなかったのか、それとも炎帝の紅鎧を解除したのが自分を明らかに侮っていると思ったのか。

 その激情に駆られるように、ズボズはその戦闘自動反応神経によってもたらされた高い身体能力を使って一気にレイとの距離を詰める。

 振るわれる拳が、レイの頭部を砕かんとして放たれるが……


「そんなに真っ正直に来ても、カウンターを入れてくれって言ってるようなものだぞ?」


 その拳を紙一重の位置で回避し、そのままデスサイズを振るう。

 先程と同じ柄の部分を使った一撃。

 そもそもの目的がズボズの捕縛である以上、刃で攻撃して殺す訳にはいかず、選んだ選択肢がデスサイズの百kgを超える重量を活かした鈍器としての攻撃。


「ぐがあっ!」


 それでも戦闘自動反応神経の効果のおかげか、デスサイズの一撃で吹き飛ばされたズボズは空中で身を翻して地上へと着地し……


「がっ、がぁっ!? な、こ、これは……? が、がぁぁぁぁぁぁっぁぁぁっ!」


 不意に動きを止めると、周辺一帯に響き渡るような叫びがその口から放たれた。

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