第998話

 レイとセトが待ち合わせ場所の食堂へと向かうと、そこでは既にヴィヘラもビューネも待っていた。

 基本的に人から情報を集めるのがヴィヘラ達の仕事だったので、それにはレイは驚かなかったのだが……代わりに、ヴィヘラとビューネが座っているテーブル近くで四人の男が気を失って倒れているのを見ると溜息を吐く。

 更に、食堂のウェイトレスや他の客がヴィヘラやビューネに責めるような視線を向けている……ということもなく、寧ろ感謝の視線を向けているのだから、色々と事態が理解出来なくても仕方がないだろう。


「あら、レイ。遅かったわね」

「悪い、色々とあってな。……ああ、表にセトがいるから、何か適当に食べ物を出してやってくれ。それと俺にも何か簡単なものを」


 レイは案内しようとして近づいてきたウェイトレスへ銀貨を渡してそう告げる。

 そのままヴィヘラの座っているテーブルへと向かうと、周囲にいる客達から羨ましそうな、嫉妬の篭もった視線が向けられているのに気が付く。


「で? 今度はどんな騒動を起こしたんだ? その床に倒れている四人が騒ぎの相手だと思うんだけど」

「ああ、この人達? 酔っ払って他の人達に絡んでたのよ。で、私の方にも絡んできたから大人しく寝て貰ったの」

「……大人しく?」


 ヴィヘラの言葉を聞き、レイは疑わしそうな視線を床で倒れている四人の男達へと向ける。

 見るからに鍛えられた身体をしており、冒険者か傭兵といった者達だというのは容易に予想出来た。

 そんな鍛えられた四人が、完全に意識を失って床へと倒れているのだ。

 それでいながら口や鼻からは血を流しておらず、顔や身体の見える場所には怪我をしている様子も見られない。


「ええ。大人しく。何か異論があるのかしら?」


 口元では笑みを浮かべているヴィヘラだったが、その目は決して笑っていない。

 このまま話を続ければ間違いなく厄介な目に遭うと判断したレイは、床に転がっている四人からそっと視線を逸らしてヴィヘラと向かい合う位置へと座る。

 するとウェイトレスがパンやスープ、串焼き、煮物といった料理を持ってきて、テーブルの上へと置いていく。


「ありがとう。悪いけど少し大事な話があるから、人を近づけないで貰える?」

「は、はい。分かりました!」


 ウェイトレスは尊敬と憧れの混じった視線をヴィヘラに向けると、周囲の客達を強引に他の席へと移らせる。

 だが、強引に席を移らされた客達もヴィヘラに対して恨めしい視線は向けず――レイには嫉妬が混じった視線を向けていたのだが――に大人しく席を移る。


「随分と人気者になったな」


 向けられる視線に苦笑しつつレイが呟くと、ヴィヘラは小さく肩を竦めるだけで無言の笑みを返す。


「……さて、それでだ。こっちは色々と収穫があったりなかったりしたんだけど、そっちはどうだった?」

「確実って訳じゃないけど、収穫らしきものはあったわね。けど、最初はレイの方から話を聞かせて貰える?」


 緑色の果実をスプーンで口へと運んでいるヴィヘラに、レイは頷く。

 何となくヴィヘラが食べているのはアボカドなのか? と思いつつ。


「ギルムの周辺で活動していた盗賊達を捕らえて聞いてみたら、サイクロプスと戦った森に流れていた川の上流に怪しげな二人が向かったって情報を得てな」


 その情報を基に川の上流に向かって行ったと続けるレイだったが、やがて見つけたのはモンスターの死体が大量に存在しており、腐臭と血の臭いに満ちている場所。

 そこで香炉のマジックアイテムを入手し、更に川を遡ってセトが転移した洞窟へと到着した。

 だが洞窟の奥にあったのは、洞窟を崩落させるためのものと思われる魔法陣と壺のマジックアイテム。

 そこから何とか脱出したものの、次に洞窟の崩落跡からゴーレムが現れてそれを倒し、ギルムへと戻ってきたところでベスティア帝国の錬金術師が作ったと思われるマジックアイテムを発見し……


「あら、結果的に私達は同じところに行き着いた訳ね」

「は? どういう意味だ?」


 レイは話を途中で遮ったヴィヘラの言葉に聞き返すが、それに戻ってきたのはヴィヘラの意味ありげな笑みで、そのままエールを口へと運ぶ。

 そんなヴィヘラの隣では、ビューネもまたトマトに似た野菜でチーズを挟んだ料理へと舌鼓を打っていた。


「私達は知っての通り、ギルムの内外で聞き込みをしたの。そんな中で、最近幾つかギルムで作られるよりも性能が高いマジックアイテムがあるという話を聞いてね。そのマジックアイテムを持っている何人かにも話を聞くことが出来たわ」

