第1000話

 セイモアの購入したマジックアイテムが、レイの予想通り今回ギルムの周辺で騒動を起こしている錬金術師が作ったものだというのが確定した後、レイ達はセイモアと別れて少し離れた場所にある食堂へとやってきていた。

 夕方だけあって食堂はかなり客が入っていたが、それでもまだ満席という訳ではなかったので席を取ることには成功する。

 ……セトは外でレイが注文した料理を食べているのだが。


「随分と注目されてるんだな、お前達」


 テーブルの上に乗っている干し肉をエールで流し込みながら告げるアジモフに、レイはヴィヘラに、ヴィヘラはレイに視線を向ける。

 お互いが相手のせいで注目されているのだと言いたいのだろう。

 実際、それは間違っている訳ではない。

 レイは色々な意味でギルムでは有名だし、ヴィヘラもその美貌と服装から人の注目を集めるのは当然なのだから。

 セトがいないレイというのは、普段であればそれ程目立たないのだが、今はフードを下ろして女顔と表現するのが相応しい顔が剥き出しになっており、どうしても目立つ。

 その二人程ではないにしろ、ビューネも外見は相応に整っており、十分に美少女と呼ぶに相応しい容姿だ。

 寧ろこの中で一番目立たないのは錬金術師のアジモフだった。

 顔立ちは整っているという訳でもなく、若干ではあるが粗野な雰囲気を現しているのだが、それでも他の三人に比べると目立つ要素は少ない。

 ともあれこのままでは話が進まないと、レイは注目云々の話は取りあえず聞き流してアジモフに向かって口を開く。


「注目云々はいいから、詳しく教えてくれ。本当にセイモアが使っていたマジックアイテムは例の錬金術師が作った代物で間違いないんだな?」

「そうだ。ほぼ確実と言ってもいい」

「誰かがそう見せ掛けているって可能性はないの?」


 煎って塩を振っただけという豆料理へと手を伸ばしながら尋ねるヴィヘラに、アジモフは鼻で笑ってから答える。


「ふんっ、そういった見せ掛けで誤魔化される間抜けもいるだろうが、俺をそんなことで誤魔化せる筈がないだろ。俺はこう見えても腕利きの錬金術師だからな」


 自分で腕利きと言うアジモフだったが、実際その技量はかなり高いと知っているレイは特に何を言うでもなく、ヴィヘラとのやり取りを見守っていた。


「ま、レイの口から異論も出ないようだし、取りあえず信じさせて貰おうかしら。じゃあ、あれは間違いなく同一人物の作品だということ?」


 満員の食堂だけに、肝心の単語を誤魔化しながら尋ねるヴィヘラの問い掛けにアジモフは頷く。


「さっきも言ったけど、ほぼ間違いなくな。マジックアイテムを作る際に使う癖のようなものは消しようがねえし」

「アジモフがここまで言うんだから信じていいだろ。となると、やっぱり最大の問題はあの店に売りに来たのが誰か……ってことか」

「あの店主から情報を聞き出そうにも、まず無理だと思うわよ? 見るからに頑固そうだったし。それに、商売人としての繋がりを考えても教えるとは思えないわ」

「だろうな。……そうなると、可能性としては売りに来たところで直接捕まえるってことだけど……」

「またあの店に売りに来るとは限らないでしょ?」

「ん」


 ヴィヘラの言葉に、ビューネが串焼きを食べながら同意する。

 その言葉には、レイも同意せざるを得ない。

 今回の件の錬金術師が何らかの理由でマジックアイテムを売っているとしても、何度も同じ店で売る必要はないのだから。


「けど、他に手掛かりがないのも事実だ。なら、少しでも手掛かりのある場所に向かうしかないだろ?」

「それはそうだけど……いえ、そうね。レイの言うことももっともだわ。じゃあ、今からでも行く?」

「ああ。……アジモフ、悪いけどもう少し付き合ってくれ」

「はぁ!?」


 アジモフにとって、レイの口から出た言葉は完全に予想外だったのだろう。

 エールの入ったコップをテーブルに叩きつけながら、冗談ではないと口を開く。


「俺にはまだやるべきことが色々とあるんだよ。お前の槍についてだってそうだし、他にも色々と実験がある」

「……悪いけど、今回の件に錬金術師が関わっている以上、どうしても錬金術師の協力は必要だ。そして俺が知っている中で一番腕の立つ錬金術師はアジモフだ」


 堂々と告げられる殺し文句に、アジモフは一瞬目を見開く。

 レイとの付き合いはそれ程長い訳でもないアジモフだったが、それでもレイが自分を引き留める為に嘘を言うとは思えなかった。

 つまり、今レイが口にしたのは紛れもない本音ということになる。

 それは間違ってはいない。……もっとも、レイがギルムで知っている錬金術師というのはアジモフくらいしかいないというのも事実なのだが。

 勿論レイにとってアジモフが腕の立つ錬金術師であるというのは間違いのない認識だ。

