第1012話

 レイとズボズ、そして氷を生み出す盾を構えたポールの視線の先で、アドリアが捕らえられ、ダイアスが意識を失う。

 また、ダイアスの部下もビューネによる長針の攻撃による痛みで意識を失っていた。

 ここで起こった三つの戦い。

 その全てが、レイの仲間の勝利で戦闘は終わった。


「……さて、どうするんだ? お前の仲間は全員負けて、戦況は圧倒的にこっちが有利だが」


 デスサイズを構えたレイの言葉に、ズボズは怒りで顔を赤くしながらも、激昂するのを抑える。

 このまま怒りに任せて戦いをすれば、気持ちいいのは確かだろう。

 だが、そんな怒りにまかせた戦い方でレイに勝てるとは思っていなかった。

 いや、寧ろ万全の状態で戦っても勝つのは難しいだろう。

 そう思うだけの力の差があるというのは、ズボズも理解している。

 自分とポールの二人掛かりでも、まともにレイと戦えば勝ち目は皆無だろうと。


(……そう。まともに戦えば、ですけどね)


 内心で呟くズボズは、懐の中にある切り札へと意識を向ける。

 正直なところ、出来れば使いたくなかった切り札。

 だが、カバジードの仇を討つ為には手段を選んでいられないというのも事実。

 自分の身を傷つけないでレイに勝とうなどというのは、最初から考えていない。


(もう少し時間があれば、最後の調整を出来たものを……いえ、今更言っても仕方ないことですか。これの実験の為にモンスターを使った騒動を幾つも巻き起こしてしまいましたしね。もっとも、陽動という意味ではもう少し暴れて欲しかったのですが)


 これまでの自分が行ってきたことを思い、もう少し上手く出来なかったのかと、若干の後悔を覚える。

 だが、それでも……自分がやるべきことに変わりはない。

 小さく息を吸って吐き、吐いて吸う。

 自分の中にまだ残っている僅かな恐怖や躊躇いといったものを精神の力で無理矢理押し殺して口を開く。


「ポール、私の準備が出来るまで暫く防御をお願いします。そして……私の準備が終わったら、出来るだけ離れて下さい」

「使うのか?」


 氷を生み出す盾を持ち、レイの一挙手一投足を見逃さないようにしながら尋ねるポール。

 マジックアイテム屋を開いているだけあって、ポールもマジックアイテムにはそれなりに深い知識がある。

 いや、若い頃に錬金術師を目指したポールとしては、その辺の者よりはマジックアイテムに対して深い見識を持っているという自負があった。

 そんなポールの目から見ても、ズボズが作りだした切り札というのは現状打破をするという意味では非常に有効なものだ。

 ……それが、完成品であれば。

 危険を承知の上ではあるが、ズボズにとってその選択は決して最悪というべきものではない。

 それどころか自分の手でレイを殺せるのだと考えた場合、最良とまではいかないが、それに限りなく近い選択肢であったのも事実だった。


「往生際が悪い。飛斬っ!」


 振るわれたデスサイズから放たれた斬撃が真っ直ぐにズボズへと向かって飛んでいく。

 ポールのように頑強な肉体を持っているのならともかく、ズボズのような錬金術師がレイの放つ飛斬をまともに喰らえば、まず命に関わるだけの怪我をするのは確実だった。

 だが……その斬撃がズボズへと命中するよりも前に、その防御を任されたポールが割り込み、手に持つ盾で氷を生み出して斬撃を逸らす。


「させんよ」


 告げる言葉は短いが、そこに込められている意思は決して軽いものではない。

 そんなポールの様子に、レイはデスサイズを左手に持ち替え、右手にミスティリングから一本の槍を取り出す。

 穂先から石突きまでの全てが深緑をしているその槍は、レイが使う槍の中でも現在最も性能の高い、茨の槍。

 現状に相応しいだろう特殊能力を持ったマジックアイテムの槍……魔槍だ。

 いきなり現れた茨の槍だったが、ポールはそれを見ても特に表情を動かさずに黙ってズボズの前で盾を構える。

 自分に何かあったとしても、必ず守り抜くという決意を込めての行動。

 それを見たレイは、茨の槍を手に数歩の助走をして十分な身体の捻りを加えつつ魔力を込め、その力を余すことなく槍の投擲へと回す。


「うおおおおおっ!」


 雄叫びに近い声と共に、レイの手から茨の槍は放たれ……魔力を込められたそれは、槍と呼ぶよりは一条の光とでも呼ぶべき速度で、真っ直ぐにポールへと向かう。

 勿論ポールも黙ってそれを見ている訳ではない。

 手に持つ盾へと魔力を込め、先程の飛斬同様に攻撃を逸らそうとする。

 受け止めることは出来ずとも、逸らすという行為は可能であると。そう考えて魔力を盾に込め、より強力な盾となる氷を生み出す。

 ……それは、本来であれば間違った選択肢とは言えなかっただろう。事実、今生み出された氷の盾はその辺の冒険者では破壊することはまず不可能な程の固さになっており、また氷という存在の特殊性故に武器で攻撃しても滑って逸らされるのだから。

