第999話

「どう思う?」


 マジックアイテムを売っている店を追い出されたレイは、近づいてきて頭を擦りつけてくるセトを撫でながらヴィヘラへと尋ねる。


「どう思うって言われてもね。商売人としては自分の仕入れルートを警戒するのは当然じゃない? 私は特におかしなところはなかったと思うけど」

「そうなんだよな。ただ、純粋にここで手掛かりが途切れるのを俺が残念がっているだけだって気持ちはあるんだが、それでもここに手掛かりがあるような気がしてならない。俺の思い過ごしか?」

「……どうかしら、レイの勘なら当たっていても不思議じゃないと思うんだけど。けど、さっきの様子を見る限りではどうしたって向こうに誰から仕入れたのかを教える気はないみたいよ?」

「ん」

「グルゥ?」


 ヴィヘラの言葉にビューネが同意し、レイに撫でられていたセトもどうしたの? と小首を傾げる。


「だよな。そうなると、また最初から出直しになるんだけど……どうする?」

「どうすると言われてもね。私もビューネも、ギルムに来てからまだ殆ど時間が経っていないのよ? そんな私達に何をどうしろと?」


 言われてみれば当然のことだったが、不思議とヴィヘラやビューネはギルムに馴染んでいるようにレイに見えたのも事実だ。


「うーん……ランガ辺りに話しておくか? それともダスカー様に報告を……ってのは、殆ど手掛かりがないしな。……うん? 手掛かり?」


 そこまで呟き、ふとレイは洞窟へと向かう途中に入手したマジックアイテムの香炉のことを思い出す。


「そう言えば手掛かりがあったな。で、それを調べてくれそうな錬金術師もいる、と」

「あら、何か手掛かりになる物でもあったの?」

「ああ。ほら、食堂で話しただろ? モンスターの死体が大量に置いてある場所の話。そこで血の臭いや腐臭を周囲に広げないようにする為に設置されていたらしいマジックアイテムを入手したんだよ。それを調べれば、もしかしたら何か分かるかもしれない」

 

 出来ればゴーレムの核とか、洞窟の奥にあった壺とかがあれば良かったんだけど……と残念そうに呟くレイだったが、ヴィヘラはどこか呆れた表情を向けるだけだ。


「揉めごとにはよく巻き込まれるのに、丁度都合良くその解決に繋がるかもしれない物も持ってるって、どんな幸運なのかしら」

「そう言われてもな。とにかく、アジモフに会いに行くとするか。それでいいよな?」


 レイに尋ねられるも、他に何かの手掛かりがある訳でもない以上、ヴィヘラやビューネにも当然異論はなく、すぐに頷きを返す。


「グルルゥ」


 セトも鳴き声を上げてその意見に賛同し、こうしてレイ一行はアジモフの工房へと向かうのだった。






「随分と人通りが少ない場所ね。もう夕方に近いのに」


 夕方近くになれば、当然人の行き来は増える。

 少し早めの食事や、買い物、仕事帰りといった街の住人の行動以外にも、辺境にあるギルムであれば依頼を終えた冒険者も数多く戻ってきて、ギルムの人数は相当数増えるのだが……今、アジモフの工房を兼ねた家の周囲には、殆ど人の姿がない。