 パミドールが自信を持って……それこそ性格に多少の難はあるが、それでも腕が立つとして紹介してきた錬金術師なのだから、それで腕が立たない訳がない。


「ま、まぁ、そこまで言うのなら俺も付き合ってやらないでもないけどな」

「悪いな」

「ふんっ、お前にそこまで言われて引き下がるような真似はしたくねえだけだよ。それに、お前には鎚やセトの毛や羽根といった珍しい素材も貰ってるし」


 男にツンデレされても……という思いを抱きながらも、レイはそれを口に出すことはせずに立ち上がる。

 ……ちなみに、テーブルに用意されていた料理は、話をしている間にレイとビューネによって殆ど食い尽くされており、残っている料理は殆どない。

 それどころか、付け合わせの野菜すら綺麗さっぱりと皿の上から消えている。

 料理に使われたソースもパンで綺麗に消えているのだから、食堂の料理人がこの皿を見れば見事なまでの食べっぷりに感動すらするだろう。

 アジモフの家に向かう前にも軽く食べているというのに、それを全く感じさせない食欲だった。


「俺、殆ど食ってないんだけどな。それにエールも一杯しか飲んでないし」


 不満そうに告げるアジモフだったが、レイは笑みを浮かべてそんなアジモフに言葉を返す。


「これから張り込みに行くんだから、それは寧ろ良かったんじゃないか? アルコールの臭いで張り込みが失敗したとかなれば、洒落にならないし」

「ちっ、わーったよ。ったく」


 レイの言葉に一理あると思ったのだろう。アジモフはまだ少しだけコップに残っていたエールを一気に飲み干すと、テーブルを立ち上がる。






 少し前にやって来たマジックアイテムの店が見える場所にレイ達は隠れていた。

 マジックアイテムの店があるのが裏路地ということもあり、幸い隠れ場所に困ることはない。

 もっとも、セトの大きさだと店の人間に見つからずに隠れるのは不可能だからということで、少し離れた場所にいるのだが。


「それにしても……」


 視線の先にある店にあまりに動きがなくて暇だったのだろう。ふと、レイが呟く。

 暇に感じていたのはヴィヘラも同様だったらしく、特に注意もせずにレイの方へと視線を向ける。

 ……ヴィヘラのようなとびきりの美人が、いつもの薄衣だけを身に纏った状態でレイのすぐ近く……それこそ、数cmも離れていない場所にいるのだから、どうしても意識せざるを得ないのは事実だ。

 レイが口を開いたのは、そんなヴィヘラとの気まずい雰囲気をどうにかしようという思いもあったのだろう。

 その気まずい雰囲気を感じていたのは、レイだけなのだが。

 ビューネはまだ幼く、またその育ちもあって異性関係については殆ど興味がなく、アジモフは女よりマジックアイテムという極めつけの変人で、ヴィヘラは寧ろレイが自分を意識してくれるのは嬉しいことでしかない。


「何? どうしたの?」

「いや、俺達がここに来るまで、何だか街中が妙に騒がしくなかったか? いつも夕方になれば騒がしくなるのは分かるけど、それよりもっと騒がしかったような……」


 半ば照れ隠しを込めて呟いたレイだったが、それは事実でもある。

 冒険者が数多くいるギルムだけに、夕方になるとその騒がしさは依頼を終えた冒険者達のテンションが上がっていることもあり、酒場での宴会も併せて騒がしくなるのだが、食堂を出てからここに来るまでの間に街中を通った時に感じられた騒がしさはいつも以上のものを感じさせられた。


「どこかの馬鹿がまた問題を起こしたんじゃねえのか? それこそ、レイが言ってたマジックアイテムの件で何か騒動が起きたとか」

「……そんな騒がしさじゃなかったように感じたんだけどな」


 どこか嬉しさに満ちた騒がしさに感じられたレイだったが、それを口にしようとした瞬間、その動きを止める。

 一瞬遅れてヴィヘラが、そしてビューネ、アジモフといった面子の動きが止まり……やがて、マジックアイテム屋の扉が開く。

 そこから出て来た人物は、特に周囲を警戒したような様子も見せずに道を歩き出す。


「俺達がここに来てからどのくらい経つ?」

「まだそんなには経ってないと思うけど?」


 レイの呟きにヴィヘラが答える。

 その言葉に頷きながらも、レイは納得出来ないでいた。

 ミスティリングの中に入っている時計を出してしっかりと時間を確認した訳ではなかったが、それでも三十分以上は経っている。

 つまり、レイの視線の先にいる人物はその間店の中にいたということになる。


(三十分。時間としてはそんなに長い訳じゃないし、見た感じ冒険者に見えるから、手に入れたマジックアイテムを売るか買うかの交渉をしていたと考えれば、そのくらいの時間は経ってもおかしくない。おかしくないんだけど……)