 だが……そう、だが。ポールが相手をしているのは深紅の異名を持つレイであり、桁外れの魔力をその魂に宿す者だ。

 そんなレイが放った茨の槍は、込められた魔力とレイ自身の人外の身体能力によってもたらされた速度により……次の瞬間、氷の盾をあっさりと貫いた。

 砕くのではなく、割るのでもなく、貫く。

 槍が通るだけの空間を生み出しながら、魔力を込められた茨の槍は氷の盾を貫き、やがて氷を生み出しているマジックアイテムの盾をも貫き、その盾を握っていたポールの右腕を貫いて地面へと縫い付ける。


「ぐっ!」


 腕を地面に縫い付けられたというのに、それでもポールの口からは悲鳴の声は出ず、短い苦悶の声だけが漏れ出る。

 だが……ポールにとっての試練の時は、今ここから始まる。

 ポールの腕を貫いて地面へと突き刺さった茨の槍は、その能力を発揮して茨を生み出す。

 茨の槍が突き刺さった腕から生じた茨は、まずその腕を完全に茨で覆い、同時にその茨を腕から肩、肩から胴体へと伸ばしていく。


「ぬっ、くっ、この!」


 茨で覆われていくという、ポールにとっては生まれて初めての経験。

 しかもレザーアーマーを身につけているとはいえ、茨で覆われた場所はそのレザーアーマーの隙間から棘を伸ばして皮膚を破り、肉を裂いてくる。

 茨の棘が肉で止まって骨まで達していないのは、ポールにとってせめてもの救いか。

 それでも腕ごと地面に縫い付けられ、そこから茨が身体中へと広がっていくのは止めようもない。

 ズボズを守る筈だった盾も茨の槍に砕かれ、今残っているのは槍が貫通してまだ残っている氷の盾だけ。

 ポールの使える魔力を最大限に注いで生み出された氷の盾は、高い防御能力がある。

 茨の槍には貫通されたが、それでもズボズが準備を整えるまでは何とか耐えることが……と、ポールが貫かれた腕から身体中に広がっていく茨の棘の痛みに耐えながら視線をズボズの方へと向ける。

 そこでは腰のベルトではなく、懐から取り出したガラス瓶へと魔力を流し込んで最後の仕上げを済ませたズボズが、ガラス瓶の中に入っている発光している緑色の液体を呷ろうとしているところだった。

 一瞬の躊躇。

 ズボズ自身、今自分が持っている品はまだ未完成だと知っている為だ。

 それこそまだ実験も完全に済ませていない代物であり、机上の空論とでも呼ぶべき代物。

 だがその机上の空論が正しければ、ガラス瓶の中身はズボズに強大な力を与えてくれる筈だった。

 カバジードの仇を自らの手で討つ。

 その思いと共に、ズボズはガラス瓶の中身を一気に呷る。

 粘度の高い液体が何の味も感じさせずに喉を通っていく。

 その感触に一瞬眉を顰めたズボズだったが、次の瞬間にはそんなことを考えていられるような余裕も消えていた。

 ドクンッ、と。身体の中で何かが蠢くような、そんな感覚がズボズを襲った為だ。


「ぐっ……がぁぁぁあぁぁぁっ!」


 その口から上がったのは、雄叫びか、それとも悲鳴か。

 ともあれズボズは自らの身体の中で何かが蠢く感覚に耐える。

 ズボズの顔の皮膚の下に、脈動する根のようなものが浮き出る。

 いや、顔だけではない。ローブの袖から出ている手の甲にも根のようなものが浮き出ていた。

 今見える範囲でそれなのだから、恐らく身体中に根のようなものが浮き出ているというのは、それを見ているポールも……そして茨の槍を投擲したレイも簡単に予想出来る。


「自殺……な訳はないか。切り札云々って言ってたしな。……けど、このままあの錬金術師を倒してもいいのか?」


 疑問に思いつつ、それでもこのままでは何か厄介な出来事が起こるだろうから、無理矢理にでも気絶させた方がいいだろうとレイはズボズの方へと近づいていこうとしたのだが、数歩進んだところで地面を蹴って真横へと移動する。