 時々通行人が姿を見せる時もあるのだが、ここからは一刻も早く立ち去りたいと言いたげに小走りで走り去っていく。

 そんな周囲の様子を眺めながら呟くヴィヘラに、レイは自分がパミドールに以前同じように聞いたことを思い出しながらその疑問に答える。


「ま、アジモフの性格を考えればおかしくないだろ」

「……本当に大丈夫なんでしょうね? 私は一度しか会ったことがないから、そこまで信用出来ないんだけど」

「ん」


 ヴィヘラの言葉に同意するようにビューネが頷くが、レイはそれを聞き流しながら目の前にある扉を軽く叩く。


「アジモフ、いるか? ちょっといいか?」


 そう声を掛けるが、中からの返事はない。

 このままだとパミドールがやったように扉を外したりしなきゃいけないのか? そんな風に思いながら、レイは再度扉を叩く。


「おい、アジモフ! いないのか! さっさと出てこい!」


 拳で扉を叩く音が次第に大きくなっていき、既に叩くというよりは殴ると表現する方が相応しく、そう遠くないうちに扉が破壊されるのは間違いなかった、その時。


「うるせぇっ! ったく、折角いいところだったってのに、何だよいきなり!」


 研究の邪魔をされたのが余程我慢出来なかったのだろう。額に血管を浮かび上がらせながらアジモフが姿を現す。


「今日はきちんと聞こえたみたいだな。良かった」

「あん? ……レイ? 何の用だ? こっちは今お前の槍に掛かりきりだってのに、それを依頼主のお前が邪魔をしてどうするんだよ」

「悪い、ただちょっと見て貰いたい物があってな。知り合いで腕利きの錬金術師って言ったら、アジモフしか思いつかなかったんだ」


 腕利きという表現に多少気をよくしたのだろう。アジモフの顔に浮かんでいた苛立ちは、多少ではあるが収まる。


「ったく。まぁ、いい。上がれ。中で話を聞く」

「……悪いな。ああ、これは一応土産だ。アジモフなら喜んでくれるだろ」


 そう言って差し出したのは、ここに来る途中にセトを撫でている時に抜けた毛と、羽根。

 レイにとっては幾らでも用意出来る代物だが、アジモフにとっては錬金術の素材として非常に稀少な代物だった。

 ギルムに住んでいる者はセトに慣れて実感が湧かなくなってきている者もいるが、本来グリフォンというのは非常に稀少で珍しいランクAモンスターだ。

 その素材を得る為に命を懸け、命を失うという者はそれこそ幾らでもいる。

 それ程の素材がこうしてすぐに入手出来るのだから、ギルムの錬金術師や鍛冶師、薬師といった者にとってギルムというのは非常に有益な場所と言えるだろう。

 元々辺境ということで稀少な素材が集まってくるので、ミレアーナ王国の錬金術師にとってギルムは特別な場所になりつつあった。


「いいのか?」

「ああ。役立ててくれ」

「……まぁ、いい。丁度息抜きをしたかったし。少し入ってくれ」


 アジモフの態度が急に変わったのに苦笑を浮かべつつ、レイとヴィヘラ、ビューネの三人は建物の中へと入っていく。

 当然いつものようにセトは外で周囲の警戒をしながら寝転がり、レイ達が戻ってくるのを待つことになる。


「さて。何だってこの忙しい時にわざわざ来たんだ? あの鎚がベスティア帝国の錬金術師が作ったって話を広めるなというのは、もう領主からの使いが来て聞いてるぞ」

「いや、そっちじゃない。実はちょっと見て貰いたい物があってな」

「ほう?」


 レイの言葉に、今までの面倒臭そうな様子から一転し、興味深そうな視線を向けてくる。

 やはり前回サイクロプスが持っていた鎚を出したのが大きかったのだろう。

 また同じような物を持ってきたのではないか。そんな期待を込めて視線を向けてくるアジモフに、レイはミスティリングから取り出した香炉を渡す。


「これは……そんなに手が込んでいる代物じゃないな」


 香炉へと触れて調べていたアジモフは、数秒前の期待の視線は何だったのかと言いたくなるようにやる気をなくした言葉で呟く。


「そうなのか?」

「ああ。お前が持ってきた鎚の方はかなり手が込んでいた代物だったけど、同じ人物の手で作られたにしては、随分と粗末な出来だな。技術がないって訳じゃないから、恐らく必要に駆られて急いで作ったってところか」

「待て」


 何でもないかのように呟かれたアジモフの言葉だったが、レイはそこに聞き流せない情報があったことに気が付き、アジモフの言葉を止める。

 それに気が付いたのはレイだけではなく、ヴィヘラも鋭い視線をアジモフの方へと向けていた。


「うん? どうした?」

「その香炉、鎚を作った奴と同一人物が作ったって話だけど、それは間違いないか? ベスティア帝国の錬金術師でも、鎚を作ったのとは別の奴が作ったって可能性は?」

「ない」


 考えるまでもないと断言し、香炉の蓋の部分を開けてレイの方へと見せてくる。


「この部分だ。分かるか? ここにリザードマンの心臓、それも魔石を取り出さないままの代物を魔力に満ちた水に浸してから乾燥させて粉にした物を使って魔力を流れるようにしているんだが、この癖が鎚と同じだ。これはそれなりに貴重な品でな」

「それなりにってことは、使う奴は他にもいるんじゃないか?」

「いるだろう。けど、魔力を流す部分の作りが特徴的なんだよ。同じ素材を使って、同じような特徴を持つマジックアイテムだ。それも、左右の均衡を意図的に崩すような真似をする奴が、そう何人もいるとは思えないな。いや、全くいないってことはないかもしれないが、そんな人物が揃ってギルムの近くにいるというのは、ちょっと考えられない」


 喋っている間に興が乗ってきたのか、アジモフは他にも幾つかある鎚と香炉の共通点を上げていく。

 それを聞きながら、レイは不思議な程に納得している自分に気が付いた。


(やっぱりあの場所でモンスターを実験台にしていたのは例の錬金術師だったらしいな)


 予想はしていたのだが、それでも確証はなかった。殆ど状況証拠と勘で決めつけていた代物なのだ。

 それだけに確証を得ることが出来たのは、一歩ずつではあるが、間違いなく錬金術師の下へと近づいていることになる。


(そうなると、次は……出来ればセイモアのマジックアイテムを誰が作ったのかも見て欲しいところだけど。いや、今のアジモフは機嫌がいいし、いけるか?)