 それでもレイの目から見たその人物は、どこかレイの感覚に触れるものがあった。

 それが何なのかというのははっきりと分からないが、それでも自分の中にある感覚に従ってレイは隠れている場所から飛び出る。

 丁度店から出て来た人物は、レイ達のいる方へと歩いていたこともあって正面からレイと向き合うことになった。


「おや、どうしたのかな? あたしに何か用かい?」


 目の前に立つレイに向かってそう尋ねた人物は、レイの姿を見て微かに驚きの表情を露わにしたが、次の瞬間には口元に面白そうな笑みを浮かべてレイへとそう尋ねる。


「ちょっと話を聞かせて欲しいんだけど」

「ふーん……声からすると、男? もしかしてあたしを口説いてるの? 残念だけど、あたしは背の小さい人は好みじゃないんだよね。ごめん」


 どうやらナンパらしいと勘違いされたレイだったが、まさか男だと思っていた人物が実は女だったということの驚きに戸惑いながらも口を開く。


「いや、そういうつもりじゃない。実はちょっと聞きたいことがあって」

「あら、迷子か。でも、あたしもこの辺はあまり詳しくないんだよね」

「……さっきそこの店から出て来たように見えたけど?」

「うん? ああ、ちょっと用事があってね。見て分かると思うけど、あたしは冒険者だ。マジックアイテムを売る為に時々この辺には寄るんだよ。ただ、この店くらいにしか来ないから、どうしても周辺のことは分からないんだけど」


 小さく肩を竦める女の様子に、何故かレイの中にある疑念は更に膨らむ。

 女の言葉に怪しいところは特になく、話していても怪しいところはないにも関わらず、だ。


(何だ? 俺は何が引っ掛かってる? 何か……)


 そんな風に内心で首を傾げていたレイだったが、それで用件は済んだと判断したのだろう。女はレイに軽く手を振ってその場を後にしようとし……


「グルルルゥッ!」


 周囲にそんな鳴き声が響き渡る。

 聞き間違えようもないその声は、レイの半身とでも呼ぶべき存在。

 その鳴き声を上げながら姿を現したセトが、この先には通さないと女の前に立ち塞がる。


「……ちょっと、何とかして欲しいんだけど。あたしが何かした?」

「グルルゥ」


 女の言葉を聞き流し、レイの視線はセトへと向けられていた。

 セトが顔を女の方へと向けるのを見た瞬間、すぐにレイの中にある違和感が形を表す。

 それは、レイ自身認識していなかったもの。

 それでいながら、生き物であれば必ず存在するもの。

 即ち……


(体臭!?)


 正確には女の体臭そのものではなく、女の身体に染みついていた腐臭と鉄錆の臭い。

 セトですらあまりの悪臭に悲鳴を上げただけに、そう簡単に臭いが消えることはない。

 いや、人間の鼻では臭いを嗅ぎ取ることは出来なかっただろうが、人間よりも鋭い五感を持つレイは本人は理解せずともどこかで女の身体に残っている腐臭を嗅ぎ取り、それを違和感としてレイに教えていた。

 そして何より、レイよりも更に五感が鋭く、その上で嗅覚上昇というスキルを持っているセトの鼻を誤魔化すことは出来なかった。


「なるほど、お前が今回の件の関係者の一人か。なら、話を……」


 聞かせて貰おう。そう言おうとした瞬間、女は何も言わずに駆け出す。

 それも、レイやセトがいる方ではなく、反対方向へと。

 当然レイやセトもそれを黙って見逃す筈はなく、後を追うが……


「速い!?」


 少しずつ差を縮めてはいるが、それでもセトとレイがすぐに追いつけない程の速度で走る女……アドリア。

 高い身体能力を持ってはいるが、それでもレイやセトがこうも追いつけない速度ではない。

 それでもここまでの速度を出せているのは、当然アドリア自身の力ではなく、ズボズが作ったマジックアイテムがあればこそだ。

 それでもレイとセトの速度により次第に差は縮まっており、このまま走っていればやがて追いつける筈だった。

 ……裏通りであれば、だが。

 だがアドリアが走っている方にあるのは、大通りへと続く道だ。

 人混みに紛れてしまえば追いつくのは難しくなる。

 そんな焦燥がレイの中に生まれると同時に、アドリアは大通りへと出て……


「きゃぁっ!」


 その瞬間、悲鳴を上げながら地面へと転ぶ。

 何があった!? そう思ったレイの耳に、その声は聞こえてきた。


「ふむ、久方ぶりに直接レイと会うというのに、また随分な騒動に巻き込まれているらしいな」


 そう告げたのは、太陽の光そのものを形にしたかのような黄金の髪を持ち、見る者全てを惹き付ける整った顔立ちと、威風堂々とした雰囲気を持つ女。

 戦女神とでも呼ぶのが相応しい相手が誰なのかというのは、レイは考えるまでもなく知っていた。

 その人物が黄金の縦ロールに触れている姿を見ながら、レイは目の前にいる人物の名前を口に出す。


「エレーナ……」

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