「……で、そのマジックアイテムの出所というか、作ったのはベスティア帝国の錬金術師だったと?」

「正解。どうやら派手に……って訳じゃないけど、目立たない程度にギルムでマジックアイテムを売ってるみたいね」

「けど、何だってそんな真似をする? 幾ら目立たないって言ったって、普通よりも性能の高いマジックアイテムを売り捌いていれば結果的に目立ってしまうだろ? それが目論見だったりするのか?」


 陽動ではないかというレイの言葉に、ヴィヘラは首を傾げる。


「どうかしらね。実際、ベスティア帝国の錬金術師が作ったというマジックアイテムにしても、本当に今回の騒ぎを起こしているのと同一人物かどうかというのは分からない訳だし」

「結局は売ってる店に行って情報収集をしないと分からない訳か」

「ん?」


 今まで黙って食事を口に運んでいたビューネが、もう行くの? という意味を込めて短く呟く。

 ふと気が付けば、レイが頼んだ食事の殆どが既に消えており、ビューネの腹の中へと収まっている。

 勿論レイもヴィヘラと話しながら食べていたのだが、それでも殆どの料理をビューネに食べられたのは事実だ。


「……いや、まぁ、いいけどな。ビューネは食べ盛りなんだし」


 半ば負け惜しみのように言いつつ、レイは席を立つ。


「じゃ、腹ごなしも兼ねてマジックアイテムを売っているお店に行きましょうか。レイ、場所は分かる?」

「屋台の店主から聞いておいた。ただ、裏路地とかそっちの方にある店らしく、ちょっと見つけにくいらしい。ゴブリンの頭蓋骨を飾ってるから、店を間違うってことはないらしいけど」

「私が集めた情報でもそんな感じよ。じゃ、行きましょうか」


 こうして、レイとヴィヘラ、ビューネとセトの三人と一匹は食堂を出て、マジックアイテムを売っている店へと向かう。






「……予想外に何もなく到着したな」


 呟いたのはレイ。

 今、レイの前にはセイモアから教えて貰ったマジックアイテムを売っている店がある。

 ゴブリンの頭蓋骨を飾っているというのは非常に悪趣味であり、店を間違うということはない。


「何よ、何かあると思ってたの?」

「何かあるっていうか……正確には、何かが起こるんだとばかり思ってたんだよ。自慢じゃないが、何故か俺は騒ぎに巻き込まれやすいからな」

「……そう言えばそうね。今までレイと一緒にいて騒ぎに巻き込まれたことってかなりあったような」

「ん!」


 レイと行動した間のことを思い出して呟くヴィヘラに、エグジルにいる時に遭遇した数々の騒動を思い出すビューネ。

 どちらもレイが騒ぎに巻き込まれやすいというのは、知識ではなく実感として理解していた。

 もっともレイに言わせれば、ヴィヘラはその容姿が男を誘うような服装でトラブルを引き寄せ、ビューネはその小ささから侮られてトラブルに巻き込まれると言いたいのだが。


「グルゥ」


 慰めるようにセトが喉を鳴らして顔を擦りつける。

 セトの存在もトラブルを招き寄せる原因なのだが、と思いつつ頭を撫でながら口を開く。


「俺だけが原因じゃないと思うけどな。それより……」


 このまま話を続ければ自分が不利になると理解したのだろう。レイは無理矢理話題を元に戻す。


「こうしていても何にもならないし、そろそろ入るぞ。セトはいつものように外で待っててくれ」


 そう告げ、セトが喉を鳴らし、ヴィヘラとビューネが頷くのを見てから目の前にある扉を開く。

 瞬間、店の中から漂ってきたのは甘い香り。

 それも果物の甘さではなく、何か不自然な甘さ。


「……何の臭いだ?」

「さぁ? こうして見る限りだと、普通のマジックアイテムを売ってる店に見えるけど」

「警備の為か?」


 量産されている物はともかく、セイモアが使っていたような高価な品があるのだから、何らかの措置を取っておくのはおかしなことではないと考えるレイに、ヴィヘラは首を傾げる。


「そうかしら。こんなので警備が出来るとは思えないんだけど」


 そうヴィヘラが呟いた瞬間、不意に店の奥から一人の男が姿を現す。

 年齢は五十代だが、身体はどう見ても鍛えている戦士のそれだ。

 レイの姿を見て少し驚いた様子を見せたのは、ギルムで生活しているのでレイのことを知っていたからか。


(元冒険者か何かか?)