 一度考えると、レイの行動は素早かった。


「アジモフ、悪いけどこれから付き合ってくれないか? もう一つ、お前に見て貰いたいマジックアイテムがある。そのマジックアイテムがその香炉や鎚を作った奴と同一人物の手によるものだとはっきりすれば、今回の件は大きく前進するんだけど」


 レイの言葉にアジモフは一瞬嫌そうな表情を浮かべる。

 当然だろう。出来ればアジモフとしては、自分の研究を……具体的にはレイの為の槍を作りたいのだから。

 だが……と、視線を少し離れた場所に置いてあるガラス瓶。正確にはそのガラス瓶の中に入っているセトの毛や羽根へと向けられた。

 もしここで断れば、今回はともかく次からはグリフォンの毛や羽根といった素材を貰うことが出来なくなるかもしれない。

 少しの手間を惜しんで後日後悔するよりは、今その手間を掛けた方がいいだろうと判断する。


「分かった。それでどこに行けばいい?」


 てっきり行くのは嫌だと言うものだとばかり思っていたレイだったが、アジモフが予想外に聞き分けがいいこともあり、驚きの表情を浮かべるも、すぐに我に返ると早速移動を開始するべく立ち上がる。


「じゃあ、早速行こう」


 レイに続いてヴィヘラとビューネも立ち上がり、こうしてレイ達はセイモアの屋台がある場所へと向かうのだった。




 


「えっと、この辺だったと思うんだけどな」


 既に時間は夕方。

 夕日が周囲を赤く照らしている中を、レイ、ヴィヘラ、ビューネ、アジモフ、セトの四人と一匹は歩いていた。

 レイがギルムに戻ってきた時にセイモアがいた場所へとやってきたのだが、その特徴的な姿を見つけることが出来ない。

 筋骨隆々の大男で、それでいながら厳つい顔をしていないという少し珍しいタイプなので、見つけることは難しくないと思っていたレイだったが完全に当てが外れた形だ。


「グルゥ!」


 そんなレイに、セトがクチバシでドラゴンローブを軽く引っ張りながら鳴き声を上げる。

 セトの方へと視線を向けたレイは、セトが見ている方にセイモアの姿を見つけ、安堵の息を吐く。


「いたな。あそこだ。……ありがとな、セト」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉に、臭いでセイモアを見つけたセトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 そんなセトやヴィヘラ達を率いてレイがセイモアの屋台のある場所へと向かうと、丁度客が支払いを終えたところだった。


「おや、レイ。どうしたんだ?」

「ちょっとセイモアを探してたんだよ。俺が来た時とは場所が違うけど?」

「うん? ああ、この時間帯は人が多く通るから、こっちの方が売り上げがいいんだ。……屋台ってこういう風に移動出来るのが便利なんだよね」


 その言葉に、確かにと納得しつつ、人数分の果実水の料金を出す。


「四人と一匹分頼む」

「毎度」

「それと、出来ればマジックアイテムを見せてくれないか? そっちのアジモフは錬金術師で、セイモアの持っているマジックアイテムのことを話したら、ちょっと見てみたいって言われてな」

「うーん……レイは結構なお得意さんになりそうだし、構わないけど……壊したりはしないでくれよ?」

「誰が壊んぐぅっ!」


 余計なことを言いそうになったアジモフの口を、ヴィヘラが塞ぐ。

 勿論セイモアはそれを見逃すような真似はしなかったが、特にそれ以上は何も言わずにアジモフに場所を明け渡す。

 客が一段落したというのもあるし、レイが方向性は違っても自分と同じくマジックアイテムを集める趣味を持っているというのも影響しているだろう。


「じゃあ、頼む」

「ふん」


 ヴィヘラから解放されたアジモフにレイが頼むと、そのままマジックアイテムを調べ……一分もしないうちに調べ終わり、アジモフはレイに向かって口を開く。


「お前さんの予想通りだ」

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