 すると、一瞬前までレイがいた場所には鋭く尖った氷の槍が突き刺さっていた。

 氷の槍の飛んできた方へとレイが視線を向けると、そこには氷の盾……いや、元氷の盾とでも呼ぶべきものが存在していた。

 つい先程までは氷で生み出された盾であったのは間違いない。

 だが今レイの視線の先にあるのは、とてもではないが盾とは呼べないだろう。

 薄かった氷の盾は厚みを増し、盾と呼ぶよりは氷の塊とでも呼ぶべき存在になっていたのだから。

 その氷の塊が動き……再びレイは大地を蹴る。

 横へと移動したレイが一瞬前まで自分がいた場所を見ると、そこにあるのは当然のように氷で出来た槍が大地へと突き刺さっていた。

 夕暮れの光を映す氷というのは、どこか幻想的な雰囲気を見る者にもたらす。

 しかし、今のレイはそんな幻想的な光景に目を奪われている暇はない。

 何故なら、氷の塊から次々にレイへと向けて氷で出来た槍が放たれるからだ。


「ちぃっ、こんな機能もあったのか!?」


 てっきりポールは盾を持って防御に専念しているものだとばかり思っていたレイだったが、視線の先……茨の槍に右腕を大地へと縫い止められ、身体の半ば以上を茨に覆われているポールが浮かべている表情は驚愕以外のなにものでもない。

 そして身動き出来ないポールの側には、茨の槍によって貫かれたマジックアイテムの盾が転がっていた。

 その姿を見たレイは、嫌な予感を覚えて再び氷の塊へと視線を向ける。

 もしかして、あの氷の塊は氷の盾を生み出すマジックアイテムが壊れたことにより暴走しているのではないか、と。


(けど、暴走している割りには俺だけに攻撃を仕掛けてきてるのは何でだ? 近くにポールもいるのに)


 暴走と呼ぶには的確にレイだけを攻撃し続けているその氷は、明らかに異常だった。

 だが……すぐにそのレイの疑問は解決する。

 ポールの側に落ちている、茨の槍に貫かれた盾。その盾の表面に見覚えのある模様が浮かび上がっていた為だ。

 そう、レイが戦った赤いサイクロプスの皮膚にあった根のような模様、そして今も呻いているズボズの顔に浮かんでいる根のような模様と同じものが。


「盾か!」


 理由は分からなかったが、その盾が氷の塊に何らかの影響を与えているのは確実であり、それが暴走という形で表に出て来ているのだろう。

 そう判断すると、レイの行動は素早かった。

 自分に向かって放たれる氷の槍をデスサイズで斬り捨てながら、盾の方へと向かって地面を蹴る。

 当然盾の方も自分が近づかれれば終わりだというのを分かっていたのか、それともただの偶然か、次々に氷の塊からレイへと向かって氷の槍を射出し……


「残念だったな」


 レイが呟くと同時に、その身体から膨大な魔力が生み出され、その魔力が濃縮され、圧縮されてく。

 その言葉は誰に言ったのか。氷の盾を生み出したポールか、もしくは氷を生み出した盾が壊れて暴走しているように見える氷か……それとも、身体中に根のようなものを浮かび上がらせているズボズにか。

 ともあれ、レイの周囲に集まっていた魔力は赤く可視化出来るようになり……次の瞬間、炎帝の紅鎧が発動する。


「炎は水によって消える。それは事実だろう」


 呟くと同時に、炎帝の紅鎧から放たれる熱気により周囲の気温が数度程上昇する。

 それでもレイの纏っている炎帝の紅鎧の温度を考えると、まだ温度の上昇が少ないのは熱量をある程度コントロール出来ているからだろう。

 そんなレイに脅威を感じたのか、それとも単純な反射か。氷の塊はレイに向かって再び数本の氷の槍を飛ばす。

 それに対してレイが行ったのは、自分が纏っている炎帝の紅鎧の魔力を動かしただけ。

 それだけでレイへと向かっていた氷の槍は全てが消え失せ……お返しとばかりにレイは手を軽く振るう。

 その動きに反応してレイが身に纏っていた炎帝の紅鎧の赤い魔力が切り離されて飛んでいき……氷の塊へと触れると、次の瞬間、その氷の塊は消滅するのだった。


「けど、炎が水や氷に勝つこともある。……蒸発でな」

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