 マジックアイテム好きというセイモアと出会っただけに、レイはそんな疑問を抱く。


「どんなマジックアイテムを探してるのかね?」


 穏やかな声音は、服から見えている腕の筋肉と合わさり、静かな山というイメージが浮かぶ。

 ヴィヘラの姿を見ても殆ど反応をしないというのも、山をイメージさせた原因だろう。

 だが、すぐにそんなことを考えている場合ではないと首を横に振り、この店に来た目的を口にする。


「実はセイモアから、この店でベスティア帝国の錬金術師が作ったマジックアイテムを結構な安値で買うことが出来たって話を聞いて、見に来てみたんだけど。こう見えて、俺はマジックアイテムを集めるのが趣味なんだ」

「ほう」


 マジックアイテムを集める趣味があるという言葉に、男は嬉しそうな笑みを浮かべる。

 同好の士を見つけたような、そんな笑み。

 マジックアイテムが高価である以上、やはりそれを買いに来る人物というのはあまりいないのだろう。


「そうか、マジックアイテムを集めるのが趣味か。……セイモアが買っていったのは、間違いなくこの店からだよ」

「へぇ、やっぱり。……それにしても、ベスティア帝国の錬金術師が作ったマジックアイテムなんて、よく手に入ったな」

「普通は手に入りにくいんだけどね。幸い少し前に商人が纏めて持ってきてくれたんだ。ほら、去年ベスティア帝国で騒ぎがあっただろう? その時に流れてきたらしい」

「……なるほど」


 自分が関わっていた騒ぎで流出したマジックアイテムだったのか、とレイは少しだけ拍子抜けした気分を味わう。

 だが、すぐにそれが事実かどうかは分からないと思い直す。

 売りに来た人物がそう言ってはいても、それが偽装の為にそう言っている可能性も捨てきれないからだ。


「それで、このマジックアイテムを売りに来た人物は?」

「一応、こっちも商売の種である以上、マジックアイテムを買うのなら、店を通して買ってくれないと困るんだけどね」


 レイがマジックアイテムを集めているという話とそれを売りに来た人物の情報を求めたことから、レイがその人物から直接マジックアイテムを買おうとしていると判断したのか、店主は眉を顰めてレイへと告げてくる。

 そんな店主に対して即座に否定しようとしたレイだったが、では何故それを知りたがったのかと聞かれれば、上手く答えることは出来ない。


「ベスティア帝国の錬金術師が作ったマジックアイテムということで、具体的に誰の作品なのか知りたかったのよ。私はベスティア帝国の出身で、少し気になったから」


 言葉に詰まったレイに変わってヴィヘラが告げる。

 店主はそんなレイ達に対して不信感を抱いたのか、先ほどまでの多少なりとも饒舌そうな様子から一変して怪しい相手でも見るような視線を向けて口を開く。


「マジックアイテムを集めているのなら知っていると思うが、錬金術師というのはマジックアイテムを作り出すことの出来る者達だ。あんた達が聞きたいのが錬金術師の情報なら、悪いけど俺としても商売上の理由からそれを話すことは出来ない」

「そこを何とかお願い出来ない?」


 普通であれば、ヴィヘラのような……それも踊り子や娼婦のような薄衣を身に纏っている美人にこう言われれば、頷いてもおかしくはない。

 だが、店主はそんなヴィヘラの様子は全く気にした様子もなく首を横に振る。


「駄目と言ったら、駄目だ。こっちも商売でやっているんでな。そうそう人に情報を渡すことは出来ない。……悪いが、帰ってくれ。セイモアの紹介だから、これ以上は何も言わん」


 店主の男はそう告げ、これ以上聞く耳は持たないという態度のつもりなのか、レイ達へと背中を向ける。

 そうしてこれ以上はレイ達が何を言っても言葉を返さなかった。

 数分程は何とか店主から情報を聞き出そうとしていたレイ達だったが、結局何を言っても無駄だと知ると、そのまま店を出て行く。


「……ふん」


 そんなレイ達が店から出て行ったのを見送ると、店主の男は小さく呟き、近くにあったマジックアイテムへと……レイ達が探していただろうベスティア帝国の錬金術師製のマジックアイテムへと視線を向けるのだった。

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